ネコミミメイドに愛の手を
(聞かない方が良かったかもなぁ)
何か話しかけるきっかけにでもと思って、俺は先ほどメイドから二人のことを聞いてみた。
そして、聞いたことを後悔するくらいには、彼らの情報は濃かった。
少なくとも、話のきっかけには出来ないだろう。
ちらりと、彼らの姿を見る。
彼らの席まで、妙に遠く感じた。
別に俺は社交性がないというわけではない。
友達は欲しいし、クラスにも馴染みたい。
確かに、俺は少々人付き合いが苦手な部分はある。
だがそれは記憶喪失であることのハンデが原因であり、俺の本質ではない……はずだ。
つまるところ、俺はこのクラスで学生生活を楽しみたいなんて恥ずかしいことを望んでいた。
とはいえ……それはそれとしてあのグループには妙に話しかけづらい。
古のオタクスタイルを好む西洋マッチョメンと電波系ギャルの組み合わせというのはなかなかハードルが高いのではないだろうか。
というか、あそこだけ妙な雰囲気が醸し出され、二人の会話に誰も入ろうとしない。
まるで空間が断裂しているかのように。
禍々しいとさえ言ってもよいあの世界に何も思わず踏み込めるのは、それこそぴよこくらいなものだろう。
ただ、メイドへ詫びと恩返しはしたいし、彼らと接点も作りたい。
俺は勇気を振り絞り、彼らの元に向かった。
こんななんでもないことに、心臓が鼓動を早める。
自分が普通だと思えて、少しだけ嬉しかった。
俺が声をかけるより早く、彼女が俺に気づきこちらに顔を向けてきた。
「おや、伊織っちじゃん。珍しいね、どしたん? あーしに用? 救い料は一億万円キャッシュでよろ」
どこぞの二足歩行である歩く豚みたいなことを言い出した。
「懐かしいなおい」
俺の反応に、彼女は楽しげに笑った。
「あー。邪魔じゃなかったらさ、会話に混じってもいいだろうか? 俺は……」
俺の言葉に、大男は目をギラリと輝かせ、こちらに顔を向ける。
ただそれだけなのに、俺の体は強張り動かなくなった。
座っているだけなのに、妙に姿勢が良い。
まるで、いますぐ動いて俺を殺せると言わんばかりに。
前に戦った王女や影とはまた違う恐ろしさが、彼にはあった。
メイドから聞いてしまった彼の経歴。
彼は去年まで、自国で軍人だったらしい。
それも影と戦う組織ではなく、人を相手にする――。
俺を警戒するような、拒絶するような、そんな目。
そして――。
「問おう! ユーは、ネコミミメイドに付け足すならば何を足す!?」
あまりにも真剣なまなざしだったから、俺は自分の聞き間違えを疑った。
「――は?」
「ネコミミメイドというハーモニーに、何を足すのがベストと考える!?」
「いや……あの……マジで何の話だこれ?」
「相手を知るには、相手の大切なことを知るべし。そう、ワタシはこの国で学んだよ。だから、ユーの答えを聞こう。マイクラスメイト!」
「え……えぇ……」
無駄に眼力が強い大男の視線から逃げるように、電波ギャルの方に目を向ける。
助けてと懇願するように。
「大丈夫。あーしはわかってるよ伊織っちの気持ち。一つに絞れなくて困ってるんだよね……。時間はまだある。ゆっくり悩めばいいし」
そう言って、ぐっとサムズアップ。
「ちげーよ。一つも思い浮かんでねーよ」
助けを求める相手を間違えた。
それだけは、間違いなかった。
「伊織っち。これは大切な、とても大切なこと。ちゃんと考えて言うんだよ。照れず、恥ずかしがらず、心の声を聴くのじゃ……」
「意味深な師匠面されても困るんだが……」
「さあ! ユーの性癖を聞かせてもらおうか!」
大男は立ち上がり、期待の眼差しを向けてくる。
見上げるような巨体は、まるで山のようだった。
俺は必死に考え、何とか相手の望むような答えを絞り出そうとして……。
「刀、とか?」
俺の言葉に、大男は落胆の表情を見せた。
「残念ながら、今のユーとはタケウマフレンドにはなれない……。いつの日か、本当の性癖を聞かせてくれる日を楽しみにしてるよ」
やれやれと哀れむような表情の後、大男は席に着く。
なんか知らんが、すっげぇムカついた。
「お疲れ伊織っち。とりまあーしの隣座る? 空いてるよ?」
ケラケラ笑いながら彼女が言う。
正直帰りたかったが、ここで帰ったらマジで何もないので、俺は怒りをぐっとこらえ、席に着いた。
「とりあえず、伊織だ。水無川伊織。よろしく頼む」
ちょっとぶっきらぼうな挨拶だが、これで十分だろ。
