諦めの先に
俺達は自らの役割を理解し、ポジションを固定し、相談することなく戦いをシステムに落とし込んでいた。
扶桑には影に対するノウハウが、数百年という期間蓄積され続けていた。
まず、最前線で暴れ回る南雲。
味方の迷惑さえ考えない完全なるセルフィッシュフリースタイル。
それでも、最大戦力であることは間違いなく、俺達は自然とそのカバー、サポートに回る。
ぴよこのポジションを表すなら、サブアタッカーが近い。
飛行能力とその身軽さは背面や右手から遠い左方面を狙うに適し、高い霊力が安定したダメージを与えている。
俺の場合は……精々予備タンクだろう。
時折来る攻撃を右手の棒で防ぎ、出来る限りの攻撃をするだけ。
悲しいことに、これは俺しか出来ない役割ではない。
この棒があれば、誰だって同じことが出来る。
それでも、俺に出来るのはこの程度。
心底悔しいけれど、俺には足りないものが多すぎた。
ぴよこのような生まれついての才能もなければ、南雲のような狂気や実力もない。
俺はただ人助けをしないと気が済まないだけの、凡人でしかなかった。
「まさか俺が真面目サイドになるとはなぁ」
俺のぼやきに南雲は笑った。
「ははっ。伊織ちゃんはずっと真面目よ。そこが可愛いんじゃない」
ぴよこも笑う。
「やっぱり、いーくん×なっちゃんか。私は一向に構わんよ」
「あら小鳥ちゃん。逆は駄目なの?」
「それはそれで、あり!」
きちんと役割をこなしながらふざける二人。
けれど、俺は何も言えない。
こんな不真面目なのに、真面目にやっている俺の方が役立たずだからだ。
「強くなりたいなぁ」
「なれるわよ」
「なれるよ」
二人は、声を揃えて断言した。
裏付けも根拠もないのに、堂々と。
「だと良いんだがな」
そう言って、俺も笑う。
結論から言えば――俺は、いや俺達は気が緩んでいた。
数の暴力と実力者の介入で戦局が安定したことで。
だから、一番大切なことを、忘れていた。
俺達が戦っている影は――。
ぴしりと、音が鳴る。
音は、影の右手からだった。
それは、良くみなければわからない、極微小の変化。
けれど、目を凝らしてみれば、確かに変わっている。
右手の親指まで、実体化が進行していた。
突然、プレッシャーが増大した。
耳鳴りが聞こえ、頭痛が鳴り、重力が増大したように感じる。
あまりの威圧感に、俺の身体は一歩たりとも動かなくなっていた。
「伊織ちゃん!」
南雲が叫ぶ。
わかっている。
影は俺を狙い、既に爪を振り上げていた。
このままだと不味い。
わかっているのに……体が……動か……。
「いーくん!」
ぴよこが、飛んで来た。
対して高く跳べない癖に、上から降り注ぐように。
そして、そのまま急降下しつつ影を斬りつけた。
位置エネルギーまで使ったぴよこの必殺技。
それは、変わりたてであった影の親指を切断してみせた。
ぴよこは俺を庇うように立ち、低い姿勢で刀を構える。
らしくもない攻撃一辺倒の構えは、俺を護るため。
南雲もまた俺に攻撃が行かないよう更に影との距離を縮めインファイトを行う。
二人とも、影の変質に脅威を感じていた。
俺のように動けなくなってなくとも、不味いという感覚があったのと、動けない俺を助けるために。
だから……それに気づいたのは、動けない臆病者の俺だけ。
切り落とされた影の親指。
それが、まるで針のように鋭く尖り、切っ先をぴよこに向けていた。
すーっと、心が冷めていく。
恐怖と怒りの沸点が、ぐるりと一周したような、そんな感覚。
あまりの衝撃に、自分のことさえ第三者視点の他人に感じていた。
だからだろう。
さっきまで重かった体が、急に軽くなった。
全速力で駆け出し、ぴよこを押しのけ隣に立つ。
「い、いーくん!?」
「避けろ!」
俺は叫びながら、ぴよこを狙う親指に斬撃を浴びせて――。
(っ! 不味った!)
