#2 旅の始まり-2
気がつくと、自分はどこか謎の真っ白な空間に立っていた。
そして自分の目の前には、一人の青年が佇んでいる。
なんとなく直感的に理解した。
彼こそが、この世界で自分の代わりに十六歳までを生きてくれた、人格コピーの『分身』なのだと。
これが転生後の容姿か、と自分は感心する。
緑色の髪で、歳は高校生ぐらいだろう。
こちらでも視力は良くないのか、小さな丸眼鏡をかけている。
体はすらっとしていて、あまり筋肉はなさそうだ。
顔も悪くはないと思うが……なんだか、とても疲れた顔をしている。
あまりジロジロ見すぎても分身に失礼なので、自分は彼に話しかけた。
「えっと……君にばかり面倒な子供時代を押し付けて、本当に申し訳ない」
苦労をかけた身代わりへ、自分は申し訳なさから素直に謝罪した。
――だが次の瞬間、分身はなぜか、気まずそうにふいっと自分から視線を逸らしたのだった。
(……もしかして、怒っているのだろうか)
不安に思う自分へ、分身はどこか諦めたような、そして底知れない安堵と申し訳なさの入り混じった複雑な表情を浮かべ、そっと右手を差し出してきた。
「……いや、怒ってるとかじゃないから気にしないで。それじゃあ、この手を握って。握手をすれば、すべての引き継ぎが始まるから」
「わかった。これまで本当にありがとう」
自分がその手をしっかりと握りしめると、分身はふっと、憑き物が落ちたように穏やかに微笑んだ。
「これからは君の人生だ。……ものすごく苦労するだろうけど、頑張ってね」
その言葉の重みを理解する暇もなく、二人の手の隙間から、眩い光が溢れ出すのだった。
瞑っていた目を開けると、自分は大きな木に寄り添って腰かけていた。
ここが女神様の言っていた異世界だろうか……
周囲を見渡すと、自分がいる場所は見渡す限りの広大な平原のようだった。
遠くには深い森や、賑やかそうな町らしき場所も見える。
(最初は、ひとまずあの町を目指すのがゲームだと定石だろうか?)
そう考えて立ち上がろうとした瞬間、自分の身体が驚くほど軽くて若いことに気がついた。
すらりと伸びた手足に、若々しい肉体。
どうやら分身からの引き継ぎは、無事に成功したらしい。
脳の引き出しを開ければ、この世界の一般的な常識や知識が、すんなりと頭に浮かんできた。
自分が元貴族の家系であることや、これまでの大まかな経歴のデータもしっかりと分かった。
――ただ、何かがおかしい。
経歴は完璧に思い出せるのに、その時自分がどんな気持ちだったのかという感情だけが、どう頑張っても一切思い出せないのだ。
まるで、他人のあらすじだけを、頭の中に丸暗記させられたかのような希薄な感覚。
歪な感覚に頭を抱えそうになっていると、脳内に聞き覚えのある声が響いてきた。
『クローバーさーん! 無事に転生できましたか? 引き継ぎの具合はどうですかー?』
のん気な様子で話しかけてきた女神様に、自分は混乱しながら脳内で返事をする。
「それが、体や知識に関しては問題なく引き継げたと思うんですが……思い出みたいなものが丸々ないんです」
『えっ!? そんなはずは……ちょっと待ってくださいね。えーっと、転生の設定書類は……あ、あれ?』
女神様が何やらバタバタと慌てだす気配が伝わってくる。
『わああああ! どっ、どうしよう、ごめんなさーい! 設定用紙の『思い出・感情』の部分を、引き継ぎ『しない』にしちゃってましたーっ!!』
「…………」
どうやら、設定ミスで分身の思い出はパーになったらしい。
分身には申し訳ないが、女神様もワザとではないのだ、消えてしまったものは仕方がないので諦めよう。
とりあえず転生先の経歴を確かめてみよう。
脳の引き出しを開け、頭の中に揃っている経歴を参照していく。
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クローバー・ラブクラフト
〇歳:ラフロー王国の中級貴族ラブクラフト家に、父ロベリオ、母カスミソウの長男として生を受ける。
一歳:母親が死去。
四歳:周囲よりもいち早く、文字や算術を覚える。
五歳:魔力がゼロであると判明。魔術を諦め、剣術を習い始める。
八歳:下級剣術を取得。実父ロベリアの命により、父親の代わりに謝罪行脚が始まる。
十歳:バイオレット家の十三女、ヘリオトロープと婚約関係になる。その二か月後、実父ロベリオが原因で婚約は強制破棄。
十一歳:中級剣術を取得。
十五歳:十六歳の誕生日の前日、父親の度重なる不祥事により、ラブクラフト家が正式に取り潰し処分となる。平民へ転落。
