威力偵察(中編)
月光の下、静かな種火が公園に浮かんでいた。
蛍のように小さな明かりが、一つだけ。
そこからゆらりと、煙が立ち昇っていた。
男が煙草の煙を吹かし、退屈そうな表情でベンチに腰をかけている。
その男のもとに、また別の男が。
そいつは口元に『何よりも正しいエンブレム』の入ったマスクをつけ、男と同じ黒づくめの制服に身を包んでいた。
煙草を吹かす男の前に立つと、背筋を伸ばし、胸に手を当て、宣誓をする。
「神裔に自由を、我らに隷従を。己が希望に正義の喝采を」
ベンチに座る男は吹き出し、笑った。
「どうしたいきなり。サロンでもないのに、そんな丁寧な挨拶を」
男は、慌てて謝罪した。
「す、すいません。俺、新入りなもんで、その辺りのルールに疎くて……」
「珍しいな、この時期に。何にせよ、よく真実に目覚めた」
「へへ、ありがとうございます!」
「それで、こんな場所でどうした? 俺に用事か?」
新入りは、俯きながら呟いた。
「……先輩がやられて、誰か人を探していました」
煙草を吸う男の眉が、ぴくりと動く。
案外相手が手ごわく数人やられたと聞いた。
そして間の悪いことに、それが新入りの教育係だったらしい。
「そうか……。そいつは辛かったな。ったく。どうして俺たちばかり酷い目に遭うんだろうな……。俺たちはただ、正義を実行しているだけなのに……」
ふぅーと、男は煙とともに長く息を吐く。
まるで、苦しみも一緒に外に出すかのように。
「そう……ですね。ですので……」
「わかる。わかるぞ、お前の嘆きが! 我らの正義が、なぜこうも汚されねばならぬというのか。たかだか新入生を殺すだけの簡単な任務に、なぜこうも苦しまねばならぬのか……」
「そういう任務だったんですか?」
「お前実行部隊にいるのに知らなかったのか? アラハバキの一年を誘い出し、正義を執行。教師共に俺たちの正義を理解させてやるのが任務だろ?」
「なるほど。そんな重要な任務だったのですね」
煙草を吸う男は、鼻で笑った。
「ま、新入りにとってはそうだろうな」
それは露骨に見下すような、いやもっと端的に言えば、自慢しているような態度だった。
「ということは、もっとすごい任務を……」
「まあな。例えば……去年の銀行襲撃。もう少しで成功というところで――」
「あの、すいません!」
「な、なんだ?」
「俺、先輩に連れてこられただけなので、何も知らないんです。これからどうすればいいかも……」
「あー……。死んだ奴の悪口は言いたかないが、あまり良い先輩ではなかったんだな」
「優しい人ではありましたよ。少し口下手ではありましたが」
「お前がそう言ってやるなら、そいつも浮かばれることだろうよ。んで、俺に色々教えて欲しくて来たんだな」
「はい。お願いできるでしょうか?」
「しゃーねぇな。まず、今の作戦本部拠点はこの先にある道場だ。そこに行って……いや、案内してやる。相手は雑魚でも仲間が数人やられているし二人組だ。お前一人だと危ない」
「あ、ありがとうございます。不安だったんで、とても助かります」
「ま、いいさ。俺から受けた恩は、親切は、他の奴に返してやればさ」
男は妙に押しつけがましい。
それも、もう一人は文句を言わず、尊敬の眼差しを向けていた。
「俺、貴方のもとで働きたかったです」
男の眉が上がり、怪訝な表情を見せる。
働くという言葉は、同胞なら絶対に使わない言葉だった。
「あん? 働く? お前、俺たちは……」
「あ、す、すいません。仕事じゃないから、任務執行、もしくは正義を為す、でしたね」
新入りは慌てて否定し、頭を下げる。
男は怪しんだ目でジロリと見た後、小さく、あきれたような溜息を吐いた。
「ま、俺はあんま気にしないが、うるさい奴はうるさいからな。気をつけな」
「はい。忠告ありがとうございます」
「へへ、俺を慕ってくれる気持ちは嬉しいがな。これが終わったら、特別に俺の下に配属してやってもいいぞ?」
「ぜひ、お願いします。ところで先輩。この依頼って、何人くらい参加してるんですか?」
「そうだな。合計三十人ちょっとってくらいだな。一年坊主をやるだけの予定だったから」
そう、男が答え、煙草を地面に放り捨てる。
そして立ち上がった瞬間、男の身体がびくんと揺れた。
「それだけ聞けたら、もう十分ですね」
そんな女性の声が、背後から聞こえる。
男は、何かを叫ぼうとした。
けれど、声が出なかった。
その代わり、こぽりと、液体が泡立つような独特な音が喉から漏れる。
そのせいで、新入りに逃げろと伝えることさえできない。
せめて……せめてこいつだけでも……。
そう思いながら、男は手を伸ばして……。
