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#16-EX ハウス会議 

女性陣と交代でようやく入浴を済ませ、自分は浴びせられた吐瀉物で汚れた身体を念入りに綺麗さっぱりと洗い流した。


お風呂から上がった、自分とルピナス、ヘリオ、ハートの四名は、リビングのテーブルを囲んで真剣な顔で臨時の『第一回・運営会議』を始めることにした。


ちなみに、まだ部屋の隅でぼーっとしているホオズキと、迎え酒を煽っているランティアの二人は、この会議には一切参加させていない。

お風呂に入っている間に二人の『生活能力』を確認してもらった際に、あまりにも低すぎて組織の運営としては完全に足手まといになると判断し、満場一致で除外することにしたのだ。


今回の会議の議題は、まずパーティー内における絶対的な『ルールの策定』である。

今までは宿屋暮らしの少人数だったため、特にルールなど決めたことはなかった。

だが、今朝のあの地獄絵図を踏まえれば、猛烈な反省と再発防止のシステム化が必要不可欠だ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

『キューピッド』絶対遵守ルール・第一条


・ホオズキとランティアの二人には、単独での買い出しを頼まない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


全員の血の滲むような同意のもと、まずは最優先でこの鉄の掟を定め、速やかに次の議題へと移る。


次の議題は、この新居(携帯マイホーム)での具体的な『家事分担』についてだ。


今までは気楽な宿屋暮らしだったため、部屋の掃除や日々の料理はすべて宿の従業員がやってくれていた。

だが、これからは自分たちの手で、この広大な一軒家を綺麗に維持していかなければならない。


「それじゃあみんな。それぞれの得意分野を活かして、効率よく毎日の役割を決めていこうか」


自分は手元に新しく用意した帳簿を開き、インクのついたペンを構えながら、信頼する三人のメンバーの顔を見つめて役割を割り振っていくのだった。


協議の結果、まずヘリオの役割は主に『力仕事全般』に決定した。

毎日の水汲みや、重い荷物の持ち運びを伴う買い出しなどを一手に担当してもらうことになったのだ。

――というより、彼女の怪力を考えれば、それ以外の繊細な家事は力加減をほんの少しでもミスった瞬間に家財道具を粉砕してしまうため、実質的にこれしか任せられる選択肢が無かったのだが……


さて、残る大まかな役割は『掃除』『洗濯』『料理』の三つだ。

自分としてはこれらをバランスよく全員で分担しようと提案したのだが、今朝のあの凄まじい大惨事のトラウマが強烈すぎたせいか、ルピナスとハートの二人から、悲壮感すら漂う物凄い勢いで懇願されてしまった。


「掃除も洗濯も料理も、すべて私たちが死ぬ気で担当します! ですから、クローバーは今日からこの家では何もしなくて絶対に大丈夫です!!」


「はい! ご主人様はただ椅子に座って楽をしていてください! 粗相の埋め合わせとして、私たちが完璧に家事を回してみせますからっ……!」


リーダーとしてただ椅子に座って楽をしてくれ。と言われれば正直に言って、そのまま甘えたい部分は大いにあった。


――だが、ちょっと待ってほしい。


自分は普段から、このパーティーにおいて『戦闘面での活躍』なんてものは一切ないのだ。

何しろ、ザコ敵しか倒せない貧弱お荷物剣士なのだから。


そんな自分が、この新居での家事まで全て女の子たちに奪われてしまったら、それこそパーティー内における自分の『居場所』も『リーダーとしての存在価値』も完全に消滅してしまう。

