#18 魔術銃
――翌朝。
昨夜の夢見の悪さもあってか、自分はいつもの時間に起きることができなかった。
ぼんやりとした意識の中、自分の枕元から、じっと熱い視線を送ってくる静かな気配を感じてパッと目を覚ます。
「――おはようございます。ご主人様♪」
自分のベッドのすぐ真横に、完璧な従者の姿勢でハートがちょこんと立っていた。
どうやら、いつもより起床が大幅に遅かった自分を心配して、健気に起こしに来てくれたらしい。
口元はいつもの表情だったが、背後にある彼女の尻尾がプロペラのように激しく揺れている。
彼女にお礼を伝え、自分は急いで着替えを済ませて一階のキッチンへと降りることにした。
薄暗かったリビングには、すでに他のメンバーたちが全員揃って自分の席を空けて待ってくれていた。
自分が中央の席に着席すると、食卓にはハートが用意してくれた温かいスープや新鮮なサラダが綺麗に配膳されており、そこへルピナスが「クローバー、焼き立てですよ!」と、香ばしいトーストを笑顔で運んできてくれた。
どこかの安宿の不味い飯とは違う、最高に美味しい朝食。
自分はサクサクのトーストを口に運びながら、手元の予定帳を開き、今日の具体的な予定をメンバーたちに切り出すことにした。
「みんな、ちょっといいかな。今日はこれから、ローズさんの武器工房へ向かって、自分が個人的に頼んでいた武器を正式に受け取る予定になってるんだ。
だから、受け取ったらそのまま全員で一度ギルドへ向かい、手頃な討伐クエストを受けて、実戦でテストをしてみたいんだけど……どうかな?」
「いいですね! 私もクローバーがローズさんに頼んでいた『銃』という武器が、ずっと気になってたんです!」
ルピナスが、自分のことのように目を輝かせる。
「……銃、ってのはなんだい?」
一方で、席の端っこでトーストを齧っていたランティアが、不思議そうに首を傾げた。
「言葉での説明は……結構難しいな。まぁ、百聞は一見に如かず、実際に本物を見た方が早いと思うよ」
自分の言葉に、特にメンバーからの反対意見も無く、今日の『キューピッド』の活動方針はスムーズに決定した。
貧弱お荷物剣士である自分が、戦闘力アップのために考えた、初めての専用武器。
手早く朝食を終えると、五人のレディたちを引き連れて、あのウエスタンなローズさんの工房へと意気揚々に出発するのだった
ローズさんの武器工房を訪れると、筋肉モリモリの職人はニヤリと豪快に笑い、カウンターの上にずっしりとした無骨な鉄塊を置いた。
それは――前世の自分が映画やゲームの向こう側で深く憧れたことのある、あの機能美にあふれた『回転式拳銃』そのものの姿をしていた。
「ほらよ兄ちゃん、頼まれてた品だ」
自分の細い手でカウンターから持ち上げてみると、ずっしりとした鉄の重みがそれなりに重たく、けれど心地よく掌に馴染んだ。
ローズさんは、さっそくこの試作銃の簡単な仕様説明を始めてくれた。
「装弾数は、本物と同じで『六発』だ。火薬の代わりに、あらかじめ魔力が込められた専用の弾薬を使う。こいつをシリンダーへ装填して引き金を引けば、弾薬に刻んだ魔方陣が起動して、狙った場所へ『下級魔術』相当の魔術弾をまっすぐ射出できる仕組みだ
ローズさんはカウンターの上に、カラフルで小さな弾薬の箱をいくつも並べていく。
「それぞれ弾薬の色によって『火、水、風、土、雷、氷』……といった具合に、込められている魔術の属性が違う。相手の弱点や状況によって、撃ち分ける弾を選ぶといい。今回は最初のサービスとして、各属性を十二発ずつ作って箱に分けてある。
もし今後弾が不足したらウチでまた作ってやるが……それなりに材料費がかかるから、気軽にパンパンと無駄遣いするのだけはオススメしねぇぞ?」
「ありがとうございます、ローズさん。大切に使わせていただきます」
自分が大真面目にお礼を告げると、ローズさんは少しだけ真剣な目付きになって、自分の丸眼鏡の奥を覗き込んできた。
「あとは以前にも釘を刺したが、やっぱりそいつは『魔力が極めて低いやつ』にしか扱えねぇ。もし間違えて隣の赤いお嬢ちゃんみたいな魔力が高い奴が引き金を引こうとすれば、魔力が悪影響を及ぼして暴発する。下手すれば手首が肉片になって吹き飛ぶからな。他人にどうしても触らせるなら、絶対に相手を選べよ。……最後に、撃てるのはあくまで『下級魔術』だ。あまり過信しすぎて無茶な格上相手に特攻するなよ、兄ちゃん」
「――はい。肝に銘じておきます」
ローズさんの恐ろしい警告を聞いた瞬間、横から好奇心で銃を触りたそうに指をウズウズさせていたルピナスとホオズキの二人が、「ひぇっ……!?」と同時に引きつった悲鳴を上げて、慌てて数歩後ろへとガタガタ震えながら下がっていった。
(……あまり、人には触らせないようにしようしよう)
自分は回転式拳銃……いや、『回転式魔銃』を腰のホルスターへと収め、新たな武器の手応えに胸をこれでもかと高鳴らせるのだった
ギルドでさっそく手頃な討伐クエストを受け、自分たちは意気揚々と工房都市の外の平原へとやってきた。
今回のターゲットは、上空を我が物顔で悠々と旋回している、大きくて獰猛そうなハトの顔をした飛行魔獣の群れだ。
飛び道具である自分の魔術銃のテストには、これ以上ないほどうってつけの絶好の相手である。
――だが、いざ頭上を見上げてみると、魔獣たちは想像以上のかなりの高度を飛び回っていた。
(……あんなに高い位置を飛んでいる相手に、本当に弾が届くのかな……?)
