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#10 石像の乙女

ダンジョン内に入り、三時間ほどが経過した。


道中、数える程度のザコ敵は現れたが、他の冒険者が帰ってこないほどの脅威は一向に確認できなかった。

タイムは終始びくびく震えてはいたが、いざ戦闘が始まれば、しっかりと戦闘には参加してくれたので、十分な安定感があった。


現在のフロアも、通路のあちこちに不気味な石像が並んでいるくらいで、特段変わった雰囲気はないように感じられる。

――だが、ふと、立ち並ぶ石像の中の一つが目に入った瞬間、自分は息を呑んだ。


祈りを捧げる優しそうな僧侶の格好をした、一人の少女の石像。

女神様の依頼書に載っていた、もう一人のターゲット、ナノハナその人だった。


あまりの驚きと最悪な状況の把握に、自分の口からつい声が漏れ出てしまった。


「えっ……?」


「クローバーさん、どうかしたんですか?」


タイムが不思議そうにこちらを覗き込んできた。

自分は冷や汗を流しながら、その少女の石像へと震える指を向ける。


「……タイム。あなたに引き合わせようとしていた運命の女性は、彼女なんです」


「彼女って……でも、石像じゃあ……」


タイムは驚きながらも石像に近づき、吸い寄せられるようにその顔を見つめ続けた。

何かを感じ取っているのか、そこから一歩も離れる気配はない。


――その時だった。

禍々しい怒号が、通路の奥から凄まじい反響とともに響き渡った。


「人のコレクションに、勝手に近づくなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


声のした方向を向くと、自分とタイムに向かって、正体不明の『何か』が凄まじい速度で飛んでくるのが見えた。


「危ない!」


その瞬間、ヘリオが即座に大盾を構えて前へと割り込み、その『何か』を完璧に防いでくれた。

――だが、直後。ガキン、と硬質な音が響き渡り、ヘリオは一瞬にして、冷たい石像へと姿を変えられてしまった。


「石化魔術!? まずいですクローバー、今の私たちでは、術者を倒すしか解除の仕様がありません!」


ルピナスが慌てて声を上げる。

どうやら石化という魔術は、ハートの『下級回復魔術』では治せないらしい。

倒せば解除できるらしいが……前衛の最大火力(ヘリオ)を失った自分たちで、いけるだろうか


「それに、周りにこれだけ石像が多い場所では、私の魔術は使えません! 全部バラバラに壊してしまいます!」


現在の最大火力(ルピナス)を活かすには、敵を石像のいない安全な場所まで引き剥がすしかない。


「わかった。自分が囮になって、あいつをここから離れた場所まで死ぬ気で引き付ける。ルピナスは障害物がない場所に敵が来たら、そこに強烈なやつをぶち込んでほしい」


「はい!」


「ハートは、ルピナスが負傷した際のサポートをお願い。もし、自分やルピナスがダメになった場合は、全体に無理せず外まで全力で逃げて、ギルドに助けを呼んでほしい」


「……分かりました。どうか、ご無事で……!」


「タイムは、今すぐここから逃げ――」


「僕も、一緒に戦う」


タイムは鋭い声で、自分の撤退指示を真っ直ぐに遮った。

先ほどまでびくびくと震えていた彼とは、纏っている雰囲気が完全に違っていた。


「さっきの石像の……ナノハナさん。一度も話したことはないけれど、彼女を僕は、どうしても自分の手で救いたい。それに、彼女をあんな目に合わせたあいつは、絶対に許せない……!」


タイムの剣士としての、そして運命の男としての静かな闘志が、通路を熱く焦がす


「……頼もしいですね。それじゃあタイム、あいつを徹底的に怒らせて、自分たちの後ろへと引き付けましょう!」


「おい! そこの石像フェチ野郎! 生の人間に相手されないからって、ダンジョンに籠って人を襲って恥ずかしくないのか? それに、さっきはコレクションだの芸術家ぶって叫んでいたが、自分でゼロから作り出す才能が一ミリもない、ただの似非芸術家じゃないか!」


――あれ? タイム、メチャクチャ罵倒がうまいぞ……!?