「もう、良かったのか?」
新入りは、突然現れたメイド服の女と話し出した。
なぜ……どうして……。
そこで、男の意識は途切れた。
「……はぁ。やっと脱げる」
俺は血で汚れた黒い作業服と、ちょっと臭かったマスクを脱ぎ捨てる。
「まさか、こんなにうまくいくとは……」
メイドは大層驚いた様子をしていた。
今、地面に倒れる男に心の底からの呆れ顔を見せながら。
「それで、知りたいことは知れた感じ?」
「はい。十分というか……十二分に。あの、伊織様、つかぬことをお聞きするのですが……」
「んー?」
「なんか、妙に手慣れてません? 私が言うのも何なのですが、なりすましって、ぱっとできるようなものじゃあないと言いますか……」
「いや、相手が好きそうな言葉を適当に選んだだけだけど?」
「……な、なるほど? 伊織様、これは少々無礼な忠告なのですが」
「ん? 何?」
「ホストにだけはならない方が良いですよ」
「俺の顔面偏差値と話術でできる仕事じゃないが……どうして今さら?」
「いえ、伊織様の場合、こう……早々に刺されそうで……」
「よくわからないが、気にしておくよ。それで、これからどうする? 十分情報が集まったのなら、戻って報告か?」
「そのつもりでしたが、情報が集まりすぎたので、少し予定を変えます」
「というと?」
メイドは、にっこりと微笑んだ。
「毟れるだけ毟りましょう。目標は殲滅に変更します」
妙に嬉しそうな声色が、とても恐ろしかった。
「ど、どうした、いきなり。今まではこれでもかと慎重だったのに……」
「これまで、一つ大きな不安要素がありました」
「それは?」
「敵勢力の『作戦目標』です。どのような作戦なのか、そしてどのような規模なのか。その見通しが立たなかったので、どうしても消極的にしか行動できませんでした。まとめてみましょう。相手の作戦目的は何でした?」
「アラハバキ一年生をおびき出し、殺すことって言ってたな」
「はい。一種の組織誇示と剣士全体に対しての威圧ですね。もっと言えば、天下のアラハバキでも新入生程度なら何とかなるだろうなんて、うすっぺらい皮算用です」
「お、怒ってます?」
「アラハバキを舐めているということでもありますからね。逆に言えば、今作戦は裏も何もない素人の浅知恵に過ぎません。この時点で、脅威は格段に下がります。あいつらが怖いのは、目的不明かつ想像の斜め下的な行動ですので」
「それは理解できる。俺の両親が殺されたのも、そのケースだったからな」
「……失礼しました」
「いや、本当に気にしないでくれ。それより話を続きを頼む」
「了解です。目的が判明したことにより、相手の活動規模や背景が想像できるようになりました。さらにもう一つ、重要な情報が出ました」
「それは?」
「人数です。今回の活動では三十人くらいと言っておりました。多めに見ても、まあ四十人程度でしょう。つまり……もう、半壊しています」
「……ほんとだわ」
指折りでこれまでメイドが倒した人数を数え、俺もその結論に達した。
おおよそ半分の戦力を、メイドはこの短期間にて何の苦もなく打倒した。
であるなら、今後も苦戦しない可能性は高い。
いや、それだけではない。
相手が大多数でないのなら、俺という足手まといを護るという意味でも、受け身であるより攻めた方が都合が良かった。
もうこの期に及べば、隠れる必要もない。
月明りの下、俺たちは堂々と道の真ん中を歩く。
そして、こういう時に限って誰とも接触しない。
来てほしくない時は、あれだけ出てきたというのに。
まあ、人生とはそういうものだ。
それか、ただ単純にうろついている人が少なくなっただけかもしれないが。
そうして十数分歩くと、件の道場を俺たちは見つけた。
俺の家にあるなんちゃって道場に匹敵するほど小さい、おそらく家族経営を想定したであろう道場。
「……中に数人。……五……いえ、七人くらいですかね」
「わかるのか?」
「期待させて申し訳ありませんが、なんとなくの当てずっぽうです」
そう言って、メイドは舌を出して笑った。
「それでも十分さ。そんで、どうするんだ? フラッシュバンとか投げるのか?」
ドラマとかでよくある突入を思い出し、俺はちょっと期待してそう尋ねる。
俺の期待が透けて見えたのか、メイドは申し訳なさそうに首を振った。
「すみません。今、道具がありませんので……」
「そっかー。じゃあ、どうするんだ?」
「まあ、まっすぐ突っ込みましょうか。たぶんですが、それが一番建物への負担が少ないのでs」
よほど余裕があるのだろう。
メイドは既に、この騒動の後の復興に意識を傾けていた。
ありがとうございました。




