はじめてのおししょーさま
校舎の中、俺を見かけたあやねぇは満面の笑みを見せながら両手を広げた。
「まってたぞ伊織。さあお姉ちゃんのところにおいで! ……おや、南雲も一緒か」
「急にすん……ってならないで頂戴。落差で風邪ひいちゃいそうになるわ。いっそ無視してくれた方が嬉しいくらいよ」
南雲は困った顔でそう呟いた。
「何を言うか。伊織の友達を私が蔑ろにするわけがないだろう」
「……あんた本当に……いや、もうなんでも良いわ。それで、訓練の参加、大丈夫?」
「歓迎しよう」
あやねぇは頷いた後、俺の方に目を向けた。
「ところで伊織、アセリアはどうしたんだ?」
「今日からバイトだって」
俺がそう答えると、あやねぇは少しだけ困った顔を見せた。
「そうか……。アセリアにも相談があったのだが、まあ次会った時で構わないか。では、行こうか」
そう言って、あやねぇは訓練施設に俺たちを案内した。
たどり着いたのは、あやねぇと決闘したあの場所だった。
「専用訓練施設……まあ、序列一位への扱いなら妥当かしらね」
驚いた様子を見せながら、南雲はそう呟く。
「やっぱ凄いのか?」
「エレベーター直通の訓練施設を個人で所有してるのを、凄くないって言える人は少ないでしょうね。そのうえで……これ、結界張ってあるし、VR設備も揃ってるでしょ?」
あやねぇは頷いた。
「VRって? 映画でも見れるのか?」
「バーチャルリアリティを応用した訓練。まあ要するに、安全に訓練ができる方法よ。と言っても準備や手間の問題があるからあまり使われることはないでしょうけど」
「もう少し伊織が強くなればバンバン使う予定だが?」
あやねぇは不思議そうに首を傾げると、南雲は静かに顔を顰めた。
「愛されてるわね。伊織ちゃん」
「ああ。家族がいなくても寂しくないくらいにはな」
「そういう毒の強いジョークは聞く方がダメージ高いの。あと、家族がいないでショックを受けているあちらさんをフォローしてあげなさい……」
南雲の言葉で、俺はあやねぇを見る。
あわわわわと、あやねぇは涙目でこちらを見ていた。
「そんな……私は、私たちは家族ではないのか!? 今日まで毎日一緒に居たあの日々は嘘だったというのか……」
「いや、そういうのじゃないから。あやねぇはちゃんとお姉ちゃんだから。いや毎日いたか?」
ぱーっと明るい笑みに戻り、俺はほっと安堵の息をつく。
そんな俺たちを、南雲は心底あきれた様子で見ていた。
「訓練を始める前に、少し説明をしよう。と言っても時間がもったいないから、伊織は素振りでもして借り物のアマツを手に馴染ませながら聞いてほしい」
あやねぇの言葉に頷き、俺は今回借りたアマツを鞘から抜こうとして――。
「あれ? これ、どうやって……」
「一体型よ。発動条件は、まあ貴女のことだから……」
「ああ。覚醒すればいい」
二人に言われた通り、俺はアマツに意識を送り込む。
剣士とは、意思を貫く刀そのものである。
つまり、俺という刀に隷属せよ。
俺に従え。
それが、俺の覚醒希望による切り替えスイッチ。
どうやら、服従させるようなイメージでないと俺の覚醒は発動しないらしい。
強い意思と覚悟を、上からアマツに叩きつける。
アマツは、そんな乱暴な俺に応えてくれた。
鞘であったものが形を変え、カシャンカシャンと音を立てながら刀身と一体になる。
俺がこれまで持っていた物は刀に寄っていたが、こちらは随分とメカメカしい見た目となっていた。
「ほほー」
感嘆の声を上げ、それを見守る。
刀は素晴らしい。
現代まで引き継がれた美しき芸術であり、扶桑の魂である。
だが、それはそれとしてこういうSF的な物も悪くはない。
端的に言えば、浪漫がある。
嫌いな男の子はいないだろう。
「本当はもっといい物を用意したかったのだが……下手に悪い癖が付くとまずいから量産品の安物になってしまった。すまない」
「用意って……もしかしてこれ……俺のために用意したの?」
「ああ。代価品として好きに使ってくれ。繰り返すが、所詮安物だ」
「ありがとうあやねぇ。でも俺、こういう時のあやねぇは信用できないってもうわかってるから。というわけでなっちゃん。これ、いくらくらいする?」
南雲は俺の持つ刀をしげしげと眺めた。
「そうねぇ……。総合メーカー『玄宗』のコンプリートシリーズ、そのハイエンド……いえ、更に上ねこれ。一般では出回ってない試作タイプじゃない。確かに量産品と言えば量産品だけどさ……」
「どういうことだ?」
「わかりやすく言えば真打みたいなものかしら。量産されたパーツの中で特に精度が良い物だけを使って作られる広告用の見本。値段は……上位種の時点で三百万だから……単純計算で三千万?」
「あやねぇ?」
俺はジト目を、あやねぇに向けた。
「安心していいぞ伊織。同じ物を五振りは持っている。壊しても問題ない」
「いや、そういうことじゃないんだけど……使うのが怖くなってきた」
溜息を吐き、刀を見る。
