ささやかながら、お祝いを(前編)
休日の公園の中、俺は一人で時間を潰していた。
まだ五月だというのに、太陽がぎらついている。
耐え切れない暑さではないのだが、今からこれでは夏が恐ろしい。
冷夏になるという話はいったいどこに行ったのだろうか。
「ふぅ」
手団扇で顔をあおぎながら憂鬱な溜息をこぼし、時計塔を見上げる。
そろそろ九時を回ろうという時間となっていた。
(そろそろか)
そう思った直後に、俺の待ち人が現れた。
「ヘーイ! グッモーニン、イオリ!」
そう、リムは元気よく挨拶をする。
俺はそんなリムに片手をあげ挨拶をして――絶句した。
「おまっ……お前……その服はどうした!?」
「ホワイ? 何か変でした?」
「いや……だって……普通じゃないか!?」
そう、普通の服装だった。
アニメのTシャツではなく、ジーパンと薄地のシャツと革のジャケットという、ごく一般的な。
ガタイが良いからか、センスの問題か、随分といかつい雰囲気は出ている。
だが、それでも身だしなみをきっちりしている。
そんなリムが来ることを、俺は想像さえしていなかった。
「んー? ソーリィ、イオリ。何が悪いかわかりません」
「いや、お前……Tシャツはどうしたんだよ……。あれだけ拘りがあったのに……」
リムはふふんと笑みを浮かべる。
「イオリ、TPOとドレスコードは守るべきね」
そう、堂々とリムは言い切った。
(お前の中でアラハバキはどういう扱いになってるんだよ……)
「すいません。お待たせしてしまいました」
俺がつっこむより先に、待ち人二人目の声が耳に入る。
俺は、びくりと体を震わせた。
リムのこともあり、ちょっとだけ姿を見るのが怖かった。
とはいえいつまでも見ないわけにはいかず、意を決し、声の方角に目を向ける。
そこにいたのは、メイドだった。
いつもの白を基調としたメイド風制服ではなく、白と黒の落ち着いたツートンカラーを基調としたもの。
長い丈で落ち着いた印象の、コスプレらしさがないもの。
そこにいたのは、間違いなく本物のメイドだった。
「良かった……なんというか……うん」
「はて? どうかなさいましたでしょうか、伊織様」
「いや。そのままの君でいてくれたらいいさ……」
謎の感動を覚えながら、俺は首を傾げる彼女にそうとだけ伝えた。
待ち合わせの公園に、リムやメイドだけでなく、大勢のクラスメイトが集まった。
全員を呼んだつもりだが、来たのは十人程度だった。
待ち合わせから三十分ほど過ぎ、もう来ないだろうと思った俺は彼らを連れ、ある場所に向かった。
そこは『フリーハンド』という名の店。
ぴよこがバイトをしている場所である。
ここがなかなかに癖が強いというか、ものすごく限定的というか、何故そんなことをしたのかという店だった。
どういう店かを説明するなら、カラオケの個室と喫茶店を掛け合わせたというのが近いだろう。
多少味に自信があるカラオケとか、そういう普通ではない。
むしろその逆。
妙に癖の強い個性的な喫茶店のおまけに、カラオケが付いてくる。
そんなふざけた施設だった。
お洒落でもなければ安くもない。
特別味にこだわりがあるというわけでもなく、しいて言えば基本的に量が多い。
だからまあ、当然、客の入りは少ない。
むしろ空きスペースに適当に作ったレストランの方が繁盛している。
そんな大丈夫かと不安になるような店。
とはいえ、今回の場合は非常に都合が良かった。
防音の個室でかつ三十人程度までなら余裕で入れる大部屋があり、料理をいくらでも注文できる。
つまり……。
「えーというわけで、皆さまのおかげで俺は朝霧師匠の弟子となることができました。そのお礼も兼ね、今日はお祝いの席を用意させていただきました。どうぞ心行くままに――」
「話長いぞー」
俺の言葉は、クラスメイトのヤジにかき消された。
「おかたすぎるぞー」
「もっと気楽にしろー」
「適当にいきましょー」
ヤジばかりが増えていく。
そしてその分だけ、皆の笑顔も増えていく。
くすりと笑い、俺はグラスを掲げた。
「みんなありがとう! 助かった! 言いたいことはそれだけだ。あとは楽しんでくれ! 乾杯!」
そう言って、俺がグラスを掲げると、それに合わせて皆もグラスを掲げる。
それが、パーティーの始まりの合図となった。
遠目から、俺はパーティーの様子を眺めて楽しむ。
主催である以上、俺自身が楽しむより楽しんでもらえた方が満足度は高い。
あと、単純に皆に混ざりにくかった。
仲が悪いわけではない。
むしろ色々協力してもらってるから、良い方ではないだろうか。
ただ……部屋の女性の割合が、あまりにも多すぎた。
「次マイク私ー」
「えー。ズルいって。次私の予定じゃん!」
「そんな約束ありませんー」
「私まだ歌ってないよ」
「じゃ、次貴女ねー」
そう、数人の女性がマイクを奪い合っていた。
今この部屋にいるのは十人。
そしてそのうち男性は、俺、リム、南雲の三人だけだった。
南雲は、まあああいうタイプだからか女性と違和感なく話している……というか、他の女の子にメイクを教えたり恋愛相談に答えたりしている。
女性が多いことを考えたら見習わないといけない部分が多いのは確かだが、ちょっと出来る気がしない。
リムは時折アニソンを歌いブーイングを喰らいつつ、飯を食いながらパソコン片手にアニメを見ている。
ものすごく典型的なアニオタムーブをかましつつも、ちょっとした映画館のように数人の女性が彼の背後でアニメをのぞき見していた。
