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「うーん、何を言っているのかよくわかりませんが、つまりあなたは何をしに来たのです?」
明智光秀は笑顔のまま嘲笑うように言った。
「うん。とりあえずね、『織田信長』は今日ここで死なないといけないの。」
「あはははっ!なんですかそれは!本当に訳のわからないことを言う!」
明智光秀は心底おもしろそうに笑った。
彼からしたら少女がいったい何を言っているのかさっぱりわからないのだろう。
男は少女が「『織田信長』の死を変えるつもりはない」と言いたいのだとわかる。
「だからね、『織田信長』はここで死ぬ。それでいいの。……だから、この人を殺さないで。」
少女は明智光秀に懇願した。
男は何を考えているのかわからない表情をしていた。
「あ、あはははっ、つまり、私にその方を見逃せと?ここまで来て?笑わせてくれますね!」
そう少女は男が死んだことにして、見逃してほしいと言いたいのだ。
男は少女に向けていた視線を明智光秀に戻した。
「猫を火炙りにする趣味はないだろう。……さっさと行け。だいぶ火の手が回ってきた。」
前半は明智光秀に、後半は少女に向けて言った。
「やだ。」
少女は男の裾を掴み悲しそうに言う。
少女はわかっていた。
自分の提案は明智光秀にも男にも聞き入れてもらえないものだと。
それでも、少女にはそれ以外の方法なんて思いつかなかった。
「生き恥を晒すのはごめんだ。」
男は無表情のまま少女に言う。
少女は俯いた。
「おまえだって俺がそう言うのをわかっていて、それでも来たんだろう。もうそれだけ十分だ。」
男は俯いた少女の頭に手を乗せる。
男は少女が不安そうな顔をするといつもそうしていた。
それでも、少女は駄々をこねるように叫ぶ。
「私は!1人でも生きていける!でも!1人はいやだ!」
少女は必死に叫ぶ。
少女はおそらくこれまでの人生でここまで必死になったことはない。
それくらい少女は必死である。
ただこの男を死なせたくないという一心で。
息ができない。息の仕方がわからない。頭の中は真っ白。
それくらい必死で少女は男が死なないことを望む。
男はふっとその表情を緩める。
男は少女の頭に手を乗せたまま見たこともないような優しげな表情で口を開く。
少女は俯いたままだ。
「それでもおまえは生きろ。好いた女に目の前で死なれちゃ男が廃る。」
少女は目を見開き、顔を上げる。
「好いた女」という言葉が少女の頭の中でぐるぐると駆け回った。
「お取込み中のところ申し訳ありませんが、そろそろ時間切れのようです。」
明智光秀は笑顔で言う。
「確かに猫を殺す趣味なんてありませんが、このままではあなたがその猫を説得し終わる前に私も一緒に焼け死んでしまいます。」
明智光秀は残酷な笑顔で笑う。
「殿、さよなら。」
明智光秀が男に刀を向ける。
男は決して自分を殺す相手から視線を逸らさない。
「ダメっっっ!!!」
少女は無我夢中に飛び込む。
少女はもう何も考える余裕なんてなかった。
男は少女の乱入に驚くが、明智光秀は振り上げた刀を止めはしない。
「ああ、死ぬのか」と少女は初めて思った。
走馬灯といっていいのかわからないが、男と過ごした日々が少女の頭を駆け巡る。
「川に落ちた時はチョコケーキのことしか浮かばなかったのになぁ」と少女はやはり能天気なことを思う。




