閃光
満天の星と輝く月夜の元、俺はメイドと目的の場所に足を踏み入れる。
ここはまるでイミテーションのような、そんな寂しい町。
アラハバキから徒歩で一時間という近場であるこの町がこそ、俺とメイドに下された任務先だった。
この町への公共交通機関は一切ない。
更に言えば、避難命令さえも下りていない。その必要さえなかった。
この普上町には、最初から人がいない。
いわゆるゴーストタウンである。
閑散として、それでいてどこもかしこもシャッターが閉まっている。
綺麗なオフィス街に錆びたシャッターを見るのは、なんともいえない無常を感じた。
「もともとは若者誘致のニュータウンとして期待されていたらしいのですが……」
隣で、メイドがぽつりとつぶやく。
「なにか事故でもあったのか?」
「いいえ、何もありませんでしたよ」
「じゃあ、どうして?」
「権力というか、絵に描いた餅を奪い合ったと言いますか……」
呆れたような、そんなニュアンスの苦笑をメイドは浮かべていた。
「まあ、上がゴダゴダしたってのはなんとなくだけどわかったよ」
「ですので、箱だけ立派なまま誰も迎え入れず、こうして廃墟と……」
「もったいないねぇ」
「まったくです。ただ、こうして影圏が発生した以上、国も放置し続けるなんてことはないでしょう」
影圏の発生率は、人の目に届かないほど高い。
町中で出ることもないわけではないが、やはり山の中などの方が多かった。
「まあそういうお話はお上が考えてくれるだろ。俺たちは俺たちにできることをすればいいさ」
「そうですね。さて……そろそろいいでしょう」
メイドが俺の方を見てくる。
俺は頷き、アマツにかけられた認証ロックに紙の学生証をかざした。
ぴぴっ。
小さな機械音と共に、鍔にかけられたロックが外れる。
通常と違う仕様なのは、これが実戦用のアマツであるからだ。
実戦用武装の資格がない俺の場合、どれだけの期間ロックを解除し、その間何をしたかが自動的に記録する認証ロックを使わない限り使用許可は下りなかった。
当然、メイドにはそんなものはない。当たり前のように資格持ちである。
「さすがだな。俺もこういった便利そうな資格を幾つか取っておくべきか……」
「良いと思いますよ。カムイ取得にも必要な資格もありますから、その辺りも含め優先的に取得すべきかと」
「なるほどね。っと、すまん。話がそれた。集中しようか」
「了解です。私が先行するので、後方警戒をお願いします。それと、もし戦闘になった場合は……」
「ああ。連携を取るときは俺が命じる。そうでない場合はお互い分断して戦おう」
俺の言葉にメイドは頷く。
俺たちの場合は"下手な連携"が比喩表現にならない。
単独で戦うほうがよほど都合がいいだろう。
メイドの実力的におんぶにだっことなるのは目に見えているが……それでも、迷惑をかけて死ぬよりは全然マシだ。
メイドの背を見ながら、周囲に意識を傾ける。
メイド以外からは何の気配も感じなかった。
人も、影も、動物も。
恐ろしく静かで、そして冷たい夜だった。
町の中にあるひときわ大きな建造物の前で、メイドの足が止まる。
その建物は、随分と周りから浮いていた。
この辺りはオフィス街として建設されている。
ちょっとお洒落で小ぎれいな、若者を誘致したかったのだろうという思惑が透けて見える、そんな街並み。
けれど、目の前にある建物は町に不釣り合いな、いかにもな『工場』だった。
鉄板を組み合わせた外装だったり、パイプが露出していたり、煙突が見えたりと、下町の金属加工系の工場みたいな感じの。
俺が工場を指差すと、メイドは静かに頷いた。
正面の、大型特殊車両が入りそうな金属の入口をメイドは迂回する。
音を出すことを避けたのか、それとも何か思惑があるのか。
ただ、気づいた時にはメイドの足音は消えていた。