「オーケイ、イオリ。ワタシはリムと呼んでほしいよ」
「わかった。リム、よろしく頼む」
そう言って、俺はリムに手を伸ばす。
リムはにかっと笑い、強い力で握手に答える。
巨大な手は強い圧迫感と同時に、手の平の皮膚が妙に固くなっていた。
一流の剣士だってこうはならないだろう。
「これでイオリとワタシはフレンドね。けれど……それ以上の関係を、ワタシと同じ高みに来ることも、期待してるよ」
マッチョメンはきらっと輝く歯を見せた。
「うるせぇそんなところに行く予定もなければ行きたいとも思ってねーよ。それで……」
ちらりと、俺は彼女の方に目を向ける。
「ん? あーしがどした?」
「いや、名前は知ってるけど、一応自己紹介をお願いしていいか? それと、どう呼べばいいかも」
若干下手に、俺は少しビビリながらそう尋ねた。
そう、俺は彼らのことを聞いている。
聞いてしまっている。
例えば、リムの本名は『リムヴェルト・ストール・リヴィングテッド』というもので、生まれはリバティ共和国。
彼は、合衆国最大銃器メーカーである『リヴィングテッド社』の長子なんて、とんでも設定を持っている。
なぜわざわざ銃の世界から刀の世界に来たのか、よくわからない。
扶桑において銃は強い規制がかかっており、ほとんど禁忌に等しい扱いである。
だから当然、銃器メーカーと扶桑は水と油よりも仲が悪い。
そもそも、銃の世界と刀の世界そのものが対立する政争相手となっている。
リムもこの扶桑では差別とまではいかずとも、それなりにひどい扱いも経験しているはずだ。
外見と態度からはまるでそうは思えないが。
外見はミリタリー映画の主役ばりにごつく、生まれは下手な王族より金も権力もある最大手銃器メーカー。
なのにその趣味は扶桑アニメオタク。
あまりにも癖が強い。というか強すぎる。
個性が渋滞し、そのまま連鎖事故を起こしてしまっていた。
けれど……。
ちらりと、俺は彼女の方を見る。
こっちもこっちで負けていないというか、家柄という意味で言えばこっちの方がヤバかった。
「夜刀蛟めぐるだよ。めぐる様と呼べ。あ、ごめんやっぱなし。めぐるちゃんって呼んで。きゃぴっ」
そう彼女は言ってウィンクしながらピースで決めポーズ。
彼女が様と呼べというのなら、俺はそれに従うしかない。
だからこそ、彼女は即座に撤回したのだろう。
このギャルの見た目でしながらちょくちょく電波を受信している彼女は、扶桑三大神社の一つ『櫻野神社』の管理を任されている名門『夜刀蛟家』の直系の一人。
つまり、扶桑の姫である。
「よ、よろしく。めぐる……ちゃん……」
「よろよろ。どしたんよそんな赤くなって」
「ちゃん付けってなんか恥ずかしくないか?」
「そかな? リムりんはどう思う?」
「めぐるチャン可愛いやったー!」
「ね?」
そう言って、彼女はにやにやしながら俺の方を見た。
「……からかってません?」
「ますん。ま、好きに呼んでいいよ。ちなみにリムりんには普段めぐるんって呼んでもらってるけどそれで良い?」
「よくねーよ。じゃあ、やと――」
「苗字は駄目」
彼女は手の前でバツを作って見せた。
「ついでにさん付けも駄目だよ伊織っち。だってつまんないから」
「めぐる……って呼び捨てで勘弁してもらえないか?」
「仕方ないなぁ伊織っちは。あーしに彼ピができるまでは許可してあげよう」
「わかった。よろしく頼む」
そう言って、俺はため息をこぼす。
なんだか、ひどく疲れた。
昨夜の戦闘よりも、疲弊した気がした。
「それで、イオリ氏はワタシたちに何を聞きたくてこちらに?」
リムは首を傾げ尋ねる。
言われて、思い出した。
(そういえば、俺、こいつらと仲良くなるために来たんだったな)
だったら、まあこれで良いのだろうか。
「ちなみにリムりんは刀匠科で、あーしは実戦科だよ」
「いや、別に何かが聞きたかったわけじゃ……って、めぐる、お前実戦科なの!? 奉納科じゃなくて!?」
「あーしこれでも結構やる感じですよ? ぴーすぴーす」
「そうじゃねーよ。実力とかじゃなくて、貴女に何かあったら大事でしょうに……」
さすがに跡継ぎではないだろうが、それでも櫻野神社直系の姫。
その彼女が、体を張って戦うというのは櫻野神社的にどうなのだろうか……。
「大丈夫大丈夫。何かあったらタイムマシンで何とかするから」
「それは……冗談なんだよな?」
「ふふふのふ。本当だったらどうする? タイムマシンともしもボ〇クスがあれば……」
