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#25 ムスカリの居場所

八歳という幼さでありながら、すでに『マッドサイテンティストな錬金術師』の片鱗を見せている少女、ムスカリ。


彼女は親から家を追い出され、街で一人生活していたところを自分がスカウトして仲間に加わった(らしい)。


だが、流石にまだ八歳の子供。

家を追い出されているとはいえ、そんな小さな子供を預かる身だ。

一度親御さんには挨拶をしておいた方がいいのではないかと自分は考えた。


メンバーにも相談してみたが、「後々のトラブルを防ぐべき」という必要派と「親なんて関係ない」という不要派で意見が割れ、結果は四対三で辛うじて必要派が勝った。


当のムスカリには、「時間の無駄だよ」と無表情に突っぱねられた。


確かに、何もないよう全力で守り切るつもりだが、冒険者という業務では何が起きるか分からない。

万が一の際、法的なややこしい事態を避けるためだと、損得勘定を交えて説得を重ねた。


彼女はしばし思考を巡らせた後、「……仕方がない」と、淡々と了承した。


あまり大人数で押しかけても迷惑だろう。

そう配慮して、自分と従者のハート、そしてムスカリの三人で彼女の実家へと挨拶に伺うことにした。


彼女の両親は、街でもそこそこに名が知れた商人夫婦らしい。

豪奢な応接室に通され、ソファに対面で座る。

自分とハートの間に座ったムスカリは、緊張する様子もなく、ただ退屈そうに背筋を伸ばしていた。

まずは礼儀正しく、彼女を預かっていることの挨拶を述べた。


――だが、目の前の夫婦は、最初から自分たちの話にこれっぽっちも興味がなさそうだった。

それどころか、実の娘であるムスカリの顔を、一度として見ようともしない。

父親は手元の書類をめくる手を止めず、母親は退屈そうに爪を眺めている。


自分は内心の不快感を抑えながら、改めて説明する。


「現在、ムスカリには自分たちのパーティーに加入してもらっています」


すると、父親は鼻で笑い、母親は心底ホッとしたように溜め息を漏らす。

せいせいした、と言わんばかりの態度だった。


「ああ、あの気味の悪い実験ばかりする出来損ないを引き取ってくれたのか。それは助かる。謝礼として多少ならこちらから手切れ金を出してやってもいい。だから、その小汚い娘の顔を、二度と私たちの前に見させないでくれ」


父親が書類に目を落としたまま淡々と言い放つ。

母親も上品を気取った仕草で紅茶をすすりながら、冷淡に言葉を重ねた。


「本当に愛想が尽きていたのよ。我が家には、その子より多少頭は悪くても、大人の言うことをよく聞く可愛い跡取りが他に何人もいるわ。あんな制御の利かない厄介者、これが最後だと思うと清々するわ」


夫婦にとってムスカリはもう、実の娘ではない。

自分たちの平穏と商売を邪魔する『不良品』でしかないようだった。


実の親が放つには、あまりに冷酷な言葉。


自分はムスカリを心配して隣を見た。

彼女は、最初からこうなることが分かっていたかのように、微塵も動じず静かに前を見つめている。

その幼い横顔を見た瞬間、頭の中で何かがブツリと切れた。


「……アンタらは親だってのに、実の子を相手に、なんてことを言うんですか」


自分はガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、目の前の夫婦を鋭く睨みつけた。


「アンタたちから貰うお金なんて、一フラだって必要ありません。ムスカリは出来損でも厄介者でもない。自分たちにとってはもう、大切な仲間です!」


言い放ち、呆然とする夫婦を置き去りにした。

自分はムスカリとハートの手を強く引き、急いでその冷え切った屋敷を後にするのだった。




――あの冷酷な、我が子を道具としか思っていないような親たちの屋敷からの帰り道。


自分の胸の奥からどうしても込み上げてくる激しい憤りと、そして……こんなにも小さなムスカリを、彼女自身が想定していたのにもかかわらず、あんな目に合わせてしまった悔しさで、自分の目からはボロボロと涙が溢れ出していた。


さすがに年下の女の子たちの前で感情が高ぶりすぎた、と自分の情けなさと格好悪さに酷く自己嫌悪に陥る。


従者のハートはハンカチを取り出しかけたものの、結局は何も言わずに、ただ寄り添うように後ろから静かに見守りながら歩いていた。


一方でムスカリは、見たこともないほど顔をクシャクシャにして泣いている自分を、不思議そうに小さな顔で見上げていた。


普段、自分は彼女の部屋に呼ばれてはポーションの実験台にされて、何度も白目を剥いて昏睡させられる酷い目に遭わされている。


それなのに……どうしてこの男は、自分の代わりにあの実の両親を鋭い目で睨みつけ、今こうして自分のために涙を流して泣いているのか。

その理由が、どうしても見当もつかないといった様子だった。


「……ムスカリ。君は、本当に凄いよ。まだたったの八歳なのに、もう誰にも真似できない立派な錬金術なんだ。それに、今試作しているあの『回復ポーション』だって、絶対にもうすぐ形になる」


自分は上着の袖で乱暴に涙を拭いながら、立ち止まり、その小さな身体を真っ直ぐに見つめて語りかけた。


「あんな……自分の子供を子供と思っていないような奴らの言うことなんて、これっぽっちも気にする必要はない。誰が何と言おうと、自分は君のその素晴らしい才能を評価する。だから、君が望むなら……これから先、何十回でも、何百回でも、自分はいくらでも君の新しい薬の実験に喜んで付き合うよ」


自分のその肯定の言葉に、ムスカリがわずかに目を見開く。


彼女は何も言わず、ただ淡々とした瞳を小さく揺らしながら、じっと自分の顔を凝視していた。

その表情が何を意味しているのか、自分には分からない。


背後を歩くハートが、なぜだか静かに口元を緩めた理由も、今の自分にはよく分からなかった。


「……それじゃあ帰ったら早速、次の実験を手伝ってもらおうか」


涙が引いた頃、ムスカリがいつも通りの淡々とした口調で言った。

自分は苦笑しながら、力強く頷く。


「あぁ、いいよ。……でも、他のメンバーには絶対に飲ませちゃダメだからね?」


そう付け加えると、ムスカリは一瞬だけ、分かりやすく眉を下げて残念そうな顔をした。

だが、すぐに元の表情に戻る。


「……分かったよ、クローバー一人だけで妥協する」


彼女の返事を聞きながら、自分は密かに心に決めた。

こんな小さな子を切り捨てたあの親の代わりに、自分が彼女の盾になろうと。

頼りないし本人は嫌がるかもしれないが、父親の代わりを心がけよう、と。


この日を境に、ムスカリの態度に少しだけ変化があった。


気がつくと自分の服の裾を掴んでいたり、実験の合間にじっと隣に座ってきたりする。

彼女なりの方法で、自分に甘えているのが分かった。

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