俺が致命的な失敗に気づいたのは、後になってから。
緊急事だから癖のように体が動いてしまった。
親指を切り払ったのは、棒を持つ右手ではなく、左手の刀だった。
嫌な、剣戟の音だった。
心地よくもなく、軽やかでもない、不協和音のような剣戟。
斬撃は力負けして弾かれ、左手に痛みが走り、刀は――宙に舞った。
最初に感じた、影の攻撃を受け止めたら死ぬという感覚。
あれは正しかった。
たった親指一本にさえ、俺のアマツは通用していなかった。
「いーくん後ろ!」
ぴよこは叫ぶ。
影と親指が、完全に俺を狙い撃ちし挟撃状態となっていた。
ただ暴れるしかない影が、戦略的な行動を取る。
これも、妖異化のきざしなのだろう。
俺はしょうがなく、棒を刀のように両手で持って、影と親指を左右の視界に納めた。
(味方がいる状況で数的有利を取られるか……。なんと情けない)
苦笑しながら状況を整理する。
とは言え正直、どうしようもない。
諦めたいわけというわけではないのだが、俺のではこの状況にどうしようもない。
どうやら、俺が思っていた以上に俺は……というか俺が持つこの棒は、影にとって脅威だったらしい。
影の中で俺を潰す優先順位は、南雲よりも高い。
そんな動きをしていた。
(これは、死んだな)
実感と共に、徐々に諦観に近い諦めが膨らむ。
ただ、この状況は悪いことばかりじゃない。
俺はずっと、一つの『可能性』を恐れていた。
俺の強迫観念に、ぴよこを巻き込み死なせるという可能性を。
だが、この状況ではそれはない。
南雲に後を託せる状況は、決して最悪ではなかった。
南雲がここに居てくれている。
だから、俺の心は絶望に染まっていなかった。
(どうせなら、少し真似してみるか)
素直に諦めるのが癪だったから、俺は南雲を見習いこの死地を楽しんでみようなんて悪戯心を宿す。
けれど――無理だった。
やっぱり、死ぬのは怖い。
そこまで俺は正気を捨てられそうにない。
じゃあこの状況で俺が楽しめるものは……。
ふと、一つのことが頭に浮かんだ。
それは荒唐無稽で無意味で、そして本来戦いに使うべきでない行動。
まるで南雲みたいな突拍子もない行動。
つまり――婆娑羅だ。
俺の強くなりたいという気持ちが、支離滅裂な素人レベルの思いつきを生む。
そして俺の好奇心が、どうせ死ぬならやってみようと背を押していた。
「伊織ちゃん。どっち!?」
こちらに向かいながら南雲の言葉が聞こえる。
それは、どっちかなら何とかするという意味だろう。
だったら――。
「指を頼む。俺は本体を」
「正気!?」
「あいにく自信はない」
俺の言葉に南雲は少しだけ驚いた後、微笑を浮かべ頷いた。
「死んだら墓石、ラブホテルに連れてってランデブーだから」
南雲のそれは冗談とはとても聞こえなくて、本気で死にたくなくなる、最悪の言葉だった。
我ながら、馬鹿だと思う。
普通の思考をすれば、これが巧くいくなんて考えている時点で頭がおかしい。
なのに、今の俺はそれ以外にないと思っていた。
高速で迫り、襲い来る影。
その爪が振り上げられた瞬間――俺は、瞳を閉じた。
やりたいことで重要なのは、タイミングだけ。
だから、視覚は邪魔だった。
どうせ失敗しても、ただ死ぬだけなんだから。
瞳を閉じたまま、意識は外ではなく、中に向ける。
影の圧、爪への恐怖、それら外的要因はすべて忘れながら。
静かに、身体を動かす。
いつものように、いつもと同じように。
本気じゃなくても良い、百二十点を出さなくても良い。
何十、何百も繰り返して来た動作を、ただ今までのように――。
そして――俺の静かな一閃は、影の胴を捉えた。
軽い木の棒に、確かな手応えが残っていた。
影はまるでホームランボールのように激しく吹き飛び、家の残骸、その影に背を叩きつける。
