(21)
泣きやまないオストレアを寮へ連れ帰ったタキュスは、いつもなら就寝の準備をしてから訪ねるところを、今日はそのまま居座った。一人にさせられないという気づかいに、オストレアはますます涙がとまらなくなった。
ブジャルドが半蛇族だった。しかもファルベを監禁していた。仲がよかった頃の楽しい記憶を踏みにじられ、腹が立っているのか悲しいのか自分でもわからない。
「……タキュ……の……言うこ……聞い……れ、ば……」
ブジャルドを警戒していたタキュスを最初から信じていれば、こんな苦しい思いはしなくてすんだのだ。
全部、自分の選択だ。でも――。
寝台に並んで腰を下ろしたタキュスが、オストレアの頭を引き寄せる。だから言っただろうとか、お前は勘が鈍いからとか責めることなく、ただ黙って肩を貸してくれるタキュスにもたれ、オストレアは思う存分泣いた。
泣きすぎて頭痛がしはじめた頃、タキュスが指で涙をぬぐった。オストレアが顔を上げると、今度は唇で涙をなめるように吸う。
「お前や、あの芸術科の半避役族を傷つけようとしなかったあいつの努力は認める」
タキュスのなぐさめに、オストレアはこくりとうなずいた。
「今日はもう寝ろ」
オストレアを抱きしめる形で身を横たえたタキュスが額に口づける。
「……このまま朝までいてくれる?」
私が目覚めるまで帰らないでとすがりつくオストレアに、「もちろんだ」とタキュスは眉間に接吻した。
ぬくもりにまた目頭が熱くなり、オストレアはタキュスの胸に顔をこすりつけた。
「着替えるか?」
制服のままだろうと言うタキュスに、少し迷ってからオストレアは一度上体を起こし、手早くベストとシャツとズボンを脱いだ。同じくベストを取ったタキュスは、下着姿のオストレアに目をみはった。
えい、と勢いをつけてタキュスに改めて抱き着く。
「今日はこれで寝る」
「お前な……」
「このほうがタキュスの体温を感じられるもの」
タキュスはため息をついて、オストレアを抱擁したまま寝台に倒れた。
「鼻声でなければ全部取っ払うところだ」
「……いいよ」
勇気を出して答えたものの、緊張しているのが丸わかりだったらしい。間を置いてタキュスが髪をなでた。
「今日はだめだ」
「……どうして?」
「他の男のことで頭がいっぱいのときに奪いたくない」
毎日その格好で寝床に入るようになったら、お前の覚悟を信じると言ったタキュスにするりと尻をなでられ、オストレアはびくりとした。
「しっぽがないな」
口調にからかいが混ざっている。療養の泉でのやり取りを思い出し、オストレアは頬を朱に染めた。
「まったく。自分から飛び込んできておいて恥ずかしがるな」
髪に口づけてタキュスが小さく笑う。
「だって……」
大胆な行動は傷心を埋めようとしてだと、タキュスは気づいていたのだ。
「お前にとっては大事な友達だったんだ。すぐにすぐ割り切れるものじゃないだろう。無理して急いで気持ちを追いやらなくていい」
「……うん」
優しく降り続けるタキュスの接吻に、オストレアは目を閉じた。
きっとまだまだ痛みは続く。裏切られたという思いや喪失感と、それでもやはり嫌いになれないという葛藤を自分で整理していくのは、とても大変な作業だ。重みに耐え切れず、すべてを放り投げたくなることもあるかもしれない。
それでも、タキュスが隣にいてくれる。そばで支えてくれるのが本当に心強くて、ありがたかった。
その後の事情聴取で、ファルベは部屋に引っ張られた後、箪笥に押し込まれたと説明した。姿を見てしまうと食らいたくなるから、できれば物音を立てるのもやめてほしいとブジャルドに懇願されたという。
それからの数日間、ファルベは箪笥の内側で漏れそうな嗚咽を懸命にこらえ、ブジャルドの身の上を聞いた。
総母だったブジャルドの母親は、相手が半蛇族と知らず恋に落ち、身ごもった。母を狙ってバルバルス・オースが襲来した際、夫に逃がされた母は一人故郷に戻ってブジャルドを産んだ。夫の見た目は半羊族だったのに、産まれたのは母と同じ半鼢族であったため、母はようやく夫の正体に気づいたらしい。その場で殺すべきか悩みに悩み、結局周囲には夫も半鼢族だったと嘘をつき、母はブジャルドに首飾りをつけた。それは別れ際に、邪な欲にとらわれないまじないだと夫から渡されたものだった。
