伝わらなかった例え話
ガタリ、と音が響く。
俺とメイドは同時に立ち上がり、刀を構えた。
静かに、動向を注目する。
直後、もう一度音が。
誰かが、俺たちのいる民家の中に入っていた。
音を出さないよう、メイドの方に目を向ける。
メイドは口元に人差し指を当て、俺に黙ったままその場に待機するよう指示を出す。
俺たちがそのまま待機している間も、侵入者は家の中を漁っている。
徐々に俺たちに近づいてきて、そして――。
ガシャン!
すぐ傍で、ガラスや木材など、何か大きな物が無数同時に壊れたような複雑な音が響いた。
その音の中には「うおっ」という男の短い叫びも混じっていて、そしてそれから一切の物音がなくなった。
理解出来ない状況に、俺が顔を顰める。
「ブービートラップが効いたようですね」
そう、メイドは呟いた。いつもの笑みを浮かべたまま。
「こ、こえぇ……」
つい、心の声が漏れていた。
「本来なら捕縛し情報源とするところですが、あの連中にはどうせ無意味でしょう。手応えから即死とは思いますが、一応確認してまいります。念のため、撤収の準備をしておいてください」
小声でメイドにそう告げられ、顔を強張らせながら頷く。
メイドはそのまま家の奥に行き、数秒して戻ってきた。
「侵入者は単独で、すでに死亡済み。とは言え、いつまた増援が来ないとも限りませんので、撤収しましょう。ですが、その前に……」
「な、なんだ? 荷物もないし、すぐに動けるぞ?」
「時間がないのは事実ですが、敵地で闇雲に動くのは危険です。最低限の情報共有を、途中で逃走する可能性も考え重要度の高いものから順に三つ話します。準備はよろしいですか?」
妙にてきぱきと動くメイドに気後れを感じながら、俺は微笑み頷く。
「ああ。大丈夫だ。"聞き逃さない"はうちのクラスの必須能力だしな」
そう俺が言うと、メイドはくすりと笑った。
「まず。敵対組織の情報です。相手の名は――」
「『亜人開放戦線』だろ? 一般的な情報だけなら説明はいらないぞ」
そう、俺がメイドに伝えるとメイドは目を丸くした。
『亜人開放戦線』
それは亜人という超常なる存在を人類の手から解放することを目的とする武装組織である。
とはいえ、建前なのか何なのか、こいつらは亜人のためになるような活動をまったくしていない。
やっていることは襲撃や強盗、そして自爆テロ。
基本的には、単なるテロ組織である。
「と、概要でこのくらい。他にも規模やら過去の騒動やらも覚えてるぞ」
「あまりメジャーな団体ではないはずなのですが……何故そんなに詳しいのですか?」
「こいつらのお仲間が俺の家族を殺したから」
俺の言葉に、メイドの表情がころころと変わった。
驚きから心苦しさ、憐憫から共感。
そして最後に、メイドは俯いた。
俺の顔が見れないといわんばかりに。
そう、俺はあいつらを知っている。
だから、メイドが侵入者を捕縛せず即殺害に移った理由も納得していた。
あいつらは本当に、話が通じない。
比喩とか嫌味ではなく、純粋に言葉通りの意味で。
宗教のない狂信者、あるいは薬物反応のない麻薬中毒者とでも思っておけば概ね正しい。
「いや……あの。不躾なのですが、何故襲われたのでしょうか……。伊織様のご家族って、アセリア様の保護観察者だったような……」
「そうだな。うちは亜人に対しての支援活動もしてたし、ボランティアなんかも両親は積極的だったそうだ」
「じゃあ、なんで『亜線』は襲撃なんて……」
「あいつらにそんな一般常識を求めても意味ないぞ」
「まあ、そうなのですが……。いえ、すいません。こんな話すべきではありませんね。気遣いが出来ておりませんでした。両親の仇を前にして、毅然としていらっしゃるというのに私ときたら……」
心配そうな目が、ちょっと痛かった。
「本当になんとも思ってないから気にしないでくれたら嬉しいかな。というわけで、亜人開放戦線については、他に重要な情報がない限りスルーで良いよ」
「わ、わかりました。では二つ目についての話をさせていただきます」
「おう。どんとこい」
「現実的な話なのですが、伊織様は拳銃に撃たれると死んでしまいます」
真剣な表情で、メイドはそう言った。
真剣な話なのはわかるが、ちょっと笑ってしまいそうになった。
「……いや、それは……普通のことではないだろうか? 死なない方がおかしいというか……」
「アラハバキの半数はたぶん死にませんよ?」
「マジかよ。アラハバキすげぇな」
「朝霧先輩なら、たぶん銃弾を斬れます」
「かっけぇ。超見てぇ」
「まあ、それは置いておきまして……。少しだけ、対策を説明させてください。正直、相当のマナー違反なのですが、命には代えられません」
「マナー違反? なんで?」
「師匠がいる伊織様に余計なことを吹き込むことです。教えない理由もわかっておりますので」
「ああ。さっきの『限定覚醒』とやらを教えてくれるのか」
メイドが銃弾を弾いた技で、そして俺の手で銃弾をえぐり取った技。
それと、銃弾が身体から抜けなかった理由も、たぶんそれだろう。
だが……。
「申し訳ありませんが、限定覚醒をすぐ習得というのは少々難しいかと……。代わりに教えたいのは【覚醒開放】という技術です」
