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天憧ヤオヨロズ-神宿りの刃と鳥の歌-  作者: あらまき


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筋肉電波組


 そして翌日朝――。

 俺は、登校して早々、九条先生の待つ個室に招待された。

 三日登校のうち二日。

 入学式を除けば毎日。


 なんというか……こう……ただただ、情けなかった。


「呼ばれた理由はわかってるな?」

 九条の言葉に俺は頷く。


「昨日の、討伐のことですね」


 俺はおとなしくしておけと言われていた。

 なのに戦いに出た。


 それは、彼等にとって裏切りに等しい。

 どんな罵詈雑言も、俺は甘んじて受ける義務があった。

 だが……。


「ああ。そうだ。貴様の無能を晒し、アセリアと南雲の足を引っ張り、役に立たなかった。そういう話だ」

 ズキリと、胸が痛み、つい言い返しそうになる。


 けれど、俺は黙った。


 冷静になって考えたら、九条の言葉は事実でしかない。

 そもそも、あの『九条』が、戦いの分析を間違えるなんてことするわけがない。


 言い返したかったかのは、図星だったから。

 それだけだった。


「もうわけ……ありま……」

「ん? ああ。勘違いするなよ、水無川伊織」

「はい?」

「俺は別に貴様を非難するつもりはない。ただ、そういう話になったと事後報告をしているに過ぎん」

「えっと、それは……どういうことです?」

「貴様が活躍したという報告をすれば、退学までの期間が更に縮む。だから貴様はでしゃばってヘマをしたという報告になった。わかるか?」

「もしかして……それは俺を庇って……」

「――アセリアに感謝するといい。あいつがトドメを刺してくれたから、評判はすべてそちらに行った」

「あの……」

「何だ?」

「怒らないのですか? その……勝手に、戦いに行ったことに……」

 少し黙った後、九条はじっと、睨むように俺を見た。


「水無川。貴様は自らの意思で戦ったのだろう?」

「もちろんです」

「ならば良い。剣士が戦場(いくさば)に赴くのは自然のこと。それを止める道理など、どこにも存在せん」

「――――」

 言葉が、出なかった。

 何も感じていないわけではない。


 今俺が感じているこの感情が何なのか、俺にはわからなかった。

 ただ、認められていることだけはわかった。

 九条は俺みたいな存在でも、同胞として、同じ戦士として、扱ってくれていた。


「……だが、一つだけ、先人とし忠告しておこう」

 九条はジロリと俺を睨み、低い声で脅すように話し出した。

 鋭い、まるで鷹のような目。


 外見は草臥れたサラリーマンなのに、その眼力は常人のそれとは別物だった。


「な、何でしょうか?」

「あの時、あの場にはもう一匹怪異(アヤカシ)がいた。本命そっちだ」

「……え? いや。……えっ。じゃあ、俺たちが苦戦したあれは……」

 最初、何を言っているのかよくわからなかったが、すぐに理解し目を見開く。


 わざわざ影と言わず、怪異(アヤカシ)なんて言い回しをしたということは、つまり……。


「貴様が遭遇したのは、偶然そこにいただけの雑魚だ」

「あれが……あれが雑魚?」

「ああ。雑魚だ。貴様程度が生き延びられる程度のな。さあ、部屋を出ろ。ホームルームはすぐだ」

 追い払うように、俺はドアの前まで追いやられた。


「――良かったな。生きて学べて」

 それだけ言って、俺は部屋を追い出された。


 どくん、どくんと、心臓の高鳴りが聞こえる。

 冷や汗が滝のように溢れ、視界がぐらりと揺れる。


 居たんだ。

