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天憧ヤオヨロズ-神宿りの刃と鳥の歌-  作者: あらまき


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56/67

MP


 小さな民家の中で身を寄せあい、息を潜めながら俺たちは隠れる。

 ついさきほどまで、誰の気配も感じず町はゴーストタウンだった。


 なのに、今は外のあちこちで人の気配がある。

 何かを探るよう散策するような物音と共に。


 なぜ、メイドがあの場をすぐに離れろと言ったのか。 

 その理由を、直に体験出来ていた。


 隣に座るメイドに目を向ける。

 彼女は、不自然なほど汗をかいていた。

「おい、大丈夫か?」

 銃で撃たれて大丈夫なわけがない。

 それなのに、つい俺はそう聞いてしまっていた。


「大丈夫です。限定覚醒で防ぎましたので」

「そんなの聞いたことがないし、その顔色で大丈夫とは言わせんぞ」

 彼女の学生服改造メイド服は白を基調としている。

 だから、それがよく見えた。

 その赤い広がりが。


 背中の中央付近。

 それはよくて左肺、最悪の場合、心臓。


「……ちっ!」

 舌打ちをして、俺はメイドの服に手をかける。

「あ、あの、伊織様?」

「あとでセクハラ魔とでも何でも罵ってくれ」

 メイドは気まずそうにしながら、俯く。


 俺はそれを了承のサインとし、メイドの服をまくって――。

「……は?」

 俺は瞬きを繰り返し、現実を確認する。

 それでも変化がなかったから、目をこすり、マッサージのように揉み、再びメイドの背中を見る。


 例えるなら、トンカチで一度だけ叩いた釘。

 そんな感じに、弾丸は不自然な形で止まっていた。


 突き刺さっているのは、先端部分数ミリのみ。

 心臓や肺どころか、筋肉さえ貫通していなかった。


「随分となまってしまって……。まったくもってお恥ずかしい……」

 どうやらメイドが恥ずかしがったのは、肌を見られることではなかったらしい。

「いや、恥ずかしいって……弾丸止まってるじゃないですか、メイドさん」

 俺もつい、敬語になってしまっていた。


「ええ。限定覚醒が間に合えば、このような無様を晒すことなどなかったのですが……」

「それってマジ……なのか」

「はい。マジです。まあ説明の前に、治療をしないといけませんね」

 そう言ってメイドは手を後ろに回し、弾丸を抉ろうとする。

 だが、場所の問題か痛みからか、手ごねいている様子だった。


 それは、ほんの先端だけが肉に埋もれている。

 なのに、まるで吸い付くように弾丸は固定されていた。


「……お手を煩わせて申し訳ないのですが、伊織様。どうかその『手』をお貸しいただけないでしょうか」

 そう言ってメイドは俺の手を握る。

 それだけで、俺の手が熱湯をかけられたように熱くなった。

「なっ!?」

「お静かに」

「す、すまん。もしかして、これが……限定覚醒というやつなのか」

「はい。それなら、弾丸をえぐり取れると思いますので……」

「わ、わかった」

 俺はメイドに手を添えられたまま、弾丸を掴み、引っこ抜こうとする。

 だが、何故か弾丸は吸い付くようにメイドの肌から離れず、まるで抜ける気配がなかった。

「っ――」

 メイドが顔を歪め、声にならぬ声をあげる。

「す、すまん」

「いえ、大丈夫です。そうではなく、伊織様。抉るんです。私のほうを」

 今度は、俺の顔が歪んだ。


「……このままじゃ、駄目なのか?」

「駄目ではないですが、治療がしにくいので」

「……わかった」

 俺は言われた通り、弾丸と肌の間に指を突っ込んだ。

 ぐじゅりと、トマトに指を突っ込んだような程度の抵抗で、弾丸と肉の隙間に指が埋まっていく。


「っ……ぅ……」

 声にならない悲鳴を堪え、無理やり笑顔を作って。

 そんな痛々しく、メイドは我慢していた。


 そのまま、強引に弾丸を引き抜き、放り捨てる。


 えぐり取った空洞から、鮮血がこぼれる。

 色といい感触といい、トマトを連想させて最悪だった。

 しばらくは食べるどころか、見るのも勘弁したい。


「ありがとうございます」

 メイドは笑顔で礼を言うと、何かスプレーのようなものを持ち、傷口にかける。

 冷気と共にじゅっと、肉が焼けるような音が聞こえ、メイドが苦悶の表情を浮かべた。


「それは?」

「血止めです。あとは……」

 何かチューブのような物から粘土のようなものを取り出し、傷口を覆う。

 その後、絆創膏を二枚バツの字に貼り、治療を完了させた。


 どれも、俺の知らない治療だった。


「なあ、あんた……一体何者なんだ?」

 メイドは俺を見て、いつものように微笑んだ。

 こんな状況なのに、日常かと勘違いするほど変わらない笑顔で。

「ただのメイドですよ」

「そんなわけないだろ。確かに変ではあったが、もうそういう次元の話じゃない」


 知らない技術や道具もそうだが、そういう話じゃない。

 もっと根本的に、彼女は俺たちと違う。

 彼女は、何のためらいもなく、人を殺した。

 道徳的問題だけでなく、遵法精神的な問題も、そしてとっさの判断力も。

 あらゆる意味で、それは俺たちには出来ないことのはずなのに。


「そう……ですね。正直時間はないのですが……信用されないのは少し不味いですね。少しだけ話しましょうか。ですが……」

「ですが?」

「こちらからも教えて欲しいことがあります。なぜ、伊織様は私とこれほどまでに連携ができないのですか? そして、どうやってあの場ではそれを克服したのですか?」

「ここでか……。いや、このタイミングだからか」


 何でも出来るメイドがわからず、劣等生の俺が理解しているという状況。

 それはメイドにとって、対策を取らなければならない未知だったのだろう。


