#22 ある夏の日
ムスカリが我がパーティーの仲間になってから数日が過ぎた、ある日のこと。
季節はすっかり夏へと移り変わり、外はただ歩くだけで汗が吹き出すほど、だいぶ暑くなってしまっていた。
今日のムスカリの実験は無事に終わった。
彼女は確かに優秀な錬金術師のようで、わずか数日の研究で、『回復ポーション』の原型に近い薬品ができ始めていた。
まだ、擦り傷などのわずかな怪我しか治せない試作品レベルではあるが、彼女の才能は本物だ。
それにしても、最近は上司である女神様からの『特別依頼』はすっかり音沙汰がない。
普段は地道にギルドクエストをこなす日々だが、たまには息抜きも必要なので、今日は全員一致で『完全休養日』に指定していた。
携帯マイホームのリビングで、各自お気に入りの場所を見つけてだらりとくつろいでいるメンバーたち。
この異世界には、エアコンなんて気の利いた文明の利器は存在しないため、室内はそれなりに蒸し暑い。
自分は冷たい水を喉に流し込み、夏の定番スイーツを思い出して、ついぽつりと口に出して呟いてしまった。
「……あぁ、アイスクリームが食べたいなぁ」
「あいすくりーむ……? クローバー、何それー?」
「聞いたことがない名前ですね……」
ソファで謎のポーズをして寝ていたホオズキが首を傾げ、ルピナスが不思議そうな顔をしている。
どうやら、美味しくて冷たい『アイス』という概念は、この世界にはまだ影も形も存在していないらしい。
――人間とは不思議なもので、この世界に「無い」と突きつけられると、余計に食べたくなってきてしまった。
「アイスクリームっていうのはね、冷たくて甘い至高のデザートなんだ。……よし、それじゃあみんな。試しに自分たちの手で作ってみようか」
自分のその提案に、暇を持て余していた女性陣がキラキラと目を輝かし始める。
自分たちはさっそくキッチンへと集まり、牛乳や卵、砂糖といった必要な基本材料を揃えてボウルの中で手際よく混ぜ合わせていった。
「よし、ベースの液はこれでオッケーかな。次に、これを『氷』で冷やしながら、空気を含ませるようにひたすら素早く混ぜ続けるんだけど……」
――そこで、自分はパタリと手を止めて腕を組んだ。
我が家には、というかこの異世界には、当然ながら電気で動く便利な『冷蔵庫』なんてものは影も形も存在しない。
どうやってボウルを冷やすための氷を用意しようかと頭を悩ませていると、すぐ隣からトコトコと、気の抜けた声が響いた。
「じゃあ、私が氷を用意するー」
ホオズキが家のドアを開けて庭の草むらへと躍り出ると、指先で素早く召喚の魔方陣を描き始めた。
(……今度は一体、どんな生き物が出てくるんだろう?)
自分たちが見守る中、眩く輝いた魔方陣の光の中から、一匹の召喚獣がパッと姿を現した。
――それは、手のひらにすっぽりと収まるほどに小さな、真っ白でモフモフな、『シマエナガ』にそっくりな小鳥だった。
「「「「「…………可愛い」」」」」
見守っていた全員の口から、つい言葉が漏れ出た。
「カイオネウス、氷が必要だから出してほしい。いけー」
ホオズキが近場に生えていた一本の大きな木を指さして合図を出すと、次の瞬間。
――パキィィィィン!!!
空間そのものが凍りついたかのような冷徹な硬質音が響き渡り、さっきまで青々と葉を茂らせていた巨木が一瞬にして、太陽の光を浴びてキラキラと輝く巨大な『氷塊』へと姿を変えてしまった。
彼女の呼び出す召喚獣のギャップにも、すっかり慣れてきてしまった。
流石にそのままでは氷が大きすぎて使えないため、自分は後ろに控えていたヘリオへ視線を送った。
「ヘリオ、悪いけどあの氷を、使いやすいサイズに砕いてくれるかい?」
「ん。……ふんっ!!」
ヘリオが盾を振り下ろすと、巨大な氷が一瞬にして扱いやすいサイズに細かく粉砕された。
自分たちはそのありがたい氷を回収して、急いでキッチンへと戻る。
「それじゃあ、この砕いた氷に塩をかけて、あとはこの上でボウルを外から冷やしながら、ひたすら混ぜれば――」
自分がボウルを練り始めると、冷やされた中の液体が、ゆっくり、ゆっくりと、固まり始めた。
ルピナスたちが見守る中、空気をたっぷりと含ませるように丁寧に、優しく練り上げること数十分――。
ついに、白くて、なめらかで、冷たい湯気をうっすらと立てる、この異世界で初めての『アイスクリーム』が完成した。
「よし、これで出来上がりだ。……それじゃあみんな、溶けないうちに早速食べてみて!」
自分は出来上がったアイスを小さなお皿に素早く取り分けて、期待の目を向けるメンバーたちに順番に振る舞った。
――ぱくり、と一口。
それを口に含んだ瞬間、ルピナスたちの目が一斉にキラキラと輝きだした。