 あの場に、本物の怪異……『妖異』が。


 もし、そっちと遭遇していたら、俺は確実に死んでいた。

 いや、俺だけじゃなくぴよこも、もしかしたら南雲さえも……。

「はっ……はっ……はっ」

 うまく、呼吸ができない。

 心臓の音だけが、耳に響く。


 死んでも良いと、いつも思っている。

 死ぬつもりで、生きている。


 それでもやはり……死ぬのは怖かった。

 何も考えられなくなるくらいに、とても。


 俺がクラスに戻れたのは、それから十五分も後のこと。

 既にホームルームは始まっていたが、自習となっており、俺が遅れたことにさえ誰も気付いていなかった。




 教科書の配布や校舎案内といった軽い授業を終え、放課後となる。


 珍しく、今日はぴよことほとんど話せなかった。

 というのも、ぴよこの周りにはいつも人だかりができていたからだ。


 どうやら昨日の戦いが相当脚色されているらしく、ぴよこは一躍時の人となっていた。


 対し、南雲はなんだかむすっと不機嫌オーラを出して周りを寄せ付けない。

 つい、俺は苦笑してしまった。


 俺と南雲は知り合ってまだ三日。

 だというのに、南雲の内心がこれでもかと理解できた。


 こいつは、俺が役立たずであったという内容で周知されていることを不満に覚えてくれている。

 こいつの中であの戦いは三人での奉納芸であり、セッション。


 その事実がねじ曲げられた現状は美しくもないし、楽しくもない。

 俺のためであるとわかっているから、不承不承で認めてやっているが、本当で言えば嫌悪しているのだろう。

 そんな拗ねた態度が、ありありと透けて見えていた。


 ちやほやされてニコニコしているぴよこと、不満げな南雲を俺は順に見て……。

(さて、これからどうしようか)


 ぴよこに声をかける。

 南雲に声をかける。

 このまま一人で帰る。


 選択肢はこんなものだろうか。

 そう考えている時に……。

「すみません、伊織様。少しよろしいでしょうか?」

 静かで丁寧な口調の聞き覚えがある声。

 俺はその声の主であるメイドの方に顔を向けた。


 まだ数日だというのに、もうメイドがいることに違和感を覚えなくなった自分に、ちょっとだけ俺は危機感を覚えた。


「ああ。しのみ――」

 ニコニコ顔だが、メイドは俺に強烈な圧を放ってきた。


「メ、メイドさん。何でしょうか?」

「はい。申し訳ないのですが、伊織様に少しお願いがございまして」

「その前に、昨日はすまん。せっかく俺のために色々してくれているというのに……」

 メイドにとって俺は他人でしかない。


 それなのに、クラス委員にして、クラスを集め退学対策会議を開いて。

 ぴよこを別にしたら、間違いなく一番迷惑をかけているのはメイドだ。

 謝罪の一つでは済まないくらいに。

 だが……。


 メイドは静かに、微笑を浮かべ首を横に振った。

「構いません。むしろ嬉しく思います。目標を持ったご主人様をサポートできるなんて、メイドのし甲斐があります!」

 両手を持ち上げぐっと握り、やる気を見せるメイド。


 本気で怒っていない。

 それがわかるくらい、メイドはまっすぐだった。


「ただ、心配はしました。どうかご自愛ください」

「あ、ああ……すまん。気を付ける」

 ニコニコと、メイドは笑っている。

 その笑顔はあまりにも普通だったから、俺には、ひどく奇妙なものに映った。


 そう、奇妙。

 それは違和感と言い換えても良い。


 メイドの言葉に嘘偽りは見られない。

 俺に不満や怒りを覚えている様子さえも。


 だからこそ、おかしかった。


 本気で俺が退学にならないように手配をして、それを台無しにされかけて怒らないというのは、どういうことだ?


