覚悟を持てと、言われたから
祝福と呼ぶには悍ましく、才能と呼ぶほど正しくなく。
だからきっと、それは呪いと呼ぶほかになかった。
篠宮有栖の剣は、呪われていた。
有栖の猛攻を、俺たちは二人がかりで凌ぐ。
いや、凌げてないのだからその言葉は不適切だろう。
俺とぴよこはお互いの命を必死に庇いあいながら、ただただ追い詰められていた。
もしくは……このギリギリの抵抗さえ手のひらの上の偽りで、俺たちを嬲り殺しにしようとしているのかもしれない。
恐ろしいのは、有栖の持ち刀であるカムイでもなければ、所有者と認めた霊刀カムイ『八つ噛』でさえない。
真に恐ろしいのは、刀を扱うその腕。
並の刀よりも長い八つ噛を二刀流の片割れとして使うのは、技術やセンスで賄えるものを超えている。
有栖はきっと、刀に愛されている。
「くっ!」
苦しそうな表情のぴよこが見える。
俺に、八つ噛を受けとめる力はない。
だから必然的に、ぴよこの負担が多くなっていた。
はやく、なんとかしないと――。
焦りが徐々に募り、心を蝕んでいく。
正面を避け、側面に回り込み刀を短く振る。
威力を捨てた牽制代わりの斬り下ろし。
その斬撃が空を切り、身体が、前のめりとなる。
「あっ……」
つい、口から言葉が零れる。
これは、完全な悪手だった。
俺の前で、有栖が泣き叫びそうな表情となり必死に抵抗しようとしていた。
有栖の手は二刀を横に寝かし、平行に構えている。
まるでハサミ……いや、上下同時のギロチンのよう。
その間にあるのは、伸びきった俺の左腕。
それは、今にも断ち切られようとしていて――。
「待っ――」
ぴよこが叫ぶ。
けれど当然、有栖は……いや、八つ噛は止まらない。
その憎しみが、止まるはずがない。
そして――俺の意識は、暗転した。
暗闇の中、そいつの気配を感じる。
いつも夢で出会う、憎たらしいそいつの気配を。
ここはいつも見る夢で、そして同時に俺は身体を奪われているのだと理解出来た。
操作できない自分の身体が、三人称視点のように見える。
まるで他人事だ。
そいつは俺の身体を器用に動かし、くるりとアマツを動かし逆手持とに。
その後一瞬で覚醒状態を解除してから再覚醒という不思議な挙動を行い、カシャンカシャンと変形するそのの勢いを利用し、上下の刃を妨ぎながら腕を引き戻した。
『こう、やるんだぞ』
まるで、そう教えるような態度だった。
暗転していた視界が元に戻り、胡蝶の夢から覚める。
あれがただの夢でないことは、俺の左腕が無事なことと逆手持ちの刀が証明していた。
「今……いったい何を……」
呟く有栖に対し、俺は笑って答えた。
「神様の奇跡ってやつじゃない?」
「確かにここは神社ですが……でも……」
「まあ、そういうこともあるってことさ」
こう言ってはいるが、俺は先のが何なのか、そして夢の男が誰なのか、もう気づいている。
苦しい過去があるのに、俺はメイドと違い苦しまなかった。
今だに原因不明な記憶喪失という現状。
その記憶がどこに行ったのか、そして俺の苦しみがどこにあるのかを考えたら、答えは自ずと推測できる。
有栖は俺の言葉を聞いて、卑屈に笑った。
「そう、ですね。日頃の行いが良いですもんね、伊織様は。なら、日頃の行いが悪い私を殺すことなんて、きっと造作でも――」
「いい加減にして!」
ぴよこは叫びながら、刀を振り下ろす。
有栖は二刀を重ね、剣戟と共にその斬撃を防いだ。
鍔迫り合いの中、可視化するほどの霊力がぶつかり合い、バチバチと音が鳴る。
激しい音は、まるでぴよこの怒りかのようだった。
「何が日頃の行いよ! そのいーくんの神聖視が勘違いって言ってるの!」
「どこがですか!? 貴女になんてわかるわけがない! 地獄に落ちた人間が善行を積み上げるという悍ましさに! 綺麗事を本気で実行できる恐ろしさに! 言い訳もできない正しさに、私がどれほど苦しんだと思っている!?」
「その綺麗事を言う彼の隣に、私は立つと決めてるのよ!」
ぐっと、ぴよこは押し出した。
二刀であり、八つ噛であるはずの有栖に、力で勝っていた。
「貴女もそうです! アセリア様! 正しいことを正しいと言える貴女が、純粋に彼を支えられる貴女が、妬ましくて仕方がない!」
「何が正しいよ! 言っとくけどいーくん、結構スケベだからね! ときどきパンツ見たりするし!」
有栖は怪訝な表情を見せた。
それはお前のガードが妙に緩いからだとか、見ないように気を付けてるんだぞこれでもとか、色々言いたいが、この場は空気を読んで飲み込んだ。
後で釈明の機会があることだけを信じて。