自分の心の中に、急速に不穏な不安がよぎる。
地上からの直接の攻撃手段を一切持たないヘリオ、ハート、そしてランティアの三人は、ただただ上空を見上げて首を傾げることしかできない。
「クローバー、私の魔術でいくらか撃ち落として、地上まで注意を引きますか?」
ルピナスが心配そうに、杖を構えて聞いてくれた。
お願いしたいところだったが、彼女の新武器費用のためにも、今は少しでも節約したいのが本音だ。
どうすべきかと自分が腕を組んで悩んでいると、すぐ隣からトコトコと、あの気の抜けたマイペースな声が響いた。
「じゃあ、わたしが召喚獣を呼ぶー」
ホオズキがいつの間にやら、地面に素早く召喚の魔方陣を描き始めていた。
またあの、ペンギンのレヴィアタンを呼ぶのだろうか。
自分もあの子にはまた会いたいと思っていたので、心の中で少し嬉しくなる。
地面の魔方陣が眩しく輝いて、一匹の召喚獣がパッと光の中から姿を現した。
――だが、そこにいたのはペンギンではなかった。
自分の手のひらの上にもちょこんと乗るほどに小さな、フサフサしたトゲを生やした『ハリネズミ』だった。
「「「「「…………可愛い」」」」」
敵が頭上にいるというのに、またしても自分たちの緊張感が、ふにゃりと抜けて霧散してしまう。
しかし、あのペンギンの前例があるのだ。
絶対に見た目で油断してはいけない。
――あっ、でも、つぶらな瞳でこっちをジッと見つめてきてる。
ハチャメチャに可愛い。
「サンダーバード、いけー。あの鳥たちを打ち落とせー」
ホオズキが無表情のまま気の抜けた命令を下すと、小さなハリネズミはてちてち、てちてちと短い足で健気に歩き、自分たちから少しだけ離れた場所で立ち止まった。
どうやら、あのサイズで『サンダーバード』という大層な名前があるらしい。
サンダーバードが完全に足を止めた――その、次の瞬間だった。
穏やかだった青空に突如として禍々しい黒い雲が発生し、周囲の空間を支配し始めた。
ゴロゴロ、ゴロゴロと激しい雷鳴が響き渡ったかと思うと、直後、巨大な落雷が上空のハト魔獣の一匹に直撃。
そこから弾けるように、周囲の群れ全体へと光の鎖のように雷が凄まじい速度で連鎖していった。
――バチバチバチッ!!!
「ぽーっ!?」という悲鳴を上げながら、ボタボタボタッ!と、黒煙を上げて丸焼きになったハト魔獣たちが次々と落ちてくる。
どうやら一網打尽にしたようだ。
自分の役目を終え、どこか誇らしげな顔でてちてちと帰ってくるサンダーバード。
あまりの愛くるしさに、自分はつい、ご褒美をあげたくなってしまう。
それから自分たちは、丸焼きのハト魔獣をギルドへ運搬し、クエストの報酬金を使って、帰り道の市場でサンダーバードへのご褒美の果物を購入。
安全な我が家に戻った後は、全員で「可愛いねぇ、可愛いねぇ」とサンダーバードを囲んでデレデレと可愛がる、最高の時間が始まった。
(……そういえば、ペンギンのレヴィアタンには、ご褒美を渡せていなかったな。また今度、あの子のことも呼び出してもらって労ってあげよう……)
楽しい時間が過ぎ、やがて就寝時間になったため、それぞれの個室へと解散した一行。
自分は静かな自室に戻ると、どっと押し寄せてきた疲れと共に、腰のベルトから丁寧に装備を外していった。
――ゴトッ。
机の上に、重厚で無骨な鉄の音が虚しく響き渡る。
「…………」
自分は眼鏡を外し、逃げるようにベッドの中へと潜り込んで激しく不貞寝するのだった。




