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天憧ヤオヨロズ-神宿りの刃と鳥の歌-  作者: あらまき


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清く正しく美しく――


 正直、罪悪感が痛い。

 ぴよこが『死にたい』に対し怒っている理由の七割ほどは、俺が諸悪の根源となるだろう。


 それは俺が意識不明の重体から目覚めたばかりで、まだ体がまともに動かず病院のベッドで生活していた時のこと。

 俺は、病院に来ていた男にこう言われた。


『生きているだけで迷惑をかけるよな。お前』


 そいつはただぴよこにちょっかいをかけていた単なるナンパ男で、その言葉も俺からぴよこを引きはがそうと画策する、嫌味混じりの軽口に過ぎない。

 とはいえ効果のほどはなく、横で聞いていたぴよこは顔を青ざめさせるくらいには怒っていた。


 ただ、記憶を失い、右も左もわからない俺は、それに対し『なるほど』なんて思ってしまった。

 確かに、生きているだけで迷惑だなと。


 そして、俺は傍にあった果物ナイフで、自分の首を刺した。


 幸運なことにも愚かな行為は失敗に終わった。

 大した傷にはならず痕にも残らなかった。


 俺の方には……。


 たぶんだが、今でもぴよこの左手には、ナイフを掴んだ時にできた傷があるだろう。


 我ながら、本当に酷いと思う。

 俺は幾つ、あいつにトラウマを植え付けたらいいのだろうか。


 そして同時に、この事件は俺にとってもトラウマとなっている。

 死にかけたことでも、ぴよこの傷のことでもなく、別件で。


 ぴよこを口説くために俺の病室まで来た、ナンパ男。

 彼は俺の短絡的な愚考の所為で、『懲役百年、執行猶予百年、財産全没収』という見せしめ以外の何物でもない判決が下り今も村八分となっている。

 亜人保護法の脅威を、俺はこの時思い知ることとなった。




 俺の抜刀覚醒に合わせ、ぴよこは静かに鞘から刀を解き放つ。

 ぴよこの奴、いつの間にか新しいアマツを用意したようだ。


 ぴよこの刀は脇差のように短く、身幅が妙に狭い。

 それ以上に、白い美しい刀身が特徴的な刀だった。


 直後、ぶわっと広がるような嫌な気配を察し、有栖に視線を戻す。


 ゆらり。


 有栖が身体をゆるやかに揺らす。

 ふらふらと何度か左右に揺れた直後、まるで陽炎のようにその場から消えた。


「右だ!」

 俺の叫びでぴよこは反応し、有栖の斬撃を受け止めた。

 ギィンと鈍い剣戟の音と共に、ぴよこは押し切られようとするのを必至に耐える。

 追撃に八つ噛を使われる前に俺はカバーリングに入り、有栖に突きを放つ。


 叩きつけるような突きを有栖はカムイで軽々と弾きながら、一歩下がった。


「いーくん、どして見えたの?」

「あやねぇの薫陶だ」

 それと九条の理不尽暴力指導。

「むぅ。……私、見えないのはまずいな」

「大丈夫だ。俺がカバーする」

「ん、頼りにしてるよっと!」

 ぴよこは宙に翻り、逆さの姿勢で空から有栖を斬りつけた。


 頭上の上なんて斬り合いでは絶対に想定されていない、理不尽な死角強襲はまっとうな剣士ほど翻弄される。


 けれど、有栖は何でもないことのように、片手カムイのみで軽々と防いだ。

「……マジでカバーくらいしかできねぇな、これ」

 踏み込み、再び有栖に突きを放つ。

 隙が薄いから、離れて突くくらいしか出来ることがなかった。


 実際に刃がついた刀を全力でクラスメイトに向けている事実。

 それなのに、まったく怖くない。

 実力差の所為で、殺せるなんて欠片も思えなかった。


 そして同時に、有栖の望みも叶わない。

 俺やぴよこの意思に関係なく、八つ噛が彼女を生かそうとする。


 自分の意思に関係なく戦うなんて、相当苦しいはずだろうに、有栖は必至に俺たちを殺さないよう抵抗していた。

「すまん。早く解放してやりたいんだが……」

 メイドは首だけ傾け、俺を見る。

 その表情は、虚空のようだった。


「この期に及んで……私の心配ですか?」

「当たり前だろ。クラスメイトを心配して何が悪い!」

 叫び、斬撃を交える。

 空のぴよこを庇うため、そして連携の密度を上げるため、有栖の斬撃を防ぐために。


 俺の刀と有栖のアマツが交わった瞬間――。

「伊織様! 駄目――」

 有栖が叫ぶ。


 直後、俺の身体が弾き飛ばれた。


 軽く。本当に軽く。刀が触れ合っただけ。

 剣戟の音さえ、風鈴のようなか細い音だった。


 それなのに、俺の身体は吹き飛び、宙を舞っていた。

 加速度的なGに意識が狂わされ、受け身さえ取れない。


 そのまま俺は、石階段に背を叩きつけられた。

「がはっ!」

 背中を鈍器で殴られたような衝撃が走り、呼吸が止まる。

 数秒ほど息ができなくなり、呼吸を取り戻した時には同時に吐き気が喉に込み上げていた。


「はぁ……はぁ……」

 背中の痛みに耐え、荒い呼吸を強引に整えながら、少しでも有栖との距離を縮めようと前に出る。


「くそっ……忘れてた……。俺が、へっぽこなこと……」

「いえ、これは伊織様ではなく、むしろアセリア様が特別かと……」

 そう、有栖は口にした。アセリアとバチバチ剣戟を鳴らしながら。


 八つ噛も確かに強力だが、有栖の持つもう一振りだって業物と呼べる優れたカムイである。

 それを有栖が使うのだから、単純に考えても俺の十倍は強い。

 いや、さっきの衝撃を考慮すればそれ以上のはずだ。


 だから、弾かれる。

 刀を交えることさえ、今の俺には厳しい。


 対しぴよこが普通にやりあっているのは、出力の差を種族の差で埋めた結果だろう。

 普通と言っても、相当無茶しているのは間違いないが。


(ぴよこの全力が通じるのなら……)