その首飾りがサエウムに引きちぎられてしまい、わき上がる衝動を抑えるのが難しくなってしまったのだという。
最初にほふったのはサエウム。その後、我慢できずに一人食らい、トレーネを入れると合計三人だと、ブジャルドは告白した。
サエウムは自分が殺されそうになったから。そしてトレーネについては、飾っているオストレアの絵に汚れた水をぶちまけようとしていたので、怒りに我を失くしたとのことだった。
嘆息するブジャルドは激情を自制できない己に苛立ち、ひどく苦しそうだったと、ファルベは語った。
トレーネの死体を見たファルベをブジャルドは放置するわけにいかなかったのだろう。でも何かと気づかってくれる友人を手にかけたくなくて、衣類箪笥に閉じ込めたのだ。
ファルベを守るために。
オストレアの絵姿を眺めると、荒ぶる心が凪いだ。声を聴くだけで、冷静だった頃の自分を取り戻せる気がしたと、ブジャルドは遠くを見るまなざしでぼつぼつと取り調べに応じている。
ペウゲインのように即日処刑されることはなかった。もとはサエウムが招いた惨事であり、もしそれがなければブジャルドは問題を起こすことなく卒業する可能性もあったのだ。
だが、半人を食ったこともまた事実で、ブジャルドの釈放はかなわなかった。才能を惜しんだ芸術科の教師たちからは、本人が望むならこのまま牢で課題の絵を描いて修了証を授与する温情案も上がっているという。
オストレアに会いたいかと問われると、ブジャルドはしばし黙考し、「彼女のほうは会いたくないだろうから」とぼそりと答えた。
そして拘禁から数日後の朝、ブジャルドは死亡した。自分で腕をかみちぎっての失血死だった。
遺体は郷へ送られることなく、メソス・スコラで内々に処理された。牢から運び出される際、駆けつけた一人の少女が『弔いの歌』を密やかにつむぎ、永遠の別れを夜の静けさに溶け込ませていった。
姿見の前で何度も右に左にと体の向きを変えて仕上がりを確かめるオストレアに、一緒に準備を整えたモラとソンリッサが笑った。
「大丈夫よ、オストレア」
「とてもかわいいわ」
今日は舞踏会。そして一年生が上級生たちの前に自身を披露する日だ。過去には、ソンリッサとシュタルク、モラとラクス、エグルとウラーカ、そしてタキュスはソンリッサが同伴したという。
衣装は貧富の差が出ないよう、メソス・スコラで用意されているものの中から選ぶことになっていて、各科の色を身につけるのが決まりだ。ただし戦闘科だけは班の色をまとう許可が下りている。
自分の髪の色から赤よりカエルラ・マールムの青のほうが似合うと思い、また班全員でそろえることにしたので、ふんわりと裾が広がるドレスは青を基調としたものにした。さらに金糸と銀糸で刺繍が入っているのは、これにしろとタキュスが押したからだ。
頭には透かし彫りの冠が乗っている。最後に入場する『リンゴの乙女』はリンゴの葉の意匠を用いた頭飾りを着用することになっているが、これは白金色だった。選んだのはもちろんタキュスだ。
「こんなに『俺のものだ』って主張しなくても、同伴だけで十分に牽制できるのにね」
そう言うモラは若葉色の玉を茶色い枠におさめた首飾りをつけている。贈り主はラクスだが、よく見つけてきたなとモラはあきれつつも感心していた。
そしてソンリッサは指輪をはめていた。小ぶりだが美しく輝いている玉はシュタルクの瞳と同じ深紅色だ。
モラとソンリッサもドレスは青いが、三人とも全体の形は違っていた。背の高いソンリッサは光沢のある生地で裾に切れ目が入り、すらりとした体型をよりいっそう美しく際立たせる艶のあるものだ。一方モラも甘さ控えめで、袖の部分は透けて見える半透明の青色にし、まさに大人の女性を目前にしたほのかな色気を感じさせるドレスを着ている。
二人に比べると自分はまだまだ子供だなと、オストレアが内心でため息をついたとき、扉がたたかれた。入っていいかと尋ねるタキュスに返事をする。