「冷たくて、甘くて、口の中に入れた瞬間にフワッととけていきます……っ! もの凄く、ものすごーーく美味しいです、クローバー!」
「ボク、これ大好き」
「おかわりー。もっといっぱいちょーだいー」
ルピナスが感動し、ヘリオが絶賛し、ホオズキが空の器を差し出して気の抜けた声で催促する。
想像を遥かに超える大好評を博したため、自分は完全に調子に乗ってしまった。
「よし、それじゃあ今度は違う味も作ってみようか!」
イチゴやバナナに酷似した果物を使ったトロピカルなフルーツフレーバーや、ランティア用にと、彼女の好きなお酒を少し混ぜ込んだ、大人向けフレーバーも追加で作成していった。
「わぁ、こちらのピンク色のものはは、果物の甘さが絶妙に入っているんですね!」
「おや、こっちはお酒が練り込まれてるのかい? ひゃあ、冷たくて最高にいいねぇ!」
スプーンを片手に美味しそうにアイスを食べてくれている、彼女たちの幸せそうな顔を見ていると、なんだか前世のアイスクリーム屋のアルバイト時代を思い出す。
――あの頃は、夏場はハチャメチャに大変で忙しかったけれど……。
でも、目の前で美味しそうに笑って食べている人を見るのが自分は好きだった。
ふと我に返ってキッチンを見渡した瞬間、自分は冷や汗を流して絶句した。
そこには、自分が調子に乗って作りすぎた、大量のアイスクリームがこれでもかと残っていたのだ。
少量であれば、さっきヘリオに粉砕してもらった氷で保管できそうではあるが……流石に限界がある。
「みんな……ごめん、ちょっと調子に乗って作りすぎちゃった。……流石に多すぎるから、いつもお世話になっているギルドの受付嬢さんや、武器工房のローズさんたちに、日頃の感謝も兼ねて『おすそ分け』として配りに行ってみようか?」
自分のその提案に、美味しいアイスでテンションが上がっていたメンバーたちも、元気よく賛同してくれた。
自分たちはさっそく、荷台へ大量の氷とアイスクリームの詰まった容器を載せ、お世話になっている街の人たちの元へと出発するのだった。
まずは相変わらず衣服の上からでも分かる、筋肉モリモリのローズさんの武器工房を訪れた。
彼にはルピナスの『魔術籠手』の件で、多大なご迷惑をかけているため、アイスを山盛りのにして手渡しておいた。
ローズさんは久しぶりのアイスクリームを、嬉しそうな笑顔で綺麗に平らげてくれた。
次に自分たちは、あの携帯マイホームをオマケで譲ってくれた、魔道具職人の工房へと向かった。
「……アイスか。懐かしいねぇ」
「あれ? もしかして……アイスを知っているんですか?」
「そりゃあ、よく知っているさ。……そういえばこの世界には、『冷蔵庫』も無かったな……」
そう言って、彼は自分の世界へと完全に入り込んでしまった。
――もしかして、あのぶっきらぼうな彼も、自分やゴールドと同じ『転生者』だったのだろうか?
非常に気になるが、そこはまた今度、ゆっくりと時間を置いて詳しく話を聞きに来ることにしよう。
その後、冒険者ギルドでいつもお世話になっている受付嬢さんたちにも一通りアイスを配り終え、自分がひとまずギルドの外へと出たその時、偶然にも、勇者のゴールド一行とバッタリ遭遇することができた。
「あぁ、懐かしいなぁ! 今日みたいな暑い日に、丁度食べたいと思ってたんだよ」
彼もまた、何年ぶりか分からないアイスの冷たさに大喜びしてくれた。
その横で、我がパーティーと勇者パーティーの女性陣がバチバチと火花が激しく飛び散らせていたが、アイスはお口にあったようで、すごく悔しそうな顔をしていた。
「……あ、クローバーじゃん! 何それ、めちゃくちゃ美味そうなの持ってるじゃん!」
ギルド前から移動した大通りで、偶然にも自分たちに声をかけてきたのは、ギルドで知り合った冒険者だった。
確か、名前は……『ガーベラ』だった気がする。
彼女にも「試作品なんだけど」と一つ手渡してみると、一口食べたその瞬間、彼女はハイテンションでその場で飛び跳ねた。
「待って、ヤバい! これガチで美味すぎるんだけど!! マジで天才っしょ、クローバー! これ今すぐこの街でお店出しちゃいなよ!」
「ハハ……ありがとう。でも流石に、自分たちには普段の活動もあるし、お店を経営する暇なんてとても――」
「はい決定ーー! グダグダ言ってないで、ちょっと今すぐこっち付いてきて!」
「え、ええ……っ!?」
自分が断る間など与えられず、腕を強引にガシッと引っ張られ、そのまま街の『商業ギルド』まで、猛烈なスピードで連行されてしまった。
商業ギルドの建物へと連行されてからは、恐ろしいほどのハイスピードで展開が進んでいった。
ガーベラに言われるがまま、奥から出てきた商業ギルドの偉い人たちに、小皿に取り分けたアイスを恐る恐る試食してもらう。
