果たし状
授業も終わり、放課後。
示し合わせたわけでもないのにぴよこと南雲が俺の元に集まった。
そしてちょうどそのタイミングで、メイドが俺に声をかけてきた。
「皆さま、お時間のほどは大丈夫でしょうか?」
「ん? どうした? 何かあったのか?」
返事の代わりにメイドは、『訓練場使用許可証』なる紙を俺の机の上に置いた。
「始めるのに、早すぎるなんてことはありませんので」
そう言って、メイドは微笑む。
「ふむ……。訓練場って何ができるんだ?」
「今回借りた小規模訓練施設では、竹刀、木刀での稽古が可能です。私にできることですと、伊織様の剣術の腕や動きを見て訓練方法を考えたり、技の練習台になったりですね」
メイドの提案は、俺にとって願ってもないものであった。
当然だろう。
なにせそれは、実力者であるメイドが俺のためだけに考えた提案なのだから。
「それはマジで助かる。悪いけど、頼んでも良いか?」
「もちろん。ただ、私には、頼みでなく命令で構わないですよ?」
「俺が構うんだよ。それで、施設の参加人数は?」
「八名までです。狭めの部室を想像していただけたら」
「なるほど。というわけでぴよこ、なっちゃん。手を貸してくれ。もしくは一緒に鍛えない?」
二人からの答えはない。
ただ、体を伸ばして柔軟したり、せかせかとカバンを持って俺のそばに来たりと、わかりやすい態度ではあった。
今日は軽く流す感じで。
そうメイドが言ったから、みな制服のまま、校舎から少し離れた、マンションのような複数の個室を持つ賑やかな訓練施設の一部屋へ移動した。
アラハバキの制服はある程度の運動を問題なく行えるだけの耐久性・伸縮性を持ちながら、同時に高い防刃性能を誇る。
常在戦場の心得を持つアラハバキの制服が、実戦を想定していないわけがなかった。
部屋の中は、畳とフローリングが半々となり、竹刀と木刀が籠の中に乱雑に置かれていた。
「伊織様。これは答えにくければ答えていただかずとも構わないのですが……」
竹刀を片手にメイドはそう口にする。
「答えにくいことなど俺にはないぞ? むしろ周りから抑えろと言われてるくらいだ」
「では、不躾ですが尋ねさせていただきます」
「どんとこい」
「午後の特別補習で、九条教諭から何かアドバイスやご意見はなかったでしょうか?」
「あー。えっとな……」
俺は九条との会話を思い出しながら、皆の前で語った。
それは俺の一挙手一投足、あらゆる行動にこれでもかと駄目出しされ、憎しみの炎がめーらめら燃え上がっていた時。
ちなみにその時、俺は床にキスをしていた。
ボコボコという言葉さえ、生ぬるい。
あれはもはや、虐待だった。
『ようやく、落第生の貴様にも一つくらいは多少なりともマシな部分が見えたな』
そう、九条は退屈そうに言った。
『マシ?』
『ああ。だがその前に、他の部分の選評からだな』
そして九条はつらつらと俺の評価を……いや、徹底的な酷評を始めた。
運動神経は平凡極まりなく、反射神経は剣士としては鈍すぎる。
際立って優れた部分は一切なく、劣っている部分は多数。
良くもまあそこまで人のことを悪く言えるものだと感心するほどに、めたくそに言われた。
その中でも、特にひどいのは剣術だそうだ。
『道筋さえ掴んでいない底の浅過ぎる二つの流派、少なすぎる引き出し。その数少ない技さえ幼稚。無様と言っても良い。むしろよく合格したなと感心さえ覚える』
本当に、言いたい放題だった。
そこまで言わなくてもという言葉を、何度呑み込んだのかわからない。
『だが、貴様の問題はそこじゃない。根本的な問題が、貴様にある』
『まだ何かあるのか……』
『斬り方が、下手。これはアラハバキとか剣士同士とか、そういう話ではない。貴様の斬る能力は、小学生レベルだ。剣術を学んでいる癖に斬撃能力が低いなんて人間を俺は初めて見たぞ』