扉を開けたタキュスは、オストレアを見て瞠目した。
「よく似合っている」
金色の双眸を弓なりにして微笑むタキュスに、オストレアの鼓動がはねた。
男子は基本的に上下とも白で、内側のベストとマントの色が科や班によって違う。タキュスのベストは青地にこれまた金糸と銀糸で刺繍が施されていて、オストレアのドレスとおそろいだとはっきりわかる。
いつも素肌に赤いベストだけの状態なので、きっちりした服装のタキュスは新鮮で格好いい。正視するにはまぶしすぎてもじもじしながら目を泳がせるオストレアに、近づいたタキュスが額に接吻した。
「じゃあ、私たちは先に会場に向かうから、オストレアを頼むわね」
ちょうどラクスとシュタルクも迎えに来たので、モラとソンリッサが退室する。それを見送り、タキュスがオストレアをふり返った。
「行くか」
うん、と応じて、オストレアもタキュスと腕を組んで部屋を出た。
会場の前にはすでに一年生が並んでいた。入場の順番はあらかじめ決められているので、入り口で名を呼ばれたら礼をとって入る。一年生同士の場合は女生徒に合わせるので、ファルベとカシェは芸術科の生徒たちの中にいた。
かわいらしい黄色のドレス姿のファルベは、いつも左右で三つ編みにしている草色の髪を下ろしていた。そしてカシェは青いベストとマントを品よく着こなしている。
「ファルベ、すごくかわいいね」
「オストレアも素敵よ。本当にきれい」
ほめ合いながら、オストレアはファルベの顔色がすっかりよくなったことに安堵した。
救出されたばかりの頃は、毎夜うなされていたという。狭い場所を嫌がり、物音がするたびにびくびくしていたが、カシェがまめに訪ねて根気よく話し相手になったおかげか、じきに精神が安定してきた。
ダンスの練習もカシェとこなし、衣装もカシェと選んだのだと、数日前に会ったときは頬を朱に染めていた。
つらく苦しい経験を乗り越えて、今はとても幸せそうにしている。お似合いの二人だとオストレアは祝福した。
まもなく時間だと告げられたので、カシェたちと別れて最後尾へ向かう。たくさんの視線に追われれば追われるほど、友人だった少年の姿がどこにもないことが胸に響いた。
もう、ブジャルドはいない。あの日の夜、移される亡骸を見送ったのは自分だ。
牢内に残されていた遺書には、絵の扱いは芸術科の教師に委ねる旨が記されていた。それ以外に言葉はなく、オストレアは勝手と思いつつも落胆を隠せなかった。
ブジャルドは自分を恨んで死んでいったのだろうか。彼の所業を暴くためにだまして部屋から連れ出した自分を。
涙で声がかすれつつ『弔いの歌』を捧げた後、落ち込んだ自分をいたわり励ましてくれたのは、カエルラ・マールムの仲間たちだった。
ブジャルドはきっと最後までオストレアを大切に想っていたんだよと、カシェは言った。伝えたいことがたくさんあったはずなのに、怖い、気持ち悪いという嫌な感情を植え付けたくなくて、わざとオストレアに宛てた手紙を書かなかったのだろうと。
そこまでブジャルドに気をつかってもらう資格は自分にはないと、オストレアは泣いた。毎夜目をはらす自分をいつも包み込んでくれたのはタキュスだった。
どれだけ泣いても、悔やんでも、タキュスは黙って丸ごと受けとめてくれた。思い出は消せないけれど、それでいいのだと認めてくれたから、今こうして顔を上げることができている。
最優秀賞を受賞した絵と遺作の風景画は、芸術科の先生が丁重に保管すると言って引き取った。だから残された下絵のうちから一枚だけをもらい、メソス・スコラで初めて手に入れた紙の書物にはさみ、自分の部屋に置いている。
今はまだ、じっと見ていると悲しくなる。でもいつか、鎮魂の想いとともに心静かに眺められる日が来ればいいと思う。
音楽が高らかに鳴りはじめ、会場へ続く扉が開かれた。いよいよ一年生のお披露目だ。
「転ぶなよ」
「タキュスがいるから大丈夫」
ふふっと笑い、流れにあわせて一歩を踏み出す。やっと短い距離ならどうにか少し小走りができるようになったばかりなので、さすがに皆と同じようには踊れない。ダンスも自分たちだけゆったりとした動き方に変えた。中央で踊るので、逆に周囲との対比で緩急がついてよいだろうと、ソンリッサたちが勧めたのだ。
