『五月十日の木曜日』
次の日には、あやねぇの弟子となったことは周知の事実となり、俺は鋭い視線に晒され続けた。
そのあやねぇに呼ばれ、ぴよこが離れ、俺は一人で教室に。
そこでもみくちゃにされ、激励の言葉を大勢に投げられた。
裏で残念会の用意を片していたのを、俺は見ないフリをした。
南雲と拳を合わせ、友情を再確認。
そして落ち着いたあたりで、めぐるがいろいろ変なことを言いに来ていた。
「何にせよお疲れ伊織っち。んでさ、実はあーし、ちょっち未来旅行に行ってきてね」
唐突に、それも脈絡もない突飛な話に、俺はつい笑ってしまった。
「そりゃすげぇ」
「それで、日付が今日何月何日だっけ?」
「『五月十日の木曜日』だな」
「んで、伊織っちって今、決闘何回目だっけ?」
その質問に、俺は少しだけ違和感を覚えた。
おふざけ会話としても、どこかズレがある。
俺の決闘なんて話、有名すぎて知らないわけがない。
なぜ今さら、それも回数なんて無意味なことを聞いたのだろうか。
「何回も何も、あやねぇ以外と決闘なんてしたことないから一回だな」
俺は不審感を出しながら、そう答えた。
「あれ? そだっけ? なんか三回してそうなイメージあったけど」
「いやいや。俺は狂犬か何かか? というか入学して一月程度で複数回決闘するとか、そいつヤバいだろ」
「そだねー。ところで伊織っち。話変わるんだけどさ」
「……今度はなんだよ?」
「うちの学校に姫様が来る予定だったって知ってた?」
俺はジト目をめぐるに向けた。
「いや、姫って今俺の目の前にいるけど」
「ほっほっほ。来るしゅうない。ってそうじゃなくて、あーしみたいな"なんちゃって"じゃなくて、マジモン。パツキンのプリンセス様」
「いや、そんな話聞いたことないな」
「どこぞの小国の第三王女様が同級生になる予定だったんだけどね、なんか情勢が崩れたとか、執事が暗殺されたとかで来れなくなったんだって」
「そうか。それはなんとも言えんが、悲しい話だな」
「本当、残念だったね。もし来てたら、伊織っちの落とした女三人目になってたのに」
「なってねーよ。というか一人も落としてねーよ。落としたことさえねーよ」
「そだっけ? それともあっち? 殺し殺されの愛憎関係的な? 浮気はほどほどにね伊織っち」
「俺をつまんないB級昼ドラの主人公にするんじゃない」
「にゃはは。おっと。ぴよちゃんが来たしあーしは行くね。じゃ、そういうことで、しーゆー」
ニコニコしながら、めぐるは去っていった。
「めぐちゃんと何の話してたの?」
「……わからん。いや、隠してるとかではなく、本当に……俺は、何を話していたんだろうか……」
あまりにもわけがわからなさすぎて、哲学を語り合った研究者みたいな心境になっていた。
翌日。
珍しく……というか初めて、九条がホームルームに姿を見せた。
その教壇の隣に、クラスメイトの女子が立つ。
彼女との接点はあまりないが、『みなちゃん』と呼ばれていたはずだ。
「あー。残念……いや、めでたいことに、この鍋島三奈佳は本日をもって退学となった」
そう九条が言った瞬間、ざわりとした空気が流れる。
ただ、そこまでの驚きはなかった。
アラハバキの卒業率は低く、悪ければ二割を切る。
卒業できないこと自体は珍しくない。
問題になるのは、その理由の方。
もしも俺のような『追い出される形での退学』だった場合、残る道はかなり限られる。
「まず、鍋島という家は相当古い家柄で、歴史どころか国語の教科書にさえ残っている。剣術指南でもその名を聞くこともあるだろう。事実、鍋島もそれを期待されていたのだが……」
九条は、なんとも言えない困った顔を浮かべていた。
「実際優秀でな、最低限学んだら卒業を待たずにでもと、警察の方から内々の内定をもらっていたんだが……鍋島。自分で言え」
鍋島は誇らしげな表情で一歩前に出て、口を開いた。
「えっと、このたび、将棋連盟にて四段の認可が下りました。なので正式に棋士となることが決まり、学園を辞めさせていただこうと思います」
しん……と、静寂が教室を包んだ。
俺のように何も知らなかった人はぽかんと顎を開いて間抜け面。
事前に知っていた友人たちは誇らしげな表情を向ける。
そんな状況。
「あー。つまり……女性初のプロ棋士って奴だな。はい拍手」
九条の言葉で、まばらな拍手が起きた。
俺もそうだが、正直まだ状況についていけていない。
それでも拍手は次第に広がり、やがて大きな歓声へと変わっていく。
その頃になって、ようやく実感が追いついた。
どうやらこのクラスから、とんでもないスターが生まれたらしい。
「凄いねー。初めての女性プロだってねー」
ぴよこの言葉に俺は頷く。
女性のプロ野球選手が生まれて三十年。
馬術では、すでに半数が女性となって久しい。
霊力の影響で性差が薄れた今でも、将棋界だけは男の世界のままだった。
そこにとうとう、幕開けの綺羅星が加わった。
「がんばってー!」
「天辺とってしまえー!」
「俺たちのこと忘れないでくれよー!」
叫びの中に、涙声も混じり始める。
歓声はさらに広がり、九条の制止もかき消した。
その拍手と歓声は、隣の教室から教師が怒鳴り込んでくるまで続いた。
ありがとうございました。




