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天憧ヤオヨロズ-神宿りの刃と鳥の歌-  作者: あらまき


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千刃破る


 時が来た。

 約束の、その時が。

 繋いできた。

 がむしゃらに、一生懸命に。


 皆の献身をバトンのように受け取って、ここまで走ってきた。


 だからこそ――ああ、だからこそ、わかってしまう。


 目の前にいる彼女は……遠い。


『朝霧綾華』


 彼女は、本物だった。


「来たな、伊織」

 放課後、正門の前で朝霧先輩は微笑んだ。


 柔らかく、温かく。

 それが怖かった。


 先輩は油断しているわけでも、戦意を喪失しているわけでもない。

 優しいのは、抜き身でないから。

 いつでも鞘から己という刀を抜ける状態にある。


 だから、戦う前なのに、こんなにも先輩は優しい。


「一つ、お願いがあります」

 気圧される前に、俺は口を開いた。

「なんだ? 延期なら悪いが認めないぞ」

「いえ、一対一なのはわかります。それでも、セコンドの許可を――」

 先輩は微笑を浮かべた。

「なるほど。構わないぞ。ただし、今後ろにいるアセリアと南雲の二人なら、だ。それ以外は認めない」

「大丈夫です。頼むのはぴよこだけなので」

「ふむ? 南雲はいいのか? ここまで付いてきたのだから、身内みたいなものだろう? それに、南雲の実力は必ず役に立つ」

 俺は後ろにいる南雲に目を向けた。


「ここで私がでしゃばるのは、粋じゃないわ」

 用は済んだとばかりに、南雲は振り向き、その場を離れた。


「もう、行くのか? お前なら見学でも許可するぞ?」

「華は見ずとも愛でられるわ。ああ、でも最後に一言」

 南雲は再びこちらを向き、俺の肩を叩いた。


「私に言ったこと、覚えてる?」

「ああ。もちろんだ」

「――そう。ならいいわ」


 そう言って微笑み、今度こそ南雲はその場を後にした。

 南雲は俺に勝てないと言った。

 それでも俺は勝つため足掻くと言った。

 だから、それが俺たちの約束となった。


「では二人とも、準備はいいか?」

 先輩の言葉に、俺とぴよこは頷いた。




 校舎一階にあるエレベーターの前で、俺たちは身分証を通す。

 俺とぴよこはアマツの鍔を、借り物のアマツを持つ先輩は通常の学生証を。

 認証を終えるとエレベーターの扉は開かれ、俺たちが乗るとそのまま地下へ降りていく。


 到着したそこは、上下左右すべてが金属のタイルで覆われた部屋だった。

 限りなく厳重で、それでいて誰にも見られない。

 完全に、隔離された空間。


 その中央に、十メートル四方ほどのフィールドが用意されていた。


「セコンド席はあっちだ。アセリアは中に近づかないように。セコンドの接触はルール違反だ」

 ぴよこはこくりと頷き、言われた通りの席に向かって、ノートパソコンを広げ準備を始めた。


「あのアセリアがセコンドか……。時間というのは偉大なものだな、伊織」

 しみじみと、そう先輩は呟いた。

「そうですね。俺もびっくりしましたよ」

「はは、そうだろうな。……伊織の意見は、変わらないか? 弟子以外ならば、協力を惜しむつもりは……」

「変えません。俺が先輩に嫌われているわけでない限りは」

「そう……か。ならば、もはや何も言わん。……開始は十分後。リングアウトはなし。他に聞きたいことは?」

「いえ、特には」

 先輩は無言で俺から離れ、リングの向こう側で席に着き、腕を組み瞑想するよう瞳を閉じた。


 俺もそこからぴよこの元に向かい、ぴよこにアマツを預けた。

「……うん。リムの改良もうまくいってる。チューニングも……たぶん……ううん。これでいい。もういじらない」

 ぴよこは迷いを振り切るように、そう口に出す。


 何度も何度も迷った。

 何度も何度も、何度も何度も。


 俺は、ずっとそんなぴよこを見ていた。

 俺のために、俺を勝たせるために、足りない部分を補おうと血を吐くような想いを込めてきた彼女を。


 そんな苦心から生まれたぴよこの迷いの決着点。

 だから、このアマツ以上に相応しい相棒はないと、俺は言い切れた。


 プラグを外し、ぴよこは丁寧にクロスで刀身を磨き上げる。

 一通り終わると、鞘に納めて俺に差し出してきた。


 そっと、アマツを手に取る。

 ずしりとした、尋常ではない重量が俺の手に響く。

 初期アマツのサイズのまま、五割は重量が増しているだろう。

 それでも、俺の手には確かに馴染んでいた。


 重量増加と耐久性能向上。

 それがクラスメイトたちが出した結論だった。


 俺のアマツが早々に故障した理由。

 それは俺の技量がへっぽこなことに加え、腕力だけ無駄にあるからだ。

 それで、改造の方向性は決まった。


 折れず、曲がらず、砕け散らず。

 逆境に耐え、(ツルギ)と共に意思を貫け。

 それがクラスメイトの総意、俺への激励であった。


 他にもいろいろと改良の成果があるようだが、残念ながら今の俺で扱えるものではない。

 つまり、俺にとってこれは棍棒……いや、鬼の金棒だった。