その言葉には、うっすらとだが聞き覚えがあった。
「たしかなっちゃんが言っていたなその言葉。えと、『卍〇に匹敵する必殺技』とかなんとか」
「あ、あはは……。その例えが適切かは私にはあまりわかりかねますが、覚醒の上位とか、強者なら使って当然とか、そういう類の技術ではございません。むしろ、使わない方が健全ですね」
「そうなのか? 聞く限りでは上位陣必須の技能っぽいのに」
「いえ、あまりにリスクが高すぎますので。実戦向けではなく、むしろ競技や大会向けの技術ですね」
メイドはゆっくりと、【覚醒開放】について説明を始めた。
【覚醒開放】
それは覚醒状態からさらに霊力を込め、出力を向上させる技術。
覚醒がスイッチを入れ機械を起動するのに対し、覚醒開放は電力の過剰供給に相当する。
効果は単純明快で、あらゆる能力が数倍になるというぶっ飛んだもの。
対し、そのリスクも非常にわかりやすい。
ジリジリとしか消耗しない覚醒と異なり、覚醒開放は一瞬で霊力を枯渇させる。
「時間制約が生じますので、実戦向けとは言えません。ただ……今だけは、それに頼るほかありませんが。それ以外に、伊織様が銃弾に耐える術がありませんので」
「逆に言えばさ、俺程度でも覚醒開放すれば耐えられるのか? それもそれで驚きなんだが……」
「はい。目など以外でしたら、問題なく。それと、丁度良いタイミングですのでこれも渡しておきます」
そう言ってメイドが俺に手渡したのは、眼鏡だった。
デザインといいサイズといい、完全に男性用。
俺にはよくわからないが、たぶんセンスのいいものなのだろう。
「これは?」
「防弾加工がされ、覚醒時には暗視の効果も付与されます」
「すげー便利。……んで、どうしてこれを。なんか、俺のためにわざわざ用意したように見えるんだけど」
「あはは……。依頼が終わった後に反省会と称し、プレゼントしようと思ってたんです」
「そりゃ何から何まで悪いねぇ。んで、似合う?」
眼鏡をかけて、恰好をつけて。
それを見て、メイドは笑う。
「良い眼鏡だけど、残念ながら美形になる効果はないようだ」
メイドはもう一度、くすりと笑った。
覚醒開放は、教わったら簡単にできた。
覚醒の時と異なり、本当に意識したらあっさりと。
むしろ、簡単に出来過ぎて解除する方に手間取ったくらいだった。
その後、覚醒開放のタイミングを相談して二か所定めた。
理想は銃を見てから覚醒開放だが、素人の俺にとっさの判断ができるとは到底思えないから、次点のベターな選択を。
一か所目は、人影と思った瞬間。
実際に感知せずとも、怪しいと思ったら即座に使用し防御態勢に移る。
もう一つは、メイドがハンドサインを出した時。
そしてこれにより、活動限界時間が設定される。
覚醒開放の合計時間三分というのが、今作戦における俺の持ち時間となった。
諸々の相談を終え……最後の話し合い。
三つ目を相談をメイドが切り出した。
つまり……戦うか、逃げるか。
「伊織様はどうしたいですか? 私としては、可及的速やかにこの場を離脱することを推奨しますが……」
そう、その判断は絶対的に、どこまでも正しい。
本来の依頼と異なりイレギュラーな状態であること。
俺という足手まといを生かして返すこと。
危険なテロ組織を報告すること。
あらゆる意味で、この場において逃走こそが最適解となる。
けれど、メイドの心境的には違うはずだ。
なにせ、俺自身もそうなのだから。
「じゃあさ。もし俺という足手まといがいなかったら、メイドはどうしてる?」
俺の言いたいことがなんとなく伝わったのだろう。
メイドはもじもじと、気まずそうにしていた。
「それは……でも……」
「たまには手伝わせてくれよ。……俺も同じ気持ちなんだ」
「同じ……ですか?」
「ああ。俺は亜人開放戦線に家族を殺された。すべてを理不尽に、意味もわからない理由で奪われた。こいつらがやっていることはそういうことだ。だから――」
「だから、ふ――」
「不幸になる奴を、減らしたい。俺以外の誰もが、俺みたいな気持ちをしないで済むように」
そう言って、俺は笑った。
青臭くて、理想的で、ばかばかしくて。
それでも、今は本気で、俺はそう思っていた。
「やっぱり、私とは……」
「ん? どうしたメイド」
メイドは首を横に振り、微笑を浮かべる。
その顔が、なぜか少しだけ寂しそうに見えた。
「何でもありません。では、折衷案を取りましょう」
「折衷案?」
「はい。敵集団の規模は不明。なので行動方針は殲滅ではなく、威力偵察。伊織様、ご助力、どうかお願いします」
ごくりと、唾を飲む。
気づけば、身体の方が先に緊張を覚えていた。
当然だろう。
人相手の実戦なんて、経験がないんだから。
いや、戦うということの覚悟は出来ている。
死ぬことは怖いが、それでも戦うという気持ちは揺るがない。
だが……。
ふと、先ほどの光景が脳裏をよぎる。
メイドがナイフを突き立て、殺したあの光景が。
自分に、できるのだろうか。
誰かを殺す。
そう考えるだけで、俺の手は静かに震えた。
それでも、俺はメイドの問いに、確かに頷いていた。
ありがとうございました。




