8.謎のネックレス
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あれ、俺……今何をしたんだっけ……?
我に返って気が付けば、ネックレスは俺の手の中でぼんやり熱を帯びていた。
店内には雷の焦げた匂いと、誰も言葉を発せない沈黙だけが残っている。
先ほど自分が折った気がするこん棒を見下ろし、ゆっくりと自分の手を開いた。
こん棒ってあんな簡単に折れるもんじゃないよな。
俺ってこんな馬鹿力だったっけ。それとも知らなかっただけで、実は相撲取りだったってオチかな。だったら、これから俺無双できるかも。
転生したら最強相撲取りでした☆エッチな女の子に超モテモテうれぴーっていうハーレムと無双がある!なんていう展開だったらいいのに。
手のひらの上では、さっき拾ったネックレスが温かい。
青い宝石の中心に刻まれた剣の紋章が、脈打つように淡く光っている。
「ユラ」
ヤマト殿下が静かに近づいてきた。
先ほどまでの柔らかい雰囲気ではなく、王族としての鋭い目をしていた。
「そのネックレス……どうやって拾った」
「え、いや……さっき殿下の懐から落ちて……大事そうなモノだからすぐに拾ったら……いつの間にか手の中にあって……」
「拾えたんだな」
「え」
「普通は拾うどころか触れる事すらできない」
ヤマト殿下はネックレスを見つめたまま低く呟く。
「あ、あの……どういう事ですか」
「これは王家に代々伝わる家宝。表向きはただの王家を証明する装飾品だが、本当は違う」
ハヤミさんも不安そうに近づいてくる。
「それって……」
「勇者を探すための鍵。真の勇者が触れた時だけ、雷が落ち、宝玉が光る」
「……はい?」
思考が一瞬止まった。
勇者?いやいやいや。そんなの、俺と真逆の存在だろ。
なんか中二病みたいじゃん。相撲取りじゃないのかよ。
「そのネックレスに触れる事ができるのは、王族と……真の勇者のみ」
ヤマト殿下の真剣な顔と、その勇者という単語の重みがズシリと事実を告げた。
「ま、またまたぁ。そんなワケないでしょう。俺みたいなデブスが勇者だなんて。相撲取りならまだしも」
ありえない。こんなデブスが勇者だなんて。何かの間違いだ。
この世界の神話に出てくる勇者と言ったら、強くて超人なのはもちろんの事、自分とは違って超スマートでスタイル抜群な銀髪だと聞いている。自分とは正反対の外見で、魅力あふれる人物の事だ。
だから自分などありえなさ過ぎて、妄想も大概にしろよと突っ込みたいくらい。
そう脳内で否定し続けていると、ネックレスはまるで力を無くしたかのように俺の手からこぼれ落ちた。音を立ててまた床に転がる。
「ほら見てください。今は拾えなくなってますよ」
ネックレスはするりと指の間をすり抜けた。
まるで、拒絶されたみたいだった。
やはり自分が勇者だなんてありえないのだ。
きっとピンチだったから、一時的に力を貸してくれた奇跡に違いない。こんなデブスでも光の魔力は微量ながらあるので、それに反応したんだろう。
「……保留にしておく」
そう言いながらも、殿下の視線は一度もこちらから外れなかった。
殿下はネックレスを拾って懐に仕舞いこんだ。
「あの……」
今まで隠れていた美女がやっと声を掛けた。
「先ほどの男共を追っ払ってくださってありがとうございます。助かりましたわ」
「あ、い、いえ……!なんとか追い払えてよかった……ってそれより手当てをしましょう。痛いまま放置してすいません」
バイト戦士が救急箱を持ってくるのを受け取る。ぎこちない手当てをするその俺を、じっと探るように殿下は見つめ続けていた。
包帯を巻き終える頃、店内はだいぶ落ち着いていた。
バイト戦士も親父もいつも通り閉店作業を行っている。落ちた雷の跡は応急処置として板を打ち込んだ。
「……ありがとうございます。私、サクラコ・ダンノウラと申しますわ」
青髪の女性は小さく頭を下げた。
「あ、俺はユラです。ユラ・ハナゾノ。それより、あの……さっきの連中、なんだったんですか?」
少し言いづらそうに問いかけると、サクラコさんは一瞬だけ目を伏せた。
そして、観念したようにぽつりと話し始める。
「……夫から、にげてきました」
「……は」
思わず間の抜けた声が出た。
「その、いろいろ価値観が違ってて……」
言葉を選びながら、それでも隠しきれない震えが混じる。
「夫婦喧嘩から飛躍して、暴力を受け始めて……離婚届を置いてきました」
ぎゅっと、自分の腕を抱きしめる。
「それで逃げてきたんです。……怖くて」
静かに、でもはっきりとした言葉だった。
DV夫から逃げてきたってやつか。暴力ふるう奴は最低だな。
そうして顔をあげると、ハヤミさんの表情が見るからに険しくなっている。
「暴力とか最低……」
ぽつりと吐き捨てるように言った。
そりゃあ妻に暴力とか女の敵だろうから気持ちはわかる。
殿下は何も言わず、ただ静かにサクラコさんを見ている。
俺は考えながら頭をかいた。
「えっと……その……」
こういう時、なんて言えばいいんだろ。大丈夫ですとか、頑張ってくださいとか、どれも違う気がする。
結局、口から出たのは……
「……行くとこ、あるんですか」
サクラコさんは少しだけ目を見開いた。
そして、ゆっくりと首を横に振る。
「……ありません」
だろうなと案の定だった。
俺は少しだけ視線を泳がせてから、ため息を一つ。
「あー……」
考えるな。余計な事を考えると面倒になる。
でも、放っておけるかって言われたら、無理だ。
「……その、えっとですね……ウチで働きますか?」
俺は苦笑しながら訊ねた。
「……え?」
サクラコさんがぽかんとした顔で固まる。
「その……食堂やってるし、万年人手不足だし、住むとこも二階とか空いてるし……」
ぼそぼそと付け足す。
数秒遅れて、サクラコさんの目にじわっと涙が浮かんだ。
「……い、いいんですか……?」
「え、あ、いや……その……」
泣かないでくださいよ。こっちが焦っちゃうなぁ。
「無理なら無理って言っていいです……!私、厄介事をしょい込んでっ」
「別にいいんですって!」
思わず声が大きくなる。
「……その、ウチは元々ワケあり多いし」
ちらっとバイト戦士達を見ると、全員そっと目を逸らした。
適当な理屈をつける。でも人手不足なのは本当だ。毎日クソ忙しいもん。
サクラコさんはしばらく呆然としていたが、やがてぐっと唇を噛んでから、
「……ぜひ……よろしく、お願いします」
深く、深く頭を下げた。




