62.三人デート(前編)
ヤマトとハヤミの乱入により、開始からわずか十分足らずで強制終了を迎えた。
騒然とする校舎を背に校門を出た瞬間、肌をなでる空気がガラリと変わった。あの教室のねっとりとした陰湿な重さが嘘みたいに霧散していく。
「はーっ、生き返るわぁ!」
ハヤミが青空に向かって思いきり両手を伸ばす。まだ太陽は中天にすら達していない。午前中の少しひんやりとした朝の光が、木漏れ日となってアスファルトに躍っている。
「やっぱりさ、サボりって最高だよね!あんな退屈な檻の中に閉じ込められてたら、頭がおかしくなっちゃうじゃん」
「最初から学校に行く気など毛頭なかった」
ヤマトがブレザーのポケットに両手を突っ込んだまま、当然のように淡々と言い捨てる。異世界で王太子なんてやっていたら、現実の学校など彼にとっては退屈以外の何物でもないのかも。
「まあ、そうだよなぁ。俺も今更あの教室に戻ってじっと座ってる気力なんて、完全にゼロだったし」
俺は自嘲気味に苦笑しながら、二人の歩調に合わせて歩き出す。あまりにも普通で平穏なこの光景が、今の自分達にとってはかえって奇妙に思えて仕方がなかった。
少し前を歩いていたハヤミが、急に振り返った。
「ねえねえ。あたしさ、急にめちゃくちゃお腹空いてきた!この近くに美味しいラーメン屋さんがあるんだ。食べに行こうよ!朝からやってるんだよね!」
「随分と唐突だな」
ヤマトがわずかに眉をひそめる。
「いいじゃん!異世界のご飯も美味しかったけどさ、やっぱり日本のジャンクで濃い味が恋しくならない?ほら、ユラはどう思う?」
「確かに食べたい。異世界にラーメンなんてなかったし」
俺のその一言で、満場一致でラーメン屋へと向かうことになった。
開店直後の店内には、まだ他のお客さんの姿はまばらだった。店主の威勢のいい声とともに、五感を強烈に刺激する匂いが一気に押し寄せてくる。
「よし、カウンター席!」
ハヤミに促され、横並びのカウンター席へと腰を下ろす。ヤマトが俺の右隣、ハヤミが左隣に陣取り、俺は綺麗に二人に挟まれる形になった。
「すいませーん!こっち、トッピング全部乗せの超特盛、麺五玉で!」
「オレも同じものを」
ハヤミがメニューも見ずに元気よく注文を通すと、間髪入れずにヤマトが追随する。
「二人ともよく食うな」
思わずツッコミを入れる俺に、二人は揃って平然とした顔を向けた。
「異世界での戦闘訓練に比べたら、この程度の炭水化物、大した消費量じゃないじゃん」
「胃袋の容量なら、ハヤミよりもオレの方がある。問題ない」
見た目は二人ともモデルのように細身でスタイル抜群なのに、一体どこにそんな大容量胃袋が隠されているんだよ。少し前まで食事量を考えていたデブスの俺が惨めに思えてくるぜよ。
やがて運ばれてきたすり鉢のような巨大な丼は、まさに言葉通りの大迫力だった。これでもかと敷き詰められたチャーシュー、うず高く積まれたモヤシとネギ。うおおおおお、すげー。と、スマホでチェキりまくってしまった。
「それじゃ、いただきます」
割り箸をパチンと割り、まずはスープを一口すする。その瞬間、ガツンとした旨味と濃厚な味が口いっぱいに広がった。
「っうめぇ!」
天にも昇りそうな多幸感が全身を駆け巡る。ずびびびび、と勢いよく麺をすすり上げれば、最高のハーモニーだ。これぞ大半の野郎が好きな味である。
「あはは!ユラ、すっげぇ顔!」
ハヤミが俺の様子を見て、嬉しそうに声を弾ませた。
「だって、本当に久しぶりなんだよ。あーまじうまうま」
「でしょー?ここ、あたしが不良やってた頃からずっと通ってる、最高の店なんだぜー!」
