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食堂店員兼勇者  作者: 平民
一章 勇者誕生

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9.サクラコ

 食堂の戸締まりを終える頃には、さっきまでの騒ぎが嘘みたいに静かになっていた。雨音だけがぽつぽつと屋根を叩いている。

 俺は明日の仕込みをしながら、ぼんやりと手のひらを見つめていた。


 まだ、あの時の感触が残っている気がする。あんな力、俺にあったなんて信じられない。あの時、頭がぼんやりしていたからまだ半信半疑だ。相撲取り無双ハーレムじゃなかったのが残念である。


「考え込んでるな」


 振り返ると、ヤマト殿下が静かに立っていた。


「……あ、いえ。ちょっとだけ」

「いろいろありすぎた」


 しれっと殿下は隣に並ぶ。


「さっきのことだが」


 一瞬だけ言葉を選び、そして続ける。


「お前がどういう存在かは、今はまだ決めつけないでおく」

「……殿下」

「ただ一つ言えるのは」


 真っ直ぐ真剣にこちらを見る。


「お前は、間違いなく人を助ける側の人間だ」


 そう言ってからも、ヤマト殿下の視線はしばらく俺から離れなかった。

 また見つめられる俺は、どうすればいいかと目を泳がせる。

 まるで、俺より先に何かを見つけてしまったみたいな顔だ。


「……そんな大した人間じゃないですよ、俺……」


 この人、やっぱり俺の事をじっと見つめてくるなぁ。どんだけ俺を見てくるの。俺、ホントに勇者じゃないですから。相撲取りならあり得るかもしれないけど。


「ユラぁ~!」


 奥からハヤミさんの声がした。

 振り返ると、エプロン姿のままぱたぱたと駆け寄ってくる。


「もう閉店作業終わったよ~。おつかれさま」

「お、おつかれさまでした……ハヤミさん。手伝ってくれてありがとう」


 公爵令嬢が皿洗いとか恐れ多いと断ったのだが、白馬の王子様の手伝いがしたい!と、強引に閉店作業に割り込んできた。仕方なく皿洗いを任せたら大層喜んでいた。喜ぶようなものなのか。