「お前は不思議なポッケでも持ってるのかよ。……いや、本当かと思うからやめてくれ」
そう、俺たち庶民からすればタイムマシンを使っていたとしても何らおかしくない。
めぐるの家というのは、そういうとんでもな家だった。
「あいあい。でも、本当にあったらいいねぇ、タイムマシン。タイムマシンがあったらどうする?」
めぐるは俺の顔を見て、『まずった』という顔をした。
「あ……。ごめん。本当にごめん。さっきの忘れて」
普段の態度とは思えないほど萎れた表情で、めぐるは俯く。
めぐるが何を気にしているか、俺はすぐに気づいた。
ぴよこと仲が良いから知っているのだろう。
俺の家族が、皆殺しにされたことを。
確かに、俺が望むのならそれだけだろう。
たとえ記憶がなく、悲しむ心がなくとも、『俺』ならきっと、そう望むから。
「いや、こっちこそ悪い。変な気を遣わせた」
「ううん。これはガチであーしが悪かった」
二人が謝り合うその横で、リムが首を傾げていた。
「いや。俺、実は――」
「はいシャラップ。空気が重くなる。厳重注意。厳重注意ですぞ、伊織氏!」
めぐるは怒ったふりをしながらそう口にした。
「あ、ああ。そうだな。わかった」
「リムりんも気にしないで欲しいんよ」
「よくわからないけど、オーライ。男には、口に出来ない過去の一つや二つや三つ、あるものデスからね」
「んじゃ話は変えて……伊織っちに布教する作品を考えるかい?」
ガタリと、リムが席を立った。
「プレゼンの時間はどれだけもらえる? いくつまで可能だ? 媒体は、ジャンルは、さあ何だ。ミスター伊織。君は何を望む?」
普段の口調とまるで違う、外国訛りが一切ない落ち着いて賢げな口調で矢継ぎ早に。
俺は顔をそらし、拒絶も含め手を前に伸ばした。
「座れ。そしてそんな時間はない」
しゅんとした表情で、リムは体を縮こまらせ、特注の椅子に座り直した。
「プレゼンはいらんからさ、明日一本だけ好きな作品を教えてくれ。それを見るからさ」
「イ、イオリ氏……」
「目をキラキラさせるな。そして呼び方安定しないな本当」
「何ならウチら、一人称さえ安定しないんだぜ」
めぐるはリムの隣に立ち、そう口にした。
「拙者たちは一人称不定Bチーム! いつもノリだけで生きている!」
「でもクソゲ―だけは勘弁な! HAHAHAHA!」
楽しそうな二人を横に、俺は静かに頭を抱えた。
「ずいぶん賑やかね。お邪魔していいかしら?」
そう言って現れたのは、南雲だった。
「なっちゃんじゃん。どうした?」
「私の伊織ちゃんがいるから来ちゃった」
南雲の言葉に二人は『えっ!?』みたいな目を、俺に向けてきた。
「いや待て違う誤解だ」
「いや知ってるから大丈夫だよ。なっちゃんのいつもジョークみたいなものだし」
めぐるは言った。
「でも別に同性愛を否定はしないから。BでもLでもNでも拙者は大好物でござるよ」
リムも乗った。
俺は大きく、嫌味も混ぜてため息を吐いた。
「ところでミスター。ネコミミメイドに付け足すなら、ユーなら何を足す?」
ギラリとした目で、リムは問う。
南雲は、迷わず答えた。
「眼鏡よ。それこそが完璧なハーモニー。最大の調和。三位一体の完成形……」
南雲の回答にリムは一瞬黙り、次の瞬間ほろりと涙をこぼした。
「教義違いだ。けれど、君は間違いなく、ワタシと同じ"高み"にいる。ようこそ……ソウルブラザー」
リムは男泣きをして、南雲と強い握手をした。
本当に強い握手で、ほとんど我慢比べとか喧嘩みたいな握手だった。
「あのさ、めぐる」
「なんだい伊織っち」
「あの質問、みんなにしてるのか?」
「うぃ? そだね。リムりんは必ず皆にしてるよ。それがどしたん?」
「これは単なる好奇心なんだが……メイドは何て答えたんだ?」
「ネコミミ抜き。メイド服はそれだけで完成してる。だって。あれは剛の答えだった……」
しみじみと、めぐるは呟く。
「……あいつも十分すぎるほど、馴染んでるじゃねーか」
俺はメイドに、恨みがましい目を向けた。
「……ま、良いか」
リムとめぐる、南雲が賑やかに話す姿を眺める。
一応は、目的達成だろう。
「なに老衰したおじいちゃんみたいな顔してるんだい伊織っち。サンドイッチに入れるおにぎりについて一緒に話し合おうじゃないか」
まためぐるがどこかの毒電波を受信したらしい。
「そんな話誰もしてねーよ」
俺は苦笑しながらため息を吐き、彼らとの会話に再び混じった。
ありがとうございました。




