MP
小さな民家の中で身を寄せあい、息を潜めながら俺たちは隠れる。
ついさきほどまで、誰の気配も感じず町はゴーストタウンだった。
なのに、今は外のあちこちで人の気配がある。
何かを探るよう散策するような物音と共に。
なぜ、メイドがあの場をすぐに離れろと言ったのか。
その理由を、直に体験出来ていた。
隣に座るメイドに目を向ける。
彼女は、不自然なほど汗をかいていた。
「おい、大丈夫か?」
銃で撃たれて大丈夫なわけがない。
それなのに、つい俺はそう聞いてしまっていた。
「大丈夫です。限定覚醒で防ぎましたので」
「そんなの聞いたことがないし、その顔色で大丈夫とは言わせんぞ」
彼女の学生服改造メイド服は白を基調としている。
だから、それがよく見えた。
その赤い広がりが。
背中の中央付近。
それはよくて左肺、最悪の場合、心臓。
「……ちっ!」
舌打ちをして、俺はメイドの服に手をかける。
「あ、あの、伊織様?」
「あとでセクハラ魔とでも何でも罵ってくれ」
メイドは気まずそうにしながら、俯く。
俺はそれを了承のサインとし、メイドの服をまくって――。
「……は?」
俺は瞬きを繰り返し、現実を確認する。
それでも変化がなかったから、目をこすり、マッサージのように揉み、再びメイドの背中を見る。
例えるなら、トンカチで一度だけ叩いた釘。
そんな感じに、弾丸は不自然な形で止まっていた。
突き刺さっているのは、先端部分数ミリのみ。
心臓や肺どころか、筋肉さえ貫通していなかった。
「随分となまってしまって……。まったくもってお恥ずかしい……」
どうやらメイドが恥ずかしがったのは、肌を見られることではなかったらしい。
「いや、恥ずかしいって……弾丸止まってるじゃないですか、メイドさん」
俺もつい、敬語になってしまっていた。
「ええ。限定覚醒が間に合えば、このような無様を晒すことなどなかったのですが……」
「それってマジ……なのか」
「はい。マジです。まあ説明の前に、治療をしないといけませんね」
そう言ってメイドは手を後ろに回し、弾丸を抉ろうとする。
だが、場所の問題か痛みからか、手ごねいている様子だった。
それは、ほんの先端だけが肉に埋もれている。
なのに、まるで吸い付くように弾丸は固定されていた。
「……お手を煩わせて申し訳ないのですが、伊織様。どうかその『手』をお貸しいただけないでしょうか」
そう言ってメイドは俺の手を握る。
それだけで、俺の手が熱湯をかけられたように熱くなった。
「なっ!?」
「お静かに」
「す、すまん。もしかして、これが……限定覚醒というやつなのか」
「はい。それなら、弾丸をえぐり取れると思いますので……」
「わ、わかった」
俺はメイドに手を添えられたまま、弾丸を掴み、引っこ抜こうとする。
だが、何故か弾丸は吸い付くようにメイドの肌から離れず、まるで抜ける気配がなかった。
「っ――」
メイドが顔を歪め、声にならぬ声をあげる。
「す、すまん」
「いえ、大丈夫です。そうではなく、伊織様。抉るんです。私のほうを」
今度は、俺の顔が歪んだ。
「……このままじゃ、駄目なのか?」
「駄目ではないですが、治療がしにくいので」
「……わかった」
俺は言われた通り、弾丸と肌の間に指を突っ込んだ。
ぐじゅりと、トマトに指を突っ込んだような程度の抵抗で、弾丸と肉の隙間に指が埋まっていく。
「っ……ぅ……」
声にならない悲鳴を堪え、無理やり笑顔を作って。
そんな痛々しく、メイドは我慢していた。
そのまま、強引に弾丸を引き抜き、放り捨てる。
えぐり取った空洞から、鮮血がこぼれる。
色といい感触といい、トマトを連想させて最悪だった。
しばらくは食べるどころか、見るのも勘弁したい。
「ありがとうございます」
メイドは笑顔で礼を言うと、何かスプレーのようなものを持ち、傷口にかける。
冷気と共にじゅっと、肉が焼けるような音が聞こえ、メイドが苦悶の表情を浮かべた。
「それは?」
「血止めです。あとは……」
何かチューブのような物から粘土のようなものを取り出し、傷口を覆う。
その後、絆創膏を二枚バツの字に貼り、治療を完了させた。
どれも、俺の知らない治療だった。
「なあ、あんた……一体何者なんだ?」
メイドは俺を見て、いつものように微笑んだ。
こんな状況なのに、日常かと勘違いするほど変わらない笑顔で。
「ただのメイドですよ」
「そんなわけないだろ。確かに変ではあったが、もうそういう次元の話じゃない」
知らない技術や道具もそうだが、そういう話じゃない。
もっと根本的に、彼女は俺たちと違う。
彼女は、何のためらいもなく、人を殺した。
道徳的問題だけでなく、遵法精神的な問題も、そしてとっさの判断力も。
あらゆる意味で、それは俺たちには出来ないことのはずなのに。
「そう……ですね。正直時間はないのですが……信用されないのは少し不味いですね。少しだけ話しましょうか。ですが……」
「ですが?」
「こちらからも教えて欲しいことがあります。なぜ、伊織様は私とこれほどまでに連携ができないのですか? そして、どうやってあの場ではそれを克服したのですか?」
「ここでか……。いや、このタイミングだからか」
何でも出来るメイドがわからず、劣等生の俺が理解しているという状況。
それはメイドにとって、対策を取らなければならない未知だったのだろう。
「教えていただけませんか? どれだけ考えても、私にはわからなかったんです」
「構わないけど……かなり酷いことを言うよ。それでもいい?」
