託された末の一撃
まことに遺憾ながら、俺はもうあの二人を信用している。
信用しきっている。
ぴよこには最初から、死んでも良いと思えるほどの恩がある。
南雲のことはよくわからないが、その生き様が……いや、あいつに言わせれば『死に様』が、やる時はやる男だと伝えている。
無条件で信頼出来るかと言われたら、それはない。
あいつの性格は完全に悪役サイドのそれである。
だが、あいつが楽しそうだと感じ、そのために行動している時は、たとえ何があってもやり遂げるという凄みがある。
そんな二人に託したのだ。
だから――俺が事前にした注文通り影が向かってきているこの状況に、俺は何の驚きも感じていなかった。
影は俺に対し数センチ右に軸がずれ、攻撃は爪による突き。
俺の出した注文通り。
それに加え、実体化した指の数が三本と、さらに一本減っている。
オーダー以上の成果だ。
「さ、後は任せたわよ!」
南雲の言葉に、俺は精神を整え、意識を奉納に傾ける。
「八百万の神々よ。これより行いまするは、我が命を賭した大道芸。生を繋ぐか死に伏すか。神への奉納、どうかご照覧あれ」
深く深く、届けと念じ、祈りたもう。
ご照覧あれ。
ご賢覧あれ。
そしてどうか、俺に力をお貸しください。
少しだけだが、南雲の見ている世界が見えた気がした。
俺は今、芸に命を賭けていた。
鋭い、風を抉る突きを、俺はくるりと踊るように回り込み回避する。
相手の突きを躱すことが、『型』の始動だった。
「それは草木超える秋の頃、異形蔓延る世に、一人の武士が現れる……」
俺のやっていることを理解し、ぴよこが雰囲気を作るよう口を開く。
「小鳥ちゃんそれなに?」
「今いーくんがやってる型って、正式にはセリフパートが入るの」
「あらやら最高じゃない。あ、だったら私、邪魔しちゃったかしら? ごめんね」
「ううん。時間足りないから省略して最後にだけ言うつもりだから大丈夫」
「そうなのね。でも小鳥ちゃんの綺麗な声、聞きたいから出来るだけ謳ってくれると嬉しいわ」
「わかった。頑張るねー。中略……その妖は翼を持ち、人々は空を恐れるようになった。……まるで私が悪者みたいだね」
「うふふ、そうね」
呑気なあいつらを横目に、溜息を一つ。
(なんでこんなへっぽこな俺を、そこまで信頼できるんだよ)
怯えも不安もなく、のほほんと雑談する。
それが信頼でなければ何だというのだ。
影が俺の方を向き、攻撃動作に入ろうとする直前に、スライディングに限りなく近い姿勢で影の足元へ潜り込む。
そのまま刀を、影の顎めがけ、掲げるように上へ叩きつけた。
その手応えは、限りなく浅かった。
密着距離からアマツの攻撃でも、俺程度の剣術ではこれが精々。
それでも一瞬怯んでくれたのは、これまでの蓄積と不意打ちに近い状態の一撃だったからだろう。
影の意識が逸れた瞬間に、低空姿勢から体勢を戻す。
更に、その動きの勢いをすべて、右手に託す。
最後の一撃を放つ、そのために。
「さあご照覧あれ。右手の刀は天高くに振り上げられたもう。太平を乱す悪を、民を喰らう邪を、その刃は決して認めぬと!」
俺は右手に力を籠め、棒を振りあげる。
そして――。
「天魔――失墜!」
俺と、ぴよこの声が重なる。
後先考えない力任せの振り下ろしが、影の脳天に炸裂した。
木の棒による一撃は衝撃と障壁を生み、影は反動で吹き飛ぶ。
直撃した頭部は、原形を留めず、スライムのようにぐにゃりと変形した。
「乾坤一擲! 空を統べる異形は地に伏す。その自慢の二刀を鞘に納めた時、男はこの街を救った英雄となったのだ。のだーのだーのだー」
セルフエコーに少しイラっとしながら、俺は息を整え、一礼。
始まりの礼をする余裕はなかったが、それでも奉納として行った。
奉納を利用したと言っても良い。
だからせめて、見届けてくれた神へ、感謝の心は忘れないようにと――。
「お疲れ。良い演目だったわよ」
南雲は俺にそう声をかけた。
「世辞でも嬉しいよ」
「あら、私が芸に対してお世辞なんて言うと思うの? というわけで今度一緒に奉納しましょ。私、独吟でも相手役でもどっちでもやるわよ」
目がギラギラした目で、ずいっと顔を近づけてくる南雲。
俺は南雲を押しのけこっちに近づかないようにした。
「……あー。マジで気に入ったんだ」
「もちのロンよ! 歌い手の横で派手派手な剣術をカマす。つまり剣戟ミュージカルじゃない!?」
「まあ、発想は同じだな」
「ん-素敵! ああ、そういえば見世物とか言ってたわね。あれどういう意味?」
「ん? ああ。『水無川流剣術』の歴史を一言に集約するとな、大道芸でお家の没落を乗り切ったってなる」
「まあロック。本末転倒感あるところがクールだわ」
「だから後付けの技ほど、魅せ技ばかりになってくる。しかも悲しいことに、剣術ではこけたのに大道芸としてはそれなりに成功しちまった。まあ今はまた落ちぶれてるけど」
「じゃあ頑張って復興しなきゃね」
「いや、それは別の奴に任せてる」
「それって誰のこと――」
「それはどうでもいいことだし、それになっちゃん。まだ終わってないぞ?」
「ああ。そうだったわね」
そう言って、俺と南雲は影の方に目を向ける。
