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天憧ヤオヨロズ-神宿りの刃と鳥の歌-  作者: あらまき


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美味しいお茶と羊羹で


 あやねぇは……いや、師匠は訓練中、唐突に話を始めだした。

「霊力というものは、鍛えるのが非常に難しい。けれど、その価値はある。アセリアを知るお前ならその価値もわかるだろう」

「ぴよこじゃなくて……今でも……実感してるよ!」

 必死に師匠の斬撃を払いのけながら、俺は叫ぶ。


 俺は師匠の用意してくれたハイエンドのアマツを使っている。

 対し、師匠は単なる竹刀。

 何の工夫もない、柔らかい普通の竹刀である。

 それなのに、打ち合うだびに剣戟の音が響き、腕には鉄とかちあった感触が。

 それどころか、こちらが打ち負け押されていた。


「話だけじゃなく、手元にも集中しろ」

 師匠はわざと仰々しい仕草で竹刀を回した後、大きく振りかぶり、切っ先をこちらに向ける。

 そんなまるで武侠映画のような立ち回りの後、鋭い突きを放ってきた。


 風を切り、音を殺し、せまり来る刃に、俺は一瞬死を連想する。

 単なる竹刀であっても、それは必殺に等しい。


 躱す――いや無理だこれ。


 躱せず、それでいて俺が受け止めるギリギリ。

 師匠はそういうラインを明らかに狙っている。


 受け止める。

 それが正解だろう。

 刀身を抱えるようにし、突きを防ぐ。


 だが……俺は耐え切れずそのまま吹き飛ばされ、地面に倒れた。


「っつー!」

 痛みをこらえながら、立ち上がる。


 師匠は怒った顔と心配の顔と泣きそうな顔と取り繕う顔をころころと変え、百面相を見せている。

 必死に、自分と戦い甘やかさないようにしている様子がありありと見て取れた。


「何が悪かったか、わかるか?」

「はい。迷ってしまいました」

 突きに対し、刀の腹で受けるか刃で受けるか。

 その一瞬の迷いが、俺の失敗だった。


「そうだ。迷わぬ者はいない。それでも、迷うより先に動け。そのコンマの差が、剣士の生死を分ける」

「はい! ……ちなみに、正解はどちらでした?」

「私なら、覚醒解除して鞘状態にしてから受け止めるな」

「……その発想はなかった」

「なら今から覚えればいい。とりあえず話に集中してほしいから、一旦休憩とする。少し待っててくれ。タオルと飲み物を用意しよう」

 そう言って、師匠は、いやあやねぇは微笑む。


『休憩中に師匠と呼ぶと泣くぞ。寂しくて泣いちゃうぞ』

 俺はそう、あやねぇに脅されていた。




 お茶を片手に、ほっと一息。

 妙にさっぱりとして、なのにやたらと風味が良く、それでいてのどごしがめちゃくちゃ良い。

 これでも多少は良いお茶を知っているつもりだったが、これはちょっとどれほどの物なのか想像さえできなかった。


「どうした? 気に入らなかったのか?」

 不安そうな顔であやねぇが尋ねる。

 俺は慌てて首を振った。

「いやいや。ちょっとうますぎて驚いただけだ」

「そうか! 気に入ったなら茶葉を用意しよう。だけど、今はちゃんと話に集中してくれないとおねえちゃん困るぞ」

「あ、はい。すいませんでした。集中します」

「む! 伊織は良い子だな。さて……霊力は高い方が良いというのはアセリアを見たらわかるという話だったな」

「そうですね。アマツは相乗的に霊力の影響を受ける。だから霊力は高い方が良いけど……人間は大して高くないと聞きましたよ」

「そうだな。人という種族は亜人と比べ霊力は乏しい。それでも、鍛えることも伸ばすこともできる」

「鍛えると伸ばすって、一緒じゃないんですか?」

「そうなのだが、ニュアンスがなぁ。地味に説明が難しいなこの辺りは。……よし、少し待ってくれ」

 あやねぇは一旦席を外し、エレベーターではない方の奥の扉に消える。

 あそこには入ったことはないが、確か倉庫と言っていた。


 そしてしばらくすると、小さなホワイトボードをもって戻ってきた。


「いいか? 霊力というのは二種類ある。……わかりやすいのは、これだな」


『ベース/本体』

『エクストラ/外的要因』


 ホワイトボードに、そう書かれていた。


「重要となるのは、ベースサイドの方だ。アセリアが高いのもこっちだな。ただし、ベースは伸ばすのが非常に難しい。対し、エクストラサイドはベースほど伸びないが、とにかく伸ばしやすい」

「伸ばしやすいというのは、どうしてですか?」

「言葉通り、外的要因で伸ばせるからだ。アマツ自体霊力もカテゴリーだし、奉納による増強もこれ。神に気に入られるだけで上がることもあるし、運勢が高くて上がることもある。結論で言えば、ある程度『お金』で解決できる」

「なるほど。じゃあ反対に、ベースを伸ばす方法はどうするんですか?」

 あやねぇは難しい顔を見せた。


「実を言えば、これだという方法はない。瞑想をし、剣術を磨き、日々鍛錬していれば気づけば上がっていたという感じだ。ある程度意識した方が良いが、意識し過ぎても良いことはないし、そもそもどれほど頑張っても伸びない奴は伸びない。だから私は鍛えるという表現を使ったんだ」

