#15 新魔獣が出てきた日
妖精たちのパニックを起こしたような叫び声と、けたたましい警報が里中に鳴り響いていた。
そりゃそうだ、あんな凄まじい爆音と破壊の跡を残して、囚人が大穴を開けて脱走したのだから。
案の定、前方から槍を持った見張りの妖精たちが、怒涛の勢いでこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
(どうしよう……今からどんな言い訳をすれば、この最悪な現行犯を許してもらえるだろうか?)
自分は冷や汗を流しながら必死に言葉を身構えて考えていた――だが、驚いたことに、飛んできた妖精たちは自分たちに一瞥もくれることなく、完全に無視して里の外へと向かって必死に飛んでいってしまった。
「……? 何か、様子がおかしいですね。私たちを捕まえに追いかけてきたわけではなさそうな――」
ルピナスが不思議そうに呟いた、まさにその時だった。
――グルァァァァァァァァァッ!!!
地響きと共に、これまで見たこともないほど巨大な魔獣が、深い森の木々を薙ぎ倒しながら、地獄のような咆哮を上げて里へと侵入してきたのだ。
巨大な魔獣は狂ったように暴れ回り、容赦なく里の美しい花々や建物を破壊し、逃げ惑う小さな妖精たちを無慈悲に襲い始める。
妖精たちも小さな武器や魔術で必死に抵抗し始めたようだが、魔獣とのサイズ差もあり、彼女たちの攻撃では完全に太刀打ちできていない様子だった。
このままでは、素材を回収するどころか、この美しい里自体が跡形もなく壊滅してしまうのは誰の目にも明らかだった。
「みんな!」
自分が戦闘を覚悟して三人のメンバーたちに視線を送ると、彼女たちは即座にその意図を察して、武器を構えて応じてくれた。
「はい! これ以上の横暴は絶対に許しません!」
「ボクも、今度こそ活躍してみせる。クローバー、見てて」
「全力で皆さんのサポートさせていただきます!」
そこへ、ペンギンを抱えたホオズキが、何食わぬ顔でトコトコと自分たちの隣へ近づいてきた。
「じゃあ、わたしも手伝うー。悪いことする奴は、許さないー」
「……それじゃあ一緒に行こうか」
どうやら、彼女も戦力として手伝ってくれるらしい。
脳内で『彼女も誘拐未遂犯なんだけどな……』というツッコミがよぎったが、今はそんな細かいことを気にしている場合ではない。
魔獣の近くまで一気に迫ると、その不気味で圧倒的な特徴がより鮮明に見えてきた。
全身が乾いた茶色の土に覆われた人型に近い姿をしており、その大きさは二十メートルもありそうだ。
「おそらくゴーレムの類でしょうが……こんな形状のゴーレムは見たことも聞いたこともありません!」
どうやらルピナスも知らない、未知のゴーレム種のようだ。
「レヴィアタン、もう一発いくよー」
隣でホオズキが、抱えていたペンギンを躊躇なく前方に構えた。
あの愛くるしい見た目のペンギン、意外と大層な名前があるらしい。
「撃てーー」
先ほど牢屋を消し飛ばした時と同じように、極太のウォーターカッターがゴーレムの巨躯に向けて一直線に発射された。
――が、直撃した激流はゴーレムの強固な表面に触れた瞬間、何の効果もなさそうに弾かれて霧散してしまった。
「あれー?」
ホオズキがどこか不満そうに、気の抜けた声を上げる。
攻撃されたことでゴーレムがホオズキの存在に気づいたようで、巨大な右手を容赦なくこちらへ向けて近づけてきた。
「クローバー、下がって!」
ヘリオが重厚な盾を力任せに構え、その巨大な右手を真っ正面から迎撃する。
凄まじい衝撃音が響き渡り、ヘリオの怪力によって、ゴーレムの右手が肘の根元から吹き飛んだ。
――が、次の瞬間。
断面からモコモコと不気味に湧き出すと、再生が始まって瞬時に元通りに戻ってしまった。
「むっ……」
ヘリオが眉をひそめ、悔しそうな声を漏らす。
水魔術は一切通じず、物理ダメージはどれだけ粉砕しても一瞬で回復されてしまうらしい。
最悪の相性だ。
「ヘリオ! 下がってください、強烈なのをいきます!」
遠くでルピナスが、杖を天へと力強く掲げた。
ヘリオはその合図に合わせて盾を構え直し、素早く後方の頑丈な物陰まで一気に下がった。
「ゴーレムですから、弱点となる核が身体のどこかに存在するはずですが……とにかく、今は動きを止めます! 氷の小精霊よ、我に力を貸したまえ。――『ハラーズィ』!!!」
途端にゴーレムの周囲一帯に猛烈な雹が降り注ぐ、二十メートルの巨躯が足元から徐々に凍りつき始めた。
やがて、全身が真っ白な氷に覆われて完全に固まる。
どうやら、氷魔術による凍結は効果があったようだ。
だが、ヘリオの方に視線を向けると、先ほどのルピナスの魔術余波に当てられ、「うぅ……っ」と膝をついて動けなくなっていた。
しかし、今回は焦る必要はない。
ハートが彼女の元へ駆けつけ、『下級回復魔術』で治療を開始してくれている。
(よし、五分あればヘリオは復活できる……! 今のうちに次の一手を考えなければ……!)
