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天憧ヤオヨロズ-神宿りの刃と鳥の歌-  作者: あらまき


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エキセントリック中年ボーイ


 朝、本来ならホームルームをしている時間。

 俺はいつものように、九条にボコボコにされていた。


 最近はもはや連日これ。

 そしてこの時間は、一限や二限半ばまで続く。


 正直、この時間に意味があるとは思えなかった。


 一応の名目は訓練。

 けれど、何もできずただ嬲り者とされるだけで、成長なんてするわけがない。

 せめて抵抗でもできたらいいのだが、実力差がありすぎて抵抗さえもできない。

 つまり、ただの虐待である。


 だからこの時間は、ただ俺の憎しみが募るだけの時間であった。


 今日こそは、今日こそは。

 そう、一矢報いんと願う気持ちだけが、一切の成果なく積み重なっていく。


 『九条』の名は俺程度がどうこうできるほど軽いものではなかった。


「お前は本当に成長せんな」

 その見下すような目に対し、俺はヘラヘラとした笑みを返す。


 上っ面で笑えるのは、この男を憎しみすぎたからか、殴られた痛みに慣れすぎたからか、俺自身もうわからなくなっていた。


 もちろん、この気持ちが八つ当たりであることはわかっている。

 この行為にもきっと意味はあるだろう。

 俺を嬲り悦に入るほど、『九条』の時間は安くない。


 だがそれはそれとして、こいつの顔面に一発叩き込むというのは、もはや宿願と化していた。


「先生。相談があります」

「決闘に関してなら聞くつもりはないぞ」

 俺の言葉を先読みし、九条はそう返してきた。


「それは、生徒同士の平等とかそういう理由ですか?」

 九条は吹き出すような含み笑いを見せた。

「はっ! 平等!? 貴様と朝霧が対等なつもりか? お前は笑わせる才能だけはあるようだな」

 ギリギリと、心の中で歯ぎしりをしながら俺は微笑む。

 たぶん、笑みは引きつっていた。


「理由は二つ。一つは、既に貴様のお友達どもがその対策を考えているからだ。無能なお前の代わりにな」

「いちいち一言余計なんだよ。そうなんですね」

「心の声が漏れてるぞ水無川」

「おや、すいません。それで、もう一つの理由はなんですか?」

「単純だ。今日は時間がない」

 その言葉で、俺はいつもと違うことに気づく。


 切り上げた時間がいつもよりもだいぶ早い。

 まだ、一限さえ始まっていなかった。


「何かあるんですか?」

 九条は苦虫をかみしめたような表情になっていた。

「ああ……。重要な授業だからな。さぼらせられん」

「なるほど。……それで本音は?」

 九条がそんな殊勝な男であるわけがなかった。

「その授業を受け持つ教師が面倒な男でな、貴様をサボらせた程度で巻き込まれたくない」

 悪びれもせず、九条はそう言った。


「というわけで、すぐに準備をして教室に行け」

「わかりました。本日もありがとうございました。明日こそぶっ飛ばす」

 深々と頭を下げた後、九条の顔を見る。

 鼻に付くような、にやけ面だった。




 九条はいかにも余裕で終わらせてやったみたいな態度をとっていたのに、時間はギリギリだった。


 ギリギリの時間の中、俺は席に着き授業の準備を急ぐ。

 あん畜生はカムチャッカムカつく態度だったが、そのことは忘れ気持ちを切り替える。


 この授業の重要性は俺も理解していた。


 これから行われる授業の名は、『高等神秘学』。

 学科共通項目授業であり、神や影だけでなく、カムイやそれに伴うシステムなどの概要を学ぶ授業である。


 まだ先生が来てもいないのに、ごくりと喉が鳴る。

 俺だけでなく、クラスメイトも全体的に固くなっていた。


 飄々としているのは南雲くらいのものだろう。

 その南雲は隣から投げキッスをしていた。

 当然、いつものように無視した。


 チャイムが鳴り、教室内の緊張がピークに達する。

 その数秒後に、ドアが開かれ講師が教室に入ってくる。


 その男を見た瞬間、緊張とは別の空気が部屋を支配した。


 不安が胸いっぱいに広がったのは、きっと俺だけではなかったはずだ。


 まず、目立ったのは白衣。

 保健医のような安心感や納得感はなく、消毒臭さもまるでない。


 よれたシャツにボロいズボンというだらしない恰好の上に白衣を着た姿は、コスプレとしてさえ適さないだろう。


 続いて気になったのは、その病的な細さ。

 ガリガリを通り越して骨。

 長期入院患者を彷彿とさせる細さと病弱さを感じさせる。


 あとは、その眼鏡。

 その瞳が見えない分厚いガラスの眼鏡、つまり『ぐるぐる渦巻き瓶底メガネ』は、このご時世に一体どこで手に入れたのか想像もできない。


 極めて特徴的過ぎるその外見は、あまりにも教師に見えなかった。

 例えるなら、『なりそこないのマッドサイエンティスト』だろうか。

 

