表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天憧ヤオヨロズ-神宿りの刃と鳥の歌-  作者: あらまき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/67

霊刀【八つ噛】


「今日こそ! その顔面に一発叩き込んでやらぁ!」

 乾坤一擲の気合を込め、怒りのままアマツを九条に叩き込む。


 模造の刀。まがい物の刃。

 鉄ですらない特殊セラミック。


 それでも、人を殺すに十分な凶器。


 そんな俺の全力の一撃を、九条は木刀の先端を軽く振り、からめとるように払いのけた。

 打ち合いにさえ、ならなかった。


 だが――そんなの想定内である。


「かかったな!」

 ぱっと両手を離し、そのすかした顔面に叩き込もうと拳を構える。

 その直後、俺の頭にごんと何かが叩き込まれた。


「痛っ! ったー!」

 頭を両手で押さえながら、痛みの正体に目を向ける。


 九条はさっき俺が捨てたアマツを右手に持っていた。

 どうやら、刀身を横にし俺を殴ったようだ。


「何もかかってないわ阿呆が。というか、ただでさえ遅い貴様が刀を捨てるな。間抜けめ」

 そう言って九条は、俺のアマツを放り投げた。

「おっとと」

 落とさぬようにアマツを広い、構えながら九条に目を向ける。


「なあ先生」

「なんだ?」

「もしかして覚醒してなくても、身体能力って上がってるの?」

「ああ、微量ではある。だが、剣士の微量は越えられない一手の差だ。無駄にはするな」

「わかりました。次はアマツでぶっ叩きます」

「やれるもんならやってみろ。だがその前に、今日はちょっと違うアプローチを試してやる。ついてこい」

 そう言って、九条は俺に背を向けた。


 無抵抗な背中――今ならやれる。


 そう一瞬思って、苦笑した。

 背後から不意を突いた程度でどうにかなったら、ここまでボコボコにされていない。

 俺はアマツを鞘に納め、先生の後に付いて歩いた。


「なんだ。やらなかったのか」

「正面からぶん殴った方が気持ちいいと思いまして」

「なるほど。初めて、貴様の言葉に道理が乗ったな」

 当然、それは感心なんかでない。

 九条は明らかに俺をあざ笑っていた。




 訓練場から地下に進んだあたりで、俺はそこはかとないヤバい雰囲気を感じた。

 いや、そこはかなんかじゃない。


 これは、露骨にやばい。

 教師のカードキーを通した後、妙に殺風景な地下通路を進む状況は、ちょっとばかりホラーだった。


 それでも黙ったままついて歩き、しばらくすると、畳敷きの和室にたどり着いた。

 道場と呼ぶには少々殺風景で、金属の檻のように厳重。

 それは、まるで座敷牢のようだった。


「い、一礼とかした方がいいんですかね?」

「いらん。さっさと入れ」

 言われたように、靴を脱ぎ中に入る。


 流石の九条でも、ここに俺を閉じ込めるつもりはないと信じて。


 九条は不安な俺なんて見もせず、さっさと奥に進む。

 戻ってきた時、その手には一振りの刀があった。


 その刀を見た瞬間、血の気がさっと引いた。


 なぜかわからない。

 ただ……それが、とても恐ろしいもののように見えた。 


「これが何かわかるか?」

 平然とした顔で、にやけながら九条が聞いてきた。


 黒塗りの柄に銀の鍔。

 鞘も黒がベースだが、深い紫の模様がちりばめられている。

 明確にそうだというわけではないが、花吹雪が連想できそうな、そんな模様。


 刀身は二尺を超え、俺の持つアマツより一回り長い。


 つまるところ、これが何かと言われたら『刀』と答えるしかない。

 だが当然、そんなわかりきったことを九条が聞いているわけではない。

