7.覚醒の兆し
「すみません、もう閉店で……え」
雨に濡れた青髪の美しい女性だった。息は荒く、足元もふらついている。とても怯えたような様子だった。
すっげぇ美女だな。しかも胸がでかい。ちょっと胸にチラチラ視線がいきそうでドキドキである。中身男子高生なのだから反応するのは仕方あるまい。
「……っ、は……」
力が抜けたように、そのまま床に崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと!?大丈夫ですか!」
俺が慌てて駆け寄る。
ハヤミさんは立ち上がり、ヤマト殿下は一瞬で状況を把握して周囲を見渡す。
「……追われているな」
鋭い目つきと低い声でヤマト殿下が呟く。厨房から何事かと親父やバイト戦士達も仕事を止めて出てきた。美女は震える手で俺の袖を掴んだ。
「……た、助けて……ください。お願いっ、します」
その綺麗な声はかすれていて、今にも消えそうだった。
「え……あの。しっかりしてください!」
俺は思わず彼女を抱き起こす。
軽い。とても軽くて細い。ちゃんと食べているのかというほどに顔色も悪い。
近くにやってきたハヤミさんが心配そうに覗き込むと、
「ユラ、この人……怪我してるよっ!」
腕の方や肩などに暴力を振るわれたような痕がある。痛そうだ。
「手当てをしないと」
「残念だが、その時間はないな」
ヤマト殿下は扉の外に視線を向けたまま言う。
「この女性は誰かに追われている。すぐに来る気配がする」
「ええっ」
動揺する刹那、店の扉が勢いよく乱暴に開いた。
「おい!ここに青髪の美女を見なかったか!」
怒号と共に複数の男共が入ってきた。
どいつもこいつも柄の悪そうな顔で、手には物騒なこん棒やナイフなどが握られている。うわあ、よくあるパターンキターである。
今の一瞬で、美女をテーブルの下へなんとか匿えたが、見つかるのは時間の問題かもしれない。
美女は怯えたようにとても震えている。当然、それを見て素直に言うわけがない。
「さ、さあ。見かけませんが」
少し動揺してしまったが平然をなんとか装う。
「私どもはもう閉店準備をしている最中なので。あとこんな店に美女は来ませんよ。人相の悪い冒険者と兵隊しか来ないんで。その物騒なモンしまってください」
さりげなくモップをもって掃除をするふりをする。これでも演技力はある方だ……と、思う。
ヤマト殿下とハヤミさんも食事を続けているフリをする。幸い他の客はいない。
「ははは、たしかにな。こんな汚ねぇ店に来るわけないか。おまけにそんな化け物みたいな巨漢が店員か。すぐ潰れちまいそうだな」
すんませんな、化け物みたいな巨漢で。
清掃を続ける俺の横で、ハヤミさんは殺意の顔で奴らを睨みつけていた。
「あんのクソ共、私の白馬の王子様に」
「バカ。抑えろ」
見えない場所で、ハヤミさんをヤマト殿下が羽交い絞めしている。令嬢らしからぬ今にも飛び掛からん勢いだ。
「ま、こんなボロい化け物の店でも、一応は探させてもらわないとな」
男共は店内をずかずか歩き回り、キョロキョロ見て回る。
テーブルの下に隠した美女の方へ近づいてきて、内心超ヤヴァイ。
「おい、こっちのテーブル怪しくねぇか。なんか女の香水の匂いがする」
やばい。見つかっちまう。
俺はモップを握りしめ、あくまで自然にそのテーブルの前へ滑り込むように立った。
「すんません、そこ今掃除中なんですよ。洗剤付けてるんで足元汚れますから」
「チッ、面倒な事しやがって。掃除なんて閉店後にしてろよ。クソデブは気が利かねえな」
ちらりと横目で見やれば、ハヤミさんがさらにプルプル震え、ヤマト殿下が必死で押さえている。
「ハヤミ、落ち着け」
「離せヤマト!あのクソ共に天誅を」
「今はまずい」
それでもハヤミさんは放せと暴れる。その拍子に、ヤマト殿下の懐からキラリとしたものが落ちた。
拾いたいけど拾えない状況の殿下は、焦ったように見える。
「あれ、何か落としました?」
キラキラ輝いているそれは、とても高価そうなネックレスだ。
中心には、剣の紋章が刻まれた青いダイヤのような宝石がはめ込まれている。
宝石の奥で、かすかに光が脈打った気がした。
え、今動いた?
そうして拾おうと手を伸ばした瞬間――――
ズドォオオオン。
前触れもなく、轟音と共に落雷が発生した。
天井を突き破って、輩共の目の前だった。
*
「うわぁあっ!?」
「なんだぁ!?今の!?」
「雷か!?」
焦げ臭いにおいが充満する。
雷が落ちた場所は丁度店の中心部分で、床が三十センチほど黒い穴が開いている。それでも結構な威力だったのか、底が見えないほど深い。
「ひぃいいい」
寸でのところで直撃しそうになった男は腰を抜かしている。座り込んで黄色いシミを作っていた。
「お、おい、いきなり雷が落ちるなんて聞いてねーぞ」
「今って天気悪くねーよな」
「なんだったんだ今の。偶然落ちるなんて」
今の一瞬で、男共も目的を忘れてしまうほど狼狽えている。
「びっくりした……」
さすがのハヤミも、今の一瞬で怒りが飛んでいた。
「今の雷は……」
ヤマトが茫然としながらユラの方を向くと、ユラは不思議なほど静かに立っていた。先ほどの雷のすぐ近くにいたにも関わらず。
「ユラ?」
声を掛けるが、ユラの反応がない。
「ちっ、なんかいろいろ気分が萎えたぜ。おいデブ!なんか出せ。酒でも飲みたくなった」
「この店で一番高い酒頼むわ。樽ごとたんまり持って来い」
「…………」
「おい、聞いてんのかデブ!あくしろよ」
ユラはゆっくりと顔を上げた。
「すいません。もう閉店なので……帰ってくれませんか」
その声は、先ほどまでのユラのものではなかった。
低く、静かで、妙に圧があった。
瞳の色も、先ほどまでオニキスのように真っ黒だったはずが、黄金色に変わっている。男共は一瞬たじろぐ。
「な、なんだこいつ……」
「なんか雰囲気が変わってね……?」
「変な奴だな。化け物デブなくせに。殴ってやったら言う事きくだろ」
男の一人がこん棒を振りかぶる。
「「ユラ!!」」
ヤマトとハヤミの二人が叫ぶ。
しかし、ユラはそのこん棒をあっさりと掴んだ。
「へ……!?」
まさか受け止められるとは思っておらず、間の抜けた声が出る。
このこん棒は結構な上物だ。振り回せばそれなりに威力があるし、普通の人間が受ければ骨だって折れる。だというのに、
バキッ。
ユラが軽く力を入れただけでへし折れた。
男達は驚愕の表情を浮かべ、顔色が変わる。
「な、なんだこいつ!?マジな化け物かよ!」
ユラは静かに言う。
「……帰れ」
その一言だけで空気が凍り、男たちは凄絶な恐怖を感じた。
何とも表現できない恐怖を感じたようだ。そのまま蜘蛛の子を散らすように去って行く。
店内はしんと静まり返った。
ヤマトは目を細め、ハヤミはぽかんと口を開け、あえて黙って見ていた父は「只者じゃなかったか」と、呟く。
隠れていた美女はじっとユラを見つめていた。




