#11 九死に一生
元のフロアへと急いで引き返すと、ヘリオや周囲の冒険者たちはすでに無事に石化が解除され、お互いの体を確かめるように動き始めていた。
「無事で良かったですよぉぉ、ヘリオぉぉ!」
「ヘリオ様、お体がどこか痛むなど、ございませんか?」
ルピナスが涙目で抱きつき、ハートが心配そうに甲冑の隙間を覗き込む。
「うん、大丈夫。それと……みんな、ボクが足を引っ張って、ごめん」
「謝るのはこっちの方だよ、ヘリオ。あの時、ヘリオが身を挺して庇ってくれなかったら、最初に石化させられていたのは間違いなく自分の方だった。本当にありがとう」
自分が丸眼鏡の位置を直しながら優しく微笑むと、ヘリオはどこか嬉しそうに俯いた。
――ただ、ふと頭の中で、『冷静に考えたら、ヘリオが無事なまま戦えていた方が、あの石化の魔術師を何倍も楽にボコボコに倒せたのでは……?』という考えがよぎってしまった。
だが、不意打ちの危険性もあったし、今更そんな『たられば』の話を考えても始まらない。
自分はそっと首を振って、考えるのをやめた。
そういえば、自分たちより先に戻っていたタイムはどうしているだろうか。
視線を向けると、そこには言葉を失うほどに初々しい空間が広がっていた。
「本当に、ありがとうございますタイム様。全身にお怪我をされてまで、私を助けていただいて……っ。今すぐ回復魔術をかけますので、じっとしていてくださいね」
「これくらいの傷、ナノハナさんを救えたことに比べたら大したことないですよ! それに……よく見たら僕たち、歳も近いみたいですし。僕のことは気軽に『タイム』と呼び捨てで呼んでください」
「っ……! それでしたら、私のことも、どうか『ナノハナ』と呼び捨てで……」
「ナノハナ……」
「タイム……」
――どうやら、彼女の石化が解けた瞬間から、自分たちが到着するまでずっと、二人だけの世界でイチャイチャしていたようだ。
前回の二人のクドい甘さとは違い、こちらはまるで、付き合い始めたばかりの初々しい学生のようで、見ていて非常に微笑ましい限りだった。
『愛の神』の特別依頼 タイム×ナノハナ 任務達成
その後は、周囲にいた他の石化被害者の冒険者たちを全員救出し、彼らと共にぞろぞろとアロエの町へ帰還。
上級パーティーも含めて多くの命を救ったことでギルドから最大級の感謝を受けながら、自分たちは疲れた身体を癒やすため、迷宮都市アロエの宿で一泊することになるのだった。
迷宮都市アロエの酒場では、現在、冒険者たちによる大宴会が絶賛開催中だった。
中心にいるのは、『若き英雄タイム!!』として集団に囲まれ、次々と酒を注がれているタイムだ。
確か彼はまだ十四歳の未成年だったはずだが、そこは死線を越えた冒険者同士のお祝いで無礼講なのだろう。
もっとも、お酒に弱いのか今にも倒れてしまいそうではあるが……彼のすぐ側には甲斐甲斐しく看病するナノハナがピタリとついている。
心配は全くいらないだろう。
タイムは「これはクローバーさんたちの共同の手柄だ」と必死に言ってくれていたが、自分は前世からお酒が苦手なのもあり、パーティーメンバーにも許可を貰ってその輪からそっと断らせてもらった。
実際、あの極限の状況で最後に魔術師へトドメを刺したのは間違いなく彼の刃であり、そのおかげで我がパーティーが命拾いした事実に違いはないのだ。
彼にはあのまま、今夜の主役として派手に目立ってもらおう。
賑やかな喧騒から少し離れたテーブル席で、自分は注文したジュースを片手に、集まった三人の少女たちへ向けて優しく微笑みかけた。
「みんなも、今回の死闘は本当にお疲れ様でした。今日はお金のことは一切気にせず、好きなものを何でもたくさん食べてね」
「……ボク、ほぼ固まってただけ。みんなの役に、立てなかった……」
運ばれてきた大盛りの肉料理を前に、ヘリオがしょんぼりしている。
どうやら、最初の不意打ちで石化させられ、戦闘に全く参加できなかったことを気に病んでいるようだ。
「そんなことはありませんよ、ヘリオ様。ヘリオ様はあの瞬間、身を挺してご主人様を完璧に守られました。私にいたっては、終始後ろで待機していただけで、何も活躍していません……」
ハートがヘリオの肩をそっと叩いて優しく慰める。
彼女は自分の指示で『全滅した時のための最後の保険』として動いていたため、実質的に何もさせてもらえなかったのが、従者として不満なのだろう。
「まぁ、ハートは最後の命綱でしたから、待機も立派な役目ですよ。私だって、最初の一撃以外は、クローバーを巻き込むのが怖くて援護すらできませんでした……。せめて、こう……同じ魔術であっても、状況に応じて威力や範囲を綺麗に使い分けられたら便利なんですけど……」
ルピナスがハートの言葉に深く共感し、自分の連携についての悩みをぽつりと漏らした。
――魔術を、ある程度コントロールして使い分ける、か。
彼女の言う通り、もしもルピナスの大火力を『一点集中』のレーザーのように収束できれば、前衛の自分がどれだけ敵と密着していても、背後から安全に格上を撃ち抜いて貰えるようになる。
何か、彼女の規格外な個性を活かせるような方法は無いだろうか……?