その感心した様子が、見下す様子が、とてもムカついた。
きっと俺は、あのツラをぶん殴るまでその気持ちを忘れることはないだろう。
「ということで、俺の課題は順に『斬るという基礎的な動作』『剣術』『運動能力』という感じだな」
メイドは笑うこともなく、真剣な表情で俺の言葉を聞き、何度か頷いた。
「なるほど。ですが、それなら私でもお役に立てるかと。私、基礎関連は割と得意ですので」
メイドはそう言葉にした。
「……カムイ使いの“割と得意”ってのもちょっと怖いが、頼もしいな」
「剣術も多少は教えられますが、流派といった専門的なことは……。そちらは、同門の朝霧先輩にお願いする予定なんですよね?」
「そうだな。うちの剣術よりそっちの方がたぶん俺に合う。まあ、今は流派とか以前のレベルみたいだが」
「なるほどなるほど。わかりました。方針は見えてきましたね」
そうメイドが言った直後、南雲が口をはさんできた。
「ねえ伊織ちゃん。結局九条教諭が言った『マシな部分』って、何だったの?」
「ん? ああ……」
きょろきょろと周囲を見回し、俺は籠にしまわれたダンベルを手に取る。
片手用可変ダンベルで、現在の重さは三十キロ。
俺は、それを軽々と振り回してみせた。
「どうやら俺、腕力? 腕の筋肉? よくわからんがその辺りが高いらしい。特に右手。正直なんとも地味な能力だが……それでも長所だからうまく生かしたいところだな」
「地味? そんなまさか。とても素敵な長所じゃない。力こそパワーよ。それに、片手で剣が持てるなら二刀流だって出来るじゃない!」
「俺もそれ、九条に言った。そしたらなんて返ってきたと思う?」
「なんて返ってきたの?」
俺は「ふん」と九条の顔真似をして、言われた言葉をそのまま吐き出した。
「一振りさえまともに扱えん愚図が、二刀流などとほざくな」
ちょっとは似ていたらしく、ぴよこと南雲は吹き出し笑う。
ただ、メイドだけは苦笑いだった。
ぶん……ぶんと音を立て、素振りを繰り返す。
一度認識してしまえば、そうだと自覚出来る。
確かに、俺の腕力は一般的な男子学生と比べ相当に高い。
この訓練部屋に備えられた最も重い木刀を、俺は軽々と振り回していた。
「どうだ? 忌憚なく意見をくれ」
俺はメイド、南雲に尋ねる。
そんな二人の表情は、芳しくないものであった。
俺としては多少自信があった分、ちょっとばかりショックを受けていた。
「そう……ね。ぶっちゃけ醜い。やってることはゴリラが鉄骨振り回すのと同じよ。それじゃあ」
南雲はそう言い放った。
「そこまで酷いとは言いませんが……経験不足とは思いますね。単純に積み重ねが足りないように私は感じました」
メイドの言葉は、驚くほどすっと俺の中に入る。
そして、俺は驚くほどあっさりと弱点の原因に気が付いた。
「そか。これ、記憶喪失だからか」
言われてみたら単純な話だ。
俺が俺という認識があるのは、ほとんど中学の頃から。
他の人との積み重ねの時間が同じなわけがなかった。
「なるほど。それなら対処方法は簡単ですね」
「どうするんだ? 人の倍訓練するくらいしか思いつかないんだが……」
「それも正しいですが、訓練というのは数だけこなせば良いというものでもありません」
「じゃあ、どうすれば良い?」
「効率良く、です。まずはこちらをお持ち下さい」
そう言ってメイドが渡してきたのは、ただの竹刀だった。
「……こんな軽くて良いのか? 訓練になる気がしないんだが」
「逆です。重い方が駄目なんですよ」
「だから伊織ちゃん。力任せに振るのが駄目なの」
「な、なぬ?」
南雲は、俺から木刀を取り上げ顔を顰めた。