ハヤミも豪快にズルズルと麺をすする。金髪ハニーブロンドの美少女がセーラー服姿で素のままで食べている姿は、見ていてどこか清々しい。
一方、右隣のヤマトはといえば、驚くほど静かに、だけど恐ろしいほどのハイスピードで箸を動かしていた。音も最小限なのに、すり鉢の中の麺がみるみるうちに消えていく。ちゃんと噛んで食ってんのかこいつ。
ふと、胸の奥があたたかくなる。くだらなくて平穏な、ただ三人で美味いものを食べるだけの時間。異世界でいつ死ぬか分からない極限状態を生き抜いてきたからこそ、この何気ない日本の日常が心地よく感じられた。
「ぷはーっ!満足満足ぅ!もっと食えたけどまあいいか」
「まだ食えんのかよ」
店を出ると、ハヤミが満足げに声をあげた。まだファミレスでの全員合流の時間まではたっぷりある。
「ねぇ、次どこ行くのさ」
「ゲーセンとかいいんじゃない?思いついただけ」
「お、いいねゲーセン!行こう行こう!」
という事で、大型ゲームセンターへと足を踏み入れた。一歩中に入れば、そこは色とりどりの派手なネオンが瞬き、大音量の電子音が充満する別世界だった。異世界では絶対見れないこの光景はひどく懐かしい。
「ねぇねぇ、ユラ!これ、やってみてよ!」
ハヤミが指さしたのは、世界的な人気を誇るストリートなファイトだった。
「え、いや……俺は……」
遠慮する俺の手を、ハヤミはいいからいいから、と強引に引っ張り、椅子へと座らせる。ヤマトも無言のまま画面をじっと見下ろしていた。
対戦スタートの文字が躍る。最初の数秒、レバーとボタンに触れた瞬間、かつて何百時間とこの画面にかじりついていた陰キャヲタ時代の感覚が呼び覚まされた。
そして、数分後。
「……は?」
ハヤミが、口をぽかんと開けたまま完全に硬直していた。画面には、俺の操作するキャラクターが相手を一切寄せ付けずに完全勝利している。
「ちょ、ちょっと待って……何それ!?ユラのキャラ、一ミリも攻撃食らってないんだけど!」
「いや、普通に対空技を出して、隙を見てコンボを繋げただけだけど」
俺が平然と答えると、ヤマトがぼそりと呟いた。
「極めて無駄がない。相手の指の動きを見切り、的確にカウンターを叩き込んでいる。CPUじゃ相手にならないだろう。大会で優勝できるレベルだな」
「そうかな」
ヤマトにゲームを戦闘技術みたいにガチ分析されると、もの凄く妙な気分である。
「なんでそんなに強いのさ!? 」
「あー……それはほら、学校サボってゲーセンに逃げ込んで、一人でひたすら格ゲーやり込んでたから。美少女ハーレムアニメばっかり見まくってたし、完全にチー牛でキモオタな引きこもりだったんだよ」
「うわヒッキーなユラも見てたいかも」
「見なくていいよ。マジでドン引きするから」
気付けば、俺たちの後ろにはギャラリーが集まっていた。
異世界では勇者、現代日本へ戻れば格ゲーマー。自分の持つ二面性のギャップに内心で苦笑していると、他校の女子が声をかけてきた。もちろんヤマトに。チー牛な俺なわけがあるまい。
「あのぉ……連絡先とかぁ……」
ギャラリーの中から、面食いそうな女子高生二人が顔を赤らめている。
「目障りだ。失せろクソ女共」
ヤマトは彼女たちの顔を見ずに氷点下の声で即答した。
女子高生たちは一瞬で退散していったが、遠巻きにヤマトを見つめる彼女たちのヒソヒソ話が聞こえてしまう。
「きゃー!目障りだって!あの絶対零度の塩対応、逆に最高にかっこよすぎ!」
断られたのに逆に評価が跳ね上がっているという、理解不能な謎現象が起きていた。異世界でも、ヤマトが接客をしていたらそんな現象が起きていた気がする。
