#14 素材採集
翌朝、自分たちはさっそく工房都市の冒険者ギルドへと足を運んだ。
金策のために地道なギルドクエストを受けようと、みんなで掲示板を見上げていた――まさにその時、掲示板の片隅に貼り出されていた、一つの異様な高額依頼が自分の目に留まった。
――――――――――――――――――――――――――――――
納品クエスト
クエスト難易度:D
納品素材:妖精の粉×100匹分
報酬:300万フラ
――――――――――――――――――――――――――――――
内容は、とある魔道具の工房からのもので、研究のために大量の『妖精の粉』を納品してほしいというものだった。
提示されていた『300万フラ』という破格の報酬額は、550万フラの壁に絶望していた今の自分たちにとっては、あまりにも魅力的で喉から手が出るほど欲しい大金だった。
クエスト難易度もDのため、自分たちの冒険者ランクEでも受けられる。
しかし、我がパーティー『キューピッド』には、残念ながら妖精の生態について詳しいメンバーが一人もいない。
百匹分なんていう途方もない量が一体どこで手に入るのか、全く見当もつかなかったため、自分たちはひとまず詳しい話を聞くために、依頼主である魔道具工房を直接訪ねてみることにした。
「いらっしゃい。……」
出迎えてくれた工房の主は、いかにも職人といった風情の、口数が少なそうでぶっきらぼうな雰囲気を感じる男性だった。
自分はマナー良く頭を下げ、彼に妖精の粉の集め方について、色々と尋ねてみる。
「――あぁ、それかい。少量ならば、この町中に潜んでいる妖精族にでもおやつと引き換えに頼めば事足りるんだがね。今回は研究でどうしても『大量』に必要なんだ。そうなると、ここから離れた深い森にある、妖精が多く住んでいる『妖精の里』にでも直接行かないと回収は難しいだろうよ」
職人の話によると、妖精族は基本的に気まぐれで、大の悪戯好き。
人間の常識が一切通じない種族であり、彼らの住処である『妖精の里』に入るためには、その気まぐれな妖精たちに直接気に入られる必要があるらしい。
しかし、これまでに報酬に釣られて依頼を受けた冒険者たちは、誰一人として妖精たちに気に入られず、里にすら入れてもらえなかったという。
「だから、今までずっと依頼の達成者がいなくてね。気に入られさえすれば、向こうから簡単に集まって粉を分けてくれるだろうから、実質的な難易度自体は高くないんだが……。君たちも、試しにどうだい? 無事に達成してくれたら、報酬とは別にウチの試作品の魔道具もオマケであげるよ」
職人からそう魅力的な条件を告げられ、自分は振り返って三人の顔を順番に見回した。
すると、自分の意図を瞬時に察したルピナス、ヘリオ、ハートの三人が、一斉に力強く何度も頷いてみせた。
これだけの高額報酬を見逃す手は無いし、何より凶悪な魔物の討伐依頼でもないため、戦闘職として貧弱な自分がいる我がパーティーにとっても、安全度合いが極めて高い理想的な案件だ。
「分かりました。では、ダメ元ではありますが、自分たちでその『妖精の里』を一度訪ねてみようと思います」
自分はそう職人に宣言すると、里の大まかな情報を教えてもらい、妖精の里へと足を進めることとなった。
妖精の里への道中、自分たちは馬車を走らせて順調に足を進めていた。
だが、目的の里が近づいてきた深い森の中、前方に奇妙な一団を見つけて自分たちは足を止めた。
人と比べると小さな妖精たちが、一人の少女を閉じ込めた頑丈な檻を、わっしょいわっしょいと賑やかに輸送していたのだ。
「あれは、いったい何をしているのでしょうか……」
ハートが不審に思って身構えた――その瞬間だった。
檻の中にいた少女がこちらをじっと見つめたかと思うと、自分たちをパッと指さし、周囲の妖精たちに何食わぬ顔で伝えた。
「あ、あの人たち、わたしの仲間。だからそろそろ、わたしを解放してほしいー」
「……はい?」
驚きの声を上げるより早く、運ぶ手を止めた妖精たちの視線が一斉にこちらへと向けられた。
こちらの姿を確認した瞬間、妖精たちは小さな顔を真っ赤にして一斉に怒り出した。
「こいつ、やっぱり仲間がいたのかー!」
「この凶悪な誘拐犯どもめーっ!」
「お前たちも同罪だ! 里まで連行して、まとめて裁判を受けてもらうからなー!」
――完全なる濡れ衣である。
いきなり誘拐犯扱いされたことに怒ったルピナス、ヘリオ、ハートの三人は、即座に武器に手をかけ、どうするべきかと自分に視線を送ってくる。
だが、自分はここでふと気がついた。
(……待てよ。通常の方法では入場が難しい『妖精の里』に、向こうからの案内付きで入れる千載一遇のチャンスなんじゃないか……?)