タキュスも異論は唱えなかった。むしろ独自のダンスなので他の男はオストレアを誘えないと考えたらしい。結果、オストレアの相手が務まるのはカエルラとルボル・マールムだけとなった。おそらく詰めかけた男子生徒たちから文句が噴出するだろうが、防御は鉄壁だと両班はにんまりしている。
「約束の履行は今夜からでいいな?」
あと二組で入場というところで不意にささやかれ、オストレアはどきりとした。
「……今日はダンスですごく疲れると思うの」
だからゆっくり休みたいと暗に希望を伝えたら、タキュスの目が光った。
「なら今ここでするか」
「えっ、それはやめて」
首筋に顔を寄せるタキュスに、オストレアは慌てた。
初めて結ばれた日の朝、タキュスがつけた跡を目敏く発見したエグルにひやかされ、食堂から逃げ出したくなった。それからは人目に触れるようなところには刻まないよう頼み、さらに舞踏会が近づくとどこもだめだと禁止したため、ものすごく不満げながらもタキュスは我慢してくれた。その代わり終わったら一つだけ見える場所につけてもいいと許可を出したのだ。
「お前は拒みすぎだ。どうせいつも最後には疲れるんだから、別にかまわないだろう」
何てことを言うんだと、オストレアは真っ赤になった。ここは厳しく叱らなければときっとにらむと、「今夜だ」と頬に口づけられた。
強引なんだからとあきれたオストレアは、前に並ぶ男女と目があった。ひそひそ声だったので内容までは聞こえていないはずだが、頬とはいえ接吻をばっちり目撃した二人は赤面して気まずそうに背を向けた。
話に聞くのと実際に見るのとでは印象も衝撃も違うのだろう。
エグルならまだしも、ずっと女生徒に冷たかったタキュスの甘いかまい方に、いったい何人の女の子が叫び悶絶したことか。自分とて、タキュスがこれほど頻繁に触れてくるなど予想していなかった。
人前でべたべたするのはいまだに慣れない。でも……。
前の組が名を呼ばれ、一礼して会場に入っていく。入口に進み、オストレアは隣に立つタキュスを横目に見上げた。
どれだけちやほやされても、凛々しい金色の瞳は一途に自分だけを映してくれる。知れば知るほど、実はとても情の深い人だとわかった。
「ねえ、タキュス」
呼びかけると、タキュスがちらと視線を投げてきた。
「入学のとき、私を捕まえてくれてありがとう」
あの日の、あり得ないほど乱暴な行動が今の充足感へつながっている不思議に、オストレアは感謝した。
「半馬族は勘を外さない」
さも当然とばかりに言ってから、タキュスは瞳をやわらげた。
「俺は受付で初めて会ったあの瞬間にはもう、お前に惹かれていた」
こいつが欲しいと思ったんだ――タキュスの告白に、オストレアは目をみはった。
忘れたとごまかしていたのに、やっぱりちゃんと覚えていたのだ。
今ここでとうろたえつつも、嬉しさに頬がゆるんでしまう。
「『リンゴの乙女』、戦闘科一年、半魚族、オストレア」
紹介に大きな歓声と拍手がわく中、迎える生徒たちに向けて礼をとる前に迫ってきたタキュスの口づけを、オストレアははにかみながら受け入れた。
会場で鳴り響く音楽が、ひっそりとした知識科の寮にまで流れてくる。自室で着ていた服を床に落とし、ジェローシアは寝台に腰を下ろした。
「来て、フリュール」
目の前に立つ半羊族の生徒に微笑むと、自分を見つめる黒い双眸が揺れた。
舞踏会には参加しなかった。出席しても嘲笑われるだけだし、欠席しても誰も様子うかがいに訪ねてこない。
サエウムは死んでしまった。ブジャルドが反撃のすえに食い殺したと聞き、ジェローシアは衝撃のあまり倒れた。
まさかブジャルドが半蛇族だったなんて。そうと知っていればかまうことはしなかったのに。
生きる希望を失い弱っていく自分を介抱してくれたのは、フリュールだけだった。時が過ぎても、自分をかえりみる者は他にいなかった。
早々にタキュスを選んだオストレアは、いまだにもてはやされている。生涯心変わりしない半馬族が相手では望みがないとわかっていても男子生徒は群がり、また遠くから熱いまなざしをそそいでいるという。