食事を終えた自分は、大宴会の騒がしい輪から一足先に抜けさせてもらった。
宿屋に戻り、合間を見て一人きりになれるタイミングを確保すると、脳内で女神様への報告を済ませる。
『今回もお疲れさまでした、クローバーさん! なんとか皆さんご無事なようで、私も本当にほっとしました!』
「本当にギリギリでなんとか命拾いしましたが……正直、前衛の自分が貧弱なのもあって、今回はかなり厳しかったですね」
『ううっ、ごめんなさい……。今後も、もしかしたら今回のように強敵と戦闘になってしまう想定外の場面もあるかと思われます。つきましては一度、ここから少し離れた場所にある『工房都市ネムノキ』に行かれてみてはいかがでしょうか?』
「工房都市、ですか?」
『えぇ! 実はあの都市には、他の神様の『神下』さんたちが、いくつか大きな工房を営んでいるはずなんです。その方たちに、皆さんの装備品や武装について相談されてみてはいかがでしょうか? あいにく神様同士は基本不干渉が原則なので、実際に協力してくださるかはお相手の神下の方次第ではありますが……』
自分以外の神下。
存在するのかどうか今まで全く考えていなかったが、どうやら他にもいるらしい。
自分は女神様のミスのせいで、貧弱なステータスの上に成長は絶望的だ。
だが、優秀な装備による戦力の底上げができれば、自分のお荷物度合いや、パーティーの戦術的な安定性も多少は改善できるかもしれない。
とにかく、これは自分一人では決められない重要な進路の話だ。
さっそく、部屋に戻ったら三人にも相談してみよう。
自分のベッドへと腰かけ、少し待っていると、お風呂上がりの三人がちょうど宿の部屋へと戻ってきた。
湯気と共に、ふわりと女の子たちの良い匂いが部屋に広がる。
自分はそんな彼女たちへ向けて、真面目な顔で「みんな、ちょっと大事な話があるんだ」と切り出した。
すると――なぜか三人とも急に顔を真っ赤にしてかしこまると、自分の座っているベッドの上へと吸い寄せられるように集まって座り、そわそわと落ち着かない様子で自分の身だしなみを気にし始めた。
「だ、大事な相談というのは、その……な、何でしょうか……っ」
ルピナスが湯上りの上気した顔をさらにリンゴのように赤く染め、寝間着の襟元を何度も正して胸元を気にしている。
ヘリオは無言のまま、耳まで真っ赤にして落ち着かない様子で自分の紫髪の毛先をいじっている。
ハートは珍しく完全にうつむいて、普段の完璧なメイドらしからぬ様子で両手の指先をモジモジと動かしていた。
――三人の様子が、明らかに不自然でおかしい。
(もしかして、真面目なトーンで呼びかけたせいで、もしかして『反省会』や『重い話』をすると勘違いしているのだろうか?)
楽しい宴会の夜に、そんな風に彼女たちを無駄に緊張させてしまったのなら、リーダーとして本当に申し訳ない。
自分は慌てて、優しい笑顔を作って本題を口にした。
「実はね、今回の石化魔術師との戦闘で、パーティーとして改善しないといけない課題が色々見つかりました。それで、今後の安全のためにも『工房都市ネムノキ』での本格的な装備品調達を検討しています。なので、みんなの率直な意見を聞かせてもらいたいんだ」
「あ……え? そ、装備の、お話、ですか……?」
自分の言葉を聞いた瞬間、三人は一斉にポカンと呆気に取られ、次の瞬間にはなぜか、残念そうな顔に変わった。
三人で頭を突き合わせてひそひそと内緒話を始めてしまった。
――そんな彼女たちの内緒話が数分ほど続き、やがて満場一致という形で工房都市行きが決まった。
もしかして、工房都市に行きたくないほど悪い噂でもあるのだろうか……?
目の前の女の子たちのあからさまなガッカリ具合に、自分は脳内で頭を抱えるのだった。