すると、彼らは口に入れた一瞬でとろけるような至福の表情を浮かべたかと思うと、次の瞬間には一斉に血相を変えて立ち上がったのだ。
「す、素晴らしい……! これはこの工房都市の、特大の『新名物』になる!! どうでしょうクローバーさん、『店舗』や現場で働く『従業員』の確保は、我が商業ギルドがすべて手配いたします! 貴方はただ、我々にそのレシピを提供し、監修に専念していただければ結構ですので! 決して、冒険者としての活動にお手間はおかけしませんから!!」
「え、いや、あの……」
完全に自分を置き去りにして、目の前で話がどんどん進んでしまう。
助けてくれと後ろに控えるメンバーたちに視線で必死に助けを求めるも、彼女たちまで完全に乗り気で、逃げ道を完璧に塞がれてしまった。
自分が一から生み出したわけでもないのに、もう引き返せる雰囲気ではなかった。
「決まりですね! それで、一番重要な『お店の名前』はいかがいたしますか? アイスクリームという革新的な商品ですから、開発者であるクローバーさんのお名前とシンプルに組み合わせて、『クローバー・アイスクリーム』などはいかがでしょう?」
「嫌です」
自分はあまり、前に出るのが好きではない。
名前を街中の看板に晒すような恥ずかしい真似は、絶対に嫌だ。
「……おや、そうですか。それでは、貴方の姓を冠して、『ラブクラフト・アイスクリーム』では?」
「絶対に嫌です」
ラブクラフト家は取り潰しになっているので、縁起が悪い。
それにどこか呪われそうで不安だ。
「なるほど、では……クローバーさんのパーティー名から取って、『キューピッド・アイスクリーム』ならいかがでしょうか」
「……もう、それでいいです。それでお願いします」
自分が半ば諦め気味にそう告げると、商業ギルドの恐るべき資金力と超スピード手配によって、わずか数日後には街の一等地に『キューピッド・アイスクリーム』の看板が掲げられ、めでたく正式開店の運びとなった。
――そして、その結果は。
自分が予想していた数倍以上の、凄まじい大繁盛だった。
鉄を叩く熱気で年中暑いこの工房都市において、ひんやりと冷たくて甘い冷菓は、瞬く間に労働者や住民たちの間で空前の大ブームを巻き起こした。
連日、開店前から店の前には長蛇の列ができ、作っても作っても売り切れるという、信じられないほどの売上を見せた。
自分はただ、現場の人たちに作り方とレシピを提供しただけなのだが……。
商業ギルドとの契約に基づき、毎週、結構な金額のロイヤリティ収入(不労所得)が、自分の懐へと転がり込んできた。
(すごいな。毎週何十万フラもの大金が勝手に入ってくるぞ……)
莫大な不労所得を前に、これならルピナスの『魔術籠手』の費用も、自分の想定より早く貯まるかもしれない。
自分は確かな手応えに、少しだけ胸を躍らせるのだった。
開店からさらに数日が過ぎた、ある日のこと。
自分は日用品の調達などの用事で、街中を一人で歩いていた。
すると、すれ違う見知らぬ冒険者や、街の住人たちが、何故か自分の顔を見てはヒソヒソと何やら楽しそうに噂話をしていることに気がついた。
「ねぇ、あれって噂の『アイスの人』じゃない?」
「あぁ、間違いない。あれが『キューアイ』の……」
「本当だ、『キューアイ』の人だ!」
「おっ! 『キューアイ』のにーちゃん!」
――……。
『アイスの人』と呼ばれるのは、まだ理解できる。
だが、『キューアイの人』とは一体全体どういうことだろうか。
あまりにも不名誉で恥ずかしい呼ばれ方をされている気がしてならない。
嫌な予感が走ったため、自分は急ぎ足でアイス屋へと足を運ぶことにした。
街の一等地にある店舗の前に到着し、連日できている長蛇の人だかりの隙間から、店舗を覗き込んだ。
以前までは影も形もなかったはずの、入り口の最も目立つ特等席。
そこには、金色の巨大で豪華な額縁に入った、三割増しくらい不自然に美化したであろう、クローバー。
――つまり『自分の肖像画』が威風堂々と掲げられていたのだ。
自分の気配を察して、お店の奥から商業ギルドの担当者が、満面のスマイルを浮かべて近づいてきた。
「クローバーさん! 見ていただけましたか! この未曾有の大商機を絶対に見逃すまいと、我が商業ギルドが総力を挙げて、張り切らせていただきました! こんな歴史的人気商品を生み出した天才なんですから、看板代わりに肖像画も設置させていただきましたよ! これでクローバーさんの偉大さを、街中の人々が認識されますよ!」
「あ、あ、あ…………あああああああ……っ」
――名前を『キューピッド』に逃がした意味が、完全になくなったじゃないか。
自分はあまりの公開処刑に、その場に両膝から崩れ落ち、口から魂が抜けそうになる。
今はただただ、にこやかに笑っている自分の肖像画を見つめることしかできないのだった。