 さすがにヤマト殿下には何もさせられないと言ったのだが、率先してテーブルを拭いたり椅子を綺麗に並べてくれた。

 最近の王侯貴族は平民のお仕事が流行なのか。平民には理解不能だ。


「ね……無理してない?大丈夫?」


 ハヤミさんはじっとこちらの顔を覗き込む。


「え?」

「なんか思い詰めてる感じだったし」


 一瞬、言葉に詰まる。

 でもすぐに軽く笑って誤魔化した。


「まあ、いろいろあったからさーダイジョウブだよ」


 そりゃあびっくりするだろう。こん棒をへし折るんだから。見た目通りの相撲取りそのもので笑えるよ。

 それでもそれ以上は踏み込まないように、ハヤミさんはにこっと笑った。


「ハヤミ達はそろそろ帰るね。今日は何も考えずにゆっくり休むんだよ」

「……うん。ありがとう」

「また明日」

「ま、また明日?」


 明日って学校で会うのか。クラスが違うからあまり会う事はないと思うけど……まあいいか。


「おいユラ」


 今度はゲンジロー親父の声がした。

 振り返ると、腕を組んでこちらを見ている。


「今日はよくやったな」

「……なにが」

「全部だ」


 親父はふっと鼻で笑う。

 全部って大雑把過ぎてわからないんだけど。


「ま、無理すんな。お前はお前のペースでやりゃいい」

「……うん」


 短く返事をすると、親父はそれ以上何も言わず、店の奥へ引っ込んでいった。

 残ったのは、静かな夜の空気だけだった。


 俺は空を見上げる。雨はいつの間にか止んでいて、雲の隙間からわずかに月が覗いていた。

 日本で過ごした記憶の事や、さっきのこん棒をへし折った馬鹿力の事。その他にもいっぱい知りたいことがたくさんあって、わからない事が増えていく。


「……ま、いっか」


 考えてもしょうがない。ウダウダ考えてても答えなんて出ないんだから。

 明日もまた、いつも通りだ。……多分。



 翌朝、まだ日が昇りきる前の薄暗い時間だった。

 店の厨房には、すでに明かりが灯っていた。ことこと、と小気味いい音が静かな空間に響く。カリカリに焼けるベーコンの音や、野菜を煮込むいい香りもした。


 あれ、親父もう起きてるのか?早いな。

 寝ぼけた頭で階段を降りていくと、そこにいたのは親父じゃなかった。


「おはようございます、ユラさん」


 振り返ったのは、青髪の女性のサクラコさんだった。

 柔らかく微笑みながら、手際よく鍋をかき混ぜている。


「え……サクラコさん?」

「はい。少し早く目が覚めてしまったので、勝手にお借りしてしまいました。ごめんなさい」


 申し訳なさそうに言うが、手元はまったく止まらない。

 すでに厨房は整えられていて、食材もきれいに下ごしらえされている。


 ……いや、これ少しどころじゃなくない?


「いや、全然いいですけど……っていうか、早すぎません?まだ朝の5時……」

「ふふ。昔から、こういう時間が落ち着くんです」


 にこりと笑う。

 その笑顔は、どこか慣れているようにも見えた。


「ちょうどよかったです。朝ごはん、できてますよ」


 テーブルには、すでに湯気の立つ朝食が並べられていた。

 リンゴのサラダにトーストにベーコンエッグに野菜スープだ。デザートにヨーグルトまである。


「……うまそう」


 思わず声が漏れる。


「お口に合うかわかりませんが」

「いや、絶対うまいやつですよこれ」


 席に着いて一口。

 うまい。朝飯って感じがする。出来立てのトースト最高。

 昨日のごたごたで張り詰めていた何かが、ほどけていく。


「美味しいです」

「よかった」


 ほっとしたように微笑むサクラコさん。

 その笑顔を見ていると、理由はわからないけど安心する。

 なんか、こう……帰ってきたって感じがする。


 その後も、サクラコさんはずっと動きっぱなしだった。

 仕込み、掃除、準備、おまけに超美人、そして巨乳。どれも無駄がなくて、見ていて気持ちいいくらいだ。


 お嫁さんに欲しいぜ……っ!


「なんだこの朝飯、めちゃくちゃうめぇぞ」

「新しい人すげぇな……」

「おれ、ファンになっちゃいそ」

「こんな美人のメシを食えるなんて幸せだぁ」


 続々と起きてきたバイト戦士達も、口々に驚いて絶賛している。

 そんな声にも、サクラコさんはニコニコと頭を下げるだけ。嬉しそうなのに、出しゃばらない。


「野菜スープのお代わり、たくさんありますので遠慮なく召し上がれ」


 最高のお嫁さんじゃないか。

 DV旦那とやらはこんな素敵な女性を蔑ろにするなんて信じられない。

 目が節穴なんじゃないか。いや、違う。こんなやさしい人だから……と、やめやめ。朝から重いこと考えるな。


「ユラさん、そろそろ学校じゃないですか?」


 ふと時計を見ると、いい時間だった。


「うわ、やば。遅れる」


 慌てて立ち上がると、サクラコさんはすっとエプロンで手を拭いて、こちらに向き直る。

 一歩近づいてきて、


「行ってらっしゃい、ユラさん」


 やわらかく、でもしっかりとした声だ。

 その声はただの挨拶なのに、妙に胸に残る。


 なんだこれ。ちょっと、くすぐったい。元気が出る。


「……い、行ってきます」


 なんとなく照れくさくなって、目を逸らしながら返した。


「はい。お気をつけて」


 店の外に出た瞬間、朝の空気がひんやりと頬に触れた。



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