『1-1=0』
また、肩がぶつかった。
間違いなく、お互い気を配っていたはずなのに。
「す、すいません!」
謝りながら、メイドが離れる。
その先は、完全に戦闘範囲の外。
俺もまた同じよう余分に距離を取ってしまい、無駄に離れ連携が成立しなくなる。
今度は慌てて距離を縮めようとしたら、再び肩がドンと。
その様子を、師匠は呆然とした呆れ顔で見ていた。
「お前ら……何をしているんだ。私はずっと棒立ちのままなんだが……」
俺たちがわちゃわちゃしている間、師匠は構えさえせずジト目を向けるだけだった。
「まあ……幼稚園のお遊戯会より酷いのはわかった。だけど……一言、言わせてくれ。もう三日目だぞ?」
呆れではない。
それは、困惑だった。
そう……メイドと連携訓練をはじめ、今日で三日。
その成果がこれ。
見事に、一ミリたりとも成長していなかった。
連携とは、扶桑において『1+1』を『4』や『8』にする技術である。
誰とも知らぬ野良の剣士と手を組み、四倍を目指す。
だが、俺たちにその数式は当てはまらない。
『1-1=0』
それが、俺たちの現状だった。
「……とりあえず、今日も相互理解のための模擬戦をしてみよう。メイド、頼めるか」
メイドは申し訳なさそうに頷き、師匠と立ち位置を交換する。
師匠は俺から距離を取り、見の姿勢に入った。
師匠の指導力は大層評判が良い。
教師並というより、教師顔負けという方が正しいだろう。
そんあ師匠が、三日もかけて改善できなかった。
現在も見学するしかないなんて半ば匙を投げざるを得ない程には、俺たちの連携は酷かった。
(不味いな……)
綾華は二人の戦いを見ながら顔を顰める。
表情には出さない。
だが、内心ではずっと頭を抱え続けている。
メイドとの連携は伊織にとって絶対必須であるからだ。
彼らは今後、多くの学内活動を共にしていく。
同じクラスでかつ共に実戦科。
建前上だが伊織はクラス委員で、メイドは副委員となっていることも理由に含まれるだろう。
特に重要となるのは、伊織に影圏破壊任務が下った時。
それに同行出来る条件を満たした生徒は少なく、必然的にメイドに白羽の矢が立つ。
だからこそ、綾華は二人の連携を高め、生存率を上げようとしたのだが……。
(どうしてこれだけ動けて……連携は取れないんだ……)
苦々しげに、彼らの訓練の様子を見る。
お互い相手の動きを見る技法、いわゆる『見』が巧いため、たった三日で互いの技をかなり対策できている。
当然メイドは手加減だが、それでも、二人の訓練は見事にかみ合い、正しい戦いの形がとれていた。
それなのに……。
「良い感じだね」
隣から声をかけられ、首を動かす。
そこにいたのは、アセリアだった。
「そうだな。良い感じなんだよ……。本当に……」
「あはは……」
そう、良い感じなのが問題だった。
それだけお互いの動きがわかって良い感じなのに、何故か連携は一ミリも成長しない。
むしろ悪化してるとさえ思えるくらいだ。
伊織は『最悪の場合何とかなる手段はある』なんて言っていたが、一体どうするつもりなのだろうか。
「それでさ、いーくんの様子はどんな感じ?」
「ん? ああ。そうだな。一言でいえば……」
「言えば?」
「化けたな。たった三日で、見違えた」
「そんなに? そうは見えないけど?」
アセリアは二人の戦いをじっくりと観察してみたが、よくわからなかった。
「いや……メイドが巧く伊織の一歩上の実力で戦い続けてくれているからな。戦闘の差異はあまりない」
連携は駄目だったが、そっちの方は掴むものがあったらしい。
伊織は急成長という言葉が足りないくらいに伸びていた。
技量に変化はない。
技術というものは一足飛びで成長するような甘い代物ではないからだ。
では何が成長したかといえば……『霊力』。
伊織のベース霊力は、三日前と比べ二倍程度にまで成長していた。
普通の人は……いや、普通でなくとも人間にはこんなことは絶対起こりえない。
ただ、その現象の理由に、綾華は心当たりがあった。
「これを長所とは、死んでも言いたくないな」
「どうして?」
「かつて不幸を負い、かろうじて生き延びた。その臨死体験が霊力を開花させた。そう見るのが自然だろう」
「なるほどね。まあ……うん。そうだね。いーくんは生死の境を彷徨い続けた。でも、それは確かに……長所じゃない。そんなものがなかったら……」
「……すまない。アセリア、辛い話をした。お前が一番傷ついているのに……」
「一番つらいのはいーくんだよ。傷つくことさえできなくなった……傷つく心さえ壊された……」
「――お前は私を恨んでいるだろう。あれだけ偉そうに姉面しておいて、肝心な時にいなかった、私を……」
アセリアは首を横に振り、微笑んだ。
