威力偵察(後編)
メイドは道場入口の引き戸をガラガラと開け、中に入っていった。
あまりにも堂々とかつ平然としていて、まるでそれが日常であるかと錯覚しそうになる。
だからだろう。
中にいた奴らみな、きょとんとした顔をしていた。
メイドはゆっくりと、落ち着いた様子で奥に進む。
そして――当たり前のように、正面の男をその一刀のもとに斬り伏せた。
「は?」
「え?」
「あ?」
マスクを取りくつろいでいたであろう亜線の奴らは、あまりのことに呆然としていた。
彼らの視点で言えば
十秒ほどの間に、何故かメイドが現れ、当たり前のように中に入り、一閃を浴びせてきたというのが先の出来事だ。
あまりにも、情報量が多い。
実際、理解がまったく追いついていない様子だった。
数秒ほど時間が経過し、メイドは彼らに微笑みながら丁寧にお辞儀をする。
そこでようやく、彼らも現状を認識し、状況が理解出来たようだ。
俺たちが、侵入者であると。
「うおぉぉぉぉぉ!」
金属バットを片手に男がメイドに突っ込む。
後ろの二人はあたふたと拳銃を取り出し、構えようとしていた。
その状況を遠巻きに観察し、俺はどうしようか考える。
援護の必要はない。
むしろ邪魔となる可能性の方が高い。
かといって、入口でただつっ立ったままというのもちょっと情けない気がする。
そう思っていると……がたりと、何かが揺れる音を耳にした。
俺は様子を伺うため玄関を出て、道場の裏手に目を向ける。
そこで、道場から逃げていく数人の背を俺は目撃した。
中にいたのは四人。
外で逃げているのは三人。
メイドの気配察知は正確だったらしい。
四人は皆、バラバラな方角逃げていく。
そこで俺は気づいた。
気づいてしまった。
逃げる彼らの一人の手に、刀が。
その刀を、俺は知っている。
柄も鞘も、紫の混じった禍々しくも美しさを感じる黒。
重苦しくも麗しい恩讐のような雰囲気を持つその刀の銘は――『八つ噛』。
一瞬で、頭に血が上り、即座に恐怖で冷え込む。
吐きそうなくらい、心臓が鼓動していた。
「まずい!」
俺は道場に駆け込む、メイドに叫ぶ。
「まずいまずい! 最悪だ!」
「ど、どうしましたか!?」
拳銃を躱しながら、メイドは顔をこちらに向ける。
「あいつら、アラハバキから刀を盗みやがった!」
「刀を……ですか?」
「霊刀だ! 前九条に見せてもらった霊刀を、あいつら持ってやがる」
メイドの表情が一瞬で変わる。
温度が消え、刃のような鋭さだけが残った。
霊刀。
それは俺たち剣士の先祖が扱った古い刀を示す言葉となる。
誰もが持てるアマツやカムイとは違い、選ばれた者にしか扱えない。
神が授けた秘宝――あるいは、神そのもの。
現在の刀はこの霊刀を解析し、電子制御で誰でも扱えるようにしたものだ。
つまり霊刀とは、言ってしまえばカムイを数百倍に凝縮したような代物である。
そんなものをテロリストが持ったらどうなるかなんて、正直考えたくもない。
しかも、霊刀『八つ噛み』はカムイに改修されている。
使用者がほとんどいない純粋な霊刀と違い、使い手の幅は広い。
亜線の中に使い手が居たとしてもなんらおかしくはなかった。
そして、たとえ使い手がいなくとも、売れば軽く数億になる。
弱小とはいえ、亜線は自爆テロも平然と行うイカレ野郎どもだ。
大金を渡すなんて考えたくもなかった。
「どちらに!?」
俺が指を差すとメイドは二刀流に持ち替え、道場の壁を破壊する。
そのまま、腕を交差するような構えで突撃していった。
取り残され、道場の中を確認する。
動くものは、どこにも残っていなかった。
「……さすが。きっちりトドメ刺してるなぁ」
しみじみと呟き、俺も外に出た。
正直、最悪の事態を想像している。
秘蔵の霊刀とテロリストなんてのは、あまりにも嚙み合わせが良すぎる。
名のある剣士や政治家、海外の要人でも斬られようものなら一瞬で国が瓦解するだろう。
そんな心配をしていたけれど、その不安はありがたいことに懸念に終わった。
