#23 赤い少女の拳
自室で帳簿を計算し、自分は小さくガッツポーズをした。
ついにルピナスの新武器の購入費用まで残り50万フラを切ったのだ。目標500万フラに対して、すでに九割を超えたことになる。
今までクエスト報酬を一部をカンパしてくれたメンバーや、予想外の副収入となったアイス屋のロイヤリティには感謝しかない。
ゴールが見えてきた嬉しさを伝えようと、自分はルピナスを自室へと呼び出した。
しかし、少しして部屋に入ってきたルピナスは、なぜか顔面を蒼白にさせていた。
体調でも悪いのかと心配する自分を前に、彼女は今にも消え入りそうな声で話し出した。
「あの……クローバー。もしかして……ついに私は『クビ』なのでしょうか?」
「クビぃ?」
予想外すぎる単語に、思わず間抜けな声が出てしまった。
……恥ずかしい。
「だって、ホオズキが仲間になりましたし……。彼女は私と違って、召喚士ですので杖の消費なしで魔術攻撃ができます。それに比べて私は、節約のためと言われて魔術も使わせてもらえず、ただのお荷物じゃないですか……」
どうやら彼女なりに、現在のパーティー内での立場に不安を感じていたらしい。
だが、ホオズキがルピナスの上位互換かと言われると、それはかなり怪しい。
あの子は気分屋で、気乗りがしないと召喚獣を出してくれない日もある。
そもそも召喚獣の攻撃に、何回か巻き込まれそうになったことすらある。
「……本当は、私から『足を引っ張りたくないから脱退させてほしい』って、ちゃんと言わなきゃいけなかったんです。でも……今のパーティーが、みんなと一緒にいるのがすごく楽しくて……。私、自分の気持ちに甘えちゃってました。……自分勝手なお願いなのは分かっています。でも、どうか、私を追い出さないでください……っ」
今にも泣き出しそうなルピナスの言葉を聞いて、自分は慌てて両手を振った。
「待って待って、追い出さないからね!? 勘違いさせてごめんね!」
必死に弁明する自分を、ルピナスは涙目のまま、きょとんとした表情で見つめてくる。
「え……? クビ、じゃないんですか?」
「当たり前だよ。呼び出したのは、あと50万フラで新しい武器の費用が貯まるっていう報告なんだ。まさかそんなに思い悩んでたとは知らなかったけど……費用が貯まったらバリバリ活躍してもらうから、今は気にしないでいいんだよ」
ルピナスの瞳から不安の影が消え、今度はパッと明るい輝きが灯った。
どうやら安心してくれたらしい。
その表情を見て、自分も自然と笑みがこぼれた。
「目標の500万フラまで、あとほんのわずかだ。ルピナス、新しい武器を手に入れて大活躍するためにも、ここからもう一踏ん張り、みんなで一緒に頑張ろう!」
「はいっ、……はいっ! 私、精一杯頑張ります……!」
ぎゅっと拳を握りしめ、力強く頷くルピナス。
嬉しそうに何度も頭を下げながら、ルピナスは部屋を出ていった。
パタン、と静かにドアが閉まる。
彼女の不安も無事に取り除けて、少しはリーダーらしく振る舞えたと思う。
余韻に浸りながら帳簿を閉じようとした、その時だった。
『あ、あの……クローバーさん、今、ちょっとだけお時間よろしいですか……?』
久しぶりに女神様からのお声がかかってきた。
なぜかものすごく申し訳なさそうな声だが、何かあったのだろうか。
『本当に、本当に水を差すようで申し訳ないのですが……。あの、前回の依頼の報酬を私、お渡しするのをすっかり忘れておりまして……』
そういえば、タイムとナノハナの時の報酬を貰っていなかった気がしてきた。
どうやらかなり期間が空いてしまった上に、今まさにルピナスと一致団結して頑張ろう! と盛り上がっていたのを見ていたため、猛烈に言い出しづらかったらしい。
『その、前回は命の危険を伴う大変なお仕事でしたし、新しいパーティーメンバーさんも増えたようなので……、遅くなったお詫びも込みで、一人あたり50万フラ、合計350万フラを支給させていただこうかと……! その、本当に、いい雰囲気のところに水を差してしまってごめんなさい……っ!』
平謝りする女神様の声を聴きながら、自分は手元の帳簿を二度見した。
残り50万フラ。そして女神様からの報酬一人分が50万フラ。一瞬で目標金額が貯まった。
さっき「ここからもう一踏ん張り頑張ろう!」と格好つけてルピナスを激励した自分の姿が脳裏をよぎる。
嬉しい。めちゃくちゃ嬉しいのだが、先ほどの余韻が綺麗さっぱり吹き飛んでしまったのは言うまでもない。