 なら、答えは簡単だ。


「カムイ……ですか」

 俺はそう、答えた。


【機煌禮刀『神威』】


 通称『カムイ』。

 扶桑を護るために生み出された、俺たちアラハバキが目指すべき到達点。


 目の前の刀は一般的なカムイと違い、機械的なパーツがほとんどない。

 だが、目を凝らしてみないとわからないが目貫の中や鍔の周りにケーブルや金属パーツが巧妙に隠されている。

 だから、間違いないだろう。


「それだけか?」

 九条は試すような苦笑でそう尋ねた。

「それだけ? さすがに銘を当てろというのは意地悪過ぎませんか?」

「そうじゃない。これでも、ただのカムイだと思うか?」

 そう言って、九条は鞘からカムイを解き放つ。


 むき出しの刀身は、己が首を差し出したくなるほどに美しかった。


 細く、長い刀身は、芸術品と言っても差し支えない。

 あまりにも非現実的過ぎて、この世の物とさえ思えない。


 見ているだけで吸い込まれそうなその魔性は、まるで長い歴史を刻んでいるかのように……。


 はっと、俺はある可能性に思い至った。


『厳重過ぎる管理場所』

『九条がわざわざ連れてきた理由』

『カムイと答え、それだけかと尋ねた訳』


 それらすべてと合致する答え、つまり……。


「【霊刀】なんですね。本物の――」

「ああ。霊刀をカムイにした。贅沢な話だよな」

 そう言って九条は楽し気に笑い、鞘に納める。


 敬意の欠片もない雑な手つきに軽いイラだちを覚え、九条を軽く睨む。


 その刀は、そんな風に扱っていいものではない。

 使わぬのなら丁重に扱い、使うのなら命を賭ける。


 霊刀とは、俺たち剣士の祖先が命を賭けて国を守る時に振るった刀――偉大なる先人の忘れ形見なのだから。


【霊刀】


 それは今のようにカムイやアマツといった大衆用の武器が存在しない時代、神に選ばれし一握りだけが振るうことを許された刃。


 そして俺たちの国は、その英雄を使いつぶし、礎として今日まで生き延びてきた。


「今みたいに神の力を広く伝えた汎用の時代じゃない。個に神の力を集結させた代物だ。つまりカムイの数十倍の資質を秘めている。それをカムイとした」

 あろうことか、九条はその刀を俺に投げてきた。


「ちょっ!? 待っ!?」

 俺は慌てて刀を受け取る。

 その重さと神々しさに、頭が真っ白になった。


「禮刀『神威』、銘は【()(がみ)】だ。抜けたら、貴様にやる」

「……は? ……はぁ。…………はぁ!? おい! 冗談だよな!?」

「本気だ。やってみろ」

「抜けたらって、伝説の聖剣的なアレなのか?」

「むしろ逆だな」

「逆?」

「いや、なんでもない。いいから早くやれ。時間が惜しい」

「わ、わかった……」

 俺は自分のアマツを床に置き、両手に八つ噛を持つ。

 腰に携え、一つ深呼吸。

 意を決し、左手に力を入れその刃を抜こうと――。


「……あれ?」

 力を入れてみるが、びくともしない。

 鞘から手を離し、ぶんぶんと振ってみる。

 それでも、鞘はまるでくっついているかのように離れなかった。


「失格だな。返せ」

 俺は丁重に、両手で八つ噛を九条に渡す。

 ひったくるように受け取った後、九条はすらりと鞘から抜いて見せた。


「選ばれなかったということですかね?」

「まあ、そんなもんだな。そして残念だ。貴様に現実を教えるチャンスだったのに」

「俺が抜けると思ってたんですか?」

「五分五分だな」

「本当にそんな高い確率か? そして現実って何です?」

「ああ。貴様がこのカムイを抜いた時、圧倒的な力を身につけた。その身体は刃どころか銃弾さえも跳ね返し、一足飛びで数メートル飛べ、斬撃は鉄さえも切り裂く。そのくらいが最低ラインだな」