謂れのない冤罪については、里に入った後でいくらでも無実を訴えて晴らせばいい。
300万フラという破格の高額報酬のためなら、少々のリスクは進んで受け入れるべきだ。
自分は小声で「おとなしく捕まろう。里への入場パスだ」と三人に伝えると、彼女たちもすぐに意図を察して納得の表情をしてくれた。
自分たちは一切の抵抗をせず、おとなしく投降して別の檻の中へと入る。
妖精たちは得意げに檻に鍵をかけると、再び里への輸送を再開した。
ひとまずは、妖精の里への立ち入りはなんとか成功しそうだ。
ひとまず胸をなでおろしていると、自分たちを巻き込んだ張本人の少女がマイペースに話しかけてきた。
「あれ? みんなも中に入ってきたのー?」
「……君が僕たちを『仲間』なんて言うから、檻の中に入る羽目になったんだけどね?」
「そうだったの? 奇遇だねー」
全く悪びれる様子のない少女に、自分は思わずツッコミを入れざるを得なかった。
移動中の檻の中で、自分たちはひとまず簡単な自己紹介をすることになった。
彼女の名前は、ホオズキ。
どこか冷涼で、落ち着いた神秘的な口調で話す、橙色の髪をした、とても綺麗な少女だった。
そんな彼女に、自分は気になっていた疑問――どうして妖精たちに捕まっていたのか、その明確な理由を聞いてみる。
「何も悪いことなんてしてない。ただ、かわいい妖精がいたから、ちょっと連れて帰ろうとしただけー」
「ガチの誘拐犯じゃないですか!!」
隣で話を聞いていたルピナスが、引きつった声を上げた。
てっきり理不尽な冤罪に巻き込まれたのだとばかり思っていたのに……。
このホオズキという少女、神秘的な見た目に反して、もしかしたらアホの子なのかもしれない。
ハートは無言のまま「とんでもないのに巻き込まれた……」と頭を抱えており、ヘリオも完全に呆れ果てた顔をしていた。
(……待てよ。共犯として連行されているってことは、自分たちの無実を証明するの、これ詰んでないか……?)