「教えていただけませんか? どれだけ考えても、私にはわからなかったんです」

「構わないけど……かなり酷いことを言うよ。それでもいい?」

「はい。ご主人様からの叱責など、なんのそのですよ」

「いや、そういうのじゃないんだけどな」

 そう呟き、俺は苦笑する。


 こんな状況で、俺はいったい何をしてるんだろうか。


 俺たちは今、大勢の敵に追われている。

 たぶんだが、外の気配からそれは間違いない。

 だというのに、こうして雑談をしている。

 その状況が妙に非現実的で、俺の頭は緊張していいのかリラックスしていいのか混乱していた。




「これは連携だけの話じゃないんだけどさ。そのメイドって、誰かのために生きたいからの選択だろ?」

「え? まあ、そうですね。趣味であることも事実ですが、やはりご奉仕こそ私の生きがいだと、私はとらえております」

「誰かのために生きたい。誰かのために生きないと。役に立たないといけない。そうでないと私は生きる意味がない。そんな感じだろ?」

 メイドの表情が変わる。


 メイドの言葉と俺の言葉は限りなく同じものに近い。

 だが、そのニュアンスは大きく異なる。


 誰かのために頑張る。

 誰かのために頑張らないといけない。

 その二つの差はどこまでも広く、そして宿る感情は正負正反対となる。

 メイドはどこまでも、後者であった。


「どうして……そうお思いに?」

「あとさ、メイド。本当に酷いことを言うけど、昔孤児にならなかったか?」

「……私のことを、調べたのですか?」

 疑うの眼差しを向けるメイドに苦笑し、俺は首を横に振る。


「自分だけ生き残った。生き残ってしまった。だから自分は彼らの分まで何かしないといけない。彼らの分まで人の役に立たないといけない。そうでないと、生き延びてしまった自分は許されない」

 メイドのことは知らない。

 けれど、どう生きたかは想像出来る。


 そして、この想像が正しいかどうかは、メイドの顔色で判断出来た。

「伊織様……。貴方は……私の、何が見えているのですか……」

 メイドの表情から、笑みが消えていた。

 痛くても、どんな時でもうっすらと笑っていたのに、今ではそれがない。


 そこにあるのは、どこまでも深い闇と、俺に対しての不審だけだった。


「俺もさ、同じだからだよ」

「えっ?」

「俺さ、目の前で家族が皆殺しにあったらしいんだ。覚えてないけど。あれ? この話、したことなかったっけ?」

「聞いたこと……ありませんよ……」

「そっか。ま、そういう感じ。だから、なんとなくわかるんだ。誰かのために生きたいという気持ちとか……何も考えず誰かに従う楽さとかがさ」

 メイドは、困惑した表情で俺を見つめた。


「これ、『サバイバーズギルト』って言うらしいな」


『サバイバーズギルト』

 生存してしまったことによる罪悪感から生じるPTSDの一種。


 だから俺は、誰かのために生きたくてしょうがないらしい。

 そう、カウンセリングで聞かされた。


 なぜ、メイドと俺の連携だけが酷かったのか。

 それは同じことを考え、気遣い、同じ動きをしたから。

 同じ場所にカバーに向かい、ぶつかった。


 相手のことを第一に考え、一挙手一投足を見てサポートに回る。

 そうして相手を見過ぎて、逆に硬直しどちらも動かなくなる。


 俺とメイドでは技量が全く異なる。

 それでも、『相手のために』という発想は同じだった。

 無意識化での自己犠牲により、同じ行動をとってしまっていた。


「なんてことはない。そう……なんてことはないんだ。ただ、俺とメイドは似た者同士すぎた。鏡の裏表と言えるほどに」

 微笑みながら、そう告げる。

 底が浅く、下らない、あまりにも愚かな運命。

 けれど、奇跡としか言えない関係。


 俺たちは共に、一人生き残った自責を抱え、誰かのためにしか生きられない……他者に依存することでしか生を実感出来ない、弱者であった。


 メイドは俯き、小さな声で呟いた。

「でも……は……あな……は……」

「ん? どうした?」

「いえ、なんでもありません。思うところはあるのですが……合点がいきました」

「ごめんね。本当に」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。悲しいことを話させて」

「大して悲しくないし問題ないさ。それより、次はそっちの番だ。過去……というか、どうしてそんなに色々できるのか教えてくれない?」

 メイドは少し困った顔をして、悩むような表情でつぶやいた。

「時間もありませんし、色々職務規定とかにもひっかかってしまいますので、最低限だけで構いませんか?」

「もちろん。言いたくないことは言わなくても良いよ」

「ありがとうございます。簡単に言いますと、私MP出身なんですよ」

「……えむぴーって、何だそりゃ?」

「ミリタリーポリス。端的に言えば軍警察ですね」

「ああ、リムの故郷とかみたいな軍が主体の国にあるやつか」

「そうですね。私の場合はこの扶桑ですけど」

「……ん? 扶桑に軍警察なんてないだろ?」

「一般には認知されていませんが、実は存在するんですよ。どっちの組織でもあって、どっちの組織でもないあやふやな第三組織が。その軍警察の中でも一際曲者である『特殊高等軍警察』に所属しておりました。通称『得高』。わかりやすく言えば、国家公認のヤクザですかね?」

「はは、またそんな映画みたいな……」


 メイドは微笑を浮かべていた。

 どこか楽しそうに、けれどどこか自虐的に。


「……マジで?」

「少なくとも、私自身はそこが古巣だと認識してますよ?」

 ニコニコ顔で余裕をもって。


 そんなメイドに何も言えず、心境を吐露するよう溜息を零した。



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