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「……なんとなくだが、分身が疲れていた理由がわかってきた気がする」
おそらく父親がかなりの毒親だったのだろう。
あいにく肝心な思い出がないので、八歳から頭を下げ続けた屈辱も、実家が潰れた感覚も、自分にとっては『どこか遠くの国の歴史』のように感じてしまう。
ほぼ完全に他人事だ。
ちなみにこの世界での名前はクローバーというらしい。
生前から植物は好きだったので良い名前だと思う。
姓のラブクラフトについては……呪われそうであまり名乗りたくはない。
凄まじい年表を前に他人事のように感心していると、再び脳内に女神様の声が響いた。
『ひとまず遠くに見えるあの町に行って、ギルドで「冒険者登録」をされてはいかがでしょうか? ご自身のステータスもわかりますし、ちょっとしたオマケも用意していますので』
「なるほど……とりあえず行ってみますね」
冒険者登録か。
まぁ、十一歳で中級剣術を取得しているわけだし、そこそこ戦えるスペックはあるはず……。
自分の戦闘力に少しだけ期待を抱きながら、冒険者ギルドへ足を向ける。
平原から見えていたコランという町に到着し、自分は冒険者ギルドへ足を踏み入れた。
まずは受付へ向かい、冒険者としての登録を済ませる。
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クローバー・ラブクラフト 人族/男 16歳
職業:一般人 冒険者ランク:E
能力値(最大数値10)
筋力:3
耐久:3
魔力:0 魔術使用不可
知力:6
俊敏:6
器用:6
運命:6
成長:1
所持スキル
中級剣術
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「……おや?」
目の前に浮かび上がったお粗末な数字の羅列に、自分は思わず真顔で呟いていた。
魔力は堂々の『ゼロ』、これは先ほどの経歴にも記載があったので知っていた。。
問題は、前衛である剣士のはずのなのに、筋力と耐久が低いことだ。
ギルド受付の女性の話によれば、初心者剣士であっても普通は最低『5』はあるらしい。
知力や器用さなどは『6』あるようだが、戦闘職としてはお荷物と言わざるを得ないスペックだ。
逆に分身は、よくこの貧弱な体で中級剣術なんて取得できたものだ。
だからあんなに疲れた顔をしていたのだろうか?
そんなことを考えていると、頭の中に女神様の声が聞こえてきた。
『クローバーさん聞こえますか? 転生後のステータスはいかがでしたか? オマケで成長のパラメータを最大の『10』に設定しておいたので、大変強力な能力値に仕上がってるかと思いますが――』
「えっ、成長の数値『1』でしたけど……」
『えっ? そんなはず......あ”あ”あ”あ”!?』
なにやら女神様の凄まじい絶叫が響き渡る。
「どうしました?」
『ごめんなさい! 数値を10にするはずが0の部分が抜けていて1になってました……』
「……今から変更とか、後から強くなったりとかは?」
『ごめんなさい……! 成長は後から変更できませんし、成長が低いのでもう伸びしろが……』
「現在のステータスで戦えますか?」
『中級剣術を取得していますので、弱い魔物や下っ端の山賊などが相手でしたら多少戦えますが、同格やそれ以上ですと一切歯が立ちません』
どうやらザコ敵以外は大変厳しいらしい。
ホワイト職場でイージーやノーマルの難易度だと思っていたら、とんでもないベリーハードだ。
『と、とりあえず安心してください! 他の部分でリカバリーしますし、最後まできちんと面倒見ます!』
使えない人材になったからクビ――とはならないようで一安心だ。
上司側のミスとはいえ、見捨てられないでよかった。
ペット扱いのような発言は、あえて気にしないことにしよう。
『まずは冒険者ギルドで仲間を募集してみましょう! 強力な仲間がいればなんとかなるかもしれません! 私もお手伝……いはできませんでした』
そうだった。神は異世界だと転生者以外には直接関与できないのだった。
だからこそ神下を雇って、代わりに現地で動いてもらうのだ。
つまり、ここからの仲間集めは全て自力。
悩んでいても何も改善しないので、やれるだけやってみよう。
『どうぞこちらを持って行ってください。この世界の通貨で『フラ』といいます。価値は1フラ=1円ですので、あなたにとっても計算しやすいと思います』
クローバーは50万フラを手に入れた。
金額が大きいのは、間違いなくミスの謝罪分込みなのだろう。
「……とりあえず、やれるだけ頑張ってはみます」
『はい! 応援してます!』