複雑な気持ちではあるが、これだけの大金を届けてくれたのだから怒るに怒れない。
自分はとりあえず、女神様にきちんとお礼を伝えた。
それからすぐに、自分はリビングにパーティーの全員を呼び出した。
「急に集まってもらってごめんね。実は、前回の特別依頼の報酬が今さっき支払われたんだ。だから、みんなに分配するよ。雇い主からのお祝いで、当時はまだ未加入だったホオズキ、ランティア、ムスカリの分も含めてね」
一人あたり50万フラという大金を差し出す自分を見て、他のみんなは突然のボーナスに大喜びしている。
そんなお祭り騒ぎの中、つい先ほどのやり取りがまだ頭に新しいルピナスだけが、完全にきょとんとした表情で固まっていた。
「……ごめんね、ルピナス。何か色々とタイミングが悪くて、ものすごく気まずいんだけど……」
自分が小さくなって謝ると、ルピナスはパチパチと瞬きを繰り返した。
色々な意味で予想外の展開にはなった。なったが――。
とにかく、ついにルピナスの新武器を購入するための資金が貯まったのだ。
武器工房にてすべての金額を支払い、自分たちはローズとともに街の外へと向かった。
新しい武器を早速試したがるルピナスだったが、さすがに街中での試射は危険すぎるからだ。
街の外の開けた場所でルピナスは真新しい魔術籠手を装備し、使い方の説明を受ける。
彼女は圧縮された杖の弾倉をガチリと籠手へ取り付け、右手を正面の森に向けて構えた。
「水の精霊よ、我に力を貸したまえ。――『ネルロース』!!!」
彼女が呪文を唱えた瞬間、籠手から木々を薙ぎ払うほどの大量の水が放たれた。
凄まじい濁流が目の前の視界を削り取っていく。
それと同時に、役目を終えた一発分の杖がカシャンと排莢され、地面に落ちる前にサラサラと砂になって消えていった。
次に、ルピナスは近くにある一本の木の幹を右手で掴み、先ほどとまったく同じ魔術を唱える。
「水の精霊よ、我に力を貸したまえ。――『ネルロース』!!!」
すると今度は、掴んだその木だけが、極限まで圧縮された水魔術によって猛烈な勢いで弾け飛んだ。
狙った対象だけにダメージを与える圧倒的な破壊力。
またしても、もう一発分の杖が排莢されて消える。
同一の魔術を広範囲の殲滅魔術と一点への集中魔術に使い分ける。
これなら何の問題もなさそうだ。
自分はすぐ近くにいるヘリオに目を向けた。
どうやら彼女にも問題はなさそうだ。今までのようにルピナスの高い魔力による悪影響を、彼女は一切受けていない。
これなら、二人で連携しながらの戦闘もこなせるはずだ。
「どうだ? いい買い物だっただろう」
ローズさんが自慢げに語りかけてくる。
彼は、こちらの想定を遥かに超える素晴らしい武器を作り上げてくれた。本当に感謝してもしきれない。
ふと前方に目を向けると、ルピナスとヘリオがお互いに顔を見合わせ、手を取り合って喜んでいた。
その微笑ましい光景をのんびりと眺めていると、不意にルピナスがこちらを振り返った。
次の瞬間、彼女が弾かれたような勢いで自分の胸元へと飛び込んできた。
「わっ!?」
当然、貧弱な自分の筋力でそれを受け止めきれるはずもない。
ドサリ、と音を立てて、自分はルピナスと一緒にそのまま後ろへひっくり返ってしまった。
彼女は自分の胸元に抱きついたまま、嬉しそうに何度も頭を擦りつけてくる。
よっぽど不安が消えて嬉しかったのだろう。
自分は苦笑しながら、とりあえず彼女の頭を優しく撫でておいた。
周囲にいるメンバーやローズさんも、そんな自分たちの様子を呆れたり笑ったりしながら見守っている。
――だが、こんなにも純粋に喜んでいる彼女には、絶対に伝えられない。
さっきローズさんから、この武器の弾倉が3発装填式で、一つ10万フラもするという事実をコッソリ聞かされたことを。
1発につき、約3万3000フラ。
今までの魔術一発で5万フラかかっていたことに比べたら、これでも確かに安くはなった。
安くはなったが、先ほどルピナスが嬉々として放った2発の試射だけで、すでに6万フラ以上が消えている。
彼女には『バリバリ活躍してもらう』と言ってしまったし、今更また『節約してほしい』なんて彼女がガッカリしそうなことは言えない。
……うん。今後の弾代は、自分のポケットマネーから出すことにしよう。
腕の中で幸せそうに笑うルピナスの温もりを感じながら、自分は心の中でそっと涙を流し、新たな金策の決意を固めるのだった。