平常心の彼からは想像もつかないほど、相手の痛いコンプレックスを的確にブチ抜いた辛辣な言葉のナイフ。

あまりの口の悪さに、自分は走り出す直前だというのに脳内で思わず真顔で戦慄してしまった。


「この若造どもがあぁぁぁぁぁぁ!? お前たちのような芸術もわからん無教養どもは、今すぐここでぶち殺してくれるわぁぁぁぁぁ!!!」


通路の奥から、石化の魔術師がもの凄い形相で追いかけてきた。


完全に頭に血が上りきっているらしく、彼はヘリオの石像の影に潜んでいるルピナスたちには目もくれない。


狙い通りにこちらにヘイトを向かせる作戦は大成功だったが、これは予想を遥かに超えるブチ切れ度合いだ。

これ以上一秒でも立ち止まれば、あの石化魔術の餌食になるのは火を見るより明らかだった。


「タイム、走って!!!」


「う、うわあああっ! 怒らせといてなんですけど、想像以上に怖いです!!」


自分とタイムは即座に踵を返すと、暗い通路の先へと全力疾走で逃げ出すのだった。



少しして、自分たちは当初の狙い通り、障害物となる石像が一切ない開けた空間まで逃げ切ることができた。

石化の魔術師は、我を忘れた凄まじい叫び声とともに、すぐ後ろの通路まで追いかけてきている。


誘い込むことはできたようだ。

自分とタイムは息を合わせ、二手に分かれて素早く物陰へと身を隠した。


「うおりゃぁぁぁぁぁ! どこ行きやがったぁぁぁぁぁぁぁ!?」


怒り狂った石化の魔術師が、そこが死地とも知らずに広い空間へと勢いよく躍り出てくる。

その瞬間、あらかじめここで息を潜めて待機していたルピナスが、杖を力強く掲げて魔術を唱えだした。


「火の中精霊よ、我に力を貸したまえ。――『エクリクシ<爆発>』!!!」


ドゴンッ!!!


鼓膜を激しく揺らす、凄まじい爆発音が空間に響き渡る。

物陰の岩にしがみついていなければ、爆風の余波だけで後ろへ吹き飛ばされそうな、常軌を逸した威力だ。

直撃を真正面から受けた石化の魔術師の姿が、一瞬にして濃い黒煙に包まれる。


「うぐあぁぁぁ……あの、ガキどもめ……ッ!」


煙の中から苦悶の声が聞こえる。

まだ生きてはいたが、その身体は確実に弱っているようだ。

自分は即座に腰の剣を引き抜くと、魔術師に向かって鋭く地を蹴った。


突然目の前に飛び出してきた自分に、敵の意識が完全に釘付けになる。

――まさに、その隙だった。

タイムが逆方向の物陰から影のように静かに近づき、全力の一閃を繰り出した。


ザシュリッ!!!


肉を深く裂く音がして、魔術師の左腕が根元から豪快に切断される。


「っ!?」


魔術師は驚愕しながらも、残った右手をタイムへ向け、迎撃の風魔術を放って強引に彼を後方へと吹き飛ばした。

石化以外の魔術も使えたらしい。完全な計算違いだ。


敵に立て直す時間を与えてはならない。

なんとかここでトドメを刺さなければと、自分は死に物狂いで魔術師の懐へと深く飛び込んだ。


――ガキィン!!


瞬間、自分の右腕を、冷徹な硬質感が襲った。

死に物狂いの魔術師から、至近距離で石化魔術を喰らってしまったのだ。

右腕が急速に灰色へと染まり、鉄の塊のように重くなって自由に動かせない。


「――っ!?」


自分は咄嗟に左手で補助用のナイフを抜き、敵の喉元に向けて突き立てる。

だが、それも魔術師の残った右腕によって、ギチギチと力任せに受け止められてしまった。


遠くのルピナスの方を見るが、自分と敵が完全に密着しているせいで、巻き添えを懸念して次の魔術が使えないようだ。

お互いのナイフと腕が悲鳴を上げて軋み合い、魔術師の狂った笑みが眼前に迫る。


「うおぉぉぉぉぉぉッ!!!」


そこに、魂を震わせるような咆哮が轟いた。


ザシュウッ!!!


豪快な切断音とともに、魔術師の身体が斜め一文字に深く両断される。


先ほど風魔術で激しく吹き飛ばされていたタイムが、自身の負傷など微塵も気にせずに、狂気的な速度で突撃して攻撃を繋いでくれたのだ。


「この……蛮人、ど……もが……あ、が……」


上下の真っ二つに分かれた魔術師は、信じられないという表情のまま、地面にドサリと崩れ落ちた。


――どうやら自分たちは、石化の魔術師を相手に、なんとか勝てたらしい。


魔術師が死んだ影響か、自分の右腕の石化も、進行がピタリと収まっていた。


先ほどまで離れた物陰にいたルピナスとハートの二人が、顔を真っ青にしてこちらへ駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか、ご主人様!? 右腕がっ……!!」


「石化の原因だった魔術師は完全に死にました! 術者が死んだので、石化も徐々に元通りに戻るはずです! ですから、どうか気をしっかり持ってください、クローバー!」


ハートが半泣きになりながら自分の右腕にそっと手を添え、ルピナスが必死に励ますように声を張り上げる。


「大丈夫だよ二人とも。石化以外は、これといった目立つ負傷も少ないからね。それよりも……ヘリオや、石像にされていた他の冒険者たちが――」


自分がそう言いかけた、まさにその瞬間だった。

タイムが自分の負傷も気にせず、石像のあった通路に向かって猛然と走り出してしまった。


おそらく、運命の相手であるナノハナの無事が、どうしても気になって仕方が無いのだろう。


「……さて、自分たちもヘリオの無事を確かめるために、急いで彼の後を追いかけようか」


自分はまだ鉄のように重い灰色の右腕を左手で少し支えながら、二人にそう告げて、急ぎ足で元のフロアへと引き返すのだった。

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