それでもなお勢いは止まらず、影を完全に崩落させ、家の残骸であったものにトドメを刺した。
「……これ、本当にヤバいな」
俺は木の棒を見ながらそう呟く。
カムイ程ではないのだろうが、この軽さかつ刃がない状態で、俺が持つアマツを遥かに凌駕していた。
「伊織ちゃん。貴方……一体何したのよ……」
驚きながら、南雲が尋ねてくる。
まあ、当然だろう。
俺の攻撃は、まるで影のような凄まじいパワーを持っていたのだから。
それはこの棒の力が凄いとしても、それだけでは説明がつかない。
ただ、俺自身はその正体を理解しつつあった。
「『型』だ」
「はい?」
「『型』を奉納したんだよ。この場で、神様に」
俺はそう言って、笑った。
南雲がどうして凄まじい霊力を帯びているのか。
それは、南雲が芸に命を賭け生きているからだ。
南雲まで行けば、その生き様、その一挙手一投足が芸であるとさえ言っても良い。
だから、神が南雲に霊力を多く与える。
霊力とは、奉納の結果と言い換えても良い。
であるなら、評価の高い『型』を“ここ"で行えばどうなるか。
南雲の高い霊力を見て思いついた、素人の浅知恵がそれだった。
危ないかどうかで言えば、当然死ぬ程危ない。
型というのは動作から動く速度まで、完全に固定されている。
その一連の動きを寸分も狂わせないまま、思い通りにいかない相手の目の前で行う。
そんなの戦闘ではなくただの曲激だ。
そして、そんな曲芸を成功させる程度には、俺は運が良かったらしい。
俺の言葉に一瞬不満そうにした南雲だが、少し考えたそぶりの後、俺を褒めるよう笑った。
「なかなかにかぶいてるわね伊織ちゃん。それでこそよ。やっぱり奉納科に来ない?」
「行かない。今回のでちょっとそれもありかなと思ったけど、やっぱり違う」
「あら。何が違うの?」
「俺は神様のためにも、芸の為にも生きられない。奉納科として生きるには、志が足りなさすぎる」
「…………そう言われると、何も言えないわね」
「悪いな、なっちゃん」
「あら。ついにそう呼んでくれるのね」
「命の恩人だからな」
「まあ嬉しい。挙式は何時にする?」
「分裂でもして一人でしてろ」
俺の言葉の直後、ガラガラと瓦礫の音がして影が立ち上がる。
自然と、俺は武器を構えていた。
南雲の、その隣で。
「ほい、いーくん」
そう言って俺の落とした刀をぴよこは俺に差し出した。
「すまん、ありがとう」
刀を受け取った瞬間、全身に力が漲る。
相手も周りも格上過ぎてあまり自覚はなかったが、アマツの霊力による身体強化はなかなか馬鹿に出来るものではなかった。
そして当たり前のように、ぴよこも俺の隣に立つ。
俺が真ん中で、まるで俺が中心のようになっていた。
「ところで伊織ちゃん。ものは相談なんだけど……」
「なんだい、なっちゃん」
「伊織ちゃんの型ってさ、二刀流はあるかしら?」
俺は右手の棒と左手のアマツを見る。
そして、頷いた。
「おう。あるぞ」
「あらそう。ちなみにだけど、私貴方の型……というか流派の剣、結構好きよ。派手で」
「なっちゃんにとっちゃそうだろうな。なにせ見世物剣術だから」
「へぇ……。その辺りも時間がある時聞かせて欲しいわね。じゃ、そういうわけで私と小鳥ちゃんが誘導して、伊織ちゃんが派手に決める。作戦はそれで良い?」
「おう。任せろ」
俺は無意識にそう返していた。
いや、そうじゃない。
二人に頼られることが嬉しくて、断るなんて選択肢がはなから存在していなかった。
「じゃあ小鳥ちゃん。我らのダーリンが活躍できるよう頑張ってお膳立てするわよ」
「はーい。じゃダーリン。待っててね」
「――ダーリンは止めろ馬鹿二人」
俺のツッコミに何故か二人は無性に嬉しそうで、なんかちょっとムカついた。
ありがとうございました。