 それなら、覚醒開放を行えば俺でも有栖の攻撃を凌ぐだけならは可能だろう。


 だが、それで対抗出来るのは一度か二度が精々だろう。

 既に、俺の霊力は尽きかけている。

 今の通常覚醒状態さえ、どのくらい維持出来るのかわからない。


 とはいえ、時間的な猶予はあまり気にする必要はないだろう。

 なにせ、霊力以前に体力そのものが既に底に等しい。


 それでも……。

 俺はニィと強がりの笑みを浮かべ、刀を振るう。


 地面を叩きつけるよう一歩踏み込み、切り払いから腕狙いの小手斬りへの移行連撃。

 有栖はたやすく対処しながらも、表情を驚きに染めていた。


「なんで……そんな至近距離に……刀が触れただけで終わるのに……」

「触れなきゃいい!」

「だったら! もう少し離れて下さい! ほら危ない!」

 頭上から、刃が強襲してくる。

 俺はその刃を無視し、刀を下に向け構えた。


 俺を襲う頭上の刃に、ぴよこの刀が叩きつけられる。


「その分、私がカバーすればいい!」

「さんきゅーぴよ助!」

「いいってことよ!」

 目と目で次の連携合図を送り、攻撃に転じる。


 下段から踏み込み、一閃。

 ぴよこも俺に合わせ、有栖の背後に斬撃を重ねる。

 完全なる挟撃の形となり、有栖の対策を伺う。


 有栖は、ぴよこの斬撃をカムイで防いで――。


「ここだぁあああああああああ!」

 すべてを出し尽くす勢いで霊力を込め、覚醒開放に移行し八つ噛に刃を叩きつけた。




 つんざくような金属音と、目の前で爆弾が爆発したような衝撃。

 そして俺は、そのまま吹き飛ばされる。


 けれど、先の時と違う。

 今回は着地できる程度の衝撃であり、そして衝撃はこちらだけでなく、相手にも。

 つまり、十分な手応えがあった。


 ぴよこと共に距離を取り、砂煙が落ち着くのを待つ

 砂煙の中から現れた有栖には、傷一つなかった。

 その手にしている、両刀も含めて。


「残念。次だ」

 そう言って笑いながら、内心で顔を顰める。


 霊力が枯渇しかかっているのか、さっきの一瞬で、気力や体力と言われるものがごっそりとそぎ落とされ身体が妙にだるい。


 それだけじゃない。

 八つ噛の効果か、無茶がたたったか、俺のアマツに異常が起きている。

 今はまだ重心がズレ、時折金属的な異音がする程度だが、放置してよい故障ではない。

 この状態のままだと、そう長くは保たないだろう。


 俺は倒れかかっていて、刀は折れかけ。

 まったくもって情けないくらいにボロボロだ。


 それでも、俺は笑う。


 笑って彼女と対峙する。

 こんなこと大したことないんだと、早く戻ってこいと伝えるために。


 有栖はそんな俺を見て、俯き、笑った。

「ふふ。は、あはは……。アセリア様は勘違いと言いましたが……そんなことはないです。やっぱり……眩しいです。伊織様は。まるで……太陽みたいに」

「だってさいーくん、将来禿げるって」

「おいやめろ。地味にダメージが来る」


「……本当、凄いですね。何から何まで正しい。正しいままでずっといる。本当……気持ち悪い」

 吐き捨てるよう、有栖は言った。


「自分が辛い目に遭った。だから他人を助けたい。まあなんて綺麗なこと! 助けるのなんて当たり前。だってクラスメイトだから。はは、凄い凄い! それで苦しくても笑っていよう。だって私が気にするから? 本当……綺麗過ぎて反吐が出る! 吐きそうだ!」

 有栖の俺を見る目は、憎しみと侮蔑に染まっていた。


「私より苦しい人にそんな生き方されましたら、私の逃げ場がなくなるんですよ。苦しくて、辛くて、何もかも憎んできた私は何? 醜いから早く消えたいのに、そんな私さえも救おうと手を差し伸べて。まあなんて慈善家なのかしら。みじめで笑いしか出てきませんよ! どうして"そんな"なのでしょうかね!?」

「……それでも、俺は」

「みんなを助けたいから、きりっ。はいはい、そうですね。お美しいことで」

 ぴよこはむっとした表情を向け、言い返した。


「いーくんはそんなつもりじゃ――」

「だから気持ち悪いのよ!」

 ぴよこの否定を、さらに有栖は否定した。


「ちやほやされるためでもなければ、自己満足のためでもない。完全なる他者愛のために自己犠牲を重ねる。そんなのは、正しすぎて人間らしくないのよ! そう……正しい。徹頭徹尾正しい。まるで機械みたい。それとも、神様にでもなったつもりなのですか?」

 吐き捨てるように言ってから、二刀を構える。


 たったそれだけで、暴風と勘違いするような圧を俺は感じた。

 さっきまでは、なんだかんだ言って有栖は戦わないよう抵抗していた。

 死ぬために、必死に。


 だから実質三対一だった。

 でも、今はもう……。


 汚物を見るような冷たい目が、俺に刺さる。

 彼女の意思と八つ噛の意思が、かみ合っていた。



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