表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天憧ヤオヨロズ-神宿りの刃と鳥の歌-  作者: あらまき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/67

想いが剣になる


 ガンガンと、響くように頭が痛い。

 それでも、俺はその痛みを止めず、さらに加速させる。


 正直言えば、諦めかけていた。

 電磁バリアを背にした時、もうダメだと思った。


 それでも……ここで諦めるのは、格好悪すぎる。

 ただの見栄だが、そんな気持ちが俺をギリギリで踏ん張らせた。


 クラスメイトが繋いでここまで連れてきてくれた。

 後ろではぴよこがずっと俺を信じ、アマツの状態をモニターしてくれている。

 そんな彼らより先に、俺が折れて良いわけがない。


 それに、頭痛と共に、俺は知ってしまった。

 朝霧先輩の、いや『あやねぇ』の祈りを。


 あやねぇの放つ斬撃は鋭く、容赦ない。

 それを、俺は慌てずに回避し、反撃の一閃を放つ。

 あやねぇは距離を置き、俺を怪しむような目で見てきた。


「本当、あやねぇは凄いや。感動して鳥肌が立ってくる」

「さっきから一体……何の話をしている……」

「はは、なんだろうな……」

 俺は力を抜き、刀を構えた。


 俺の引き出しは少ない。

 だから――奥底から引っ張ってきた。


 激しい頭痛とトレードオフのように、過去の記憶が過る。


 あやねぇの実家の道場にいた時の記憶。

 恐ろしいことに、あやねぇの剣はその時と何も変わっていない。


 それはつまり、あやねぇは幼い頃から同じものを積み上げ続け、ここまで来たということ。

 才能を使ったわけでもなければ、何かに目覚めたわけでもない。

 純粋に、同じ流派の同じ技を磨き続け、まっすぐ正道を進み、貫き切った結果で、最強を手繰り寄せた。

 それは天才よりもよほど格好いい。


 そしてそのおかげで、俺はあやねぇの技と知っていた。

 あやねぇの癖も、あの頃と変わってなかった。


 とはいえ、あくまで過去は過去。

 正直、対処するのが精いっぱいではあった。


 例え同じ動きでも、洗練具合がまるで違う。


 それでも何とかなっているのは、にっくき九条の荒行によって、格上相手の対策ができているから。

 あの地獄が無駄にならなかったということは、正直業腹だが、今は喜んでおこう。


 そのうえで、俺のすべてを絞り出しても、ここが限界だった。


 ギリギリで対処できているだけで、相手に対して圧をかける武器がない。

 それに……。


「先読み……か。それでどうにかなると思っているのなら、甘いと言わざるを得ないな」

 そう、あやねぇは冷たく言い放つ。


(もう気づかれたか……)