 フィールドに向け足を進めた瞬間、背後からカチッカチッという音が聞こえた。

 振り向くと、ぴよこが俺の背に火打石を鳴らしていた。


「なんか違う気がするけど、思いついたからつい……」

 そう言葉にするぴよこに、俺は苦笑と共に手を振った。




 スタジアム入口の台座の上に、アマツの鍔をかざす。

 ぴこんと認証の音を聞いてから、短い階段を上り、フィールドの上に立ち、先輩を舞った。


 先輩も立ち上がり、袋からアマツを取り出し、鞘を捨てて台座で認証する。

 確かに、先輩の持つアマツは俺の物とベースは同じ。

 初期の標準アマツだった。


 先輩がフィールドに入ると、フィールドを囲むように電磁シールドが形成された。


「恨んでくれて構わない。それでも、私は君の願いを打ち砕く。それが嫌ならば――私を納得させてみせよ! 水無川伊織!」


 影のように恐ろしくもなく、九条のように理不尽でもない。

 それは、純粋な戦意だった。


 それでも、俺の足は確かに竦んだ。

 先輩の強さに、心が怯えて。


 逃げようと意識を背に向けたその瞬間――カチッカチッと、火打石の音を思い出す。

 だからとりあえず、強がって笑っておいた。


「やってみせるよ。なにせ俺は最強である先輩の弟子になる男だからな」

「その意思、私の剣の前で貫けると思うな! アラハバキ学園序列一位、朝霧綾華。いざ! 推して参る!」


 それは、まるで風のようだった。

 さっきまで感じていた戦意は、ただ溢れていただけ。

 それが向かった瞬間、まるで暴風のように俺に襲い掛かった。


 あまりに実力差がありすぎるせいだろうか。

 何故か、笑えてきた。




 緩やかに前進しながらの先輩の構えは、自分の頭部左側面に刀を合わせ、切っ先をこちらに向けたもの


 いわゆる『霞の構え』に近いものだった。

 ちくりと、頭が痛む。

 俺は頭痛を無視し、正眼よりも高い位置に刀を置き、『袈裟構え』を合わせ相手の出方を伺った。


 同時に、ジリジリとすり足で軸をずらしながら。


 付け焼き刃程度の足さばきだが、やらないわけにはいかない。

 実力者が相手だからこそ、軸を合わせられただけで終わる。


 それは九条との訓練で痛いほど理解させられた。


 ぴくりと、俺の肩が揺れる。

 それは先輩の動きに気づき、反射で俺の身体が反応したもの。


 攻撃を予測し、身体を右に流す。

 予兆動作さえないのに既に回避態勢に入るなんて受け身すぎるのも良いところだろう。

 だが、それくらいしなければすぐに終わる。

 そう、他の誰でもなく俺の恐怖が言っていた。


 先輩は俺の動きを見た後、攻撃を放たず、構えを切り替える。


 ――ここだ!


 俺は短い動作で、刀を振り下ろした。

 右側から左側へ斜めに斬る、剣術において最も基礎的な動作であり、最も効率の良い動作。


 つまり、『袈裟斬り』である。


 奇襲じみた一刀に、一瞬だが先輩は目の色を変えた。

 だがすぐ反応し、その場で俺の斬撃を受け止める。


 刀が交わり、剣戟が響く。

 そして……俺の手に強い痺れが走った。


(なんだ……これ……)


 状況が、まるで理解出来なかった。


 確かに、俺は先輩の刀に斬撃を叩き込んだ。

 こちらの長所である頑丈さと重さを利用し、牽制代わりに刀に一撃を与えた。


 なのに、返ってきたのはまるで巨大な鉛に剣を叩き込んだ、そんな感覚だった。


 いや、それだけじゃない。

 鍔迫り合いの構えのまま、状況が動かない。

 さっきから力を加えているのに、先輩の身体どころか刀さえ微動だにしていなかった。


「ぬぐっ……」

 腕力勝負に持ち込んでいるはずなのに、先輩は飄々とした静かな表情のまま。

 どれだけ力を入れても、変わらない。


 巨木。

 そう、まるで巨木を相手にしているような感覚だった。


「いーくん! 不味い! アマツが折れるよ!」

(相手は初期アマツだぞ!? なんでこっちが先に限界が来る?)

 俺は慌てて握る力を抜く。


「温い!」

 先輩はそのまま、薙ぎ払うように斬撃を放った。


 刀を盾に、何とか受ける。

 だが、その勢いは殺しきれず、後ろに投げ出される。


 そのまま耐え切れず、俺は尻もちをついた。


「はぁっ……はぁっ……」

 荒れる息を整えながら、立ち上がり正眼の構えをとる。


 危なかった。

 もし先輩の勢いがもう少し弱ければ、先輩のすぐ傍で尻もちをついていたら……。


 チャキ、と刀を鳴らし、『八相の構え』を向け、先輩は静かに俺を睨む。


 その風格、その眼圧は小柄さを一切感じさせない堂々としたもので、まるで時代劇の主役のよう。

 対し、腰の引けた俺は、切り伏せられるやられ役その一だろうか。


 苦笑いを浮かべ、とりあえずすり足。

 それはほとんど逃げの姿勢に近い。


 あまりに情けなくて、つい溜息を零す。

 クラスメイトみんなが協力してくれた。

 俺を信じ、ぴよこはずっとアマツと向き合い続けた。


 だから、先輩と向き合うだけのアマツが、今俺の手にある。


 なのに――。

 俺は、覚醒の習得が間に合わなかった。


ありがとうございました。

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