「貴様らが、本日小生の高説を賜る幸運な無能どもか! 良かろう! 耳をかっぽじって一言一句聞き逃すなよ!」

 どうやら外見通り、中身もエキセントリックなご様子である。


 そのまま、一人称が小生なんて珍しい男は、黒板にデカデカと自分の名前を書いた。


『螺旋院 刺郎丸九重(しろうまるここのえ)

 名前までエキセントリックだった。


「貴様ら有象無象が無知蒙昧たることを恥じたことはなかろう。なにせ偉大なる小生と出会うことがなかったのだからな! だが今日からは貴様らも恥じずには生きていられないであろう。小生という知の巨人を知ってしまったのだからな!」

 クラスメイトの大半は、ぽかーんとしていた。

 残った生徒の大半は、困り果てていた。


 例外は、南雲くらいだろう。

 南雲だけは、楽しそうな表情をしていた。


 ちなみに俺は現実逃避していた。

 アラハバキの教師はこんなんばっかかよ、なんて絶望しながら。




「さて……初回とはいえ貴様らは恥にもアラハバキの名を背負った。ならば基礎課程は省略しある程度発展内容を学ぶべきであろう。まずは影圏における発展と人類について。いや、ここは神従の歴史を……」

 ぶつぶつと呟く螺旋院。


 正直恐ろしくはあるが、螺旋院の判断はそう間違っていない。

 神秘学の基礎、つまり『基礎神秘学』は小・中学の必須科目であるからだ。

 背伸びした俺やぴよこでさえ、ある程度の習熟は終わっている。


(おや? あれは……)

 俺は目の隅に、明らかにうろたえる様子のメイドを映した。

 自らの席でおろおろして、教師に何かを言おうとするような、そんな態度。


 メイドが初等知識を知らないとは考えられない。

 であるなら、彼女が困っているのはクラスのためだろう。

 彼女はいつだって、そうとしか生きていない。


 そこまで考えて、俺は状況を理解する。

 このクラスには、飛び級の生徒が混じってる。

 その生徒が何らかの一芸による入学であるならば、基礎知識を知らない可能性は十分にある。


 というか、メイドの狼狽えっぷりを見れば、ほぼ確実に初等教育を完了していない生徒がこのクラスにいる。


 なら――。


「すいません先生!」

 俺は大きく挙手をし、立ち上がって叫んだ。


「な、なんだ貴様! この小生の偉大なる時間を邪魔するとは!? つまらぬ用事なら万死に値するぞ!?」

 講師の怒声と共に、皆の視線が集中した。


「あの、俺、記憶喪失なもんで、基礎もわからないんです」

 申し訳なさそうに、こびへつらうような笑みを浮かべて。

 九条の所為で、随分と小市民染みた作り笑いが巧くなっていた。


 怒鳴られるかと思ったが、螺旋院は何やら考え込む仕草を見せ、そして笑みを浮かべた。

 ちょっと……いや、だいぶキモチワルイ笑みだった。


「ふむ。無知を知るか……。良かろう! そういうことなら一から、この偉大なる小生が貴様を導いてやろうではないか」

「あ、ありがとうございます」

「うむ! 未来永劫感謝感激し小生を称え給え。そしてこの螺旋院の名を己が魂に刻むと良い。この、小生の名を!」

 俺は、静かに座り直した。


 多分、とても疲れた顔をしていた。

 ふと、メイドと目が合う。

 両手を合わせ、謝罪と、そして感謝を示している。

 それだけが、俺の行動が間違ってなかったと教えてくれた。


「では、基礎の基礎だ。このクラスの皆に問おう。『霊力』とは、何ぞや?」

 螺旋院の顔は、なぜかどことなく意地悪な笑みとなっていた。



ありがとうございました。

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