#21 彼女の名前
上手く頭が働かない中、自分は目の前にある美味しい朝食を黙々と食べ進めていった。
温かいスープを胃に流し込み、少しずつ脳の霧が晴れて冷静な思考が戻ってきたところで――自分は手元のスプーンをピタリと止めた。
「……ねぇ、みんな。一応の確認なんだけど……あんな子、ウチのメンバーにいたっけ?」
自分のあまりにも素朴な疑問に、食卓を囲むメンバー全員が一瞬だけ、ビクッ!と不自然に肩を跳ね上げた。
「な、何言ってるんですか、クローバー! 昨日、正式に加入した錬金術師の『ムスカリ』ですよ!?」
ルピナスが引きつった笑顔のまま、必死のトーンで言い張る。
「ムスカリ……?」
「はい! 彼女の卓越した調合技術を高く評価して、ご主人様自らがスカウトされたじゃないですか!」
すかさず、ハートが大真面目な顔で畳み掛けてきた。
「クローバー、もしかして……まだ寝ぼけてる?」
ヘリオに至っては、自分がまだ寝ぼけているのかと心配してくる。
「ムスカリがみんなに薬やお酒を造――」
「いやー! ホオズキも! 優秀な仲間が加入してくれて本当に嬉しい、よな!」
ホオズキが何か言いかけたが、ランティアが恐ろしいスピードで彼女の口を塞いでしまった。
ホオズキ以外の全員が、自分と目を合わせないように視線を逸らしているのが気になるが……。
ここまで全員に力強く説明されると、なんだか彼女たちの言うことの方がが正しいような気がしてきた。
「う、うん……。みんな、ごめん。なんだか昨日の記憶が曖昧で……」
自分が謝罪していると、スープを飲み終えたらしい幼女――ムスカリが、自分にギルドカードを差し出して見せてくれた。
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ムスカリ 人族/女 8歳
職業:錬金術師 冒険者ランク:E
能力値(最大数値10)
筋力:1
耐久:1
魔力:2
知力:9
俊敏:2
器用:6
運命:2
成長:6
所持スキル
錬金術(薬剤調合、物質変換)
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提示されたカードの所属欄を確認すると、そこには確かに我がパーティー『キューピッド』の文字が、ハッキリと刻まれていた。
それにしても、彼女は八歳にして既に知力の数値が『9』に到達しているらしい。
新入りの幼女に頭脳面で惨敗している事実に、お荷物リーダーとしては自尊心がガリガリと削られる。
「疑って悪かったね、ムスカリ。これからよろしく」
自分は彼女に謝罪してカードを返却し、再び美味しい朝食を口に運びなおすのだった。
美味しい朝食を終えた後、食器の片付けはルピナスたちに任せて、自分はさっそく新メンバーのムスカリに彼女の個室へと呼び出された。
部屋の机の上には、いつの間にやら怪しげなフラスコや見たこともない複雑な錬金器具がズラリと並べられている。
ムスカリは一冊のノートをバサッと広げると、冷徹な瞳で自分に問いかけてきた。
「それじゃあクローバー。わたしの研究のために、貴方が知っている限りのポーション名を教えてもらおうか」
「え? あ、うん……。傷を治す『回復ポーション』に、魔力を回復させる『魔力回復ポーション』……体の治癒力を一時的に上げる『持続回復ポーション』、毒を中和して治す『解毒ポーション』、あとはどんな病や怪我でもなんでも治せる幻の『万能薬』なんてのもあったかな。他にも『水中呼吸』のポーションとか――」
自分が思いつく限りのポーション名を出すと、ムスカリは目をランランと輝かせながら、凄まじい速度でノートにペンを走らせてメモしていた。
一通り出し終えると、彼女は満足そうにパタンとノートを閉じ、何かの準備を始めた。
「よし、おおよそ把握はできた。それではまず、記念すべき第一回『回復ポーション』の再現実験を開始しよう。題して――『ムスカリの三分調合教室』のお時間だ!」
――突然、謎のBGMが流れそうな何かが勝手に始まった。
自分は腕をぐいぐいと力任せに引っ張られて、フラスコの置かれた実験台のすぐ真隣へと無理やり立たされる。
ムスカリは手元のすり鉢に怪しげな薬草を放り込み、誰に向けているのか一人で楽しそうに実況を始めた。
「まず、街で購入していた『薬草』を少々と、血行促進効果のある『キノコ』。これを細かくすり潰してフラスコに一気に投入する。次に、わたしのスキル『物質変換』で用意した魔力水を注ぎ、これらを均一に混ぜ合わせて……ちょっと内緒の細工をして……はい、完成!」
出来上がったフラスコの中には、至って綺麗な緑色をした……けれど、なんだか底の方からゴポゴポ、ドロドロと不気味に黒い泡が立ち上っている、見るからに毒々しい液体が完成していた。
「さぁさぁ、出来立ての第一号だ。グイッと一気に」
「あっ、はい」
満面の笑みで差し出された器を、自分は反射的に受け取り、ゴクゴクと喉の奥へ流し込んでしまった。
――その、次の瞬間だった。
ドサッ!!!
「おや……? 気絶したかな? うーん、材料が正しくなかったのか、配合の比率が悪かったのか、はたまた『物質変換』した水が致命的にマズかったか……あぁいけない。以上の臨床結果をもって、本日の調合教室はこれにて無事に終了! それでは諸君、また来週〜!」
どこか斜め上の空間に向けて笑顔で手を振りながら、即座にフラスコを洗って証拠隠滅を図るムスカリ。
その後、ピクリとも動かず完全に昏睡しているクローバーの身体は、彼女の部屋の外の廊下へとゴミのように容赦なく投げ出され――そして、たまたま廊下を通りかかったヘリオによって、どこかへ回収されていくのだった。