 知識による先読みが通用するのは、相手がそれに気づくまで。

 当然のことだ。


 そして、あやねぇがそれの対処手段を持っていないわけがない。

 最強とは、すべての技を解析され、その上でその座に君臨する者だけが許された言葉なのだから。


 図星を突かれたことと痛みから顔を顰めながら、ゆるやかに、思い出すように構える。


 剣を下ろしたまま、相手に刃を向け、自分の身体で隠すような姿勢。

 下段脇構えに近いそれは、天元一刀流古武術での基礎の一つ『石花イシバナの構え』。

 刀身を見せずに動きを予測させない、守りの構えである。


 それを見て、あやねぇも構えを見せる。

 まるでミラーマッチかのように、同じ構えとなった。


「イシバナなんて、あやねぇらしくないね。俺に華を持たせてくれてるの?」

「――悪いが、そんなつもりはない」

 そのまま、あやねぇは俺に向かって来た。

 刀を隠し、イシバナの態勢を崩さぬまま。


 それは、かつてのあやねぇとは異なる動きだった。


 相手の動きを見極めるため、ギリギリまで待つ。

 守りの構えゆえに、先んじるのはあまりにもリスクが高かった。


 まだ……まだ……。


 必ずあちらから先に動く。

 そうでないと、突っ込む意味がない。


 そう信じ、ギリギリまで待つ。

 だが……あやねぇは動きを見せない。

 構えを変えず、そのままこちらに迫ってきた。

 それはもはや、ただの突進だ。


 気づけば、とうに俺の間合いの中に――。


「ちっ!」

 俺は下段切り上げを放った。

 あやねぇの突撃を潰すための、後退しながらの下がり斬り。


 あやねぇと、目が合う。

 あやねぇは、ずっと俺の顔を見ていた。

 俺の顔だけで、攻撃を判断するために。


 まずいと思った時には、俺の身体は地面に倒れていた。


「いーくん!」

 ぴよこの叫びを聞き、すぐに構え直す。


 身体が痛い。

 頭はもっと痛い。


 それでも、まだ立てた。

 まだ、負けずにいられた。


「ぴよこ。状況!」

「肩にモロに当たったよ! あとアマツの耐久推定値は四割くらい」

「四割も減ったのか?」

「残り四割なの!」

 思ったよりも、状況は悪かった。


 あと、自覚したら肩に痛みが走った。

 これ、折れてないか? と思うくらいの痛みが。


「……まだ、諦めないか?」

 憐れむような目を、あやねぇは向けてきた。


「ああ、諦めない」

「なぜだ? 何故拘る? 強くなる方法は幾らでもある。それになら、私は何でも協力する。信じられぬだろうが、本心だ。私は、伊織のためなら何でも……」

「いや、信じるよ。だってあやねぇじゃん」

「――もしかして、記憶が……。だから……」

「なんとなくだけどね。でも……一番大切なことを思い出した」

「それは?」


「……内緒だ」

 そう言って、俺は笑う。


 言えるわけがなかった。

 負けられない理由に『あやねぇのため』が加わったなんて。


『ずっと、ずっと護ってあげる』


 あやねぇは、俺にそう誓ってくれた。

 おねえちゃんだから、弟のために戦うのは当たり前だって。


 あやねぇは、その時の誓いを果たしてくれていた。

 だから――だから俺を、決して認めない。


 やっと、本当の理由がわかった。

 あやねぇが、俺の弟子入りを受け入れない理由が。


 俺を、護るためだ。

 心配で、不甲斐なくて、情けなくて、へっぽこで。


 そんな俺を護りたいと、本気で思るために、安全圏においておきたいから、弟子入りを拒否している。


 だから――。

 だからこそ、負けられなかった。


 なんてことはない。

 俺は、おねえちゃんを安心させたいから、今、本気で戦っていた。




 剣戟の音が鳴り響く。

 まるでノーガードの打ち合いのように、俺たちは刀で殴り合っていた。


 たぶん、メイドと南雲から斬撃の基礎を教えてもらっていなかったら、とうに刀は折れている。

 それでもまあ、かなり不利な状況なのは間違いなかった。


 ただ、少しだけ楽しかった。

 反対に、あやねぇは面白くないらしく、顔が険しくなっていた。


「何故……何故だ!? 何故そこまでする!? 伊織!」

「有利で余裕なあやねぇが、なんて顔してるんだよ」

 そう言って、俺は笑った。

「いいから答えろ! 身体はボロボロになり、神経をすり減らし、通常ならとうに心も身体も折れている。なのに、何故戦う!? 何が伊織をそこまでさせる!?」

「はは、あんたにそう言ってもらえるなら、俺の頑張りも無意味じゃないな」

 ぐらっと、身体が揺れた。


 言われた通り、とうの昔に限界は過ぎている。

 圧倒的格上との戦闘というのは、一分が何百倍にも感じられた。


「だとしても……俺はね、負けたくないんだ」

「だから何故だ! その理由が……意味が、戦う意図が、もう、私には……」

 俺は刀を構える。

 留め具がおかしくなり、どこか重心がブレていた。


 俺と同じで、アマツも壊れかかっているようだった。


 頭痛は痛すぎて、気持ち良くなってきた。

 肉体のダメージもボロボロで、震えていない場所の方が少ない。

 常に酸欠に等しく、視界はぼやけ、ふらふらする。


 正直言えば、今すぐこの場で眠ってしまいたい。


 それでも……そうだとしても……。


「『だとしても』だからだ! 負けられないんだよ! 今ここだけは!」

 俺は叫び、突撃する。

 たぶんもう、これが最後。

 すでに限界は、超えていた。


「だから、何故だと聞いている!?」

「意地に決まってるだろう! 姉ちゃんに意地張るのが、弟の本懐なんだよ!」

 だから――。


 自分の身体が、スローモーションのように流れる。

 先輩の不安、怯えが視線からわかる。

 それでも、先輩は俺を圧倒するよう、俺が見たことのない構えを取り始めていた。


 負けられない。

 負けたくない。


 そんな時、ふと、俺の思考が脇道にそれる。

 もしかしたら、俺は大きな勘違いをしていたのではないだろうか。


 皆が俺に託してくれたアマツ。

 それは確かに大切なものだ。

 これこそが俺の刀だ。

 俺の相棒だ。


 そう思い、大切に大切にしてきた。

 アマツを信じ、戦ってきた。


 だが、それで正しかったのだろうか。

 刀を信じて、ゆだねて戦うことが。


 意思を決め、目的のために戦う。

 それが剣士の武器である、刀。


 ならば――それならば、今この場において、貫く意思を定め、目的のみを見据え突き進む己こそが、刀ではないだろうか?


