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天憧ヤオヨロズ-神宿りの刃と鳥の歌-  作者: あらまき


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アヤカシ


 空気が、ひりついていた。


 肌にビリビリと振動を感じる。

 いや、そうじゃない。

 それは、俺の身体が震えているだけだった。


 恐ろしい。

 いつもの、影を相手にする恐怖ではない。

 これは、もっと違う何かだ。


 それでも……と、俺は走る。

 恐怖から目を反らしながら走り続け、そこで立ち止まった。

 俺達の行く手を阻むよう立ちはだかる、大人達を前にして。


 彼らは目に見えて態度が悪い。

 ほとんどチンピラだ。


 けれど、それを気にすることはない。

 彼らは、命の危機に瀕しながらも犠牲者を減らさんとする、大人なんだから。


「早く逃げろガキ共! 遊びじゃないがわからんのか!?」

 そう言って追い払うような手つきをする男と、黙ったまま睨みつける男。


 彼等の役割は一般市民が迷い込まないようにするためと、デッドラインをその身をもって知らしめるため。

 そういう、カナリア的な役割を兼ねた警備員だった。


 俺は袋の紐を開き、アマツを取り出し彼らに見せる。

 彼等は呆れと驚きが混じったような表情を俺に向けた。


「『もどき』でとか、お前ら正気か? いや、通行許可出せと言われたら出さざるを得ないけどさ……」

 困った顔で、相方であろうもう一人に顔を向けた。

「……どうせお前ら一年坊主の"持ちたて"だろ? 悪いことは言わんからやめとけ。これまでのお遊びとは違うぞ?」

 男は袖をまくり上げ、自分の左腕を見せる。

 そこには、傷と呼ぶにはあまりにも巨大な跡が残っていた。

 縦に走るその傷跡と、歪んで癒着した痕跡。

 裂けたのだろうと、素人の俺が想像出来るくらいに酷い傷跡だった。


「な? 調子に乗ってすべてを失った俺みたいになりたいのか?」

 泣きそうな顔で笑いながら、男は自嘲する。


 俺はそっと首を横に振る。

「なれませんよ。貴方たちみたいに立派には。それでも、貴方たちを目指したいから、俺は退けないんです」

 彼らは何らかの事情で刀を持てなかったか、持てなくなった。

 戦う資格を失った。


 それでも、多くの人を助けるため鉄火場から離れなかった。

 自分に力がないのに、力なき民のための礎となる道を選択した。


 そんな彼らの志は、俺にはあまりにも眩しかった。


「――馬鹿が」

 苦々し気に吐き捨て、男は俺の前に『スキャナー』を乱雑に向けた。

 正方形の、何も表示されていないタブレット状の機器。


 それにアマツの鍔を近づけると、軽快な機械音が鳴る。

 そして、俺は死地に赴く権利を得られた。


 俺に続きぴよこもアマツを向けると、門番は左右に避け、俺達に道を譲る。


「良いか。無理するな。時間稼ぎに徹しろ。それで十分役に立つ。いや、援軍まで耐えたらお前らの完全勝利だ! わかったな」

 俺は彼等に深く頭を下げ、ぴよこと共に奥に走った。




 現場に到着した時、最初に思ったのは、安堵だった。

(たった一体だけか)

 けれど、すぐにその思考がおかしいことに気付き、襲い来る恐怖が俺に緊張感を取り戻させる。


 影が百体現れても起きない『避難警報』が、たった一体で発生した。

 油断して良い状況なわけがなかった。


「だが、外見そのものは……」

「うん、普通の影だね」

 警戒を解かず、ぴよこは答える。


 そう……見た目は全く変わらない。

 ただの影なのに、いつも以上に怖いのは、周りに誰もいないからだろうか。


「……うっ!」

 周囲警戒していたぴよこが、唐突に苦しそうな顔を見せ口元を抑えた。

「どうした!?」

「ごめ、なんでも……なんでもないから……」

 そうぴよこが言うが、遅かった。


 俺は、ぴよこ視線を向けた先を……俺を気遣い隠そうとしていたその痕跡を――見てしまった。


 影の奥の裏に見えるのは、おびただしい量の飛び散った血。

 そして、残骸のように転がる、『腕』。


 先程の男性の腕の傷が、唐突にフラッシュバックする。

 ここで、その悲劇は起きた。

 あの男性と同じ……いや、それ以上の被害を被った戦士が一人は存在することになる。


 俺は、腕の幻痛と嘔吐感を覚えた。


 雄たけびも何もなく、無音のまま影が動きだす。

 影は、まるで何も考えていないように、その場で腕を壁に叩きつけた。


 たったそれだけ。

 なのに、まるでダイナマイトが爆発したような轟音と衝撃が、俺達を襲った。

 砂埃を舞いあげる突風から顔を隠しながらぴよこの前に立つ。


 影は、ただ右手を振り下ろしただけだった。

 それだけで、民家が一つ半壊していた。

「いーくん。右手を見て」

 言われ、俺も気づいた。

「右手が、実体化してる……」


 正しくは、指。

 右手の、親指を除いた四本の指。

 それが黒い影ではなく、実体となっていた。


 メキリ、メキリ。

 骨が砕け、肉がへしゃげ、生まれ変わるような、おぞましい異音と共に、影の指は変質を起こす

 より歪に、より鋭く。

 気づけば指の長さは倍以上に伸び、それに伴う四つの爪はカマキリのカマのようになっていた。


 急に、空気が冷え込む。

 そう、錯覚する。


 目があるわけではない。

 だが、確かに影と、目があった。




 影は、終わりではない。

 それは、ただの始まりだ。


 時間を与えると、影は実体化する。

 そしてその時の影響は、影の時の非ではない。

 

