忘れていた初志
「……みたいな感じで南雲まで入ってきて、割としっちゃかめっちゃかな感じになってなぁ」
夕食時、俺は雑談としてぴよこに放課後の出来事を語っていた。
くすくすと、ぴよこは楽しそうに笑う。
まあ、内から見ても愉快だったから外から見たらもっと愉快なのだろう。
「なっちゃんらしいねぇ。でもちょっと安心したかな」
「安心?」
「いーくんとめぐちゃんは相性悪そうだったから」
内心を読まれたように感じ、ドキッとした。
ちらりと、ぴよこの顔を見る。
人間関係的に『そんなことない』と誤魔化すべきなのだが、ぴよこ相手には、どうも言い訳する気になれなかった。
「ああ……。まあ、正直苦手ではある」
言葉にするのは難しいのだが、めぐるに近づくとピリピリとした不快感にも似た感覚を覚える。
警戒心のような、敵意のような。
おそらく、高貴な姫に対し俺の身体に流れる扶桑の血が『みだりに話すな』と反応しているのだろう。
まあそれだけでなく、純粋にギャルギャルしいあの見た目も近寄りがたいし、あの性格も疲れる。
だから、仲の良いぴよこには悪いが少しだけ苦手だった。
「だよねぇ」
「ただ、悪い奴じゃないのはわかる。それに……」
「それに?」
「めぐるだけが特別おかしな奴てわけじゃなくて、たぶん、みんな同じようなもんだろ? あのクラス。ぴよこ、メイド、南雲、リム、めぐる。知り合ったクラスメイトは基本的に変人祭りだ」
「あはは。確かにすご……あれ? 私も入ってる?」
「ほら、冷める前に食えよ」
そう言って、俺はそっと話をそらし、みそ汁のお椀を口元に運ぶ。
少し薄いが、まあいいだろう。
「いーくんも案外料理できるよねー」
もぐもぐエビフライを食べながら、ぴよこはそう言った。
「そうか? 大したことしてないぞ?」
「ミックスグリル定食作れたら十分過ぎない?」
「揚げるだけとかに頼りまくってるし」
「最近はスーパーも便利になったよねー」
「だな。ああ、デザートあるからおかわりはほどほどにな」
「私そんな大食いに見える?」
「それはお茶碗一杯目の人が言っていいセリフだ」
「……えへへ」
照れ笑いでごまかすぴよこに、俺は微笑を向ける。
作った物を喜んでもらえて、嫌なわけがなかった。
「ちなみにいーくん」
「ん?」
「デザートって何?」
「パンナコッタ」
「……やっぱり私より料理上手じゃない?」
「そうか? 同じくらいだろ」
「私、結構頑張ってるのに……」
ぴよこは釈然としないみたいな表情を浮かべながら、副菜のほうれん草に手を伸ばした。
夕食も終わり、二人でほっと一息つきながら緑茶を飲む。
うちは謎に飲み物が充実しており、紅茶にコーヒー、緑茶に煎茶と、そこそこいい物が常備されていた。
今は人参茶なんて変わった物も仕入れている。
なぜかと言われたら、正直俺もなぜかわからない。
ただ、二人でゆっくり楽しむのにちょうどいいのは事実だった。
「さて、一日遅れだが、少し相談していいか?」
ぴよこは俺の言葉に頷く。
そのために、ここで俺が言い出すのを待ってくれていた。
避難警報の時。
俺はあの時、ぴよこのことを考え、逃げようとした。
それを止めたのが、戦うべきと言ってくれたのがぴよこだ。
つまり、ぴよこは俺以上に俺を知っている。
だから、彼女に相談するのが正解だろう。
俺が、今後どうするかを――。
「まず、前提として言えば、俺は壊れている。いや、ぴよこのおかげで、この程度の壊れで済んでいると言った方がいいか」
「違うよ。壊れているわけじゃない。いーくんは、人助けに憑りつかれているだけ」
それは認識の違い。
けれど、ぴよこの言葉の方がおそらく本質に近いだろう。
本来、人助けというのは何らかの目的があって行われる。
自分が褒められるためとか、見返りなどなく己が善意に従ってなどだ。
それはとても価値のあること。
だが、俺にはそれがない。
俺の場合は人助けは『しなければならない』こと。
そこに思想や善意も、何なら勇気さえない。
単なる『強迫観念』だ。
けれど、これはある種しょうがない部分だろう。
俺自身に自覚があるわけではない。
だが、俺が受けたダメージはそうなってもしかるべき程、重たいものだった。
家族を皆殺しにされ、自分も半死半生。
人助けの強迫観念など、この程度で済んでよかったと思わなければならない。
そして、それがぴよこの献身的な介護によるということも、俺は忘れるつもりはない。
家族だけでなく、記憶とともに過去さえ失った俺に、ずっと手を差し伸べてくれていた。
彼女がいなければ、俺は何者にもなれずにこの世を去っていただろう。
「だから、俺は無理やりな背伸びをして、アラハバキに入学した。一人でも多くを助けるために」
「それと、いーくんのパパとママが残した家から通える範囲の学園ってのもね」
俺は頷く。
アラハバキを選んだ理由には、それもあった。
「だから、俺はアラハバキを辞めたくない。けど、同時に俺が皆に迷惑をかけていることも自覚している」
「うん。みんなとっても頑張ってるよ」
「だから、皆のためにも俺はおとなしくしないといけない。おとなしくしながら頑張って、退学回避を狙い。それが『正しいこと』だ。ここまではいいか?」
「うん。そうだね。それがきっと一番正しい」
「ああ。正しい。だが、俺は正しくない。正しいことがわかっているのに、それが出来ない。だからさ、俺はどうしたらいいと思う?」