「ねぇ、そこの可愛い子ちゃん。俺たちと一緒にカラオケとか行かない?」
今度は、別の男子グループがハヤミに声をかけてきた。
「話しかけんなゴミクズ。今すぐその汚ぇ口閉じて視界から消えろ。ブチ殺すぞ」
ハヤミはドスの利いたヤンキー口調で、一瞬にして相手を完全脅迫した。男子たちはヒエッ、と情けない声を上げて逃げ去っていった。
「ほえー容赦ないな、ハヤミ」
「当然でしょ。あたし、ユラ以外の男はマジで大嫌いだし」
バッサリと切り捨てる所もハヤミらしくて、俺は苦笑するしかない。
その後も、ショッピングモールに行ったり、クレープを食べたり、ただ三人で笑い合う。現実の日本の日常ってこんなに楽しかったなんて知らなかったよ。
気づけば、周囲は薄暗くなっていく。街路樹の並木にはポツポツと街灯が灯り始め、街全体がゆっくりと夜の装いへと近づいていた。
「はー、おもしろかったー!」
ハヤミが夕暮れの空を見上げながら、満足げに声をあげた。そして、何の前触れもなく、ごく自然な動作で俺の左側に身を寄せてくると、
ぎゅっ。
躊躇いもなく、俺の左腕を自分の胸元に抱きかかえるようにして腕を組んできた。完全なる密着状態である。
「お、おい、ハヤミ!?なんで近いんだよ!」
「なーに?減るもんじゃないし、いいじゃん。ユラの隣ってすっごい落ち着くんだよね」
「落ち着くもんかよ。俺が落ち着かなくてだなー……」
「そのうち慣れるでしょ」
「慣れるか!」
ハヤミは小悪魔のような笑みを浮かべて腕を離そうとしない。焦る俺がふと反対側を向いたその時。右手に、容赦のない力強い体温を感じた。
「……は」
無言のまま、俺の右手を繋いでくるヤマト。しかも、さらに一歩踏み込んで俺と肩がぴったりと触れ合う距離まで近づいてきた。
「ちょ、ヤマトまで何やってんだ」
「手を繋いだ」
「見りゃわかる。なんでこんな事すんの」
「したかったから」
ヤマトは前を見据えたまましれっと言い放つ。
「理由になってねえ!男同士で繋いでたらおホモダチに思われちまう!」
「どうでもいい」
「どうでもよくねえ!」
離せと押し問答をするが、ヤマト離さないどころか、さらにきゅっと握る力を強めてきやがった。この野郎。嫌がらせというやつか。
「ちょっと、兄貴ぃ!」
ハヤミが目を鋭く細めてヤマトを睨みつける。
「何しれっと手繋いでるわけ!?それ、ずるくない!?」
「何がだ。オレはただ、こうしたかったからしてるだけだ」
「ユラはあたしの白馬の王子様なんだからね!勝手に手を繋いでんじゃねーよ!」
「なら、お前が諦めて手を離せ。ユラを渡せ」
「渡すわけないだろ。だったら、あたしはもっとくっつくもんねー!」
ハヤミが負けじと、抱きついている左腕にさらにぎゅぎゅっと力を込め、俺の身体を自分の方へとぐいと引き寄せる。
結果、俺は左右から凄まじい力で引っ張られ、挟まれ、文字通りぺちゃんこになりそうなほどの限界密着状態に陥ってしまった。すれ違う通行人たちから、えっ美男美女の両手に花じゃん。と、ありとあらゆる羨望と困惑の混ざった色目が突き刺さってくる。狭いし暑苦しいし、何よりまともに歩きづらくて仕方が無い。
俺は一体どうしたらいいんだよおおお。
「よかったね、ユラ。こんな美男美女を独り占めできて、みんなに自慢できちゃうよん」
「できねーよ!!もう狭くて暑いんだ!お前ら離れろおおお!!」
「やだね」
「却下」
「……っ、こいつらはーっ!」
俺の必死の抗議も、二人には全く届かない。二人の激しすぎる愛の熱量に挟まれた俺は、熱くて汗だくだった。




