神宿りの刃
それは、【光】だった。
理屈も理由も、どうでもいい。
ただ――そこに在った。
俺が刀であると示す、白い光。
折れたアマツの切っ先。
その先で、光が【刃】となっていた。
「あ……」
有栖が小さく呟くと、身体の力が抜けたのか、膝から崩れ落ちる。
その背後には、黒い靄が残り続けていた。
視界の隅に、神社が見えた。
長い石階段の上から、まるでこちらを見るかのようにたたずむ。
もしかしたらあそこに神様が居て、そして助力をしてくれたのかもしれない。
それなら――。
(ご照覧、ありがとうございました)
遅れた挨拶を、感謝に乗せて一礼。
そして――輝く刀身を持って、黒い靄を断ち切った。
光の刃が靄を昇華する。
それに呼応するように、八つ噛の刀身は錆に侵され、有栖の手から零れ落ちる。
蹲る有栖の前に、俺とアセリアは膝をつき、二人で彼女に手を差し伸べた。
「助けに来たよ」
示し合わせたわけでもないのに、俺たちは同じ言葉を口にしていた。
恐る恐るという様子で、有栖は手を伸ばす。
手が触れた瞬間びくっと震えながらも、そっと手を重ね……静かに、涙を零した。
「わからないんです……。何のために生きたら良いのか……どうやって生きたら良いのか……私は……私は生きるのがずっと……辛かった……た、それだけだった……」
幼子をあやすように、俺とアセリアは有栖を抱きしめた。
「じゃあ、一緒に考えていこう。大丈夫。その分野なら俺は先輩だ。空っぽでもなんとかなるさ」
「私も……支えるよ。いーくんと一緒に。貴女が手を取ってくれる限り、何度でも、ずっと……」
「あ……ああ……うぁ……あ。あああああああぁぁぁああああ!」
今まで耐えてきたものが決壊したのだろう。
有栖は、子供のように大きな声で泣き出した。
それはやっと、自分の辛さを吐き出せた産声。
他人に心を委ねられるくらいに、自分を許せた証。
篠宮有栖はようやく――自分一人では生きられないことを、認められた。
九条が現場に向かった時には、既にすべてが終わった後だった。
ボロボロの地面。
砕けた石階段。
崩れかけている鳥居。
激戦の痕跡に驚けばいいのか、処理に泣けばいいのか分からなかった。
「それで……これが結果か……」
九条は、その実行犯であろう三人の様子を見る。
水無川伊織、アセリア・ピュリコット、篠宮有栖。
三人は仲良く川の字になって眠りこけていた。
いや、精も魂も尽きた様子のこれはもはや気絶に近い。
「しかもお前……篠宮がその立場なのか……」
伊織の腕枕で眠る有栖を呆れ顔で見た後、溜息を吐く。
何か知らんが、なんだか面倒なことになりそうな感じだ。
そして彼らの足元で、それを見つける。
その……八神の成れの果てを。
恨みは消え、呪いは失い、所有者に捨てられて。
神宿りの刃は神を失い、その価値を失った。
この状況は、九条を取り巻く立場にとって最悪から三番目に悪い結果であった。
アラハバキより、九条が命じられたのはただ一点。
『霊刀八神を回収せよ』
本当に、命令はそれだけ。
篠宮有栖の生存さえ二の次。
とはいえ九条もこの命令には一定の理解を示している。
霊刀八神は神そのものであると同時に、神殺しの刀。
その価値は、人の命などよりはるかに重い。
それこそ、朝霧綾華ほどでない限り並ぶことはないだろう。
けれど、そこにあるのは錆びた古い刀。
当然だが、こんなものに価値はない。
それは間違いなく、九条の大失態である。
なのに、九条の口元には 満足げな微笑が宿っていた。
「まあ……貴様にしてはよくやった」
聞こえるわけがないと分かったうえで、独り言のようにそう呟く。
それほどに、九条はこの現状を、篠宮有栖の救出と全員の無事を喜んでいた。
確かに、九条の立場で言えば霊刀の回収は最優先だ。
そう命令され、それを受託した。
