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数日後。
「いやぁ、着物って動きにくいね。慣れないー。」
町娘の格好をした少女が不満そうにつぶやいた。
少女は男の仕事部屋でくつろいでいた。
「だから、甘味なら女中(お手伝い)に買わせればいいと言っているのだ。」
書類を見ていた男はチラッと少女に視線をやった後に言った。
少女は男が仕事をしているのにもかかわらず、モグモグと巷で話題の団子を食べていた。
「こういうのは自分で選んで買わないと。それに町にはいろいろとおもしろいこともあるしね。」
「拐われても知らんぞ。俺はわざわざおまえを助けたりしないからな。」
少女の存在は公にはされていないが、織田信長が小娘を囲っているという噂は密かに広がっているようだ。
そうすればもちろん少女は不埒な輩に狙われる存在となる。
「心配しなくても大丈夫大丈夫。みんな私の顔なんて知らないし。」
「……はぁ。脳天気だな。あと、心配しているわけではない。」
「ツンデレか。」
「つんでれ?」
少女は男は周りが怖がっているほど冷酷な人間ではないとなんとなく感じていた。
少なくとも男は見ず知らずの自分にかなりよい暮らしをさせてくれているのは言われずともわかった。
仕事もせず毎日ただのんびりとやりたいことをやって、出かける時にはそれなりをお金も渡される。
正直お姫様よりもいい暮らしをしていると少女は感じていた。
「まぁいい。俺はしばらく戦に出る。その間だけでも大人しくしていろ。」
自分はこの男がいなければ城の外どころか城の中でも危険だということを少女は理解していた。
「はーい。戦って誰と?」
「越前の朝倉義景とだ。」
うーん、それならしばらく帰って来れなさそうだなぁと少女は考えた。
少女の記憶が間違っていなければ、織田信長は浅井長政の裏切りによって一度その戦いに負けて、その後あの有名な姉川の戦いで勝利するはずである。
「怪我はしないでね。」
「戦で傷を負うなとは無茶な要望だな。……お前がそんなことを言うということは、この戦そう簡単には勝てぬことか。」
「そんなことはわかんないよ。でも、私がなんと言おうと行くんでしょ?」
「当然だ。俺は天下を取る男だ。」
「じゃあ、早く帰って来てね。暇で死んじゃう。」
男は少女の頭に手を置いて言った。
「何かあれば、いつもの女中に言え。あれは信用できる女だ。」
こういうご時世に男のような立場では敵が多い。
城内に敵が潜り込んでいない保証もない。
城内で働く者には厳しい検査があるが、特に少女のお付きの女中は男自身が細心の注意を払って選んだ。
こんなおもしろい女をそうやすやすと奪われて堪るかと男は思った。
男は呑気なおもしろい飼い猫をそこそこ大事にしていたのだ。珍しいおもちゃとして。