「大体! なんでそんなに意地っ張りなのよ!」
「意地!? 私のどこが意地っ張りなんですか、アセリア様!」
「違うの!? 違うなら……それならとっとと素直に『助けて』って言いなさいよ!」
とうとうぴよこは有栖を押し切る。
有栖が耐えきれず、逃げるように下がった。
「死にたい奴は死にたいなんて言わない! 貴女が言う言葉は、生きたいけど苦しい。だから助けて、でしょ……。なんで……なんで自分のことなのに、そんなこともわからないの!?」
涙をボロボロ零しながら、ぴよこは有栖を睨んでいた。
「わからないですよ……そんなこと……。そんなの……誰も教えてくれなかったんだから!」
有栖の叫びと共に、八つ噛の霊力が増大する。
全身をまとう黒いオーラはさらに濃くなり、その刀身を黒く染めた。
「だったらどうすれば良かったんですか!? 私は!? 助けてなんて、言ってほしいなんて……誰からも言われたことありませんでしたよ!」
「だったら私たちが言ってあげるよ! 何度でも、何回でも!」
「なんですか……それ……。なんで……今更……」
有栖は震えながら、刀を構えた。
これまでとは明らかに異なる、有栖の本気が感じられる構えだった。
「もう……わからない。わからないよ、私は……どう生きたら良いのか……なんのために生きたら良いのか……」
涙声で、かすれ声で、小さな声で。
それでも、俺たちは確かに、その声を聞いた。
「――助けて」
ぴよこの隣に、俺は立つ。
二人でなら……いや、二人でないと、きっと届かない。
有栖は二刀を交差するように持ち、両手で同時に攻撃を放ってきた。
今までよりはるかに鋭い、牙のような斬撃。
けれど、今までで一番怖くなかった。
だってそれは、俺たちを信じようとしてくれている、有栖の迷いそのもの。
怖がるなんてこと、出来るわけがなかった。
「いーくん、行くよ」
「ああ――行こうか、アセリア」
俺は、残りすべての霊力を刀に注ぎ、覚醒開放状態に移行する。
迫り来る有栖に、こちらから間合いを詰める。
全力で傍まで駆け寄り、俺は下段から二刀を絡めとるよう、切り上げた。
ギィンと、鈍い剣戟の音。
そして、有栖の両腕が、刀と共に上に上がる。
「アセリア!」
「うん!」
アセリアの返事は空の上から。
そのまま、急降下し斬撃を叩きつけた。
アセリアの亜人としての特性を最大に使った、全力の一撃。
地面にクレーターのような跡が出る強烈な一撃だというのに、有栖はカムイ一本で楽々と受け流していた。
けれどこれで……カムイという防御は剥がれ、俺は八つ噛と相対する。
「これで――終わりだ!」
乾坤一擲の気合を込め、殴りつけるように刀を叩きつけて――。
キィンと、軽い音が響く。
それは、剣戟とは呼べない、軽い音。
あまりにも軽く、そして脆い。
最悪の、手応えが俺の手に残り続ける。
音の正体は、俺の刀の破損音。
霊力が枯渇し、覚醒開放が解除され、八つ噛の圧を俺の刀は直に浴びた。
その結果、刀身の大半が砕け散っていた。
そして再び――視界が暗転した。
黒い闇の中、そいつは俺の前に立っていた。
前よりはっきりと感じられ、そして前ほど恐ろしくもない。
そいつは口をきいているわけじゃない。
けれど、確かに俺に対して『任せろ』と言っていた。
俺なら、どうにか出来ると。
もうすでに、わかっている。
こいつの正体は、俺が抱えきれなかったもの。
俺の記憶であり、俺の苦しみ。
有栖のように過去を受け止めることが出来なかった結果生まれた、苦しみの掃きだめ。
つまり――俺の『過去』だ。
こいつがこの場をなんとかする術を持っているのはたぶん正しい。
なんとなく、そうだと確信出来る。
たぶん、道場で習った技の中に、武器を破壊する技があるのだろう。
そう……だからこいつに任せたら、もう安心して――。
『良いわけないだろう!』
叫び、両腕で大きくバツを作って全力で、拒絶の姿勢を見せる。
そいつは驚いたような態度でこちらを見ていた。
どうして、何故と――。
ぶっちゃけた話、九割は意地だ。
けれど、一応は理由もある。
答えというよりも、有栖に対しての誠意と呼ぶ方が正しいが。
つまり……。
夢から覚め、俺は有栖に向け折れた刀を振り上げる。
「これが――綺麗事を貫く覚悟だあああぁぁぁぁぁぁ!」
過去の俺じゃな駄目だ。
今の俺じゃないと、意味がない。
有栖に貫く覚悟を持てと言われた、今の俺でないと。
だから、だから……。
「振りっ……絞れぇ! ありったけぇ!」
折れた刀を全力で握りしめ、八つ噛に叩きつけた。
ありがとうございました。