あのゴーレムの中に埋まっている核の場所を見極めようと思考を巡らせていた――次の瞬間だった。
パキ、パキパキパキッ!!!
完全に凍りついていたはずのゴーレムの氷の表面に、あり得ない速度で無数のヒビが入り始めたのだ。
どうやらあの未知のゴーレム、氷魔術にも耐性を持っていたようで、一時的な足止めにしかならなかったらしい。
――バリィィィン!!!
氷の破片を派手に撒き散らして復活したゴーレムが、まだ身構えきれていないルピナスを捕まえようと、その巨大な左手を猛然と伸ばした。
「ルピナス!!!」
自分は全力で地を蹴ってルピナスの前へと割り込むと、彼女の細い身体を横へと全力で突き飛ばす。
「クローバー――っ!?」
突き飛ばされたルピナスが、驚愕の表情で目を見開いて叫ぶ。
ルピナスを庇った代わりに、自分はゴーレムの巨大な手へと捕まってしまった。
そのまま空中で激しく振り回されて強烈なGを味わい、挙句の果てに、おもちゃのように容赦なく投げ飛ばされてしまった。
――ドガシャァァァン!!!
激しい衝撃音と共に、自分は里の中にあった一軒の小さな家へと派手に衝突し、そのまま壁を突き破って中へと転がり込んだ。
全身に焼け付くような激しい痛みが走り、指先一つ上手く動かせない。
どこかの骨が派手に折れてしまっているのが分かった。
ハートの『下級回復魔術』では骨折などの大怪我は治せないし、何より彼女は今、離れた場所でヘリオを必死に治療している最中だ。
なんとか自力で動かなければと思考を走らせるが、アドレナリンが急激に切れたのか、意識が急速に朦朧としてきて視界が白く霞んでいく。
「んぁ? 誰だいアンタ……。人がせっかく気持ちよく寝てたっていうのに、いきなり壁をぶち壊して入ってくるなんて、いい度胸じゃないかい……」
壊れた瓦礫の向こうから、あくびを噛み殺した家主であろう一人の小さな妖精が、トコトコと近づいてくるのが見えた。
まだ避難していなかったのだろうか。
急いでここから逃げるように伝えないと――そう思った瞬間、自分の意識は完全に闇へと落ちた。
「おい。おい、そこの眼鏡のアンタ、いい加減目を覚ましたらどうだい?」
頬をパチパチと叩く無遠慮な声に、自分はハッと勢いよく目を覚ました。
おかしい。さっきまで全身を焼いていた、あの引き裂かれるような激痛が綺麗さっぱり消え去っている。
立ち上がってみても、折れていたはずの手足は何の問題もなく完璧に動いた。
(……まさか、目の前の妖精が治療してくれたのだろうか……?)
頭の方はまだフラフラと揺れていたが、自分は起き上がり、目の前の恩人へお礼と差し迫った危険を伝えた。
「……助けてくれて、本当にありがとう。でも、ここは今、見たこともない未知の巨大な魔獣が暴れていてとても危険なんだ。君も巻き込まれる前に、今すぐどこか安全な場所へ逃げた方がいい」
「未知? あぁ、窓の外に見える、あのデカイやつのことかい。ふーん……面白いね」
彼女はどこか楽しげにそう呟くと、何もない空間から、一冊の古びた不思議な本をポンッ、と手元に出現させた。
「さてさて……あいつの正体は、と」
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魔獣名:スイーツゴーレム
種別:ゴーレム種
全体が焼き菓子で構成されている、新種のゴーレム。
核以外の部位は、どれほど粉砕されても無制限に再生する能力を備えており、さらに全属性の魔術耐性を持っている。
核は『頭部の中心』に存在。
討伐するためには、その頭部の核を、物理攻撃によって的確に『切断』、または『刺突』する必要あり。
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「まぁ、あいつの情報はこんなもんかね。……よし、次はアンタだ。どれどれ……んっ?」
謎の妖精は、自分の顔と本のページを交互に見比べながら、急に眉間に深いシワを寄せた。
そして、怪訝そうな顔をして、本のページをパラパラと激しくめくり始める。
「……おいアンタ。一体、何者だい?」
「自分はただのしがない冒険者だけど……」
「白々しい嘘をつくじゃないか。この本は世界のあらゆる情報を読み解くはずなんだけど……アンタについての情報、それもかなり膨大な範囲が、見たこともない『謎の言語』で書かれていて、アタシでも解読できないんだよ」
彼女の言葉に、自分の背中を冷たい戦慄が走る。
「アンタの現在の名前が『クローバー』なのも、元貴族の平民だって情報もちゃんと読める。だけど、アンタがこの世界に『生まれる以前の過去』だと推測できる何かが……完全にアタシには読めない。こんなおかしな奴、初めてだよ。なぁ……アンタ、一体何を隠してるんだい?」
妖精は不敵に目を細めると、自分の最大の秘密を暴こうとするかのように、旺盛な知的好奇心を剥き出しにして、至近距離まで顔を近づけてきた――その、瞬間だった。
――ドガァァァァァァァン!!!
