誰が悪いというわけでもなく
緊張と不安で何も考えらず、気づけば放課後。
いつの間にか俺は、九条先生だけが居る個室の中に入っていた。
「挨拶とか礼とか、そういうのは不要だ。時間が惜しい、すぐ座れ」
俺は対面の用意された席に座った。
「まず、何から話すべきか……。いや、先に尋問からか」
「尋問って……」
「聞き取りでも何でも構わん。それで水無川、お前が早朝朝霧と話したのは事実か?」
それは予想外の言葉で、俺は少しだけ面食らってしまった。
「へ? 何でそんなことを……」
「良いから答えろ」
「あ、はい。実は俺、記憶喪失で――」
「その辺りは知っている。事前プロフィールに書いたことは、共有知識として会話しろ」
教師が個人情報を読み込んでいることに安心して良いのか、記憶喪失であることを吐き捨てられたことを怒れば良いのか。
俺は静かに、頷いた。
「事実です。昔の知り合いらしく、これからも親しくなろうという話をしました」
「そうか。……お前、朝霧に嫌われていたとかないか?」
「え? どうしてです? ぴよ……アセリア曰く、それなりには仲良かったらしいですよ? 同門として、姉として」
九条は顔に手を当て、盛大に溜息を吐いた。
「故意ではないのか……。あの馬鹿も所詮学生だったということか。愚かな……」
「一体、何の話なんですかこれ?」
「まあ良い。とりあえず、聞きたいことも終わった。話を戻すぞ」
振ったのはあんただろうに。
その言葉を飲み込んだ俺自身を、俺は少しだけ褒めてやりたかった。
「まず、水無川。お前の入学試験において、お前の実技点は百点中三十八点だった」
「それは……えっと……」
「端的に言えば、ゴミだ。実戦科では文句なしの最低点だな」
「そう……ですか……」
わかっていたつもりではある。
けれど、実際に聞かされたらショックだった。
「別に貴様が無能というわけではない。三十八点でもあるなら、そこら辺の道場なら即就職できる程度の能力はあるだろう。だが――」
ジロリと、一瞥するように九条は俺を見下す。
「アラハバキに相応しくはない」
はっきりと、切り捨てるように、九条は俺にそう言った。
「事実、貴様より成績の優秀な奴が何人も入学が叶わなかった。水無川、何故貴様が合格したか、わかるか?」
「……それは、俺の奉納結果が――」
「違う。そこは配慮していない。もっと根本的な問題だ」
「だったら、俺が合格した理由は……」
「貴様が亜人の、アセリアの保護観察役であるからだ。はっきり言おうか? お前は亜人のおこぼれで合格したと」
残念なことに、俺は、その言葉にショックを受けなかった。
何となく、わかっていたことでしかないからだ。
あのクラスに足を踏み入れたその時から、違和感があったのだ。
ぴよこが当たり前のように同じクラスで、しかも隣ということ。
そしてそれ以上に、自分は、ここに相応しくないという違和感が。
今ならその理由も何となくわかる。
他の奴らは、優秀過ぎるから欠点が見逃された。
だが、俺だけそうじゃない。
俺は、亜人というぴよこの特徴を長所として、低能が許されていた。
「とは言え――実のことを言えば、これは大した問題じゃない」
「え? そうなんですか?」
「本当に貴様が使えんのなら、俺が合格などさせん。俺は九条だぞ?」
言葉は正しくないのに、意味は理解出来る。
そのくらい、九条の名には説得力があった。
「要するにだ――貴様は、一種のモデルケースとして合格が許可された」
「モデルケース……ですか?」
「ああ。劣等生に対しての教育ノウハウの蓄積目的。体のいい実験体だな」
「えぇ……。まあ、ありがたくはあるんですが……」
どうしても合格したかったから、それは別に構わない。
ただ、どうしようもないもやっとした気持ちが残るのもまた事実だった。
「そう。問題はなかったんだ。……貴様がやらかさなければな」
「えっ?」
「入学式での決闘。しかも国賓相手。それで一定の戦果を残した。これは色々と不味かった」
「ああ……もしかして、こう……国際問題とか……」
「いや、そうではない。あっちは学園首位争いに混じるくらいの優等生だ。そいつ相手に一定の戦果を残す。周りの目から、貴様がどう映ったと思う?」
