めぐり、めぐる
クラスに入った瞬間、俺は皆にもみくちゃにされた。
「よくやった!」
「成し遂げたな!」
「お前ならやれるって信じてたぞ!」
大体そんな感じの言葉を、皆が代わる代わる投げてくる。
その後ろで、こっそりと『残念会』と書かれた垂れ幕を片付ける姿を、俺は見逃さなかった。
席に着くと、となりに南雲がいた。
苦笑したような表情で、俺に拳を向ける。
俺はその拳に、コンと拳を重ねた。
「御見それしました」
そう言って、南雲は俺に頭を下げる。
その表情は、映画を見てきたかのようなすっきりしたものだった。
「手伝ってくれてありがとな、なっちゃん」
「これからも何かあったら誘ってちょうだい。楽しいことなら是非ね」
そう言って笑い合って、もう一回拳を重ねる。
やっと、きちんとした友達になれたような、そんな気がした。
少しして、俺の席に誰かが近づいてくる。
それは、めぐるだった。
『夜刀蛟めぐる』
関係で言えば、ぴよこの友達。
それ以上でもそれ以下でもない……はずだ。
「へい伊織っち。とりま隣座るね」
そう言ってぴよこの席に座り、クラッカーのおもちゃを鳴らした。
紙吹雪も火薬もない、電子音だけのクラッカー。
その後で、ぱちぱちと拍手をした。
「おめでとー。お祝いに温泉旅行いる?」
「ありがとう。でも要らない」
「遠慮はいらないよ? サメとか出るし」
「安心してくれ。今、遠慮じゃなくなったところだ」
「残念。ところで伊織っち。ちょいと相談があるんだけどさ」
「なんだい?」
「伊織っちって女装に興味ない感じ?」
「ない感じだな」
「コロッケにマスタードってありだと思う?」
「別に好きに……」
「ちなみにあーしはウスター狂信者。コロッケにウスター以外は許さない派閥」
「俺にどう答えて欲しいんだよ」
本当に、会話にとりとめがない。
これは天然とかそういう話じゃない。
彼女の感性は、人という次元より上にあると言っても良いんじゃないだろうか。
「何にせよお疲れ伊織っち。んでさ、実はあーし、ちょっち未来旅行に行ってきてね」
唐突に、それも脈絡もなくそんなことを言ってきて俺はつい笑ってしまった。
「そりゃすげぇな」
「それで、今日何月何日だっけ?」
「『五月十日の水曜日』だな」
「んで、伊織っちって今、決闘何回目だっけ?」
その質問に、俺は少しだけ違和感を覚えた。
おふざけ会話としても、どこかズレがある。
俺の決闘なんて話、有名過ぎて知らないわけがない。
なぜ今さら、それも回数を聞いたのだろうか。
「二回目だな」
「はは。まだ模擬戦の経験者さえ少ないはずなのに凄いね、伊織っち」
「迷惑ばかりかけて悪いな」
「ううん。あーしは楽しいから全然良いよ。そか。二回目か……。おっと、ぴよちゃん来たしあーしは行くね。じゃ、そういうことで、しーゆー」
ニコニコしながらめぐるは去っていく。
結局、何が言いたかったのかまったくわからなかった。
質問攻めとあやねぇのお姉ちゃん構って状態で、あっという間に放課後になり、それでもなかなか帰れず。
気づけば、俺たちはいつもより二時間は遅く電車に乗っていた。
電車の中はいつもより人が少なくて、そしていつもより少しだけ……赤かった。
バスに乗り継ぎ、いつもの停留所で降りた時には、その赤も陰りを見せる。
『逢魔時』
どこか、不吉で不穏さを感じるような、そんな時間になっていた。
「……少し、急ぐか」
夜というものは、人にとってあまり好ましいものではない。
夜が、あいつらの迷彩となるからだ。
俺たちの敵となる『影』は、闇夜に紛れる。
それは、実力以上に厄介となることを意味していた。
「ごはんどうしようか? あ、うち来る?」
俺は頭を掻き、考える。
「……あまりあの人に迷惑かけたくないんだけど……今日くらいは素直に頭を下げるか」
家に簡単な冷食やカップ麺くらいはあるだろうが、正直、昨日の疲れが残っている今はちゃんとしたものが食べたかった。
「良いと思うよ。お母さんも喜ぶと思うし。じゃあこれから私のおうちに――いーくん!」
「わかってる!」
俺はすでに、アマツを抜いていた。
オレンジの世界に紛れる、黒い塊。
ゾワリとする恐怖に、威圧の入り混じった感覚。
影が、すぐそこにいる。
アラートがない状態で遭遇したのは、初めてだった。
「いーくん借り物で戦える?」
「問題ない。覚醒もできてる」
あくまで感覚だが、間違いはないだろう。
アマツを鞘から抜き構えた瞬間から、俺は全身にみなぎる力を感じていた。
影の反応は鈍い。
