63.三人デート(後編)
「てかさ」
ハヤミが不満げにヤマトを睨みつける。
「兄貴がちょっと離れればいいでしょ。ユラが困ってるじゃん」
「断る。離れる理由がない」
「はあ?」
二人の間で空気がピリッと張り詰める。
「ユラの隣はあたしのポジションって決まってんの。そこどいてよ」
「そんなものは決まっていない。お前の場所でもない」
「決まってるの。あたしの白馬の王子様なんだからさ」
睨み合いはほんの数秒だったが、見えない火花がパチパチと飛び散る。
「……あのさ」
挟まれて身動きの取れない俺は、思わず苦笑交じりに口を挟んだ。
「そういう不毛なキャットファイトは他所でやってくんない?」
「「ユラは黙ってろ!!」」
完全にハモった怒声が同時に飛んできた。そのまま俺を飛び越えて睨み合いが継続される。なんなのこれ。もう勘弁してほしいんですが。
「ふふふ、あははは!」
ハヤミが耐えきれずにふっと吹き出した。
「なによそれ、キモいほど息ぴったりじゃん」
「一応、血の繋がった兄妹だからな」
ヤマトが呆れたように息を吐く。本気の喧嘩には発展しない。お互いにどこか余裕があるのは、これがただのじゃれ合いだと分かっているからだ。
「ま、いっか」
ハヤミが肩をすくめる。
「今日は特別ってことで休戦。せっかくのデェトだし、楽しまなくちゃ損だしね」
「え、デート?」
「そう。あたしとユラのデート。兄貴はついでにいるだけの邪魔な付き人」
「お前がついでだろ。男同士の友情を邪魔するな」
「どこが友情なのさ。本当はもっと怪しい関係になりたいくせに」
あーもう。この助平兄妹はーっ。
もはや何を言っても無駄だ。俺を挟んでバカな言い争いするしさ、ホントこまっちんぐまちこ先生状態だわ。勘弁してけろおお。
「あ、まだファミレスの時間までちょっとあるね。近くに良い休憩所あるからさ、ちょっと休んで行こうよ。兄貴はどっかピンサロかソープでも行ってていいよ」
「行くわけないだろ。お前をユラと二人にする方が危険だ」
「休憩所?」
俺がハヤミの指差した先を見た瞬間、思考が完全に停止した。
派手なピンクのネオンと露骨なハートのシルエット。どう見ても一般人が入る時間帯ではまだない。
「ラブホテル、休憩、4800円」
「読むな!!」
ヤマトが声音一つ変えずに看板を淡々と読み上げやがった。
「ば、ばば馬鹿か!こんな所行くわけねーだろうが!なんで高校の制服でここに入るんだよ!?変な撮影だと思われちまう!」
「えー、だってさ」
ハヤミが何でもないことのように言う。
「ベッドはあるし、静かだし、二時間を潰すのにはいい場所じゃん」
「どこがだ!!そういう場所じゃないから、そこは!」
「えー、そういうってどういうの?教えてよ、白馬の王子様」
「知ってるくせに聞くな!!」
顔が一気に爆発しそうなほど熱くなる。
「ハヤミがユラを襲う未来しか見えない。ユラ、今のうちに逃げた方がいい」
「休むだけって言ってんじゃん!」
「信用できない。顔が既に発情している」
「兄貴の方が危ないでしょ!あわよくばユラとあんな事しようと思ってるくせに!」
「否定はしない。機会があればいつでも」
「する気なのかよ!!」
こいつらやっぱりシュミ悪すぎる。なんだってチー牛の俺とそういう事したいと思うワケ?普段モテモテなくせに俺を選ぶあたり、どっか頭のネジがいかれてんだろ。
「じゃあさ」
ハヤミがニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべる。
「ユラはどっちとラブホに行く?」
「行かねぇよ!!」
なんで二者択一で、しかも行き先がラブホ限定なんだ。
「安心しろ、ユラ」
ヤマトが俺の手を優しく握り直す。
「オレもこんな格安の場所は選ばない。もっと高級なスイートルームを予約する」
「だから行かねぇよ!!」
全力否定の後、数秒の静寂が訪れた。ハヤミが、我慢できずにぷっと笑う。
「ま、冗談だって。ユラ、からかいがいがありすぎ」
「冗談に聞こえないんだよ!」
「顔真っ赤じゃん。オマセさんめ」
「うるせえ!!」
完全に二人に遊ばれている。時々突拍子もないアホなことを言い出す二人だけど、このくだらないやり取りが俺は好きだ。
命のやり取りも、殺伐とした空気も一切ない日常。時々シャレにならんスケベな事を言うのは勘弁してほしいが。
「……こっちだ」
ヤマトが少しだけ俺の手を引いた。
「え?」
「普通の休憩所がある」
ヤマトが指差した先には、小さな児童公園があった。ベンチと自動販売機もある。
「最初からそこを提案しろっつうの!」
「それな」
ハヤミがケラケラと笑う。
「じゃあ、そっちのベンチでいいや」
三人で公園に向かい、並んでベンチに座る。自然とまた距離が近くなり、左にハヤミ、右にヤマトという形になった。
大通りの喧騒から少し離れたせいか、さっきよりも少しだけ静かだ。
「平和だな」
「平和すぎて変な感じだ」
「わかる」
ハヤミも小さく頷く。
「……数時間前まで、十万の魔物を相手に死にかけてたなんて、信じられないよ」
さっきまで必死に生きるために戦っていたのに、今はただ、穏やかな夕暮れの中で並んで座っている。
「でもさ」
ハヤミが俺の肩に頭を預けて笑う。
「こういう時間も、悪くないじゃん」
「……うん」
たまにこういう時間を味わいたい。こっちの世界だけじゃなくて、向こうの世界でも。
だからこそ、魔王を倒さないといけないんだろうな。