「んー。……私の意見は別にあるんだけど、今回はいーくんの鏡として答えるね」
「ああ。頼む」
ぴよこは少し考え込む仕草を見せ、そして、一つ質問を投げてきた。
「いーくんはさ、どうしてアラハバキを目指したの?」
「いや、それはさっき言っただろ? 人助けと、持ち家を使うために――」
「ううん。そうじゃなくて、もっと根本的な話。アラハバキって、目的じゃなくて手段でしょ? だって学校なんだから」
「……あ」
目から鱗が落ちたような、そんな感覚があった。
そう、いつの間にかアラハバキがすべてになっていたが、そんなことはない。
アラハバキは、良くも悪くも、単なる学び舎だ。
「俺が、俺がアラハバキを目指したのは……刀を目指したのは……」
それは最も根本で、最も歪んだ部分。
それは人助けをしないと生きていけない、俺の強迫観念から始まった。
つまり……。
「誰かを護るために……強く、強くなりたい」
「うん。いーくんの目指してたのは、強くなることだった。だからアラハババキを目指した。将来、カムイを持つために。そして私はそのカムイを打つために」
「お前、カムイを打つなんて本気で……」
「本気だよ。いーくんの刀は、私が打つ」
恥ずかし気もなく、ぴよこは言い切りやがった。
ぴよこの癖に。
「……すごいな。お前は」
「凄くないよ。面倒な幼馴染がいるだけ」
「なんか……すまんな。見捨ててくれても――」
「いーくんは私を見捨てられる?」
じっと、まっすぐな目で見つめそう尋ねてくる。
傷ついても怒ってもいない。
それは、信頼しきった純粋な目だった。
「……悪い。さっきのは最低な言葉だった」
「そうだね。謝るよりも、感謝の方が嬉しいかな」
「すまん、いや。ありがとう。俺を支えてくれて」
「どういたしまして。というわけで、私から言えることはね」
「ああ」
「別に退学になっても良いじゃん」
あっけらかんと、俺の悩みの一番重い部分を、ぴよこはそう言い放った。
「え……えぇ……」
「そりゃさ、もちろん退学にならないのが一番だよ。でも、そのために縮こまって生活するいーくんってのは、ちょっと私には想像できないかな~」
その言葉に、何も言い返せなかった。
全くもってその通りだ。
恩義があり、そう望まれているとわかっても、それでも俺はきっと逆を向いて走り出す。
正しいことがわかっていても、間違った人助けを俺は選び続けてきたように。
「……もしかしてさ」
「うん?」
「俺、なっちゃんと同類だったりする?」
「そんなことはないよ」
「そ、そうか。それは良かった」
「でもたぶん、近似種だね。なっちゃんがいーくんを気に入ってるのは、同族だと思ったからじゃない?」
俺は手に顔を当て、天井を見上げる。
「なんてこった。俺は、壊れてはいるが常識人寄りだと思ってた……」
「本当の常識人はあのクラスで浮きまくってると思うよ」
「俺、浮いてるだろ?」
「いや、馴染んでるよ? 割と」
「なんと……今日一番ショックな言葉だわ……」
「ふふ。それで、考えはまとまった?」
「……いや。悪いがまだ全然だ。ただ、方針は見えた。だからもう少し付き合ってくれ」
「もちろんいいよ。で、方針ってのは?」
「おかげで本筋が見えた。そのためにどうするかを考えたい」
「本筋って」
「そりゃ――どうすれば、今一番強くなれるかだ」
そう……それが本当の俺の原点。
誰かのための刀となること。
そのためにアラハバキを目指した。
そんな単純なことを忘れるくらい、アラハバキは苛烈で、そして楽しかった。
翌日――。
それは、いつぞやと逆だった。
誰も通らぬ早朝の時間、俺とぴよこは正門の前で待っていた。
想像通り、いや、想像以上に、あの人は早く来た。
ようやく暁が過ぎたばかりで、まだほのかに暗い、そんな朝の時間。
その人――朝霧先輩は、俺たちを見て、目を丸くし驚く。
そしてその後、こちらを見ないように顔をそらし、横から正門を通ろうとした。
俺はそれを妨げた。
さながら、サッカーのディフェンスのように。
先輩はイラッとした顔を見せるも、無視のまま反対側に回る。
俺は反復横跳びの要領で、先輩の進路を妨害し続ける。
横でぴよこが笑っていた。
「おい。何をしている。……わかっているのか? 私にかかわったせいで、お前は退学になりかかっているんだぞ?」
周りに誰もいないのに、内緒話のように小声で先輩が呟いた。
「何言ってるんですか先輩。それは俺が無能であることが問題で、先輩は関係ないでしょう」
「……いや。だが……」
「そんなことより先輩。今日はお願いがあって参りました」
「お願い? ……一応聞こう。なんだ。言ってみろ」
俺はまるで決闘でも申し込もう勢いで先輩の前に立った。
俺の覚悟が見えたのか、先輩の表情もどこか険しくなる。
そして――俺はその場で、先輩に跪いた。
膝を折り、両手を地につけ、頭を垂れる。
それは扶桑において謝罪、もしくは頼みごとをする最上級の礼節。
その名も――【土下座】である。
「俺を、弟子にしてください!」
びりびりと、俺の声で空気が震える。
たぶんその声は、俺の人生最大の声量だった。
断られるなんてことさえ考えていない。
それくらい、俺は先輩に賭けていた。
さっきまで誰もいなかったのに、数人の生徒が気づきこちらを見つめだす。
教師さえもその声量に何事かと顔を出した。
そんな注目の中先輩は……。
「ふ……ふぇ?」
先輩は、間の抜けた顔で呆然とその場に立ち尽くしていた。
ありがとうございました。