「……鉄芯入りの木刀を軽々振りまわすのは凄いわね。でもそれは剣術じゃなくてただの力自慢。今の貴方には普通の木刀さえ鈍器としてしか扱いきれないわ」
二人からの言葉が図星として突き刺さる。
俺が竹刀に持ち替えると、メイドは俺の傍に寄り、俺の身体に触れながら構えを微調整していく。
南雲は姿見を俺の正面に配置し、メイドに「もう少し低く」「もっと顎を下げて」「深くした方が美しいフォームになるわ」とアドバイスし、メイドがその通りに俺の身体を動かす。
そうして、南雲の審美眼とメイドの経験から俺は理想のフォームを叩き込まれ、後はそれをできるだけ崩さないよう素振りを続ける。
続ける……つもりだったのだが、三十分ほどで、俺の身体が音を上げていた。
たった三十分、軽い素振りだけで、俺は全身汗だくとなり腕が上がらない。
正しい動作というものは、俺にとってそれほどまで過酷なものだったらしい。
軽く話し、そろそろ帰ろう。
そう思った矢先に、訓練部屋に人が入ってくる。
それを見て、俺はそっと息をのむ。
現れたのが、朝霧先輩だった。
「ここに居たか」
俺を見て、先輩はそう呟いた。
「あ、先輩。お疲れ様です」
「ああ……」
「それで、何か用でしょうか?」
「今朝の、返事にきた」
びくりと、俺の身体が震える。
柄にもなく緊張していた。
どうせ、断られても認めてもらうまでしつこく付きまとうつもりの癖に。
「それで、どうでしょうか?」
「正直、私にとってはあまり好ましいことではない」
「やっぱり俺みたいなへっぽこじゃ弟子に相応しくないですかね?」
「そうではない。そういうことではなく、私の弟子入りをして、伊織が幸せになれるとは思わない。いや、こう言った方がわかりやすいか」
先輩は、俺をじっと見つめ、そして言った。
「お前の成長を信じられない」
ピリッとした空気が流れる。
戦場とは違う、殺伐さだった。
「伊織、私はお前にこれ以上不幸になってほしくない。影からサポートするのは良い。私の技を覚えたいのなら父を紹介する。父も伊織は気に入っていた。だが……弟子入りは……」
「そう、ですか。……ありがとうございます。俺のことを本気で心配してくれて。でも――」
先輩は苦笑をし、手を前に出し俺の言葉を妨げた。
「わかっている。引くつもりはない……だろ?」
「え? えぇ……まあ……毎日土下座祭りのつもりでしたが」
「それはやめて欲しいな。……いや本当にやめてくれ。どんな悪評が立つかわかったものじゃない」
「やめてほしければ……わかってますね?」
「最悪の脅しだな。……ったく。本当、そういうところは変わらないな」
「昔の俺もこんな感じでした?」
「馬鹿なガキだったよ。お前も、私もな。まあ、伊織ならそういうだろうと思っていた。だから――」
先輩は、書類を俺に手渡す。
それは先ほどメイドが作ったものと同様の、訓練施設の使用許可証だった。
「これは……ここより秘匿性を高めたものですね。大会前の調整に使ったり、アマツのテストに使う用の」
メイドはそう呟いた。
「期日は今よりちょうど一月後。そちらの条件はないが、こちらは一年基礎レベル無改造アマツを使い、また私自身も覚醒を封印する」
「先輩? それはいったい何の話ですか?」
「わからないのか? 本当に?」
「…………」
俺は、何も言わない。
剣士であるのだ。
その言葉の意味が、わからないわけがない。
「私に実力を示せ。私の不安を覆せるほどにな」
そう言って、先輩は俺に背を向け、堂々とした態度で部屋から退出していった。
先輩が去った後は、妙に静かだった。
後に残された俺たちが、どこか気まずいと感じる程度には。
そんな俺たちとは違い、周りの訓練施設からは青春を謳歌するような、心地の良い大声が聞こえ続けた。
ありがとうございました。