さっきまで浪漫の塊変形刀と思っていたが、今はなんというか……高級車を手に持っているような気持ちだ。
「気持ちはわかるけど、慣れた方が良いわ。本当に強くなりたいなら、良い物に手を馴染ませるのは悪いことじゃないもの。それに、一番の価値は全然違う部分よ」
「違う部分って、どういうことだ?」
「序列一位が、貴方のために用意した。その意味を考えて頂戴」
「……確かに、金銭よりよほど贅沢な話だな、それ。邪魔した。素振りしてるから解説お願い」
そう俺は言ってから二人から少し離れ、刀を振り上げる。
ぴよこが用意してくれた改良アマツよりも軽いはずなのに、重心の違いか妙に重く感じた。
ぶん……ぶん……と、刀を振る。
慣れない刀であることに加え、へっぽこな俺がハイエンドな刀を持つその違和感。
これで正しいのか、不安な気持ちが徐々に大きくなっていく
その横で話すあやねぇの言葉に、俺はそっと耳を傾ける。
「覚醒による変化は大きく三つだ。伊織、何かわかるか?」
「斬撃が鋭くなるっ……。肉体が強くなる。あとは……わからない……」
「うむ、よくできました。さすが私の弟だな! 一つが斬撃強化。一つが肉体強化。最後が、霊力防護となる。わかりやすく言えばバリアだな」
「バリア?」
俺が首を傾げると、南雲が俺に向かって斬撃を叩き込んできた。
「ちょ!?」
慌てて防ごうとするも構え直すことさえ間に合わない。
抜刀さえも見えないそれは、まさに神速の一閃だった。
それを俺はモロにくらって――。
「……あれ?」
自分の胴体に目を向ける。
斬撃を受けたという衝撃だけは感じられたのに、身体どころか服さえも斬れていなかった。
「これが霊力防護よ。アマツの霊力が肉体を保護してくれるの」
そう、訳知り顔で南雲が言った瞬間、「ふー……ふー」と荒い息であやねぇが南雲に刀を向けていた。
南雲はふるふると大きく首を横に振りながら、両手を挙げる。
「お、教えるためだから! 本気で害すつもりはなかったから! というか貴女、それで本当に師匠やれるの!?」
「あやねぇ。俺は大丈夫だから」
二人から言われ、あやねぇはようやく止まった。
「……確かに、この状態で指導は厳しいか。十秒待て、気持ちを切り替える」
そう言って、瞑想するようにゆっくり深呼吸を繰り返した。
息を吸い、吐く。
ただそれだけの動作なのに、妙にさまになっていて、そして神々しい。
さすが序列一位と感心を覚えるくらいだ。
次に目を開けると、鋭い目つきで凛とした、正門前で見たあの時のあやねぇに戻っていた。
「……伊織、訓練中、私のことは師匠と呼んで欲しい」
「公私を分けるためですね。了解です」
「いや、あやねぇとかお姉ちゃんと呼ばれると、可愛すぎてお姉ちゃんパワーが暴走するからだ」
外見は冷静だが、残念ながら全然駄目なままだったようだ。
「……とりあえず、伊織の動きを横から見たい。南雲、悪いが協力してくれ」
そう言ってあやねぇは……いや師匠は南雲に刀を投げ渡す。
それを受け取りつつ鞘から抜き放ち、南雲は片手かつ逆手という独特の構えを見せた。
「さ、相手してあげるからいらっしゃい。伊織ちゃん」
「……二つだけ、始める前に聞いていいか?」
「手短にね。時間がもったいないから」
「まず、なんか妙にツーカーの仲だけど、なっちゃんは師匠と親しい感じ?」
「それなりにね。何? 嫉妬する?」
「いや、ちょっと安心した。師匠もなっちゃんも癖が強いから、友人がいるならって」
「……そ。それで、二つ目は?」
「前さ、一緒に戦った時、どうして覚醒しなかったんだ?」
今考えたらおかしい話である。
こうして覚醒を体感しているからこそわかる。
あの時、南雲は覚醒していなかった。
だからあんなに苦戦した。
けれど、その理由が俺にはさっぱり見当がつかなくて――。
「だって、無粋じゃない。二人があんなに頑張ってたんだから」
「……それで、自分が死ぬことになってもか?」
「ええ。粋に生きて死ねるなら、それで本望よ」
「……わかったよ。なっちゃん。あんたはすげぇよ、本当……」
そう言って、俺は微笑む。
南雲も少し困った顔で笑ったその瞬間――俺は南雲に斬撃を叩き込んだ。
不意打ち気味で若干卑怯だなとは自分でも思う。
けれど、そんな斬撃を南雲はにやけ面のまま、あっさりと受け止めた。
南雲には、何度も訓練をしてもらった。
師匠の弟子となるために、その決闘の準備に。
そのいつもの南雲とは、今日は少しだけ違う。
覚醒もしてない様子なのに、前よりはるかに怖くなっていた。
「……少しだけ本気を出してくれた感じかな」
「まさか。少しだけ実戦形式にしてあげただけよ」
「ああそうかい!」
俺は金棒かのように、乱暴に刀を叩きつけ、南雲はそれを受け止める。
激しい剣戟が鳴り響く。
後ろに飛ばされた南雲は顔を顰めていた。
さっきまで感じた違和感がぴたりと止んだ。
これで良いと、そう使えと、刀が教えてくれているように。
思った以上に、このアマツと俺の相性は良かった。
ありがとうございました。