自分も欲張らずサエウムに決めていればよかった。そうすれば、手の届かないあこがれの存在として、今も大勢の異性に囲まれていたかもしれない。
「……僕にあなたをくれるということですか?」
沈黙していたフリュールの問いかけに、「ええ、そうよ」とジェローシアは艶やかに笑った。
「私は、ここまで支えてくれたあなたを夫にするわ」
手招きすると、フリュールがそろそろと寄ってくる。本当にサエウムとは正反対だ。華奢で、かわいらしい顔立ち。
「そうですか」とフリュールが嬉しそうに目を細めた。
「感謝します、ジェローシア。僕はあなたが欲しかった」
手を取って情熱的な言葉とともに口づけるフリュールに、ジェローシアは満足した。隣に座らせ、すべらかな頬をなでる。
「あなたも初めてでしょう? だか、ら……」
そのまま接吻しようとして、ジェローシアは瞠目した。触れかけたフリュールの口が大きく裂けたのだ。
悲鳴とともにフリュールを突き飛ばそうとしたが、どこにそんな力があるのかというほどフリュールはジェローシアをがっちり捕まえている。それでも必死に抵抗するうち、フリュールのシャツを引っ張り破いたジェローシアは、何重にも巻いた布で押さえつけられた胸を見た。
ふくらみがあった。筋肉ではなく、明らかに女性の――。
「あ、なた……」
女の子だったのか。呆然とするジェローシアに、フリュールがゆっくりと口の端を上げた。
「ばれましたね。でももういいです。あなたをいただくので」
「ちょっ……」
意味がわからない。どういうことなのか。頭の中が混乱し、ジェローシアはただただ恐怖に唇をわななかせた。
半蛇族なら、なぜ自分を食おうとしたのか。総母の自分を、いったいなぜ?
「知識科でも習わないようですね。半蛇族は同族同士で殺し合ってしまうから、基本的に繁殖は望めない。半蛇族の女が男から身を守るためには、総母を食らって自分が総母になるしか方法がないんです」
そんな――そんな馬鹿な。
総母を食らう? 自分が総母になる?
「他の種族も総母を食えば、たぶん総母になるんじゃないでしょうか。半人を呑み込む習性がなければ試しようがないですが」
「……あなたはどこでそれを……」
「きっと本能ですね。物心ついたときにはすでに知識としてもっていたんです」
ずりずりと尻を滑らせて寝台の端まで逃げるジェローシアに、フリュールがにじり寄る。
「入学してあなたを見つけたとき、どうやって近づこうか悩みましたが、あなたから誘ってくれたので助かりました」
嬉々として取り巻きに加わったものの、サエウムが邪魔だった。そこへブジャルドが現れたのだ。
「ブジャルドの絵を見て、オストレアは総母かもしれないと思いました。だから『リンゴの乙女』にオストレアが立候補すれば、もしかしたら何か面白い方向に動くかもと期待したんですが、予想以上の流れになりましたね」
では、オストレアの申し込みを勝手に書いたのはフリュールだったのか。
ジェローシアは怒りと悔しさに涙ぐんで歯がみした。フリュールがかき乱さなければこんなことにはならなかった。オストレアが『リンゴの乙女』に名乗りをあげなければ、完全に排除しようとまでは考えなかったのに。
「あなたのせいで、サエウムは……」
ねめつけるジェローシアに、フリュールは薄く笑った。
「そうそう、サエウム先輩ですが、ブジャルドがなかなか呑み込めなかったので僕が手伝いました」
衝撃の真実にジェローシアは言葉をなくした。
「僕のお腹にはサエウム先輩が半分います。嬉しいでしょう、ジェローシア?」
待ちこがれた相手に会えるのですからと、フリュールはジェローシアの両頬を手ではさんだ。
「どうぞ僕の中で二人仲良く栄養になってくださいね」
「――いっ……やああああああっ!!」
金切り声がほとばしる。
しかし今夜は年に一度の舞踏会。教師も生徒も着飾ってひとところに集結し、寮でつまらなそうに過ごす者は他にいない。
ジェローシアの最期の叫びは華やかな曲にかき消され、会場でダンスに興じる半人たちの耳に届くことはなかった。




