貴女で良い、貴女が良い
今日の授業は、刀匠科に関わる内容となっていた。
【刀匠科】
それは三学科の一つで、主に刀の製造に携わる。
ただ、刀匠科と言ってもその用途は非常に幅広い。
これはどの学科も当てはまることなのだが、最終到達点は別に一つではない。
実戦科の理想は影と戦う専属の剣士なのだが、そこに行きつく人はそう多くない。
むしろ警察や軍、地元警備員などに就職する割合の方がよほど多いし、人として幸せだろう。
奉納科も、奉納そのものを重視し神に臣従する者もいれば、芸術の方を重視する者や、舞台を整える側に回る者もいる。
芸術家になりたいから奉納科に行くような例だって、決して珍しくはない。
無論刀匠科もそうなのだが、刀匠科の場合は二学科とは少々事情が異なる。
刀匠科は前者二学科と比べ、あまりにも進路先が多いからだ。
まず、カムイを直接製造する側と、そうでない場合。
直接製造する場合は『刀』『霊力』『機械』のどれをメインにするかで役職が変わる。
鍛冶師からプログラマーまでをひとくくりにするのは、少しばかり乱暴なまとめ方と言えるだろう。
製造に携わらない場合でも、修理やチューニングの専門家、変わり種だと剣士の【セコンド】という選択肢もある。
求める者が変われば、必要な能力・技能も変わる。
だから刀匠科の授業科目は必然的に学ぶことが多い。
巻き込まれる他学科にとっては、たまったものではないだろう。
けれど、誰もそれを蔑ろにすることもできない。
刀匠科の授業を蔑ろにするということは、自分たちが命を預ける刀を蔑ろにする行為に等しいからだ。
というわけで……俺は今、タブレットを片手に自分のアマツの状態をチェックしていた。
『自分の刀をチェック・メンテくらいできなければ剣士と名乗る資格はない』
授業の始まりに、柔らかい口調で老爺の教師はそう言い放った。
淡々として静かな口調だった。
それゆえに、妙な説得力があった。
教科書を片手に支給されたタブレットのモニターを確認する。
状況は、あまり芳しくはなかった
俺は眉をひそめながら頭を掻く。
悪いのはアマツの状態だけでなく、俺の理解度も含まれた。
考えてみたら、こうなるのは当然だ。
アマツは霊力という未知の力を機械で制御する高度なテクノロジーで出来ている。
一学生がそう簡単に理解できるものではない。
「……こっちの数字は……基準値……いや、そもそも何の基準値だ? それで、ここは変換効率……いや、そんなわけないな。変換効率ならもっと……じゃあ、俺は何のカテゴリーを見ているんだ? というか、見ている画面これでいいのか? 俺が見ている画面は何が映っているんだ?」
正直、自分でも相当混乱しているのがわかった。
機械音痴……というわけではないと思いたい。
ただ、アマツのパラメーターを即座に理解できるほど、俺は機械にも数字にも強くなかった。
「ふふーん。困ってるようだねー」
ぴよこの声が聞こえ、俺は隣を見る。
ぴよこはなぜか眼鏡をして、いかにも賢げな表情でドヤっていた。
「……お前……それ……いや、どこから突っ込めばいい?」
「眼鏡似合わない?」
ちゃきっと眼鏡を動かし、再び賢げなドヤ顔を披露。
俺は苦笑を浮かべた。
「可愛いけど、賢げには見えんかな」
「いーくん、眼鏡っこスキーだっけ?」
「いや、そんな眼鏡に興味はない。んで、色々マジでどうした?」
「困ってそうだから、ちょっとお手伝いをと思ってね」
そう言ってから、ぴよこは俺のアマツにケーブルを伸ばし、接続する。
ぴよこのチューニングツールは、支給のタブレット型ではなく、ノートパソコンタイプのものだった。
「それどうしたんだ?」
「買っちった。……んー、確かにエラー吐いてるね。これは……」
カタカタと小気味よくタイピングをするぴよこ。
あまり見たことのない彼女の姿に、俺は少しだけ面食らっていた。
言い方は悪いが、ぴよこはあまり勉強ができる方ではない。
その中でも、英語と機械関連はトップスリーに入るほどの苦手分野で、テスト前は毎回俺が勉強を教えていた。
そのはずなのいに……。
「お前、そんなことできたんだな」
「うん。本気だからね、私も」
モニターから目を離さないまま、ぴよこは断言する。
何に対してかなんてのは、聞くだけ野暮だろう。
『俺にカムイを打つ』
そう、彼女は俺に言ってくれた。
カタカタと耳ざわりの良い音がリズミカルに響く。
「いーくんってばー。アマツは精密機械なんだよ。ちゃんとメンテナンスしないとー」
にやにやしながらのぴよこの言葉に、俺は苦笑する。
「そのメンテの初回授業が今日だろうに」
「にゃはは。ま、そうなんだけどね。たぶん、いーくんほど酷使するのは想定してないんだよね」
「まあ……うん。ぜんぶ九条が悪い」
「お疲れ様だねー。はい、これでフィニッシュ! オールコンプリート!」
ぴよこは叫び、ターンと大きな音を立ててエンターキーを叩く――。
ブー、ブー、ブー!