思ったより嫌われていないというか、外国人かつアニメオタクという属性を考えたらありえないくらい溶け込んでいる。
そう、全体的にパーティーは成功と言えるだろう。
一つ、問題があるとしたら……。
「へい伊織っち! デュエットしようぜデュエット! あーし男役やるなら伊織っち浮気された女役やって」
うんざりした顔で、声の方を見る。
どこかギャル風の容姿をした女性が、俺に絡んできていた。
「……なんで俺が女側なんだよ、めぐる」
「いや、伊織っち浮気した男役はちょっと生々しいかなーって……」
「なんでだよ」
「ま、どうせしばらくはマイク持てそうにないしいっか」
「いや、めぐる、めちゃくちゃ歌いまくってなかったか?」
しかも歌っていたのはパンクロック。
それで良いのか神社の娘。
「だからさ。マイク独占禁止法を食らっちった」
「どのくらい歌ったんだ?」
「連続で五曲」
「そりゃ、自業自得だな」
「んで、なんでそんなむっつり顔でいるんだい主役様」
「……今日はなんかご機嫌だな」
「えーそう見えるー?」
くねくねしながら、楽しげに。
ちょっと、いや大分おかしい。
まあ、おかしいのはいつものことだけど、いつもと方向性がなんか違う。
酒でも飲んでいるかと思うかのような、そんな明るさをしていた。
俺は少し小さな声で、めぐるにだけ聞こえるよう言った。
「……メイドのことだよ」
「……有栖ちゃんがどしたん?」
俺たちはメイドの方に目を向ける。
そこにはいつも通りのメイドがいた。
「別にいつもと変わらなくない?」
「そう。変わらないんだよ。パーティーなのに」
皆の注文を聞いては往復し、汚れがあれば綺麗にし、楽しんでなさそうな生徒がいれば輪の中に入れるよう工夫して。
そういう、いつものお世話しかしていなかった。
「しょうがなくない? メイドだから」
「そうだな。それでも、俺はあいつ自身にも楽しんでほしいんだよ」
めぐるは、露骨なまでに嫌な顔を俺に向けていた。
「伊織っちさぁ。めんどくさい……」
「あのな、めぐる」
「言い過ぎた。ごめん」
「いや、怒ってるわけじゃないんだ。ただ、序列一位に弟子入りするためクラスに迷惑かけた俺が、めんどうくさくないわけがないだろ」
「自覚あるんかい」
「そりゃな。というわけで、何かないか? メイドを楽しませるようなこと。得意だろ? 誰かを楽しめるの」
「得意なわけないでしょ」
「でも、ギャルなんだろ?」
「あーしがギャルに見える?」
「外見だけは」
「それが答えさね。そもそもあーしは自分がしたい恰好してるだけだし。オタクに優しいギャルなんて妄想よ妄想」
「……いや、めぐるがそれを言うか? お前、教室で一番つるんでるのリムじゃないか」
「あーしはまがい物だからセーフ。というか、あんたの方がわかるんじゃない?」
「え?」
「伊織っちと同類っぽい感じじゃん、有栖ちゃん。だから考えわかるんじゃない?」
「いや、わからんから困ってるんだ」
「ふーん。お似合いな感じと思ったけどにゃー」
「……ところでさ、めぐる。一ついいか?」
「ん? なんだい伊織っち。そんな改まって」
「さっきから、ずっと後ろで待機してるぞ。メイドさん」
ばっと、慌てて後ろを振り向くめぐる。
そんな彼女が見たものは、思わずキスしそうと思うような至近距離で、ニコニコと威圧するメイドの姿だった。
「めぐる様? わたくしのことを気にかけて下さるのは嬉しいのですが、どうぞメイドとお呼び下さいませ」
「う、うぃ。わかったっしょ。メイドさん」
「はい。ありがとうございます。そして伊織様。私は私で十分楽しませていただいておりますので、どうぞお気を使わないでくださいませ」
今度はこちらを見て、ニコニコと。
だが俺もホストとして、もてなすと決めた以上ここで引くわけにはいかない。
「いやいや。そういうのは俺がやっても良いんだから、今日くらいはさ?」
「メイドがご主人様がたの前でそのようなことは……。それに伊織様は本日の主役でございます。むしろもっと私に我儘を……」
「いやいや」
「いやいや……」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
わいわいと互いを否定し、バチバチと火花を散らしにらみ合う。
今日は、今日だけは譲るわけには……。
「もうさ、あんたら二人でデュエットすれば? あーアホらし」
そう言って、めぐるは吐き捨てた。
「それ、良いわね」
クラスメイトの一人が、ニヤついた顔で同意する。
その瞬間、全員の視線が、俺たちに注がれた。
「伊織、あんた主役の癖に歌ってないじゃん! ほれ」
「メイドさんはいマイク。ささ、遠慮せずどーんと歌ってどーんと」
「いえ……でも……私は皆さまのお世話が……」
「一曲くらい良いじゃん。ね? ねね?」
妙な連帯感を発揮し、俺たちは機械の傍まで押し出されてしまう。
困った顔のまま、メイドに目を向ける。
同じ顔で固まるメイドと、目が合った。
「……何、歌う?」
「私、あまり今の曲は……」
「俺もだ。ついでに言えば俺は昔の曲もわからん……」
そしてあーだこーだと相談した結果、中学の時、音楽の教科書に載っていた古典の曲を二人で歌った。
盛り上がりどころの大してない、地味で、どこか聞き覚えのある曲を、下手でもなければうまくもない歌声で。
まあ当然と言えば当然だが微妙に盛り下がった。
けれど、これが俺たちの精いっぱいだった。
ありがとうございました。