俺が現場に到着した時には、既に『八つ噛』を持つ男は倒れていた。
メイドと同時に息を吐き、額の汗を腕でぬぐう。
動きがシンクロしながら視線がぶつかり、今度は二人同時に笑みを零した。
「すいません。何人か逃がしてしまいました」
「いや、これを逃がすよりはいい。これは最悪だ」
「そう……ですね。確かに……これは……」
メイドは男の手に握られた『八つ噛』を見ながら、確認するように呟く。
本物は一目見ればわかる。
そう言われているが、まったくもってその通りだった。
この刀を見れば心がざわつき、奪われそうになる。
綺麗であるのは間違いないが、それだけじゃない。
自分の中にある衝動のようなものを掴まれるみたいな、そんな感覚があった。
「……曰く付きの霊刀なんて代物が、アラハバキに眠っていたのですね」
「メイドは知らなかったのか?」
「はい。……カムイ化した霊刀。何故そんなものが……それに、どうしてアラハバキでは誰も使わなかったのでしょうか……」
「わからん。かなり厳重に管理していたから、歴史資料として残してたとか?」
"やる"と九条に言われたことは、本気の発言か怪しいから黙っておいた。
「そう……ですね。貴重な歴史資料にもなりますし、霊刀の時点で宝物ですから、それはわかります。それなら何故カムイ化したのでしょうか」
不思議そうにぶつぶつ呟きながら、メイドはしゃがみ、八つ噛を取ろうとする。
直後――刀がぴくりと動いた。
伸ばす手を止め、距離を取る。
二刀を構えながら、メイドは訝しげに男を見た。
「トドメは刺さなかったのか?」
メイドは首を横に振る。
「いえ。確かに刺しました」
だが――刀が動いた。
一瞬、反射のように。
もう一度、びくりと。
今度は、はっきりと腕が動く。
その直後――死体が、立ち上がった。
「なっ!?」
メイドの口から、驚愕がこぼれる。
それは、紛れもなく死人だった。
生きているはずがない。
喉も、心臓も、胴体も穿たれている。
これで動くなら、もはや化け物だ。
それなのに――動いている。
だが、その動きは人のものではなかった。
不規則に、無理やり関節を引き動かしたような動き方。
宙づりの糸に操られた人形のように、生物としてありえない動作を取っていた。
死体は器用に刀を抜き、構える。
身体の動きはめちゃくちゃなのに、刀の動きだけは妙に洗練されていた。
誰が見ても、刀が本体であるとわかるほどに。
「刀に……支配されている? そんなことあり得るのか?」
「聞いたこともありません。まるで呪いの刀ですね……」
実際、曰く付きの刀と言われても何ら違和感はない。
そういう、悍ましい美しさをその刀は持っていた。
がくんと糸に引っ張られるような動きの後、死体は人ならざる挙動で俺に特攻をしかけてきた。
刀に引っ張られるような、そんな奇抜な動き。
メイドのカバーは間に合わず、死体は俺の傍に。
俺は覚醒開放を行い、斬撃を刀で受けた。
あっさりと受け止められただけでなく、手にかかる衝撃は驚くほどに軽い。
正直、拍子抜けだった。
死体を弾き飛ばそうとする直前、どこからか声が聞こえた。
『違う』
地獄の底から聞こえたような、低く冷たいかすれた声。
そして俺がどうにかする前に死体は俺から離れ、今度はメイドの方に。
「そっちに――」
「――大丈夫です!」
死体は刀を振り上げながら、メイドにまっすぐ突っ込む。
メイドは動かず、じっと見据えながら待ち構えていた。
二つの点が一つに交わり、死体の刀が振り下ろさる。
そして――崩れ落ちたのは、死体の方だった。
避けたようには見えなかったが、メイドに傷はない。
ほっと安堵の息を吐き、俺はメイドの元に近寄る。
その瞬間――メイドの目が見開かれた。
「あ、ああ……嫌。いやああああああああああああああああああ!」
轟かんばかりの絶叫。
その手には、いつの間にか八つ噛が握られていた。
『貴様だ』
深い不快、底の声は主として彼女を選んだ。
ありがとうございました。