自分はガタガタと揺れる檻の中で、先ほどまでの作戦を激しく後悔し、冷や汗をダラダラと流し始めるのだった。
そうこうしているうちに、自分たちの檻は、色鮮やかな見たこともない美しい花々が四季を忘れたように咲き乱れる『妖精の里』へと到着した。
だが、感動する暇もなく、自分たちは問答無用で、太い木の根で組まれた頑丈な牢屋へと放り込まれてしまう。
「ねぇねぇ、クローバー。今からここで何が始まるのー?」
ホオズキが不思議そうに首を傾げながら無邪気に尋ねてきた。
「何がって……君はこれから、妖精を誘拐しようとした罪で裁判を受けるんだよ。自分たちはそのとばっちりの巻き添え」
自分がため息交じりに説明すると、ホオズキは「ふーん」と完全に興味なさそうに短く呟いた。
そして、じっと木格子の隙間を数秒ほど見つめた後、急に飽きてしまったかのように地面を指先でいじり始めた。
「ここ狭いし、景色もよくないし退屈。もう出るー」
「出るって……君一人じゃ脱獄なんて難しいんじゃないかな? 頑丈な鍵もかかってるし、外には見張りの妖精たちが――」
自分が慌てて止めようとした時には、すでに遅かった。
彼女の座る地面には、指先一つで驚くほど綺麗な『魔方陣』が素早く書き出されていたのだ。
一体何の魔方陣だろうか、と覗き込んだ瞬間、ルピナスがその大きな目を見開いて悲鳴を上げた。
「えっ!? こ、こんな狭い場所で、一体なんて魔方陣を書いてるんですか!?」
「ホオズキ、その魔方陣は一体……?」
「召喚魔方陣。強い召喚獣を呼んで、この牢屋を壊して出してもらう」
彼女の口から、急にとんでもなく物騒な破壊工作のセリフが飛び出した。
召喚魔術がどのようなものか自分は見たことはないが、ルピナスの狼狽ぶりを見るに、こんな場所ではまずいことくらいは直感で分かった。
それに、これ以上ここで彼女に暴れられたら、自分たちの無実の証明どころの話ではない。
「待ってホオズキ! ここで暴れたら本格的に取り返しが――」
自分が必死に手を伸ばしたが、時すでに遅かった。
彼女が魔方陣に己の魔力を迷いなく流し込んだようで、地面の紋様がバチバチと激しい音を立てて強烈に光りだした。
「ご主人様!!」
ハートが即座に自分の前に立って盾のように庇い、さらにその上からルピナスとヘリオが重なるようにして、部屋の隅で必死に身を守る。
――巨大な召喚獣が現れて圧死かと身構えたが、まばゆい光が収まり、恐る恐る目を開けると周囲の様子は依然と変化はなかった。
ただ一箇所、眩しく輝く魔方陣の上を除いて。
激しい光の粒子が消えた魔方陣の上には――一匹の、小さくて最高に愛らしい、前世の動物園で見た『ペンギン』にそっくりな謎の召喚獣が、ちょこんと座っていた。
「「「「…………可愛い」」」」
自分たち四人の口から、完全にハモった言葉が漏れ出た。
あまりの丸っこい愛くるしさに、部屋の隅で張り詰めていた自分たちの緊張感が一瞬で綺麗に消え去り、じんわりとした温かい癒やしに包まれてしまう。
――しかし。その油断こそが最大の間違いだった。
ホオズキは一切の無表情のまま、その可愛いペンギンを両手でガシッと持ち上げると、牢屋の最も分厚い木の壁へと躊躇なく向けた。
「撃てーー」
緊張感のかけらもない、気の抜けた掛け声が牢内に響いた――その次の瞬間だった。
さっきまで可愛く鳴いていたペンギンの口が、カパッ、と蛇のように大きく開き、鼓膜を突き破りそうな凄まじい爆音が響き渡る。
その小さな口から、鉄をも切り裂くような極太の『ウォーターカッター』のような激流が一直線に撃ち出されたのだ。
ズガガガガガガガガ!!!
激しい水しぶきと地響きと共に、牢屋の分厚い木の壁が一瞬にして消し飛び、そこには外の景色が丸見えの綺麗な丸い大穴が空いていた。
自分たちはあまりの破壊力の落差に、完全に唖然として言葉を失う。
「ふふーん。どうだー、まいったかー」
ホオズキはペンギンを小脇に抱えたまま、どこか誇らしそうなドヤ顔の表情を浮かべた。
そして、その空いた大穴から、ひょいっと何事もなかったかのように外へ抜け出してしまったのだ。
「あ、ちょ、ちょっと待ってホオズキ!!」
自分たちはようやく我に返ると、慌てて彼女を追いかけるように大穴から外へと飛び出した。
――そして、自分たちの足が外の大地に触れた、まさに次の瞬間だった。
プオォォォーーーーーー!!!
カンカンカンカンカンカン!!!
妖精の里の全域に、心臓が止まりそうなほどけたたましい『非常警報』の音が、大音量で鳴り響いたのだった。




