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少女が過去の世界に来てどれくらいたったのだろうか。
また城内が慌ただしくなった。
この感じはまた戦だなと少女は感じた。
少女付きの女中に聞いてみれば今度は中国に行くのだと言う。
最初聞いたときは国外かと思ったが、女中が中国地方のことだと言っていた。
普段少女は男が忙しそうなときは自分の部屋から出ないくらいには空気を読む。
ただこの時はなぜか男の仕事部屋に行った。
部屋の前に着いたとき、男と誰かの話し声が聞こえた。
少女は終わるまで部屋の前で待つつもりだった。
「誰だ。」
男の威圧的な声が聞こえた。
少女はそーっと障子を開けた。
「ああ、お前か。少し待っていろ。」
男はいつも通りの声で少女に話しかけた。
そして、すぐに仕事の声に切り替えて話を続けた。
男と話していたのは明智光秀と誰か知らない男であった。
「………。」
「……!……。」
少女は何を言っているのか全くわからない会話をボケーと聞いていた。
そんなとき少女の耳に彼女にとって衝撃的な言葉が飛び込んできた。
「……では、本能寺にご滞在ということで。」
「ああ、………。」
「………。………。」
『本能寺』
少女は頭が真っ白になった。
だが、すぐに落ち着いた。
少女は前からわかっていた。
いずれこの日が来るのを。
ただ思っていたよりも早かった。
というよりも時の流れがとても早い気がする。
いつの間にか話が終わっていたようで、明智光秀と知らない男は部屋から出て行った後であった。
「どうした?おまえが他人がいる時に来るのは珍しいな。」
少女はいつも通りの無表情である。
「……ううん、なんでもない。なんとなく最近会ってない気がして。」
「そうか。」
男はそっと少女の頭の上に手を置く。
男が中国に行く前の夜、少女は男の部屋に行こうか迷ったが、止めた。
いつもわざわざ戦の前に会いに行ったりしない。
いきなりそんなことをしたら、察しがいい男に感づかれてしまう。
男がいなくなってから少女はいつも以上にぼーっとして考え事をしていた。
そのことに少女付きの女中は気がついていた。
ある日女中はいつも通り甘味を持って少女の部屋を訪れた。
ただいつもと違うのはお茶が2つあったことだ。
「奏様。少しお話をしてもよろしいですか?」
少女は無表情のその顔をコテンと傾げた。
「話ならいつもしてるよ?」
女中は優しく微笑みながら口を開く。
「ええ。ですが、今日は女中としてではなく、1人の女としてお話がしたいのです。」
少女はそう言う女中を不思議そうに見つめた。
女中はゆっくり話し始めた。
「私の愛する人も今戦に行っております。」
初耳であった。
一体誰なのかと少女は考えた。
「だから、いつも奏様が羨ましかった。」
「羨ましい?」
女中は笑顔のまま視線を下げた。
「ええ……だって、奏様には信長様のご無事がわかるのですから。」
女中は少女がいつも平気な顔で男を待っていられるのは少女が未来を知っているからだと言っているのだ。
そう言われて少女は初めて気がついた。
戦に出る者がいれば、その者の無事を祈りながら待つ者もいることに。
「………ごめん。」
「あ、いえ、責めるつもりではありません。いつもそんなあなたを見て勇気をいただきました。それに、あなたは私のような想いをしなくて済むのだと喜ばしく思っておりました。」
女中は本当に責める意図で言ったわけではなさそうだ。
その口調は穏やかであった。
「……しかし、そうではありませんでした。」
少女は再び首を傾げる。
「あなたは未来を知っているのです。信長様の未来を……」
少女はしまったと思った。
少女のことをよく見ているこの女中に気づかれてしまった。
「私には奏様が何を思い悩んでいらっしゃるのか、この度の戦で何が起こるのかなんてわかりません。」
女中は優しい表情のまま真剣な声音で続ける。
少女は自分のせいでこの優しい女中に余計な心配を増やしてしまったのではないかと考えた。
少女は今回の戦のことはよく知らないし、有名人である『織田信長』のことくらいしか知らない。
女中の想い人の身に何が起こるかはわからない。
少女は何か言わなくてはと口を開く。
しかし、その前に女中が言葉を発する。
「私たち女は戦に出る殿方の無事を祈ることしかできません。無事に帰って来てくださるのかはその時にならないとわかりません。……しかし、奏様は違います。」
そう、少女はわかっていた。
男に出会う前から。
それなのに、今更自分は何をぐるぐる考えているのだろうと少女は思った。
「奏様。奏様には奏様の事情があり、考えがあるのはわかっております……ですが、奏様、どうかご自分の気持ちに正直に生きてください。」
そうだ。この人も自分も女で、そして、この人にはできないことが自分にはできる。
そう少女は気がついた。
大きく目を見張っていた少女の顔は少しずつ無表情になっていた。
しかし、いつもとは違って真剣さと覚悟がその表情から読み取れた。
少女は自分の手を握り締める。
「お願いがあるの。」
少女は真っ直ぐ女中を見つめる。
「いざという時は女の方が肝が座っている。」という愛おしいあの方がいつぞやに言った言葉を女中は思い出した。
女中は満面の笑みで口を開く。
「信長様から奏様の頼み事はどんなことでも聞くよう申し付けられております。」
普段無欲な少女の頼み事なんて些細なものであろうという考えからそう言ったに違いない。
でも、少女は今までで一番の我が儘を言ってみる。
少女は吹っ切れた朗らかな笑顔で口を開く。
「私は……………たい。お願いできる?」
「もちろん。」
「ありがとう。」
2人はにこにこと笑い合った。