 だから、扶桑は民間人皆に武器を配らないとならなかった。

 かなり無茶な霊力リソースを振舞ってでも、より多くに戦力を与えなければならなかった。

 影に時間を与えないために、国民全員を戦力としなければ国が維持出来ない。

 それが、この扶桑という国の現状だった。


【妖異】


 この世界と異なる影の世界よりあらわれる(あやかし)

 影でなくなったあいつらは、そう呼ばれていた。


「これが妖異?」

 ぴよこの言葉に、俺は首を横に振る。

「いや、まだ一割にも満たない。成り始めだ」


 そう、成りたて。こいつはまだ大半が影のまま。

 逆に言えば、一割未満変わっただけでこうも存在感が増大するということでもあった。


「いーくん!」

 ぴよこが叫ぶ。

 油断したわけではない。

 なのに、気づけば影は目の前まで迫っていた。


 俺は右方面にぴよこを突き飛ばし、爪を刃で――。


(いや、これは無理だ)

 受け止めた瞬間死ぬ。

 そう、確信出来た。


 死が目前に迫り、その恐怖が頭を凍えさせる。

 強制的に冷静さを押し付けられ、ぶわっと一気に汗が溢れた。


 同時に、命の危機による生存本能なのか。

 時間が酷くゆっくりに感じ、襲い来る四つの刃が、スローモーションのようになっていた。


 俺は受け止めるのではなく念のため程度に刀を前に出しつつ、ぴよこと反対の左側に飛ぶ。

 直後、風圧が身体を横切った。


 背後で爆音と共に暴風が巻き起こり、瓦礫の破片が俺を襲う。

 体と頭を腕で覆いながら、隙間から影に目を向けた。


 影が背を向けていないことを願いながら。

 そして幸いなことに、影は俺の方を意識していた。


 俺は静かに息を整え、刀を構える。


 あれだけ持つのが嬉しくて、あれだけ頼もしかったのに……。

 憧れであるはずのアラハバキの剣【アマツ】が、あまりにも頼りなかった。


 俺の構えに呼応するよう、影はゆっくりとこちらに近づいてくる。

 けれど、何か違和感があった。

 何かわからないが、何かが、違う。


 一体何が……。

 だがすぐその違和感の正体に辿り着く。


 それは、恐怖だ。


 通常、影は意思や意識に準じるものを持たない。

 けれど、さっきまでこいつから、この影から、明確な殺気を感じていた。

 殺気と呼ぶ程明確な感情ではなく、もっと原始的で純粋な、害意と呼ばれるものだが。


 影の害意に体が竦み、怯え、心が折れそうになっていた。

 そうならないよう必死に立ち向かっていた。


 なのに、今俺の心は平然としていた。


 圧もなければ恐怖もない。

 普通の影程度の恐ろしさしか、俺は感じていなかった。


 それはこいつの意識がこちらに向いていないことを意味して――。


「ぴよこ! 止まれ!」

 影に背面から斬りかかろうとするぴよこに叫ぶ。

 けれど、その忠告はあまりにも遅すぎた。


 奇しくも、俺とぴよこは同じことを願ってしまっていた。

 俺がこちらに向くのを祈るよう、ぴよこも自分に意識が向けと。

 そしてそれが叶わない場合、相手を助けるため背後に強襲を――。


 影は背面からの奇襲に対し振り向くことさえなかった。

 優しく撫でるように裏拳を右手で放つ。

 軽い、本当に軽い力にしか見えなかった。


 なのに――。


 鈍い剣戟の音と共に、ぴよこは吹き飛んだ。


「ぴよこ!」

 駆けつけようとするが、俺の足は止まる。

 影の害意がこちらに向き、再び、俺の足が竦んだ。


「くっ……」

 剣を構えながらも意識をぴよこの方に

 ぴよこが無事なのか、心配でしょうがなかった。


 俺はジリ、ジリと、すり足で側面移動を繰り返す。

 距離を取られないため、軸を合わせないため。

 何より、ぴよこの方に向かうために。


 影を中心とし、距離を一定としたままの反時計回りでの移動。


 だが影は、そんな悠長なことを許さない。

 鋭い爪を剥き出し、大きく振りかぶり、襲い掛かる。


 野球のサイドスローのような構えから放たれる、四つの刃。

 俺はそれを、右斜め後ろに跳び退き回避した。


「ごめん! 私は大丈夫!」

 その声は、少し離れた場所から聞こえた。

 大丈夫なわけがない声が。


「状況を言え! 信用出来ん!」

「……あぅ……。攻撃自体はいーくんの忠告でガード出来た。ただ腕が痺れまくってるのと、強引に羽で受け流したから羽が痛くて飛べないの!」

「命に別状は……」

「にゃい! だから私のことはほっておいて!」

「あいよ! ほっておく!」

 そう答え、俺はぴよこに影が向かわないよう声を背にし刀を構えた。


「嘘吐きいーくん! 私が復帰するまで粘ってよ!」

「はいはい。俺が倒すまでに早く来いよ」


 そんな軽口を言っているが、そう出来るビジョンが沸かない。


 こいつはまだまだただの影。

 世界に浸食しているのは、たったほんの数センチ。

 だというのに、これほどまでに違う。


 上位の影を相手にしたこともあった。

 確かに、俺よりははるかに格上だったが、こんなどうしようもない絶望的な相手ではなかった。


 創造していたより、ずっと恐ろしかった。


 もしこれで完全実体化し、妖異になれば――。

 考えるだけで、俺の身体は小さく震えあがった。


ありがとうございました。

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