アマツを構える俺たちに気づいてさえいない様子だった。
おそらく、等級はそう高くない。
なら――。
俺が刀を構え、飛び出そうとした、その瞬間だった。
ドスっと何か細長い物が影を貫通した。
それをやったのはぴよこではなければ当然俺でもない。
細長い棒状の何かが貫通し、影はぴくり、ぴくりと虫のように痙攣する。
そして、そのまま黒い塵となり消えた。
消え去る影に、何かが近づく。
靡く金色が、俺の瞳に映った。
ゾクリした寒さが背中に走る。
まるで、冬が戻ってきたかのような、芯が冷えるような、そんな寒さ。
そこに現れた彼女は、金色の髪を靡かせ、喪服のように黒いドレスを身にまとっていた。
ただ、彼女は……あまりにも冷たい表情だった。
冷淡と呼ぶより、それは無関心。
こちらを見る表情を人ではなく人形かと勘違いしそうになるほど無機質だった。
彼女の名前は、『ユーフィミア・エリザベート=インペリアル四世』。
遠方の国の王女様である。
なぜここにいるのかわからない。
ただ、彼女とはちょっとした因縁があった。
「……助けてくれたんだよな? ありがとう」
警戒を解かないまま、彼女にそう声をかけた。
彼女が、こちらに身体を向ける。
その手には、西洋式の剣が握られていた。
「ちょ、ちょっと待った! そこまで俺たちに因縁はないはずだ! 一月放置したのは悪かったが、こっちにも事情が――」
少しだけ、彼女に表情が宿る。
俺には、それが憐れみに見えた。
「恨みなんてないわ。むしろ……。恨んでくれて構わない。ごめんなさい。きっと、あなた達は何も悪くない。悪いのは……」
そう言って、ユーフィミアは剣を構える。
その先にいるのは――俺じゃなく、ぴよこだった。
何をしようとしたか理解した瞬間――俺の怒りが、一瞬で上限に達した。
「ふざけるな!」
俺はぴよことユーフィミアの間に立つと、ユーフィミアの動きが止まり、俺を意識する。
俺は覚醒した力を意識したまま、ユーフィミアの剣を狙い、斬撃を叩き込んだ。
直後、俺の手から刀が零れ落ちた。
おかしい。
手から刀が離れた感触はなかった。
むしろ、今なお俺の手に刀があるように俺は感じている。
「あ……ああ……」
後ろから、ぴよこの呻きのような声が聞こえた。
痛みさえなかった。
だから、気づかなかった。
落ちた刀には、俺の左手が付いたままで――。
「いや……いやああああぁぁぁ!」
背後から、ぴよこの悲鳴が聞こえた。
(護らないと……)
そう思い、ユーフィミアを睨む。
そのまま突進しようとした瞬間、がくんと俺の身体は大きく揺れる。
そしてなすすべなく、崩れるように膝が落ちた。
何が起きているかわからない。
俯き、自分の身体を見る。
身体に、何か突き刺さっていた。
赤い、赤い……細長い槍のようなもの。
いや、突き刺さっているわけではない。
これは、身体の内側から生えていた。
ドッドッドッと、幾度も俺の身体が揺れる。
その度に、身体の内から槍が生えている。
槍が、内側から俺の身体を破壊していた。
ぐしゃりと、身体が崩れる、倒れた。
動けない。
動かない。
「に……げ……」
それしか、言葉も出ない。
死が、すぐそこまで来ていた。
護りたい。
護れない。
護れなかった。
アセリアだけは助けないと。
そう願いながらも意識は徐々に消え、うつろう中……。
俺は、俺自身に小さな疑問を抱いた。
なぜ、俺はこれほどまでに死ぬことが怖くないのか。
そもそもそれ以前に、なぜ、ここまで死を確信しているのか。
それじゃあまるで、何度も死を経験してきたみたいじゃないか。
おかしい。
そう思いながらも、俺の意識は闇に落ち、そして――消えた。
【始まりの朝】
早朝の目覚めは、心地よい日差しにより招かれた。
――嘘である。
残念ながら、今日に限って俺の目覚めはあまり気持ちの良いものではなかった。
ガタッ!
ガタガタッ!
暴風のように、窓が揺れている。
他は何もなく、窓一つだけが。
音は何度も繰り返され、徐々に大きくなっていた。
窓ガラスを割る程の大きさではないから、心配はない。
けれど、二度寝するには若干音が不快。
今起きている事象は、俺にとってその程度のことに過ぎなかった。
眉を顰めながら、ゆっくりベッドの横にある目覚ましを見る。
六時五十五分。
アラームが鳴るちょうど五分前。
だから何だというわけじゃないが、何だかちょっとだけ得した気分になった。
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