エラーを示すブザーが、幾重にも重なりアラートのように響きわたった。
「……養豚場みたいになってんな」
ぶーぶー聞こえる中での俺の一言に、ぴよこは頭を両手で押さえてお手上げのポーズをとった。
「真面目に言うと、故障してますね。これ」
「……マジで?」
「マジで。最近、変な感じとかなかった?」
「全く。そもそも鉄の棒振り回している以上の感覚はない」
「あー。九条先生相手だとそうなるのかー」
のほほんと話しながらでも、エラーの音はずっと響く。
わらわらと生徒たちが寄ってきて、そのうちの一人が俺に声をかけてきた。
「トラブルみたいね。ワタシに任せてくれないかい二人とも?」
そう言ってきたのは、巨体の外国アニメオタクのリムだった。
「直せるのか?」
「オフコース!」
リムはぴよこより二回り以上でかいノートパソコンを持ち出し、プラグを俺のアマツに差し、キーボードを操作する。
ぴよこの時と違い、タイピングの音がほとんどなかった。
「おおぅ……。これは酷い……」
落胆と驚きが混ざったような、そんな表情でリムはしみじみと呟いた。
「リムが素の態度になるくらいひどいのか」
「酷い。めぐるチャンのカバンの中くらい酷いネ」
「なんか流れ弾飛んできたし」
めぐるがぴよこの頭の上に顎を乗せ、苦笑いを浮かべていた。
「めぐるも来たか」
「あーしが来たらダメな感じ? ぴよちゃん取られて寂しい?」
にやにやしながらいちゃつくぴよことめぐるに、俺はほほえましい目を向ける。
「恋愛は自由さ。お幸せに」
「ちょっ!? 違う! 違うよ、いーくん! 私とめぐるちゃんは友達だよ!?」
「そうそう。あーしらはフ・レ・ン・ドだし」
「なんでそんな意味深な感じで言うのー!?」
オタオタとするぴよこは、俺とめぐるがそろって生暖かいニヤケ面をしていることに気づいていなかった。
そんなやり取りを無視したまま、リムは俺のアマツに手を伸ばす。
そのまま電動ドライバーを持ち出して機械部を開き、中のパーツをいくつか取り換え、組み立て直した。
「リブート。オールコンプリート。コンディションオールグリーンね」
サムズアップをし、リムがそう言うと、周囲の観客は歓声と拍手を送った。
「負荷が酷くてリンクパーツがクラッシュしてたね」
「見事なものだ。それで、いくら払えばいい?」
「クラスメイトからマネーは受け取れないよ」
「パーツ代かかってるだろ?」
「問題ないよ。それに、お礼ならサインを頼むよミスター」
そう言ってリムはタブレット画面を見せてくる。
そこには『修理同意書』なんて文字が書かれていた。
俺はアマツの鞘をタブレットに当て、認証する。
ピコンという音と共に、リムは笑顔となった。
「センキュー。これでミーとアセリアチャンにポイントが入ったね」
「ポイント? あと私も?」
ぴよこが首を傾げていた。
「イグザクトリー! ユーがチェック、ミーがリペア! 分担作業ね。ちなみにポイントは刀匠科スチューデントの評価スタイルよ」
言われてから納得できた。
確かに刀匠科は実戦科や奉納科のように分かりやすい評価ができない。
アマツを打たないと評価できないとかなら、他の学科と比べてあまりにも不利すぎる。
「それと、イオリ。ワタシがユーのアマツのアドバイザーになったからヨロシクね」
「そうか。助かる。でも、アドバイザーなのか?」
「メインは彼女さ」
リムが示したのは、ぴよこだった。
「そうか。頼むぞ、ぴよこ」
「……何も言わないの? どうして私なんだとか、実力不足とか。ほら、リムって実はカムイを打った実績があるんだって」
「そうなのか。そりゃ凄いな」
「でしょ? だからリムに頼めば……」
「それでも、お前が俺の刀を預かってくれるんだろ?」
「……しょうがないなぁ、いーくんは」
溜息を吐き、ぴよこはそう口にした。
ありがとうございました。