この結果を学園に報告すればどれほどの処分を下されるかわからない。
それでも、九条はこの結果に一切の不満を持たない。
この後に待っている諸々のトラブルも、彼は当然のように背負うつもりでいた。
篠宮有栖にまとわりつく面倒な立場や、彼らが責任を負うであろう霊刀の責任など、とても面倒な後処理も含めて。
おそらくこの騒動により数千億という金が消し飛ぶだろう。
それだけでなく、九条本家より面倒なお叱りも来る。
九条の名を剥奪される可能性だってある。
それでも、九条の考えは変わらない。
九条を名乗る男は、『九条』である以前に、彼らの『担任』であった。
彼女――有栖がアラハバキに復帰したのは、あの日から一週間も経ってからだった。
どういう理屈でそうなったのか分からないが、『悪いようにはしない』という九条の言葉を信じ、俺たちはその日を待ちわびた。
そして朝のHRの時間……久しぶりに現れた彼女は……。
「ああ、やっぱりそれなんだ」
俺はぽつりと呟き、微笑を浮かべる。
相も変わらず、彼女は改造メイド制服を着ていた。
ニコニコと微笑んでいる有栖の隣には、珍しくHRサボリ魔の九条がいた。
なんか知らんが苦虫を嚙みしめているような顔をしているが。
「あー……今日から篠宮が復帰する。それに伴い、選手宣誓……じゃない。えーと……うん。なんか報告したいことがあるそうなので」
いつも以上にふわふわして、そしてやる気を感じられない。
その態度はまるで、『これからのことに関わる気はないぞ』とアピールしているかのようだった。
そして有栖はニコニコとした顔で、深く頭を下げた。
「皆さまには色々とご迷惑をおかけしました。それと、私事で申し訳ないのですが、私は本日よりクラス専属のメイドをお暇させていただきたく思います」
わざめきが、クラスに広がる。
有栖はクラスの中心であり、皆のメイドさんとして愛されていた。
というかメイドとしての拘りが強すぎて悪い意味でも一目おかれていた。
だからその言葉に皆が驚くのも当然の話である。
(メイドでなく、ただのクラスメイトとして接してほしくなったのかな)
微笑ましい気持ちで俺が有栖を見ていると……ぱちりと、目があう。
有栖はとてとてと俺の方に向かい、そして俺の前で軽くスカートの裾を軽くつまみ、丁寧なお辞儀をした。
俺にだけ、特別に。
「そして本日より私、篠宮有栖は、水無川伊織様専属のメイドとなりましたことを、ここにご報告させていただきます」
教室の空気が、完全に凍った。
時間が死んだとさえ思えるほどに強く、冷たく。
……へー。
有栖は伊織のメイドになるんだー。
へー。
……へー?
はっと、現実逃避から我に返り、有栖を見る。
ニコニコとした顔のまま。
けれど、確かに彼女は、俺の目の前で、俺だけを見ていた。
クラス全員の視線が、俺に突き刺さっていた。
特に、南雲の『何その面白そうな話。詳しく聞かせなさいよ』オーラが半端ない。
「えー……あー。……冗談……ですよね、篠宮さん?」
「そのような他人行儀でなく、前のように有栖と呼びつけ下さいませ。ご主人様♡」
にっこりと満面の笑み。
今まで見せたことのない艶のある笑みで、そしていたずらっ子のような笑み。
ようやく、俺は理解した。
これは……罠だ。
有栖は明確に、俺を嵌めようとしている。
「……いーくん、メイド好きだったんだ。私もメイド服着ようか?」
そんなぴよこの一言は当然火に油を注ぐ結果となり……クラスが大炎上を起こし、俺の周りに憎しみと好奇の暴徒が群がった。
わちゃわちゃともみくちゃにされながらでも、俺は見逃さなかった。
人と人の隙間から見える彼女の様子を……楽しそうに、くすくすと笑う有栖の姿を。
本当の笑みを浮かべることの出来た彼女の姿を、俺はようやく見ることが出来た。
ありがとうございました。




