それでもと
帰り道で、俺はぴよこから対策会議で話した内容を、もう少し詳しく教えて貰った。
結論を言えば、九条が俺に伝えたものと概ね同じ方針だった。
剣術関連はなるべく大人しくする。
その間に実力を身に付け、出来るだけ現実と評価の差異を減らす。
目標は、アラハバキ生徒の平均。
けれど、俺には無理だろう。
アラハバキの平均は、世間一般の天才に該当する。
だから狙うは、ちょっと劣る程度。
活躍出来ずともついていけるくらいの実力。
そこまで行けば、退学の可能性はなくなるだろう。
反面、戦闘以外の方面はでしゃばるくらいやるべきだとクラスメイト達は考えた。
こちらで目立てば目立つ程、戦闘方面が影に隠れるのもそうだが、純粋に退学対策となる。
良くも悪くも、アラハバキというのは生徒を特別扱いすることを好む。
そうして九条先生やクラスメイト達が俺を庇っている間に俺は実力を高め、後は時間が問題をどうにかしてくれる。
まあ、一月ほど安静にしろと医者に言われていたから、ある意味丁度良いだろう。
だからそう、問題ない。
問題ないのだが――迷惑をかけすぎて、心が、痛かった。
「でね、その時なっちゃんはね……」
楽しそうに、ぴよこは何かを話している。
なのに、頭に入ってこない。
相槌くらいは打たないといけないと思うのに、考えがまとまらず、ただ笑みを浮かべることしか出来なかった。
そして……。
「ねえいーくん」
「……あ、うん。すまん。何だ?」
「えっとね。……いーくん。無理は――」
ぴよこがその先何を言ったのか、俺の耳では聞き取れなかった。
言葉は、サイレンによってかき消されていた。
そのサイレンは、影が現れた時の緊急警報だった。
「二日続けてってのは、珍しいね」
ぴよこがそう呟く。
だが……。
「おい。サイレンが長いぞ……それに……」
長いだけでなく、音が大きい。
自分達の声が聞こえづらい程、大きな音が響いていた。
不味い。
これは俺達の日常じゃない。
そんな危機感を抱いた瞬間――サイレンの音が、変わった。
より甲高く、より酷く、まるでスラッシュメタルのように心をかき乱す。
あらゆる音を消し去らんとする不協和音。
近場の建物すべてから溢れるように人が現れ、人の流れが出来る。
聞こえはしないが、叫び声や悲鳴なども混じっているかのようだ。
これは、本当の意味での『避難警報』だった。
『私達の敵は影ではありません。影は、ただの始まりに過ぎないからです』
ふと、今日聞いた授業の言葉が脳裏によぎった。
気付けば周りから一気に人の気配が消えた。
皆、荷物を持たず我先にとこの場を離れていた。
帯刀令の中でも、武器さえも持たずに。
普段は頼りになっても、この状況では資格なしの武器など玩具に過ぎない。
そう、皆が理解していた。
俺は人の流れの逆を見て、駆けだそうとする。
だが、すぐ思い直し――足を、止めた。
ぴよこを護らないと。
俺が本当に護るべきなのが誰か、考えろ。
俺が最も恩があり、俺が俺であり続けられた理由――。
いや、そうじゃない。
俺が、ぴよこを護りたいんだ。
危険になど、晒すわけにはいかなかった。
続いて思ったのが、クラスメイト達の尽力。
こんな状況で俺がしゃしゃり出ると、彼等の頑張りが意味をなくす。
あとついでに、俺は一応一月の安静が言い渡されている。
重症ではないものの、刀など振るうなら影響があるだろう。
こんな風に……戦うべきでない理由なら、幾らでも出て来た。
「ぴよこ。俺達も避難を――」
そう言って走り出そうとしたら、ぴよこに手を握られる。
結構強い力で引っ張ってしまった。
それなのに、ぴよこはそこから一ミリも動かなかった。
「いーくん。反対だよ」
「お前、何ふざけたこと言ってるんだよ!」
「ふざけてなんてないよ。……まあ、私は正直逃げたいけど。ほら、怖くて鳥肌」
「だったら……」
「でも、いーくんは逃げないでしょ? 今までも、これからも」
「……え?」
俺は思わず、ぴよこの顔を見つめた。
ぴよこも、じっと俺の方を見ていた。
疑いなどなく、心から俺を信じるような瞳を向けながら。
「確かにさ、ここで戦うのって正しくないよね。クラスメイトの尽力を無駄にするかもね。でもね、いーくん。一つ教えて」
俺は無言で、ただぴよこを見つめた。
「いーくんは、正しく生きることが目的なの?」
その言葉で、俺はどうしてこんなに苦しかったのか、理解した。
理解してしまった。
俺は、最初から間違っている。
誰かを助けるためだけに生きるなんて、人として正しいわけがない。
俺に、正しく生きるなんてことは出来ない。
自分を大切に出来ない俺は、人として壊れている。
なんて酷い話だろう。
なんと不運なことだろう。
けれどそれは――嘆くようなことではない。
なにせ、こんな間違った俺を肯定してくれる人生最高の幸運が隣に居てくれるのだ。
不運なんて、とっくに逆転している。
正しくない。
クラスメイトに迷惑をかける。
学園を退学になるかもしれない。
駄目な理由は幾らでもある。
それでも――俺は戦うと決意を決めてしまっていた。
俺はぴよこの手を掴んだまま、反対方向に駆け出した。
「ぴよこ、終わったら相談を聞いて欲しい。これからどうするか、お前と二人で話したい」
「良いよ。幾らでも聞いちゃう。……あ、これ死亡フラグみたいだね」
「……確かに。さっき言ったことは撤回する。忘れてくれ」
そう俺が言うと、ぴよこはくすりと笑った。
「……ああ、俺、本当に馬鹿だったな……」
「ん? 何か言った?」
「いや、何でもねーよ」
そう言って、俺は誤魔化す。
俺が偽りの笑みを浮かべていたように、ぴよこもずっと偽物の笑顔で俺を励ましてくれていた。
それを、今本当に笑って貰えるまで気づけなかった自分が、情けなくも恥ずかしかった。
ありがとうございました。