「まるで影ですね」

「影と戦う俺たちが影に負けているわけがなかろう。そして、ここからが重要な部分だ」

「もったいぶらないで早く教えてくださいよ」

「……最近遠慮がなくなってきたな貴様」

「あれだけボコボコにされて遠慮なんて出来るわけないでしょう」

「まあ良い。たとえ貴様が八つ噛を振るったとしても、初期アマツ無覚醒の朝霧には勝てない。そう教える予定だった」

「……マジですか?」

「朝霧は、竹刀で岩を砕くぞ」

「……マジ?」

「マジ。ちなみに俺が教えた」

「くそ野郎が」

 九条はこれまでで一番いい笑顔を俺に見せた。




『相性の良いカムイなら、才能が届かずとも使える場合がある』

 追い返すまえに、九条は水無川にそれだけ告げた。


 未覚醒であっても、それがカムイなら、下手なアマツの覚醒より強化値は高い。

 そうでなくとも、純粋に刀として優れている。

 勝つための手段としては悪くない一手だろう。


 問題は、汎用ではない真打の、それも担い手を選ぶようなカムイが手に入るかどうか。

 資格問題を棚上げしたとしても、高位のカムイ入手は学生には限りなく困難である。


 そもそも、出会うかどうかの時点でほとんど博打に近い。

 その博打を九条は今回用意し、そして水無川はその博打に負けた。


 水無川は、『八つ噛』を使う資格を持たなかった。


「……喜ぶべきか、残念がるべきか」

 一人残った九条は、静かに呟く。


 もしも水無川が八つ噛を使えたなら、少なくとも退学問題は解決出来た。

 剣士としては歪かもしれないが、八つ噛を力任せに振るうだけで、実戦でも模擬戦でも大体のことが解決するからだ。


 例えそれが問題の棚上げに過ぎず、その時はまた別の問題が発生するとしても、優れた手段であると九条は考えていた。


 八つ噛というのは、本当の力を隠すための偽りの名であり、蔑称。

 八首の竜神を屠ったことが由来であり、正しくは八神――霊刀【八神(やがみ)】である。


 八神の担い手に選ばれる奴というのは、存外にわかりやすい。

 なにせこいつは妖刀魔刀の類であるからだ。


 鍛冶師が憎しみを滾らせ鋳ち、侍が憎悪にて悪神である八首を屠り、悪心の血と憎しみを吸い上げた呪いの刀。

 だからこいつは、恨みを強く持つ奴と繋がりやすい。


 そしてだからこそ、九条は『家族を目の前で殺され、自分もまた生死の境を彷徨い、過去まで失った』水無川にこそ相応しい刀だと考えた。

 

 たとえ刀に憎悪を増幅させられ、恨みに囚われるようなことになったとしても。

 そもそも九条は、復讐に対し是非を問うつもりはない。


 重要なのは、それが公的秩序に適しているかどうか。

 もっと言えば、国家社会に対し善であるか悪であるかを考える。


 どれほど醜い復讐であろうと、それが社会に対し善であるのなら、構わない。

 逆にどれほど綺麗な復讐であろうとも、社会に害となるのなら決して許さない。


 それが、九条のスタンスだった。


 だから、水無川が復讐に取りつかれることを悪いことではないと九条は考える。


 そもそも、剣士なんてのは、みな大なり小なりどこか狂っている。

 憎しみや恨みで狂うならむしろ健全な方だ。


「……あいつの性根は決して秩序に向いていない。けれど、悪でもなかった。……中立。いや、なんというか……それ以前の話か」

 人の根本は、プラスかマイナスかはっきりしている。

 特に、四組のような異常者クラスならそれが顕著だ。


 だが、あいつだけは違う。

 水無川だけは、どこか薄っぺらく、そして空虚だった。


「……憎しみを抱いていた方が、なんぼか人間らしかったな」

 小さく、溜息を吐く。


 そのために、数日かけて怒りや憎しみを増加させてきた。

 けれど、それは無駄だった。


「……訓練方法を変えるか」

 これからどれだけ憎悪をこじらせても、水無川が八神を持てるようになるとは思えない。

 良くも悪くもその性根は善性に寄る。


 あいつは、八神を持てるほど絶望に染まっていなかった。


 だから、ただ痛めつけるような訓練は今日まで。

 明日からは、徹底的に叩きのめす方針に決めた。



ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