影はそう簡単に滅びない。
弱小クラスの影ならアマツで一刀両断出来る、妖異になりかけていた影は最上位と言っても良い。
未だ起き上がってないあたりで十分なダメージは与えられているのはわかるが、それでも、あの程度で倒せるとは思えなかった。
俺の予想通り、影は倒れたままだが、その存在は未だ健在で――。
じーと、影の横でぴよこが座り込み影を見つめていた。
「……何やってんだぴよこ。危ないぞ?」
ぴよこは俺の言葉に反応せず、ただじっと影を見つけ、そして――
「えいやっ」
ぴよこは、どすっと影に刀を突き立てる。
その瞬間、影は粒子となり、塵のように溶けて消えた――。
静寂が広がった。
心地よい静寂ではなく、ちょっと気まずい感じの。
「おま……お前……」
ぷるぷると震えながら、俺はぴよこを指差す。
南雲の方も、震えていた。
俺と違って、笑うのを堪えるために。
「えいやって……そんな、そんな簡単に……」
おそらく、あそこまで肥大化した影なら浄化するのに一苦労あるはずだ。
何らかの儀式を要するかもしれない。
それをぴよこは『えいや』の一発で終わらせていた。
「いえーい。大勝利ー」
ぴよこは両手を上げてずんちゃっずんちゃっと、謎の勝利の舞を踊りだす。
それがツボに入ったらしく、南雲はお腹を押さえ、声を殺し、涙目となっていた。
影が討伐され、おおよそ十分後……。
既に伊織とアセリアはそこを去り、南雲だけが残っていた。
その南雲の元に、一人の女性が姿を見せる。
「いやー笑った笑った。色々めちゃくちゃねぇ、本当。あ、これ返すわね」
そう言って、南雲は朝霧綾華に貸し出された木の棒を返した。
「ああ。助力感謝する、南雲」
「感謝なんていらないわ。私が助けたかっただけだから」
朝霧は「ふっ」と渇いた笑いを見せた。
「そうだな。お前はそういう奴だ」
「ええ、そういう奴よ。でもさ、別に先輩が直接渡せば良かったんじゃない? あの子たち喜んだと思うわよ?」
南雲の言葉に、朝霧は表情を曇らせた。
「……どの面下げて会えというのだ。私の所為で退学になりかけているというのに……」
「ま、そうね。そもそも先輩が出たらその時点で終わってただろうし」
南雲は後悔する朝霧に、冷たい視線を向けながら呟く。
真面目な人は、嫌いじゃない。
けれど、生真面目でまっすぐというの、は南雲にとって苦痛に等しい。
つまり、南雲にとって朝霧という最強の先輩は、つまらない存在だった。
「相変わらず、私が嫌いか」
「嫌いじゃないわよ。あまり興味が持てないだけ。その剣が美しいのは認めるけどね」
「そうか。まあ、あまり褒められた容姿をしていないのはわかる。だから技だけでも褒めてもらえたら嬉しいぞ」
その言葉に、南雲は目を大きく見開いた。
朝霧綾華の外見において短所と言える部分は存在しない。
若干身長は低いものの、そんなものは短所になりえない。
彼女は、文句なしの美女である。
紫電銀嶺の戦姫。
それが彼女が去年大会に出た時、呼ばれたあだ名。
容姿に自信がないなんて、あの会場で唯一、『姫』と呼ばれた彼女の吐いて良いセリフではない。
紫の髪を靡かせ、凛々しい表情で絶世の剣を振るう彼女が褒められた容姿でないのなら、誰が褒められるのだろうに。
「……今、ちょっとだけ貴女のことが好きになったかも」
「そうか。それは嬉しい話だ。……ああ、だが恋愛的な意味だと少々困るぞ。南雲が悪いというわけではないが、好みではないからな」
「……短い付き合いだったから知らないけど、貴女思ったより楽しい性格してるのね」
南雲はそっと、『天然』という二文字を飲み込んだ。
「ああ。それと先輩、一つ聞いていいかしら?」
「ふむ? 何の話だ? 私と伊織の出会いの話か?」
「それはそれで興味あるけど長そうだからパス。そうじゃなくて、その棒のことよ」
「ふむ。これがどうした?」
「いや、すごいじゃないそれ。影の攻撃を軽々と何度も耐えて」
「ふむ。気になるか」
「当然よ。あんなあっさり影を吹き飛ばす力があるんだから。初期アマツより強い霊力なんて、それ本当に何? 国の開発する秘密兵器? ようやく刀という化石から新しい武器に変わるの?」
南雲の言葉に、朝霧は眉を顰めた。
「……何の話だ?」
「え? その棒の話だけど……」
朝霧はじっと、手に持つ棒を見る。
そして、南雲に心配するような表情を向け、ゆっくりと話し出した。
「これには、とある神社におられる二柱の御力が込められている。八方からの厄災を取り除くとされ、影の攻撃から術者を護る。素晴らしい力だが、逆に言えばそれだけだ」
「……へ?」
「これそのものに霊力はない。だから当然、攻撃に活用など出来るわけがない。役割的には、ただの盾だ」
ぴたりと、南雲は押し黙り、自分の唇に手を当て考え込む仕草を見せる。
つい先ほどの戦闘が、頭の中にフラッシュバックした。
「いや、そんなはずは……。彼は覚醒もしてなかった。でも……だったらどうして……」
「ん? どうした南雲? 黙り込んではわからないぞ? おい、南雲!」
朝霧が叫んでも南雲は反応を見せず、強張った表情で何かを呟き続けていた。
ありがとうございました。