遠くの広場から、先ほどよりも一層激しい、衝撃音が響き渡ってきた。
「しまっ……! みんなが、まだ外で戦ってるんだった!」
自分は妖精の追及を強引に無視すると、完治したばかりの足で床を強く蹴り、大穴の空いた壁から外の戦場へと全力で駆け出すのだった。
激しい破壊音が響く里の中心まで戻り、自分はなんとか無事だったメンバーを自分の周りへと集めた。
先ほど謎の妖精から手に入れたゴーレムの情報を共有し、急いで討伐方法を考える。
最初に、自分が剣を構えた状態でヘリオに投げてもらう『人間砲弾案』を上げた。
――だが、「投げた後の着地と安全性が危なすぎる」とルピナスたちに大反対され、すぐさま却下された。
次の有効な攻撃案を必死に考えていたら、隣にいたホオズキが、抱えていたレヴィアタンを無言でヘリオの手元へと差し出した。
『クローバーを投げるのがダメなら、代わりにコイツを弾丸として使うといい』とでも言いたげな、恐ろしく平然とした顔をしている。
己の過酷な運命を察して、ヘリオの手の中でジタバタと激しく暴れ始めるレヴィアタン。
自分と、泣き叫ぶペンギンを交互に見比べながら、ヘリオは大真面目な顔をして数秒ほど悩み――。
覚悟を決めたヘリオが、レヴィアタンを一本の『銛』のように鋭く構えた。
逃げられないと悟ったのか、レヴィアタンも突如として暴れるのをやめ、スン……と静かに覚悟を決めたように大人しくなってしまった。
その横で、発案者のホオズキは何故か大真面目な表情でビシッと綺麗な『敬礼』を捧げている。
あまりにもシュールすぎる光景に、自分とルピナスとハートの三人は、ただただ唖然として言葉を失うしかなかった。
「――ふんっ!!」
ヘリオがその怪力を活かし、レヴィアタンをゴーレムの頭部に向けて、凄まじい勢いで投げ放った。
ドパァンッ!!!
空間を切り裂く凄まじい風切り音と共に超高速で放たれたペンギンは、正確無比な弾道を描き、巨大ゴーレムの頭部中心を真っ直ぐに、綺麗に貫通した。
弱点のコアを完全に破壊された二十メートルの巨躯は、大量の土煙を巻き上げながら、激しい音を立ててその場にドサリと倒れ伏した。
「マックス……お前の尊い犠牲は、一生忘れないぜ……」
ホオズキが敬礼をしたまま、涙ぐむような声で何か呟いている。
自分の召喚獣を勝手に特攻兵器にした上に、わざと名前を間違えている。
彼女の独特なノリがよく分からない。
すると、崩壊したゴーレムの土煙の向こうから、こちらに向かってくる小さな影があった。
ペチペチペチペチ、と間抜けな足音を立てて歩いてくるのは――弾丸にされたはずのレヴィアタンだ。
どうやら、超高速で頭部を撃ち抜く質量兵器にされても一傷すらつかないほど、頑丈らしい。
ホオズキの足元に戻ると、何事もなかったようにちょこんと座った。
何はともあれ、レヴィアタンが無事で本当に良かった……。
ゴーレムが完全に討伐されたことで、あたり一面に、香ばしく焼き上がった焼き菓子の甘くて美味しそうな匂いがふわわりと漂い始める。
遠くへ逃げていた妖精たちも安全を察してぞろぞろと戻ってきたようで、その甘い匂いにつられた一匹の妖精が、ゴーレムの残骸をパクリと一口、口に入れた。
――「おいしーい!!」
妖精が至福の表情を浮かべた。
それを合図にするかのように、恐怖から一転、里中の妖精たちによる『お菓子の山の大宴会』が賑やかに始まったのだった。