「……あー。才能の世界ですね。なら俺は駄目そうだ」

「何故だ?」

「だって俺、才能もありませんし努力も足りてませんから」

「ふむ……。伊織、お前を否定するわけではないが、一つだけ勘違いしていることがある」

「なんです?」

「本当に才能を持ってない奴は、覚醒を一月で成し得ない。お前はぶっつけ本番で成立させ、この私を屈服させた。弟子であると正面から認めさせた。だから誇れ!」

「……ありがとうございます」

「それに、あまり良いことではないんだが、お前のようなタイプの霊力は伸びやすい」

「どうしてですか?」

「過去に大きな不幸があり、それを乗り越え戦う存在。特に、実力不足でありながら強敵に挑む者。こういう存在を、戦神(いくさがみ)は好む。だからだ」

「……神に愛される英雄、という奴ですか」

「英雄とまではいかん。弟は可愛いが、そこまで贔屓にはできんな。ただ、神の推し程度にはなれると思うぞ」

「なるほど。ありがとうございます」

「うむ。というわけで後で基本的な霊力鍛錬方法を教えておく。それと……これは反面教師として、お前に絶対やってほしくないから言っておくんだが……」


 あやねぇは歯に何かが引っかかったような表情で、言いづらそうにしていた。

「なんです? 聞かない方が良いなら、聞きませんが……」

「いや、注意喚起も兼ねているから聞いて欲しい。一応だが、確実にベースの霊力を上げる手段はあるんだ。実際、南雲はそれで飛躍的なまでに霊力を高めた」

「なっちゃんが? それはどうするんですか?」

 ばつの悪そうな顔で、あやねぇはしばらく黙り込む。

 そして決意を決めたような表情で、俺を見つめた。


「……『臨死体験』だ」

「臨死体験?」

「ああ。死を繰り返す程に、霊力は飛躍的に高まる。南雲は自らの意思で死地に赴き続けている。けれど、私の弟子なら真似だけはしないで欲しい。危ないもそうなのだが、それは邪道だ。正道を歩む剣士の道じゃない」

「いや……まあ……できる気はしないし、する気もありませんが……」

 南雲の異常さは十分体感しているつもりだ。


 死は怖い、卑怯は恥ずかしい、他の人の目を気にして生きる。

 そういう、当たり前が南雲は一切ない。

 あるのはただ一つ、自分がどうしたいかだけ。

 だから、普通の人が怯えブレーキを踏むような場所でも、全力でアクセルを踏み込める。


 南雲は既に覚悟と生き様が完全に一つとなり、『芸術』にまで昇華されている。

 あれと同じことをするのは、覚悟や意思でどうにか出来る範疇を遥かに逸脱していた。


「それで良い。まずは積み重ねろ。身体を鍛え、技術を磨き、心を高める。それで駄目なら、次を考えれば良い」

 そう言って、あやねぇは安心した様子で笑った。




 お茶うけ兼糖分補給として用意されたのは、一本数千円する羊羹だった。


 正直、庶民的にその値段は影よりも恐ろしい。

 けれど、食べたらもっと恐ろしい現実を味わった。


 特別何か違うわけではない。

 目が飛び出すほどでもなければ、感動して泣くほどでもない。

 当然、口からビームが出るようなこともない。


 ごく当たり前の、普通の、羊羹だった。


 けれど、俺はもう普通の羊羹をただ美味しいと思って食べることは出来ないだろう。

 普通の羊羹として、あまりにもこれは完成されきっている。


 これを知ってしまったらもぅ、安物の羊羹では必ず舌が不満を察知する。

 それは、呪いのように恐ろしい代物だった。


 だから、一本持ち帰らせてもらった。

 今日この後、ぴよこにも食わせるために。


 そうして休憩が終わり、あやねぇが師匠となってから――急に、エレベーターの音が響いた。

「来たか」

 そう、師匠は呟く。

「誰か呼んだんですか?」

「ああ。今のうちに連携を磨いておきたくてな」

 そう言って師匠はエレベーターの方に目を向ける。

 俺もその横で、エレベーターの方を見つめた。


 数秒後、そこから現れたのはメイドだった。


「え? なんで?」

 そう俺が首を傾げると、メイドはぺこりと深く頭を下げた。

「朝霧先輩に呼ばれてきました。伊織様の訓練のお手伝いができると聞きまして」

 そう言って、にっこりと微笑んだ。

「彼女を呼んだ理由は色々とあるが、それはおいおいだ。とりあえずは連携訓練を行う。二人がかりでかかってきてくれ。できたら今日中に、普通に戦えるレベルまでもっていきたい」

 そう、あやねぇに言われ、俺とメイドは目を合わせる。


 メイドは荷物を置いてアマツを片手に、俺の傍に来た。

「いつでも準備はできております」

 そう、俺に向かって一言。

 俺も頷き、二人で師匠に斬りかかった。


 そして数分の訓練の末――。


「今日はここまでだな。……正直、ここまで酷いとは思わなかった」

 そう、師匠は口にする。

 なんだかんだ言って俺に甘い師匠が、一切かばうことなく苦言を口にする。

 確かに、そうせざるを得ないほど酷い戦いっぷりだった。


 多少だが自信はあった。

 いつもぴよこと連携を組んでいるし、これまでも野良で市民と連携もできていた。

 他人に合わせるのは比較的得意な分野だった。


 それなのに、メイドとの連携は欠片もうまくいかず、終始ギクシャクしっぱなしだった。

 攻めるタイミングで二人とも様子を見て、護るタイミングで二人とも前に出て。

 お互いの肩をぶつけあった回数も、たった数分なのに二けたに達する。


 こんなことは通常ありえない。

 扶桑に生きる者は幼稚園から剣での連携を学びはじめ、社会人になっても学び続ける。

 俺もメイドも連携は決して苦手な部類ではなく、これまで困ったことはない。


 メイドの方も予想外だったのか、申し訳なさと困惑で険しい顔になっている。

 けれど俺は、どうしてこうなったのか一つ心当たりがあった。


ありがとうございました。

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