 メイドの立場からすれば、俺の行動はただの自分勝手。

 見捨てられたっておかしくない。


 それなのに、一切怒っていない。

 ただ心配しただけ。

 その心配さえもおかしい。

 本当に心配したのなら、文句の一つも口にする。


 そう、メイドからは人として持って当然の感情が感じられない。

 その善意は否定しない。

 奉仕したいという気持ちは俺が想像出来ないほど大きく重いだろう。

 けれど同時に、どこか仮初のように薄っぺらかった。


 そして俺は、その理由に思い当たるフシがあった。

 それはまるで、俺みたいで……。


「あの、伊織様? どうかしましたか? そんなにじっと見つめて……」

 はっと我に返り、俺は慌てて頭を下げた。

「す、すまん! ちょっと考えごとをしていた。それで、俺に相談って何だ? 昨日のことか?」

「いえ、そうではなく、ちょっと困っているので、手助けをいただけたらと……」

 メイドは申し訳なさそうに言った。


「珍しい……というのも変な話か。わかった。俺は何をすれば良い?」

「助かります。このクラスのご主人様方が素晴らしいのは周知の事実です。ただ、個性がはっきりしているのもまた事実でして」

「ああ、そうだな」

 俺はクラスのまとめ役であるメイドを、じっと見つめながらうなずいた。

「ですので、やはりこう、私ではうまく馴染めず、クラス交流をうまく繋げない場合もございまして……」

 言いたいことは、なんとなくわかった。


 今現在出来ている最大グループは、ぴよこの周囲に集まった野次馬グループ。

 広く浅い交友関係の最大勢力と言ってもいいだろう。


 あとは数人の少人数グループがあり、残り数人が完全に孤立していた。


 クラスを環としたいメイドからすれば、孤立する生徒は大きな問題なのだろう。


 特に気になるのは……。


「彼に話してくればいいのか?」

 俺はそう言って、最年少の少年の方を見ながらつぶやく。

 だが、メイドは首を横に振った。


「いえ、今回はあちらの方をお願いしたいかと……」

 そう言ってメイドが示すのは、孤立しているわけではなく親しげな二人組だった。

 少々以上に風変りな二人ではあるが。


 片方はぴよこと話していたギャル……みたいな見た目の電波受信系少女。

 もう一人はアニメTシャツ全開の巨漢マッチョである。


「……なんだあの組み合わせ」

「えっと……その……どのご主人様も素晴らしいお方であることは間違いないのですが、その……少々アクが強いと言いますか、癖が強いと言いますか……」

 メイドにしては、とても歯切れが悪い。

 要するに、苦手なのだろう。

「相性が悪かったのか?」

「まあ、端的に言いますと、そうですね。会話がうまくいかない感じで……」

「ふむ……。俺にどうしてほしいんだ?」

「今日のところはとりあえず、普通に会話をしていただけますか? それ次第で、今後の連絡役を伊織様にお願いすることになるかと」

「わかった。俺としてもちょっとはクラスメイトと仲良くなりたいと思ってたところだし、構わない」

「助かります」

「まあ、自信はないけどな。……あとさ、俺、邪魔にならない? あの組み合わせ一応男女だし」

 まあ、外見は美女と野獣ならぬ美女と筋肉ダルマだが。

 しかもよく見れば、どんよりした空気を発し、周囲からちょっと距離を取られている感じでもあった。


「私が会話に混ざっても気にした様子はなかったので、多分大丈夫かと。……確約は出来かねますが」

「ま、馬に蹴られないなら行ってみるさ」

 そう言って俺は席を立ち、大き目に一つ呼吸をする。


「もしかして伊織様。緊張していらっしゃいますか?」

 メイドの言葉に、俺はびくっと体を震わせた。


「あー……。まあ、あまり人付き合いが得意な方ではなくてな」

「気難しい南雲様と親しげでしたので、そうとは……」

「あいつは例外だろ。いろいろな意味で」

「まったくもってその通りです。配慮が至らず申し訳ありませんでした。今回は遠慮を――」

「いや、いい。やらせてくれ」

「なぜ、でしょうか?」

 メイドは、不安そうにじっと見つめてきた。


 俺は目をそらし、頬を掻き、少し小さな声で答えを口にする。

「学生らしいことをしてみたいって言ったら、笑うか?」

 メイドは少し驚いた後、微笑を浮かべ、送り出すように深々と頭を下げた。



ありがとうございました。

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