 いや、そうじゃない。

 もっと単純に、俺はアマツに怒っていた。


 これだけ頑張っても、結局覚醒は引き出せなかった。

 俺とアマツは一つになれなかった。


 ぴよこは、あんなあっさり覚醒したのに。


 意識が途切れ途切れの中、ふと、思ってしまったのだ。


『良いから、お前は俺に従え』

 そう、支配するように。


 だから――ああ、だから――。


 結局のところ、俺に覚悟がないだけだった。

 己こそが刀であるという、剣士としての覚悟が。




 斬撃が、交差した。

 けれど、結果は今までと異なる。

 いつものように俺が押し負けたわけではなく、あやねぇの両腕が弾かれ、上がっていた。


 この結果に対し、互いに目を丸くする。


 外見は変わらない。

 だが、確かに俺のアマツは、【覚醒状態】に入っていた。


 それでも、喜ぶ暇さえない。

 あやねぇは俺が覚醒したことに気づいた上で、既に俺を倒す算段を付けている。


 たとえ俺が覚醒したとしても、俺の方が下。

 九条の言葉が、俺の脳裏を過る。


「いーくん! アマツがまずい! 耐久も霊力も底を突きかけてる」

 耐久はともかく、霊力は何故。

 そう思うが、今はもう迷う暇はない。


(ミスったな。先輩の目の色が変わった……)

 さっきの言葉で、あやねぇは明らかに武器狙いにシフトしていた。


 直後、既にあやねぇは側面に回り、バットで殴るように両手で握りしめ、構えていた。

「はや――」

「意思と共に、砕けろ!」

 叫び、そのままアマツを振り回す。


 俺も使うからこそ、それがそうだとわかる。

 それは、『天元一刀流古武術』の木刀技だった。


 そして――。




 刃鋼が砕ける音が、フィールドに響いた。

 チリチリとしたバリアの音の中、静寂が続く。

 二人とも、動かない。


 あやねぇの手には――柄だけとなったアマツが握られていた。


「な、何故……」

 そう言って、先輩は俺を見る。

 正しくは、俺の右手に握られた鞘を。


「まあ、最後まで信じてくれた奴がいたもんで」

 そう言って、俺は背後を親指で指し示す。


 そいつだけは、何故か俺が覚醒すると信じてくれた。

 俺のためだけに考え、『ギミック』を内蔵した。

 覚醒したとき、鞘にも霊力が流れ、いざという時は盾代わりにできるようにと――。


 俺は鞘を腰に戻し、両手で無事な刀を握る。

 その瞬間、俺のアマツもバラバラになった。


 ただ単純に、限界を迎えてしまっていた。


「……しまらないなぁ。ただまあ、これで少しは見せつけられたかな?」

「何を……だ?」

「俺が護られるだけじゃないってこと。……ずっと、不安だったんだろ?」

「だって……だって私は……お前が一番つらい時に、傍に――」

「いいんだよ。そんなことは。それでも俺はこうして育った。あやねぇの傍に……までは行けてないけど、それでも足元くらいは居るだろ?」

「呼び方……」

 ぽつりと、あやねぇは呟いた。


「ああ。……なんか思い出してな。駄目、だった?」

 突然、何かが身体を覆う。

 それがあやねぇだとわかったのは、目の前に綺麗な紫が広がってからだった。

「駄目じゃない! 駄目なわけが……」

 あやねぇは、俺の胸で震えていた。

 声を押し殺すように、弱々しく。


「遅くなったけど、ただいま。あやねぇ」

「う……うあ……あぁ……伊織。伊織……伊織! 伊織! 伊織! ああ……あああ……」

 何度も何度も、繰り返し俺の名を呼び、泣き叫ぶ。

 心配だったと、不安だったと、護りたかったと。

 そんな彼女に、俺は何も返せない。


 何かを口にした瞬間、俺まで泣いてしまいそうだったから、俺は何も言えなかった。



ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