「はい。ご主人様からの叱責など、なんのそのですよ」
「いや、そういうのじゃないんだけどな」
そう呟き、俺は苦笑する。
こんな状況で、俺はいったい何をしてるんだろうか。
俺たちは今、大勢の敵に追われている。
たぶんだが、外の気配からそれは間違いない。
だというのに、こうして雑談をしている。
その状況が妙に非現実的で、俺の頭は緊張していいのかリラックスしていいのか混乱していた。
「これは連携だけの話じゃないんだけどさ。そのメイドって、誰かのために生きたいからの選択だろ?」
「え? まあ、そうですね。趣味であることも事実ですが、やはりご奉仕こそ私の生きがいだと、私はとらえております」
「誰かのために生きたい。誰かのために生きないと。役に立たないといけない。そうでないと私は生きる意味がない。そんな感じだろ?」
メイドの表情が変わる。
メイドの言葉と俺の言葉は限りなく同じものに近い。
だが、そのニュアンスは大きく異なる。
誰かのために頑張る。
誰かのために頑張らないといけない。
その二つの差はどこまでも広く、そして宿る感情は正負正反対となる。
メイドはどこまでも、後者であった。
「どうして……そうお思いに?」
「あとさ、メイド。本当に酷いことを言うけど、昔孤児にならなかったか?」
「……私のことを、調べたのですか?」
疑うの眼差しを向けるメイドに苦笑し、俺は首を横に振る。
「自分だけ生き残った。生き残ってしまった。だから自分は彼らの分まで何かしないといけない。彼らの分まで人の役に立たないといけない。そうでないと、生き延びてしまった自分は許されない」
メイドのことは知らない。
けれど、どう生きたかは想像出来る。
そして、この想像が正しいかどうかは、メイドの顔色で判断出来た。
「伊織様……。貴方は……私の、何が見えているのですか……」
メイドの表情から、笑みが消えていた。
痛くても、どんな時でもうっすらと笑っていたのに、今ではそれがない。
そこにあるのは、どこまでも深い闇と、俺に対しての不審だけだった。
「俺もさ、同じだからだよ」
「えっ?」
「俺さ、目の前で家族が皆殺しにあったらしいんだ。覚えてないけど。あれ? この話、したことなかったっけ?」
「聞いたこと……ありませんよ……」
「そっか。ま、そういう感じ。だから、なんとなくわかるんだ。誰かのために生きたいという気持ちとか……何も考えず誰かに従う楽さとかがさ」
メイドは、困惑した表情で俺を見つめた。
「これ、『サバイバーズギルト』って言うらしいな」
『サバイバーズギルト』
生存してしまったことによる罪悪感から生じるPTSDの一種。
だから俺は、誰かのために生きたくてしょうがないらしい。
そう、カウンセリングで聞かされた。
なぜ、メイドと俺の連携だけが酷かったのか。
それは同じことを考え、気遣い、同じ動きをしたから。
同じ場所にカバーに向かい、ぶつかった。
相手のことを第一に考え、一挙手一投足を見てサポートに回る。
そうして相手を見過ぎて、逆に硬直しどちらも動かなくなる。
俺とメイドでは技量が全く異なる。
それでも、『相手のために』という発想は同じだった。
無意識化での自己犠牲により、同じ行動をとってしまっていた。
「なんてことはない。そう……なんてことはないんだ。ただ、俺とメイドは似た者同士すぎた。鏡の裏表と言えるほどに」
微笑みながら、そう告げる。
底が浅く、下らない、あまりにも愚かな運命。
けれど、奇跡としか言えない関係。
俺たちは共に、一人生き残った自責を抱え、誰かのためにしか生きられない……他者に依存することでしか生を実感出来ない、弱者であった。
メイドは俯き、小さな声で呟いた。
「でも……は……あな……は……」
「ん? どうした?」
「いえ、なんでもありません。思うところはあるのですが……合点がいきました」
「ごめんね。本当に」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。悲しいことを話させて」
「大して悲しくないし問題ないさ。それより、次はそっちの番だ。過去……というか、どうしてそんなに色々できるのか教えてくれない?」
メイドは少し困った顔をして、悩むような表情でつぶやいた。
「時間もありませんし、色々職務規定とかにもひっかかってしまいますので、最低限だけで構いませんか?」
「もちろん。言いたくないことは言わなくても良いよ」
「ありがとうございます。簡単に言いますと、私MP出身なんですよ」
「……えむぴーって、何だそりゃ?」
「ミリタリーポリス。端的に言えば軍警察ですね」
「ああ、リムの故郷とかみたいな軍が主体の国にあるやつか」
「そうですね。私の場合はこの扶桑ですけど」
「……ん? 扶桑に軍警察なんてないだろ?」
「一般には認知されていませんが、実は存在するんですよ。どっちの組織でもあって、どっちの組織でもないあやふやな第三組織が。その軍警察の中でも一際曲者である『特殊高等軍警察』に所属しておりました。通称『得高』。わかりやすく言えば、国家公認のヤクザですかね?」
「はは、またそんな映画みたいな……」
メイドは微笑を浮かべていた。
どこか楽しそうに、けれどどこか自虐的に。
「……マジで?」
「少なくとも、私自身はそこが古巣だと認識してますよ?」
ニコニコ顔で余裕をもって。
そんなメイドに何も言えず、心境を吐露するよう溜息を零した。
ありがとうございました。