そのままメイドは裏手にある窓を指差して、ビニールをガラスに張った後、刀の頭で軽く叩く。
音もなくガラスを割った後、鍵を開き、静かに中に入り、隣の扉の鍵を開け、俺を中に誘導した。
(前職泥棒かなにかか、こいつ……)
あまりの手際の良さに、俺は唖然とすることしかできなかった。
中に入り、まず感じたのは暗さだった。
月明りさえ乏しく、闇夜に慣れた目でさえ、自分の足元を映さない。
この場において見えると断言できるのは、鞘にマーカーが付いたお互いの刀くらいのものだろう。
夜ということもあり、念のためにつけた、緑色に淡く光る識別マーカー。
それだけが、互いの位置情報を教えあっていた。
メイドは俺ほど困っていないのか、すいすいと先に進んでいく。
あまりに余裕そうだから、ちょっと明かりをつけてと言いづらかった。
とはいえ、明かりをつけることで発見されやすくなるというデメリットもある。
だから、その辺りの判断は経験者であろうメイドに丸投げしていた。
(実際、どれほどの経験をすればこうなれるんだろうな)
同年代でありながら既にカムイを持ち、それ以外にもありとあらゆることをメイドはそつなくこなす。
苦手というものがまるでないかのように。
たとえ俺に十年の猶予があったとしても、メイドのようになることはないだろう。
奥に進むと、無数の柱がある入り組んだ部屋に入った。
配管なのか、それとも何か思惑があるのか、俺にはわからない。
ただ言えることは、狭く不便であるということ。
少し離れるだけではぐれてしまいそうになる。
右に曲がり、左に曲がり。
部屋の中なのに迷路のように。
少し距離が空き、慌てて追いかける。
そこに、影があった。黒い、人影が。
メイドの背後を取っているというのに、俺は声が出せなかった。
俺にとってこの状況は、完全に想定外過ぎた。
人だったのだ。
そこに居たのは俺たちの言う『影』ではなく――。
黒ずくめで、マスクをした男はメイドの背後で、何かを向けている。
俺は、それが何なのかすぐには認識出来なかった。
だってそうだろう。
そんなもの、映画くらいでしか見たことがないのだから。
腕に握られた小さなシルエット。
それは――『拳銃』だった。
「うし――」
閃光。
乾いたバケツを蹴るような音が俺の声をかき消した。
そのまま、音は二発、三発と続く。
一瞬の閃光が、男の顔を俺の脳裏に残した。
中肉中背で、何の特徴もない普通の顔立ち。
けれど、その表情には何もなかった。
無表情というよりも、空虚。
人を撃ったというのに、喜びも悲しみも宿っていなかった。
その虚無の瞳がぎょろりと動き、俺を捉える。
時間差で、銃口が俺の方に――。
体に緊張が走り、左手が自然と動く。
だが、狭く刀を抜けない。
いや、それ以前にもう間に合わない。
俺の剣は、拳銃より遅かった。
走馬灯とも違うが、俺は今さら気づいたことがある。
この男のマスクに書かれたマーク。
それに、俺は見覚えがあった。
女性が祈りを捧げ、空から男が両手を広げ受け入れるポーズ。
それは、そのマークは……俺の家族の……。
閃光が、走る。
俺の頬を、何かが掠めた。
その直後だった。
ごとりという音が、聞こえたのは。
それは、拳銃だった。
正しくは、拳銃と手。
「がぁ――」
叫ばんとする男の口元を、メイドは押さえつけている。
くぐもった悲鳴を上げながら、男はもがく。
そのままメイドは背後から、男の首にナイフを突き立た。
びくりと、男の身体が嫌な揺れ方をした。
みちりという音と共に、ナイフは男の首を、引き裂いた。
メイドは男を蹴り飛ばし、俺の手を掴む。
「すぐに離れましょう。さあ」
そう言って、メイドは俺の手を掴み走り出した。
大丈夫だったのか。
そう一瞬思ったが、違うとすぐにわかる。
横を走るメイドの顔には、苦悶が宿っていた。
ありがとうございました。