ただの養われている居候のヒモ男になってしまう。


それだけは、大人のプライドが絶対に許さなかった。

なんとか「自分にも料理や掃除の手伝いをさせてくれ!」と二人を説得できないものかと考えを巡らせていた、まさにその時だった。


自分の隣でじっと話を聞いていたヘリオが、すくっと立ち上がった。


「二人とも、クローバーが困ってる。……ねえ、クローバー。ボクが責任を持って、二人を説得するから、少しの間だけ、部屋の外へ席を外してほしい」


ヘリオが、いつになく頼もしい声で自分を見つめてきた。


一体全体、彼女がこれからどんな理論を駆使してあの二人を説得するつもりなのかは、全くもって不明である。

だが、その気だるげな瞳の奥には確固たる自信があるようで、何だかもの凄く頼もしく感じられた。


「……分かったよ、ヘリオ。それじゃあ、二人の説得を君に全面的に任せるね」


自分は大人しく、リビングのドアを開けて一時的に席を外すのだった。






――ルピナス視点――


「さて二人とも、考えてみてほしい。彼がボクたちのためにエプロン姿で料理している姿を」


ヘリオの言葉を受けて、自分たちのためにキッチンで一生懸命に料理を作ってくれている彼の姿を想像する。

……悪くない。というか、もの凄くいい。

新婚生活みたいで凄くときめく。


「次に、お風呂の掃除中に、うっかり脱衣して入ってきたボクたちと鉢合わせてしまう彼を」


……おや? なんだか、話の方向性が急激におかしくなってきたような気がする。

だが、まぁ、ハプニングとしてはかなり大胆ではあるけれど……。

鈍感な彼に私たちのことを異性として意識してもらう手段としては、十分にアリかもしれない。


「さらに、洗濯中に、ボクたちの下着を見つけて、真っ赤な顔をして恥ずかしそうに洗っている彼を」


「……っ!! 素晴らしいですヘリオ様……っ!」


隣でハートが鼻血を出しそうな勢いで激しく何度も頷いている。

だが、私には流石にそんな変態的な趣味はないため、慌てて両手を振って待ったをかけた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいヘリオ! 流石にそれは大胆とかそんな次元を遥かに超えていませんか!? それに、万が一……万が一ですよ? 洗濯物にちょっとした汚れなんかを見られてしまった日には、私は恥ずかしさで今すぐこの世界から消滅してしまいます!!」


「恥ずかしい気持ちはわかる。だけど、将来『夫婦』になるなら、見せたくない汚い部分だって最初から見せ合っていかないと。ボクのパパとママはそう言ってたし、昔から毎日喜んでお互いのすべてを見せ合ってた」


ヘリオは相変わらず無表情のまま、バイオレット家の情報を淡々と口にする。


「…………それは、ヘリオのご両親が致命的に特殊なだけなのでは?」


私が引きつった顔でツッコミを入れると、今度は隣のハートが、キリッとした真面目な顔をしてヘリオの言葉を肯定した。


「いいえルピナス様。キャンベル家に仕えている私の両親も、昔から色々と見せ合っていましたよ。夫婦とはそういうものです」


「……はい!?」


ハートの追撃の言葉に、私は本気で頭が痛くなった。

まさか、この部屋にいるメンバーの中で、私のまともな意見が『少数派』になってしまった。


結局、私の必死の抵抗も虚しく、家事はすべて彼も含めた三人で平等にローテーションすることが、多数決によって無慈悲に決定した。

これから訪れるであろう数々の破廉恥なハプニングを想像し、一人で顔を真っ赤にして絶対に納得がいかない私をその場に残して、会議は爆速で締めくくられるのだった。




――クローバー視点――


ヘリオからの合図があったので自分がリビングの部屋に戻ると、ありがたいことに家事の三人でのローテーション制が正式に決定していた。

どうやらヘリオは、ルピナスとハートの二人を完璧に説得することに成功したらしい。

彼女を全面的に頼りにして本当に大正解だった。


追加のルールとして、各自のプライベートな個室についてはそれぞれ自分自身で責任を持って掃除するように取り決め、会議に参加させていなかったホオズキやランティアの二人にも、自分の部屋の最低限の掃除だけはやるように強く伝えておく。


これにて、新居での記念すべき第一回運営会議は、大きなトラブルもなく無事に閉会したのだった。




会議が終わってからは、すぐに生活に必要な家具や日用品などを街で一気に調達することにした。

実は各自の部屋にはまだ何一つ家具が無く、昨晩のあの大惨事も、当初は寝具のない広間で全員で雑魚寝をする予定だったのが原因だ。

さすがに二日連続で冷たく硬い床の上で寝る羽目になるのは御免なので、せめてベッドにテーブル、イスやタンス程度は最低限の生活空間として早急に揃えておきたかった。


それらの家具の購入資金については、ルピナスの『魔術籠手』用に貯めていた資金から、少しばかり必要経費として流用させていただいた。

だが、トータルで長期的に考えれば、宿の宿泊費をこれから完全にゼロにできるため大幅な節約に繋がる。

自分の説明に、メンバーからの反対は一切なかった。


街の人たちに手配し、無事にすべての家具の調達と新居への搬入が完了。

各自の部屋にはベッドやテーブル、タンスといった、十分に快適な最低限のパーソナルスペースが綺麗に整った。

メンバーたちも自分の個室へ戻り、それぞれお気に入りの家具に囲まれながら、思い思いにリラックスしてくつろいでいるようだ。


自分も新しく届いたばかりの新品のベッドがある自室へと戻り、必要な家具が一通り綺麗に揃った室内を静かに見渡してみた。


――綺麗で、清潔で、本当に文句をつけるところなんて何一つない、素晴らしい快適な部屋だ。


――けれど、前世の現代日本での記憶が頭に残っている自分にとっては、どうしても、どうしようもない『物足りなさ』が胸の中で否めなかった。


前世のあの頃にあれほど部屋に溢れていた、テレビも、インターネットも、スマートフォンも、お気に入りのゲームも、この世界には何一つとして存在しない。


自分の部屋にいながら、指先一つで世界中の様々なエンターテインメントにいつでも瞬時に繋がれた、あの輝かしい前世の日常と比べてしまうと――この異世界の夜はあまりにも娯楽が少なく、あまりにも暗くて、静かすぎた。


ふと胸の奥を静かに通り過ぎていく、懐かしさと、言葉にできない少しだけの切ない寂しさ。


魂に刻まれた前世の郷愁に、そんな複雑な寂しさを感じながら――自分は疲れ切った身体を、新調したばかりの柔らかいベッドの上へとバタンと倒れ込ませるのだった。

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