反則(前編)
舞台に木刀を持った一年生が立ったのを見て、観客たちはその学生の名を確認する。
『水無川伊織』
看板に書かれた名前は、彼等にとって特に聞いたことのないものだった。
その学生が始めたのは、剣術の一連における動作を披露するもの、いわゆる『型』であった。
腕前は、決して悪いものではない。
披露している剣術が何か知らないが、丁寧でなめらかな動作が見て取れる。
舞台という緊張の場でいつもの動きが出来ているというだけで、大したものだと言えるだろう。
実際、学生ではなく外部観客の評価はそう悪いものではなかった。
けれど、それだけ。
感心するが、納得はしない。
はっきり言って、相手が悪い。
アラハバキという『カムイ使い』を目指す彼らにとって、剣術は切っても切れぬもの。
己を貫く鉾であり、己を護る最後の盾。
一年程度の型に賞賛を覚える生徒など、いようはずもなかった。
確かに、通常の剣術の型よりは派手な動きが多く、舞台映えはする。
そのジャンプ回転斬りとか低空しゃがみ背面斬り上げとか、一体どこで使うんだ。
だが、曲芸ほど器用でもなければアクション活劇ほど派手でもない。
多少派手でもあくまで型。
格下剣士の型など、上級生にとってすれば、ギリギリで退屈を覚えなかったとか、その程度であった。
合計八つの型を披露し、終わった時……。
観客席前列の生徒は、違和感を覚えた。
披露した生徒は、ほのかに微笑を浮かべていた。
せっかく盛り上がって来たのに水が差され、白けきった空気の中、まるで自分こそが勝者であるかのように――。
そしてその生徒は、この結果を予想していたのだろう。
それは、間違いなく異変だった。
「はぁ!?」
「なんだこれ!」
「おい! どうなっている!?」
観客席から悲鳴に近い困惑の声が広がっていく。
声量があまりに大きく、多く、もはや怒鳴り声に等しい。
その罵声ともとれるような上級生の叫びを聞きながら、水無川伊織は堂々と舞台から降りていく。
神々の評価を表す光は……舞台両脇とも、滅多なことではないとされる、燃えるような『赤』だった。
「本当、不思議なんだよねぇ。いーくんのこれ」
騒がしい観客席の後ろの方で、アセリアは南雲にそう言った。
伊織と長い付き合いのあるアセリアでも、この反則のトリックはわからない。
というか伊織本人もわかっていない。
けれど、中学の頃から毎度のことだった。
伊織が剣の型を披露すると、すごく微妙な空気となった後に最高評価が下され、観客席が阿鼻叫喚となる。
観客の評価が低い時、神々の評価が高いなんてことはない。
それが常識。
そして、伊織はその数少ない『例外』だった。
一応幾つか理由を二人で考えたが、これだという結論は出なかった。
あらゆる教師や剣術師範に理由を聞いたが、わかる人はいなかった。
だから、伊織は自らの反則に伸びしろはないと判断せざるを得なかったのだ。
わからないものは、育てることが出来ない。
アセリアは南雲からの返答を待った。
軽い口調で返されるか、それとも嫉妬するか。
そう思い待つも、返事はない。
「なっちゃん? どうしたの?」
そう言って、アセリアは南雲の顔を見る。
その顔は、いつもの笑みではなく、凄みさえ感じるほどの真剣な表情だった。
そして、伊織が軽い態度で片手をあげ、アセリアと南雲に挨拶をした瞬間に――。
「伊織ちゃん。貴方、奉納科に転科した方が良いわ」
そう、南雲ははっきりと言い切った。
南雲の言葉は、中学の頃よく言われていた言葉だ。
お前は将来、奉納に関わる仕事に就け、奉納を中心とした学部を学べと。
教師からも、『これならお前に推薦をやっても良い』なんて言われた。
無論、アラハバキより低いレベルの学校にだが。
耳にタコが出来る程言われ慣れた言葉だからこそ、否定する言葉も既に出来上がっている。
「まあ、言いたい気持ちもわかる。けどさ、俺のこれは単なる反則。化けの皮が剥がれるのはそう遠くないぞ?」
俺は自虐も混ぜ、そう言い訳を披露する。
半年は保つと言ったが、手応えで何となくわかった。
たぶん、それほどの時間的猶予はない。
三か月……いや、早ければ一月以内に、俺の型は評価されなくなる。
流石に全く評価されない芸は、神だって欲さない。
「せめて、どうしてそうなったのかわかれば、まだ活用しようもあるだろうがなぁ……」
「――理由と原因がわかれば、奉納科に来てくれるの?」
南雲は、柔らかい口調だが、脅すような力強さがあった。
暗に、いや直に言質を取ると言っているような、そんな口調。
いつもの飄々とした、人を食ってかかりそうな態度とはまるで違う真剣さ。
だから、俺も真剣に答えた。
「いや。それはないな。たとえどれ程の才能があろうとも、奉納科に行くことはない。俺は、神ではなく人と向き合って生きたいんだ」
「――そう。だったら、もう言わないわ。代わりに、一つだけ忠告しても良いかしら?」
「ああ。四組で一番、奉納に向き合ってるのはあんただ。あんたの言葉なら素直に受け止めるよ」
「私じゃないわよ。伊織ちゃんの言葉に合わせたら、私が向き合ってるのは神でなく芸だもの」
「なるほどね。まあ、どっちにしても変わらん。あんたの助言は聞きたい。何かあるなら教えてくれ」
「ええ。その才能は……もう、使わない方が良いわ。奉納科に来る気がないならね」
俺は静かに頷いた。
南雲の態度が、真剣さが、あまりにもまっすぐ過ぎたから、疑いさえ持たず、内容を聞く前に納得してしまっていた。
それは嫌がらせや嫉妬などではない。
純粋に、俺を心配しての言葉だった。
「いや、ちょっと待って! 使わない方が良いってどういうこと!? 別に奉納科じゃなくても奉納はあるし、才能なんてあってあるだけ損はないじゃん!」
ぴよこは強い口調で反論した。
俺が素直に受け入れた分、ぴよこが俺の代わりに声を荒げてくれていた。
「そうだな。ぴよこじゃないが、事情を聞かせてくれ。何の才能で、どう使わないのか、それさえ俺にはわからないんだからさ」
「……まあ、そうね。説明しないのはフェアじゃないわ。ただ、少しだけ長い説明になるから、先に結論だけ言っておくわね」
俺は小さく頷いた。
「使わない方が良いのは、その才能が実戦で命を奪う可能性があるからよ。ついでに、成長を阻害する可能性もね。奉納科にとってすれば、喉から手が出る程欲しい才能なのは確かよ。この私が、他人の才能を羨ましいって初めて思ってしまったもの」
そう言って南雲はハンカチを取り出し、噛んで引っ張って見せた。
気づけば南雲は、いつもの飄々とした態度に戻っていた。
ありがとうございました。