「あやちゃんを恨んだことは一度もないよ。でも……そうだね。もし私じゃなくて、もしあの時あやちゃんが一緒だったら、いーくんのパパとママはいたかも。そう思うと、私はちょっとだけ、今の私が嫌いになりそうかな」
力なく笑うアセリアを、綾華はそっと抱きしめる。
お互い、傷つく資格がないと思っている。
傷ついた伊織を癒したいと願っている。
だからこそ――そんな二人はどうしても、自分の不甲斐なさが悔しかった。
「……集中しよう。にしても……なんというか……歪だが、本当に強くなったな、伊織は」
「どう歪なの?」
「剣術はへっぽこ、体術はみそっかす。ただし真っ向から鍔迫り合いすれば三年生さえ圧倒する」
高い霊力を優れたアマツで生かし、自慢の腕力を上乗せし振り回す。
それは技と呼ぶにはあまりにも狭い範囲の単純行動に過ぎない。
だが、かみ合った長所を押し付けられた方はたまったものじゃないだろう。
「そんなに強いの?」
「アマツ込みの力だけなら既に一流クラスだ。あくまで、純粋な力のみだけど。……たぶん、今の伊織の状況が周知されたら外国からスカウトが来るな」
「どうして外国?」
「今の伊織のスタイルは、南米辺りの精霊信仰の国とすこぶる相性が良いからだ。持ち前の霊力が高く、剣技が酷く、右手の力が特に秀でている。その結果導き出される伊織の最適解は……『左手棍棒右手盾の精霊戦士』だ」
それすなわち、蛮族スタイル。
二人は全身に模様を刻み半裸で炎の周りを踊る伊織の姿を想像した。
「中途半端に嬉しくなさそうな評価だなぁ」
「実際外国に行かれたら私はついて行けないから辛いが……まあ、その可能性はないだろうな」
「うん。ないね。だっていーくん、刀が大好きだから」
そう言って、アセリアは微笑む。
水無川伊織はあれだけ酷い目にあっても刀を手放さない剣術馬鹿である。
それだけは確かなことで、そしてそのそれだけが、今なお三人を繋いでいた。
「ねぇねぇあやちゃん。ちょっと設計図を見て欲し――」
「少し待て。そろそろ――状況が動く」
そう言って、綾華はじっと、二人の戦いを見る。
腕力で押すだけの伊織と、技術で戦うメイドという対比状況。
それだけ聞けば、伊織が愚かに見えるだろう。
物語で腕力特化型というのは基本的に悪役で、それも序盤のやられ役であることが多い。
つまり、見くびられやすいのだ。
けれど、実際は違う。
腕力で勝るというのは、立ち回りにおいて大きな有利を生み出す。
その上、伊織はこれまでさんざんメイドを分析してきた。
ゆえに技術の差は小さくなり……そしてとうとう――。
激しい剣戟が響く。
メイドは、伊織の鋭い斬撃を『右手』の刀で防いでいた。
「本当、成長したな。二振り目を引き出すとは」
そう呟く綾華はどこか誇らしげだった。
確かに驚いた。
けれど同時に、納得もあった。
メイドが二刀目を取り出した瞬間、違和感が綺麗に消えたからだ。
「それが本来のスタイルか」
負け惜しみに等しい一言を放つ俺は、たぶん顔を引きつらせていた。
技術で負けていて、剣圧で勝る。
それがこれまでのメイドとの闘いだった。
なのに、右手一本の刀が、俺は押し切れなかった。
「使うつもりはなかったのですが……お見事です、伊織様」
「あんがとさん。でだ……使ったということは、これからは二刀流の神髄を見せてくれるのかな?」
「それが、お望みであるならば」
メイドは跳ぶように後退した後、静かに構えをとった。
さっきまでと、圧がまるで違う。
訓練だというのに、ビリビリする空気は実戦に等しい。
何故かわからないが、笑えてきた。
何が楽しいのかはわからないが、気分が高揚する。
見つめ合う中に、緊張感が走る。
俺も静かに構えを取る。
互いの構えは静によるもの、お互い護りを重視する構え方で、ジリジリと動く。
一触即発。
距離はあるけれど、メイドの機動力ならこんなの一歩程度の距離だ。
瞬きさえ許されない。
そんな空気の中……。
ぱんぱん!
手拍子の音で、俺たちの緊張感は崩された。
「盛り上がっているところ悪いが、そこまでだ」
俺は手を叩いた師匠の方を見て、少し不満げに愚痴を吐いた。
「どうして止めるんですか。良いところだったのに……」
「色々あるが、完全に本題から外れたからだ。連携強化のための相互理解訓練だったのに……お前という奴は……」
「なんかその……すみません」
「まったく。師匠としては誇らしいが、お姉ちゃんとしてはちょっと寂しいぞ! まあ、十割本音は置いといて……メイド、伊織に基礎を仕込みたい。手伝ってくれ」
メイドは微笑みながら、二刀を仕舞いこんだ。
「……それ、どこに隠してるの?」
「メイドの秘密でございます」
そう口にするメイドは、とても良い笑顔だった。
ありがとうございました。




