反則(後編)
「まず、伊織ちゃんに小鳥ちゃん。二人は小説って書くかしら?」
俺達は揃って首を横に振った。
「まあ、そうよね。じゃあ、絵でも……いえ。歌の方が良いわね。小鳥ちゃん歌うの好きそうだし」
「なんでわかるの?」
「綺麗な声だもの」
「あら嬉しい。いーくん、ちゃんと見習って。これが乙女心のわかってる人だよ」
ニヤニヤした顔で、ぴよこは俺を肘でつついてきた。
「ああ。そうだなぴよ助。お前の声はガラスをひっかくみたいな素晴らしい声だよ」
「デスメタルにハマってやろうかしら」
「好きならそうしろ。故意にはするな。……すまん脱線した。続けてくれ」
微笑を浮かべた後、南雲は頷いた。
「自分が歌っているのを、想像して頂戴。歌詞を完全に記憶して、まったく同じ環境で同じ歌。それで、昨日と今日で同じ歌い方が出来る?」
俺とぴよこは、互いの顔を見た。
「……いや、そりゃ無理だろ。コンディションに差がある。少なくとも素人には無理にしか思えない」
「プロだって無理だよ」
ぴよこの言葉に南雲は頷く。
「ええ。たとえコンディションが同じでも、前日の歌い方を完璧に記憶しても、絶対に無理。同じ歌は、二度と歌えない。歌だけじゃなくあらゆる芸がそう。私はね……芸ってのは、生き物だと思ってるの」
南雲は舞台の上をじっと見つめた。
次の生徒のために裏方が準備をしている、空きの舞台。
そこだけが、自分の還るべき場所であるというように。
「芸は神に見せるためだけに舞台の上で生み出され、そして舞台の上で燃え尽きる。儚き情熱の陽炎。同じ芸は、二度と生まれない。そしてだからこそ、芸に手を抜くことは許されないのよ」
「一期一会の精神か」
「若干違うけど、まあそんな感じ。これは私のポリシーの話だけど、伝わってるかしら?」
「ああ。そこまで真剣になれないことに罪悪感を覚える程度には、南雲の言葉は正しいと思うぞ」
「ありがとう。その上で――伊織ちゃん。貴方は型の中にある共通項目を『全く同じ動作』で繰り返してたわ」
「……へ? どういうことだ?」
「すり足の移動、回避動作の距離、木刀の振る速度。そのどれもが、貴方は貴方が思うように繰り出している。極めて理想の動きを再現出来ているの」
「それって……筋繊維の一ミリまでコントロールしてるとか、そういう話?」
「いいえ、それ以上よ。伊織ちゃん。貴方、型から型に挟む時、移動しないでしょ?」
「そりゃしないけど、普通じゃない?」
「普通じゃないわよ。微調整を一切せずなんてのは。剣術の方が平凡でなければ、私は貴方を機械だと勘違いしてたわ」
「そう言われてもなぁ……」
「……誰しも望む才能が得られるとは限らないわね。本当。実戦科でマイナスな才能をピンポイントで持つなんて……」
「マイナスなのか? むしろ凄い才能な感じがするけどな。こう……見稽古で人の技コピーするとか、そういう感じで」
「出来たことある?」
「ないです……。むしろ物覚え悪い方でした……」
「でしょうね。あくまで再現出来ているというだけだもの。どうして実戦においてマイナスになる得るのかと言えば、理由は二つ」
「二つもあるのか……」
「一つは、その才能を駆使し、何度も鏡を使いながら研究すれば、いずれ必ず【理想の斬撃】に辿り着くこと」
「良いことじゃない?」
「まあ、多くの人が到達出来ない点であるのは事実よ。けれど、理想ってことはつまり『成長を止めた』ってことになるのよ? そんなの、ただの堕落よ」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
心は否定したい。
けれど、今の俺に否定するだけの知識も技術もないのは事実だった。
「二つ目だけど、理想の斬撃ってのはね、得てして弱いものなのよ」
「禅問答か?」
「いえ、単純な話。伊織ちゃん。何をしてくるかわかる相手とわからない相手。どっちが怖い?」
「そりゃ、わからない相手だろ。ああ――そういうことか。先程言ってた『命を奪う可能性』って、俺自身の命のことだったのか」
「そう。理想の動きってのは、相手にとっても予測しやすい動きになる。どれほど強くても、予測されたことしか出来ない剣士に価値はないわ」
「なるほどね。わかった。変な癖が出る前に止めておくよ」
「使えない才能ってわけじゃないわ。一部の動きを固定したり、覚えにくい技を覚えるために利用したりする程度なら。けれど、変な癖が付くほど深入りはしない方が無難よ。奉納科に来ないならね」
「奉納科なら生かせるのか……」
「伊織ちゃんが芸に命を捧げる覚悟があればね」
「はは。それはそれで魅力的だな。だけど悪いな。何度誘われてもそのつもりにはならないよ」
「でしょうね。私も普段なら誘わないわよ。私は才能なんかより、意思の方が重要だと思ってるもの。けれど、そんな私が惜しいと思うくらいに凄い才能なのも事実よ」
「まあ、そうだな。口数が相当多いもんな」
「あら恥ずかしい。ま、この程度にしておきましょう。あまり余計な茶々を入れて伊織ちゃんに嫌われたら悲しいし」
「いや、助かる。少なくとも、今日は見直した」
「あら嬉しい。だったら時折お節介を焼こうかしらね」
「はいはーい! なっちゃん先生! 私は!? 私にアドバイスは!?」
「ふむ……そうねぇ。パントマイムのコツなら教えられるかもしれないわ」
「どうやるの。おせーておせーて」
「ええ、任せなさい。それは……」
二人がわいわいとしていると、二人の上にばさっと雑誌が降って来る。
上を見上げ、俺は、二人が雑誌で叩かれたのだと理解した。
そこには、無表情の九条が立っていた。
「せめて舞台を見ているフリをしろ。一応、見学も授業のうちだ」
口にしてはいるが、本気でそう思っているとは思えない。
もしもそうなら二人が舞台を視えない正面からは叩かないだろう。
「見てるわよ? 会話程度で私が芸を見逃すわけじゃない」
「見てろじゃない。見ているフリをしていろと言ってるんだ、南雲弦太郎清宗」
「あらやだ。本名は止めて、なっちゃんと呼んでよ」
「本名じゃなくて芸名だろうが。本名でも呼んでやろうか? 南雲――」
「わかった、私の負けよ。私の身体を好きにしなさい。でも、心までは……」
すぱんと、もう一度南雲の上に書類が叩き落とされた。
「あ、そうそう。水無川。少し良いか?」
九条先生に呼ばれ、俺は頷いた。
「はい。なんでしょうか?」
「放課後来てくれ。少し話がある」
「ここで言えない話ですか?」
「いや、そうでもない。簡単に言えば……」
「言えば?」
「このままだとお前、退学になるぞという程度の話だ」
傍に居たクラスメイトが、ぎょっとした顔で俺の顔を見た。
「……それ、普通は言えない話の方に入りません?」
「別に事実を言われても困らないだろ。まあ、詳しくは放課後だ」
そう言って、九条はその場を後にする。
どうやら、それだけを言うためにここに来たらしい。
ぽかーんとする南雲、腫れ物みたいな目を向けるクラスメイト。
あとついでに、おろおろとテンパり右往左往しだしたぴよこ。
俺は色々と複雑な気持ちを出来るだけまとめるために、大きく溜息を吐いた。
ありがとうございました。