「実力者に……見えました?」
「実際、一部の上級生の間で貴様の噂が出ている」
「あの……すいません。これは一体何の話なんですか? 何が言いたいのか、どんどんわからなくなってきたのですが……」
俺の言葉など九条は聞きもせず、話を強引に続けた。
「良いから聞け。剣術ってのはな、見る奴が見ればある程度方向性がわかる。だから、貴様の剣が朝霧と同じ流派であるということはわかる奴にはわかる程度の話だ」
「まあ、そうですけど、何か問題が?」
「あるに決まっているだろう。朝霧と昨日に続き今日も交流を深めた。これが騒動の最悪なる致命となった。貴様の退学危機は、朝霧の不手際と言っても良い」
「だから、どうしてそうなるかわからないんですけど!?」
ダンッ! と、机を叩き、俺は立ち上がる。
九条は俺の方をじっと見つめ、そして呟いた。
「――話がかみ合わないと思ったが……貴様、朝霧のことを知らないのか?」
「昔の知り合いってことは、何となく思い出しましたよ? 本当に薄っすらとですが……」
今まで何があっても表情を変えず、常に渋い顔をしている九条が初めて、目を丸くし驚いていた。
「はぁ。良いか、よく聞け」
「はぁ」
「あいつは去年――御前大会で神楽を舞った」
「…………へ?」
その一言に、俺の中で時が止まった。
言葉そのものに、難しいものは何もない。
けれど、あまりに重く内容が消化しきれてなかった。
まるで古いコンピューターのローディングのように、言葉の内容、そしてその本質を理解するのに、俺は多大の時間を要していた。
【御前大会】
それは、扶桑における最も尊き方【皇之命】の前で剣の腕を披露する場の総称を示す。
U-20で言えば、三種の大会がそれに該当する。
そして奉納舞を皇之命の前で行っても無礼とならないのは、それに相応しいと判断されたもののみ。
つまり、優勝者だ。
もっとシンプルに、こう言えるだろう。
扶桑最強であると示した者のみが、神々の前で直接舞う資格を持つ。
つまり、朝霧綾華という名の姉弟子は、この国において頂点を競う一人であると。
「嘘……だろ……」
頬に、嫌な汗がつたう。
緊張で口の中が乾き、足が竦みそうになる。
確かに、初見で見た時は一角の武人であるとは思った。
けれど、流石にそれは想定していない。
「むしろ何故知らんのだ。去年のことだぞ? 情報などいくらでも転がっておるだろうに」
「去年は……こう……アラハバキのために修行三昧で……」
「それでも大会の試合くらい見るだろうに……」
そう言って九条はあきれ果てたと言わんばかりの溜息をつく。
俺はそれに対し、何の申し開きもすることができなかった。
つまるところ、こういう流れとなる。
俺はマジモンの劣等生だが、テストケースとして特例で合格を許された。
じっくり育てれば良いだろうという盆栽的なポジションだったらしい。
凡才だけに。
けれど、初日にいきなり優等生の王女様と決闘し、そこで観客が『強い』と誤認するような結果を披露。
しかも使った技は、大会覇者と同じ流派のもの。
これは……と、探りを入れていたら、大会覇者、アラハバキ序列一位の朝霧綾華と親し気に会話をしていたそうじゃないか。
なるほど、彼は朝霧の関係者か。
ならば強くて当然だろう。
きっと朝霧に続く実力なのだろう。
こうして、世間の評価と、実力が完全に反転した状態となってしまった。
つまり逆『俺、何かしちゃいました?』状態である。
これが、非常に不味かった。
なにせ、俺の評価は完全にメッキである。
冷静に見てみると、誰かが必ず気付くだろう。
『こいつ、弱くね?』と――。
そして、一旦そんな流れになれば、もうどうしようもなくなる。
なにせ、弱いのは明確たる事実なのだから。
アラハバキがアラハバキたる理由は、実力があるからこそ。
その実力がないのなら、そこにいる資格はない。
他の人を蹴落とし合格した男が弱者であることを、アラハバキは許してはならない。
そんな流れとなるレールの上に、俺は立ってしまった。
それが、今俺を取り巻く事情だった。
ありがとうございました。




